ヘレナの宿舎で休息を取り、既に一日が経過しようとしていた。
アキトの昔話に会話が膨らみ、気がつけば日が上りはじめていた。徹夜なんて何度もしたことはあったのだが、この身体は徹夜に慣れていなかったのだろう。身体があまりいうことを効かない。
うん、と伸びをしてから周囲を見渡した。
───さて。アキトはどこにいるのだろうか
ヘレナ曰く、朝は海で剣の稽古していると聞いていたが、あの特徴的な頭髪をした青年の姿がどこにも見えない。
場所を間違えたのだろうか、アイリスが首を傾げながらその場を立ち去ろうとすると。
「…………誰だ」
底冷えするような声と共に放たれるのは背後から全身の毛が逆立つような殺気。まさか朝から殺気を浴びせられるなんて思いもしていなかったアイリスは思わず尻餅をついて、砂浜に倒れ込んだ。
振り返ると、そこには木剣の刃先をこちらに向けながら、呆れたように見下ろすアキトの姿があった。
「……も、木剣だからといって刃先を向けるのはどうかと思いまふ……!」
「……なんだ、昨日の」
アキトはため息を吐いてから、剣を地面に突き刺しながら手を差し伸ばした。
「助けはいるか」
「ご、ごめんなさい……」
「……いい。むしろ謝るのは俺の方だ」
アイリスはどうにもアキトの手を掴む気にならず、自力で立ち上がると何度もお辞儀をした。アキトはその度に「いいよ」と欠伸を噛み殺しながら繰り返すのみ。
しばらくして、アキトは目を擦ってから周囲を見渡し、そしてアイリスの方を見やった。
「……それで、俺に何か用があったんだろ。あんたのことだ、態々邪魔しに来たわけじゃなさそうだ」
ハッとなり、ランチバックを手渡そうと口を開いた。しかし。
「……ん……ら、ラ…………を……!!」
先程の恐怖のせいで上手く言葉を発することができなかった。訝しげにそんなアイリスを見つめていたが、やがてランチバックの存在に気づくと、アキトはああとつぶやいてから小さく頷いた。
「ヘレナの朝食か。届けに来てくれたのか?」
「……ぁい」
未だに上手く言葉を発することができないアイリスにアキトは眉間に皺を寄せた。
「ちゃんと返事しろ」
「……こ、腰が……」
「……悪かったよ、この時間に浜辺に近寄る奴は少ないんだ、だから気が立ってたのかもしれん」
アキトは意外と素直に謝ってから、アイリスが手に持っていたランチバックを受け取った。そして、中身を確認してからやや小さめのパイをアイリスに手渡した。
「え?」
「どうせ何も食べてないんだろ、何か腹に入れとけ」
「……ありがとう、アキト」
「礼には及ばん」
静かな時間がアキトとアイリスの間に流れた。