白猫あうあう物語   作:天野菊乃

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お久しぶりです。2018年最後の投稿です。




終焉の救世主

 遥か未来の荒野で。

 アキトとアイリスたちは巨大な悪───闇の王と退治していた。

 

「───とうとう追い詰めたわよ!!」

「私たちは負けない。必ずあなたを倒す。闇の王!」

 

 巨大な魔力がぶつかり合い、火花を散らす。

 緊迫した空気が荒野に流れ、アイリスの頬に冷や汗が伝うのを感じた。

 

「羽虫が……消えてなくなれ!!」

 

 闇の王はその強靭な爪を振るう。

 アキトが剣を横に構え、その爪をしっかり受け止めてすかさずアイリスは光の矛を展開する。

 

「力を与えよ!<破壊>の矛───」

「戯れるな!」

 

 王が目から光線を放ち、アイリスの矛を一気に消し去る。光線が直撃する直前、アキトはアイリスを抱き上げ、回避した。

 アイリスを静かに下ろし、闇の王を睨むアキトの思考に焦りが生まれた。

 

 

 ───このままでは、勝てない。

 

 

 そう思った刹那、アキトの背中にむず痒いような、灼けるような感覚が走った。

 闇の王はそんなアキトたちを嘲笑う。

 

「───均衡?笑わせるなよ、小娘。所詮は詭弁だ。天秤なんぞすでに傾いている!!」

「それを止めるために、私たちはここにいる。あなたの好きにはさせない!」

 

 アイリスが七つのルーンを掲げる。

 

「七つの大いなるルーンよ、砕けた始祖の欠片よ。今ここに真なる姿を取り戻せ───

 

<カリダ・ルークス・プーラン・ルーチェンム……>!」

 

 闇の王は始祖のルーンの輝きを見て、その目を細くすると、静かに呟いた。

 

「<始祖のルーン>か……この我がなんの準備もしてないと思ったか……」

 

 突然、闇の王の隻腕がアイリスに向けて放たれた。為す術もなく、正面から激突したアイリスは激しいスパークと共に、吹き飛ばされた。

 闇の王は静かに嗤う。

 

「あの頃から変わらぬ妄言。均衡を求める貴様に変化などありはしない」

「くっ……」

「滅べ、光よ。闇がすべてを染めあげよう……」

 

 闇の王が四本の腕をアイリスに向けたその時だった。

 

「……まだ立ち上がるか、我が後継者よ」

 

 闇を纏ったアキトが闇の王の前に立ち塞がった。

 

「後継者如きがよく足掻く。先に光の王かと思ったが、余程死にたいらしい。貴様から喰らってやろう」

 

 アキトはその言葉に口の片端を上げる。

 

「……何が可笑しい」

「……いや。可笑しいんじゃない」

 

 負けるわけにはいかない───ここで倒れるわけにはいかない。

 

 この身が朽ち果てでも───

 

「───ぬ?」

 

 ───今度こそ俺が!アイリスを守る!!

 

 アキトの周りに膨大な魔力が集まる。アキトという器に収まりきらなかったそれは、アキトの肉体を蝕み、次第にその身体にまで影響を及ぼし始めた。

 短く切りそろえられた黒髪は闇を纏い、光を吸い込みそうな程に暗い黒い長髪へ。

 冒険者が着込むその衣装は一転、朽ち果て、草臥れた黒のロングコートへと形を変え。

 必要最低限の鎧が加えられ、手に持った黒の剣が闇を受けてその刀身を伸ばす。アキトの身長を優に超えるその剣を一回転させると、両の手でそれを支えた。

 自身の変化が終わると同時に、アキトはその黄金に輝く瞳を細める。それと同時に血のように赤いメッシュがアキトの前髪の一部に刻まれた。

 

「……なんだ、それは?その力……」

 

 アキトの変化に顔を顰める闇の王。

 

「アキト、なにが……?」

 

 アイリスは見たこともないその歪な姿に呆然と呟く。

 アキトはアイリスに向けてそっと微笑みかけると、闇の王を睨みつけた。

 空気を震わすほどの魔力がアキトから放たれる。

 そこで全てを悟ったのか、闇の王は目を閉じ、忌々しくその口を開いた。

 

「なるほど……我が魔幻獣の力をかすめ取っていたか。まるで匪賊の所業だな」

「匪賊だろうが関係ない。俺が望んだ力だ」

「……その力ごと、我が喰らってやるわ!」

 

 アキトは肩甲骨の辺りを広げると、そこから突き破るようにして片翼の翼が生える。あまりの激痛に苦悶の声を上げたアキトだったが、すぐに平静を取り戻すと、天高く空へと飛び上がった。

 先程とは比べ物にならない速度で闇の王を翻弄するアキト。

 

「そこだ!」

 

