焔と紅玉
白猫プロジェクトというソーシャルゲームをご存じであろうか。
最近になって有名な声優を起用するようになり、キャラクターデザインにもお金をかけるようになったコロプラの看板ゲームだ。
私───香風チノは寝る前にログインボーナスを回収しようとしていたのですが、そこから記憶が途切れています。そして何故か真っ白い空間に立っていました。理由は皆目見当もつきません。
すると、目の前に神々しいオーラを放ち、謎の民族衣装を纏った鷺沢文香似の女性が黄金の光とともに舞い降りてきました。
「わたしは神です」
「か、神様?」
「はい。突然ですが、あなたは死にました。布団の中で白猫プロジェクトを起動していたら、たまたま居眠り運転をしていたトラックがあなたの部屋に突撃、そして見るも無惨な姿になっていて───」
「え、そんな酷い死に方私したのですか!?」
「大丈夫です。ブラックジョークですので」
「冗談でもやめてください心臓に悪いので……」
よかった、と安堵の息を漏らすも目の前の女性は追い討ちをかけるように私に言い放ちます。
「本当は、電気代をケチってエアコンをつけてなかったせいで凍死しました」
「やっぱりろくでもない死に方じゃないですか……!!」
「馬鹿だなあ、と思いました。無様だなあ、と思いました。何億人も見た人の中で、碌でもない死に方をしたのはあなたで666人目です」
「不吉の数字じゃないですか」
愚痴るように呟くと、女性は私の方にずいっと顔を近づけて本題に入りますと言います。
「白猫プロジェクト、もちろんご存知のゲームですよね?」
「え。あ、はい。一応配信当初からやってますし」
死んじゃいましたけどね、とボヤくと女性はいつの間にか手にしていた錫杖を揺らして妖艶に笑う。
「───おめでとうございます。あなたは記念すべき666人目の転生者ということで白猫プロジェクトの世界に飛ばしてあげますよ」
「いえ、遠慮しておきます」
「なぜ?」
断る理由がどこにあると言いたげな女性でしたが、私には重要な理由があったのだ。
理由は至極簡単、現在読み進めているティーンズラブが読めなくなると困るからだ。例え死んだとしても善行を積んできた私だ、天国に行っても読めるに違いない。
「腐った性癖していますね」
「心を読むのやめてもらえませんか!?」
「665人目の方はバトルガールハイスクールの世界に行ってミサキという少女とイチャイチャしたいという邪な思考を抱いていたので今回のあなたはどうかなと思いましたが……類は友を呼ぶとはこのことを言うのでしょうか?」
「そんな人と同類に扱われるのは癪です。というか、やめてください。私は見たいという欲求はあっても関わりたいという欲求はないので」
「そうですか。なら、ノア・メルに転生させる権利を与えましょう」
「話聞いていましたか!?」
女性はそのまま手を振ると、ただ一言頑張ってくださいと言う。
すると、私の足元にぽっかりと大きな穴が空き浮遊感が襲った。そのまま重力に従い世界が遠ざかっていく。
「絶対に!絶対に!!許しませんからー!!」
───こうして、私の『ノア・メル』としての物語は始まったのでした。
⿴
目が覚めるとベッド上で横たわっていた。体を持ち上げようとするも力が入らない。そこでようやく、自分の体に包帯が巻かれ、点滴が刺さっていることに気づき、体を起こした。
やけに蒼くなった一房の髪が視界に入る。
嗚呼、どうやらあの女性が言っていたことは本当だったようだ。まさか、ノア・メルに転生するなんて思いもしていなかった。
しかし、ここはどこだろう。
私が知る限り、ここはまず知らない。白い天井に白いベッドだなんてまるで病院みたいではないか。
「……目が醒めたのか」
声の方を振り向くと、そこには左眼に包帯を巻き、あるはずの左腕をなくした青年が椅子に座ってこちらを見ていた。灰色の瞳が私を睨め回す。
数十秒が経過して、青年は安堵の息を吐くと、片目を瞑った。
「───やられたよ。守った島が燃やされて。たまたまその島にいた俺たちは唯一の生き残りだ。まあ、俺は利き手を失ったが」
病院みたい、ではない。ここは病院のようだ。
「……!」
頭痛が一瞬して、失われかけていた記憶が蘇る。
急な転生に動揺した私は、島を守ろうとしているネモの足を引っ張ってしまい、そこでネモは連邦の連中に左腕を噛み砕かれ、左眼を鋭利な刃物で切り裂かれ───
「……ごめん、なさい……」
ネモの左袖に手を伸ばし、キュッと握り締める。嗚咽が漏れ、目の前が涙に濡れる。
「私の、せいで……」
謝ったところでどうにもならない。謝ったところでネモの左腕と左眼はもう二度と、戻ってこない。
いっそこのまま転生しなければよかったのだ。すべては、私のせい。私がもっとちゃんとあの女性を説得さえできていれば、こんなことには───
「……」
そんな時だった。ネモが右腕を伸ばし、私の頭に手のひらを載せた。
「気にする必要は無い。左眼にはもう義眼が埋め込んである。義手も時間の問題だ、すぐに完成するだろう」
「で、でも!ネモの左眼と左腕はもう二度と戻ってくることは───!」
「多くの人間を失った。守れなかった。だが、お前だけは守れた」
ぶっきらぼうに。だけどハッキリとした口調でネモは言う。
「お前が無事でよかった、ノア。お前が助かったという事実があれば、左眼や左腕なんて安いものだ」
ネモが徐ろに包帯を外す。そこから現れたのは無機質だが、鋭利な光を放つ灰色の左瞳。左の眉から左の頬に掛けてまだ痛々しい傷痕が残っている。
「それに……中々悪くないだろ、こういうのも」
ネモは私に小さく微笑みながら言った。
あれから数週間後。無事、退院した私の元にネモが再びやって来た。
あれからも毎日やってきてはいたのだが、その時はまだ黒い軍服を着ており、連邦に所属していた。しかし、今はどうだろうか。血濡れた真っ赤な軍服を羽織り、左腕には黒と赤の義手。そして、背後には
「迎えに来たぞ、ノア」
「ネモ?」
「安心しろ。連邦は俺が破壊する」
その瞳に復讐の炎を燃やしながら、ネモは言い放った。
「お前を傷つけたあの組織を、俺は破壊する。世界がそれを拒むなら世界だって破壊してやる───」
殺気に満ちたように言い放つネモに私はただただ頷くことしか出来なかった。
エレノア「……アキトさん、ワールドエンド編はいつ連載再開するのでしょうか。私もう茶熊学園の制服まで準備してしまったんですけど」
アキト「さあな。だが、3月までには完成させたいらしい」
エレノア「は、はあ?」
アキト「ダークラグナロクもやると意気込んではいるらしいからな」
エレノア「……期待しないで待ちます」
アキト「それがいいだろう」