終焉の日
これは、そう遠くない未来の物語───
幾多の試練を越え───
数多の絆に助けられ───
今、新たな理に手が届く───
そう、これは───はじまりとおわりの物語。
未来に希望をつなぐ物語。
その、筈だった。
<終焉の日>と呼ばれる大厄災は世界を一変させた。
天変地異が起き、その被害によって多くの命が失われた。
次に起きたのはルーンの消失。全てのルーンが力を失い、朽ちていったのだ。
ルーンの恩恵を失った者たちは、その命を燃やすように争いをはじめた。
───だが、戦争も長くは続かなかった。
ソウルの枯渇現象により、争う術すら失われていったからだ。精霊や妖精は姿を消し、人々もまた活力と希望を失っていった。
私は、そんな世界で───多くの絶望を見た。
生きるために尊厳を捨てていく人々を見た。盗み、奪い、殺しあう人々を見た。
それでも私は抗いたかった。世界は、人は、そのようにできてはいない。
世界は美しかったのだから───
でも、私の抵抗は無駄だった。ちっぽけな私に世界を元に戻す力なんてない。
私は一人で荒野に倒れた。もう立ち上がる気力もなかった。絶望に押し潰された。
そんな時───
「……そこのあなた、大丈夫?」
───黒い剣を持ったアイリス様と出会った。
「エレノア、全部採っては駄目よ。新芽や小さいものは残していくの」
「はい!と言われましても……みんな小さいと言いますか……」
「───可能性に賭けましょう」
アイリス様は一つ一つ見分けながら、その小さな手のひらに草を採集していく。
「そうですね。でも、どうして食べられる草とかわかるのですか?」
「これは山菜よ。昔、まだ緑が残っていた頃、冒険のついでにアキトと採ったりしてたから───どうしたの?」
アイリス様は私の表情を見て、首を横に倒した。どうやら、感情が表に出ていたらしい。思わず慌てる私に不審そうに眉を顰めるアイリス様。
「言いなさい、エレノア」
「い、いえ……アイリス様が笑っていたので。なんか、嬉しくて。楽しい思い出なんでしょうね。」
「……そうだったかもしれないわね」
アイリス様は懐かしいことを思い出すかのように、目を伏せると立ち上がった。
「……他にも食べ物があるかもしれない。探しましょう。」
「はい♪」
背中に黒い剣を背負ったアイリス様の小さな後ろ姿を私は追った。
「あうっ!?」
途中で何も無いところでコケたのは見なかったことにしておきましょう。
祈りを終えたアイリス様は手を合わせて小さく呟いた。
「いただきます」
「はあ……久しぶりに具のあるスープ……幸せな気分になりますね」
「そうね……ッ!?」
まだ熱いスープを口の中に運んだアイリス様は噎せながら、口の中に風邪を送った。
「ちゃんと冷ましたはずなのに……」と愚痴っていたのは聞かなかったことにしておきます。
「アイリス様、まだ、この島を探しますか?」
「……はふっ……そうね、そろそろ次の島へ移動してもいいかもしれない」
「みつかるといいですね、キャトラちゃん」
「ええ……」
アイリス様に助けられた私は、このようにして一緒に旅を続けていた。アイリス様はどうやら、キャトラという名前の子猫を探しているらしい。
だが、その名前を口にする時、アイリス様は時々泣きそうな顔をする。その表情を消したくて、私は、ことさら明るく振る舞うのだ。
「あうっ!?」
やっぱり、なんでもない所でアイリス様は盛大に転びます。
「アイリス様、次はどの島に行きますか?」
その言葉に手を顎に当てて考えるアイリス様。
「あなたが行ってみたい、思うところはどこなの?」
「あ、ええっと……アオイの島とか、ジモ島とかに……」
アイリス様は長い睫毛に縁取られた大きな瞳を閉じると、唄うように呟く。
「どちらも素敵な場所だった。ただ、この島からだと少し距離がある」
「……そうなんですね」
残念そうに言う私の姿を可笑しそうに少しだけ笑い、アイリス様は毛布を被った。
「もう休みましょう。明日から、また旅の準備をしないといけないから」
「はい、おやすみなさい。アイリス様」
アイリス様は、目を瞑るとすぐに吐息を立てて寝始めた。
───アイリス様が抱える悲しみを私は知ることができない。
歯痒かった。私が笑っていられるようにアイリス様も笑顔にしたかった。
それだけが私の望みだ。それだけが、なにもないこの世界で私が心に抱いた唯一の希望なのだ。
「アイリス様、スープができました!」
「今日もおいしそうね」
「これだけ食材が少ないと……料理も工夫のしがいがありますね♪」
猫舌なのを忘れて、アイリス様はスープを啜る。
「ふぅ……お腹いっぱいです」
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまです♪」
