アキトたちの歓迎会が終わり、皆が寝静まった頃。
エントランスで目を閉じていたネモは此方へと近づいてくる足音に気づき、目を開けた。
足音の主は、黒の剣を二本背中に吊った赤髪の少年───アキトだった。
アキトはネモを見ると、小さく口を開いた。
「……俺と戦え、侵略者」
「……ろくに戦えないと聞いたが?」
「夜ならば特に問題ない。それに、俺がやるのは命を懸けた殺し合いではない」
駄目か?そう問うアキトに、ネモは数瞬躊躇いを見せてから渋々ながら頷く。
「決まりだな。ここに演習場は?」
「ないことは無いが……いいか、起きているのは俺たちだけだ。もし、剣戟音で目が覚めたら───」
「なんだ、負けるのが怖いのか?」
「……いいだろう。その減らず口を黙らせてやる」
着いてこいというネモに連れられ、やってきたのは半径15mほどの大きさの演習場だった。壁に僅かな銃痕が刻まれていることから、結構頻繁に使用されているのだろう。
両者ともに距離をとると、アキトは剣を抜き放ち、ネモは銃剣を構えた。
「あそこで寝転がっているガラクタたちは使わないのか?」
「……必要ない」
「そうか───後悔するなよ」
爆音と共にアキトがネモに肉薄。勢いよく振るわれた右の剣がネモに襲いかかる。
咄嗟に義手で剣による攻撃を防ぎ、アキトの腹に銃口を突きつけ引き金を絞る。しかし、絞り終わる前にアキトが後方に跳躍。剣を交差させていた。
───こいつ、この潜水艦を鎮めるつもりか……ッ。
そうネモが思った時にはもうアキトは技を発動させていた。
ツインスラッシュ。千鳥の鳴き声に似た空気を切る音を鳴らしながら斬撃。射程距離は6mだが、アキトが放ったそれはゆうに10mを越している。
ネモは歯噛みをすると、銃剣に魔力を纏わせ、引き金を絞っていた。
サンダーバレット。物理80%雷属性20%の技。仄青いスパークを撒き散らしながら放たれた紫電の銃弾が質量を持った斬撃と衝突、爆音。
爆煙の中を潜ってネモに近づくアキト。ネモも負けずと爆煙の中に飛び込み、アキトに近づく。
二本の剣と銃剣で鍔迫り合いになり、互いを睨めつける。
「やるな、冒険者……ッ!」
「俺は逆にガッカリしてるぞ侵略者。お前の力はそんなものか?」
「なにッ?!ぐッ!!」
アキトがそう呟くや否や、鞭のように繰り出された蹴りがネモの脇に突き刺さった。
体勢を崩し、横に吹き飛ぶネモ。なんとか宙で体勢を立て直し、地面に降り立つも先程居たはずのアキトは地面にいない。
どこだ。
その答えはすぐに見つかった。
「防いで見せろ、侵略者」
「ッ!上か!!」
闇の刃を纏わせたアキトがネモに剣を振り翳さんばかりに思いっ切り振りかぶっていた。
「───グランディヴァイド!」
物理100%。相手を叩き斬ることのみを考えた上段斬り。敵を引き寄せて叩き斬るという技だが、魔力の消費量の多さと使用後に利き腕の骨が砕けるというデメリットがある。
その使い勝手の悪さと危険性から禁止技としてギルドはその下位互換であるバスターソードを編み出したが、闇の力の抑制によってその技をデメリットなしで使用できるアキトは、容赦なくその技を使用した。
「ちいっ!」
これを喰らえばただでは済まない。ネモは止むを得ず、機龍を起動した。
「───こいッ!アルゴノート!!」
ネモの呼び掛けに応じて、待機していた赤き機龍が起動。一瞬でアキトとネモの間に割り込んだ。アキトの鳩尾目掛けて鋼の翼を叩き込み、不発に終わらせる。
アキトが後方に吹き飛び、壁に叩きつけられ喀血。
「……満足したか?」
「……いいや、全く満足出来ないな」
「アルゴノートを使ったことは謝る」
「そうじゃない。お前、本気で戦ってなかっただろ」
アキトの言葉にネモは目を丸くした。
「俺が気づかないとでも思ったか」
「……ノアを起こさないためにな。そういうお前もなぜ途中で技の発動を止めた」
「俺は戦いたかっただけで殺し合いをしていた訳では無い。もしお前が動きを見せなければ技はどちらにせよ止めていたさ」
痛む体に鞭を打ちながら立ち上がり、肩を竦めてみせるアキトにやれやれと首を振る。
「迷う暇があったらどちらかを捨てろ」
「……」
「もしくは、何もかもを捨てるな。侵略者」
アキトは一言言ってから剣を収め、その場を立ち去っていった。