 闇の王が爪を振るう。しかし、その攻撃はアキトの幻影を捉えるのみで、直撃しない。それどころか背後から急接近したアキトに袈裟斬りにされるのみだ。

 

「───ぬぅ!ならば!! 」

 

 手に巨大な魔力を溜め込み、アキトに照準を合わせる。

 アキトは宙に佇み、闇の王を見据えていた。

 

「無茶よアキト!そんな攻撃アキトたった一人が受け止められるわけ───」

 

 アイリスのその言葉が言い終わる前に、闇の王の一撃が放たれる。アキトは右手を前方へと突きだし、真正面からその攻撃を受け止めた。

 数秒の時間が経過し、その光が霧散する。

 アキトが拳を突き出していた。それだけではない。闇の王の肉体を構成するコアが吹き飛ばされていたのだ。

 あの一瞬でアキトは、闇の王に反撃をしたらしい。

 アキトのかつてないほどのパワーアップに戦慄するアイリス。

 

「その力……無の……認めよう……我の敗北を……」

 

 闇の王は静かにその姿を消しながら、呟く。

 

「我は朽ちる……だが、貴様たちも……また……」

 

 そんな不穏な言葉を残して。

 

「負け惜しみも大概にしなさい!アタシたちの勝ちよ!!

 

「クククッ……すぐに……わかる……お前達の救世主は……終焉(おわり)を告げる───」

 

 その言葉と共に、闇の王は爆散した。

 

「やった……の?」

 

 呆然と呟くアイリス。

 

「やったのよ!!アタシたち、遂に……」

 

 歓喜に浸り、アキトの方を振り向くキャトラ。

 アキトも片手を上げ、それに応えようとした時───

 

 

 ───異変は、起きた。

 

「アキト、どうしたの?」

 

 アキトが剣を杖に膝をつき、急に胸を抑え苦しみ始めたのだ

 

「ちょっと!!アキト!!しっかりしなさいよ!!」

 

 キャトラがアキトに駆け寄ると、アキトの体から紅蓮の魔力が柱となり、天へと昇った。

 その衝撃で吹き飛ばされるキャトラとアイリス。

 

「……アキト?」

 

 そこに、アキトはいなかった。

 しかし、それはいた。

 

「くくく、はははははは!!!」

 

 漆黒の長髪は元の長さに戻り、白銀の頭髪へ。

 草臥れた黒のロングコートは仕立てあげられたかのような漆黒のロングコートに。

 顔には呪詛のような刻印が刻まれ、その黄金の瞳もまた紅蓮へと色を変えた。

 

「どういうこと!?アイリス!アキトが!!」

 

 膨大な魔力が空を裂き、大地を割る───

 

「素晴らしい!よくぞここまで虚無を溜め込んだな!闇の王子!!」

 

 アキトは意味不明な言葉を叫びながら、笑い狂う。

 

「なんなの!?なにが起こってるの!?」

「囲え!<慈愛>の檻よ!!」

 

 咄嗟にアイリスはアキトを光の檻で監禁する。

 しかし───

 

「そんなもので我を縛れると思うな!!」

 

 ───それは直ぐに砕かれた。

 

 ジリジリと後退するキャトラ。

 

「アイリス、まずいわ……なんか嫌な予感がする!あの力は、闇じゃない。なんか違う!!」

 

 そんな中、ただ一人アイリスは一歩前に出た。

 

「<始祖のルーン>よ、全ての光を、ここに───」

 

 アイリスのその判断に目を剥くキャトラ。

 アイリスの姿が光を纏い、変わっていく。

 ボロボロだった巫女服は当時、光の王であった時服へと変わり、刃こぼれが起きていた剣は、アイリスの光の魔力を受けて、光の刀身を纏った。

 

「……くっ!」

 

 タダでさえソウルが底をついていたアイリスは目眩を起こし、頭をふらつかせる。

 

「アイリス!無茶しないで!」

「キャトラ、あの人と約束したの。一緒に支えあおうって。だから、止めなきゃ。私の全てを犠牲にしてでも……」

 

 アイリスは力なくキャトラに笑いかける。

 

「まったく……今日はとんだ災難ですよ。あうあうだぜって、言うのかな?」

 

 アイリスは一言そう愚痴ると、その身を投げた。

 

「アイリス───!!」

 

 キャトラの悲痛な叫び声が、荒野に響き渡った。

 

 

 闇の王を打ち倒したその日、世界は死病に取り憑かれた。

 

<終焉の日>と呼ばれる大厄災。

 

 ルーンは光を失い、ソウルは枯れ果て、命が死に絶えていった。

 

 そう、これは、はじまりのおわりの物語ではない。

 

 未来に希望をつなぐ物語でもない。

 

 これは、おわりのはじまりの物語。

 

 これは、私の絶望と贖罪の物語。


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