今日もアイリス様は心からの微笑みを見せてくれない。
「アイリス様、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。少し休ませて……」
「あちらの岩かげで休みましょう」
あれから、どれだけの夜を越えただろうか───
私たちは、まだ一緒に旅を続けている。最近のアイリス様は元気がない。
もともと明るい方ではなかったがここ最近は体調もよくなかった。
「あうっ!?」
ついでに、なんでもない所で転ぶ回数も増えた。
「アイリス様、とっておいた干し肉、ここで食べちゃいましょう!今夜は奮発ですよ!!」
「ありがとう。でも、私はいいわ。あなたが食べて」
「ダメです。アイリス様が食べてください。今朝からなにも食べてないですよね?」
「……そうね。ありがたく、いただきます。」
(放っておくとアイリス様はなにも食べない……本当に死んでしまう……このままではダメだ。でも、どうしたら、アイリス様に生きる希望を持ってもらえるのだろうか?いったい、なにを抱えてこんなに弱ってしまっているのだろう?わからない……)
突然襲いかかって来たゴブリンの軍勢を退けた私達は岩陰に身を隠していた。
胸に手を当てて息を整えているアイリス様を見る。
アイリス様から考えられないほどの荒々しい戦い方に度肝を抜かれていたそんな私に、アイリス様は眼球運動のみでこちらに視線を向けた。
「どうしたの?」
アイリス様が大事そうに抱えるその黒い剣から、禍々しくも美しい薔薇色の魔力が溢れていた。
私は意を決して息を吸う。
「……お聞きしたいことがあります。」
「なに?」
「アイリス様、あなたに一体なにがあったのですか?」
「……」
アイリス様は予想通り、その言葉で口を噤んだ。
アイリス様の心に土足で入り込んでいるのを自覚しながら、私は詰め寄る。
「ずっと怖くて聞けませんでした。でも、最近のアイリス様はまるで生きることを諦めているようで───頼りにならないかもしれませんが、私はアイリス様の力になりたいんです」
「……ごめんなさい」
「やはり私ではアイリス様の力にはなれませんよね……」
アイリス様は首を横に振ると、その重い口を開いた。
「……違うの。私はあなたを騙しているから。この世界が、こうなったのは私のせいだから」
「……どういうことですか?」
アイリス様は曇天の空を見上げると、何かを思い馳せるように言う。
「私は光の王。かつて天上にあった白の王国を統べていた者。理の一端を担っていた者」
「───」
「信じられない?」
少し可笑しそうに笑うアイリス様。
「その……だって……おとぎ話の……」
アイリス様は息をそっと吐くとその言葉を口にした。
次の瞬間、地面に光が灯り、草の芽が生え始めるが───
「ぐっ!」
───また直ぐに枯れてしまった。
アイリス様は十数秒かけて息を整えると苦しそうに呟く。
「……光は命の輝き。その輝きが失われていく世界。それが、今のこの世界───あなたには話さなければならないわね、エレノア」
アイリス様はそう言って語り始めた。
長い長い、その物語を。
アストラ島でアイリス様がアキトさんと出会い、飛行島を手にいれた冒険の物語。
大いなるルーンを求め、約束の地にむかうための物語。
失った過去を手繰り寄せるように語るその口調は、淡々としながらも静かな熱を帯びていく。
アイリス様たちは多くの仲間と力を合わせ、大いなるルーンをすべて手にいれた。
そして、宿敵である闇の王と対峙する───
「闇の王は周到だった。でも、アキトが、力を解放して───闇の王は倒されたわ。でも、代わりに……あの人は変わってしまった」
アキトは闇の王の力も取り込み、この世界を破壊しようとした。
戦いの最中、仲間たちも圧倒的な力を持つ彼の前に散っていった。
止めたかった。止めようとした。でも……
私は世界とあの人を天秤にかけ───私は彼を選んだ。
それだと言うのに。
「“彼”は、最後の瞬間、私に振りおろそうとした剣を止めたの。私も止めた。少しでも彼の意識が戻ったのだと───だけど、彼は唇の片端を上げて自分に突き刺した。そして、言ったの。生きてくれ。幸せでいて欲しいって」
でも、彼の死には意味がなかった。
アキトから放たれた闇は全てを飲み込んでいったのだ。
光だけではなく闇さえ蝕む呪われた力。それが<終焉の日>の原因。
すべての光が消える時、闇もまた消える。そして全ては無に帰る。
避けられない未来の運命。
「これが、この世界を守ろうとしてすべてを壊してしまった王の話よ。彼を止められなかった、私が諸悪の根源なの」
アイリス様は薔薇色の魔力を纏う黒の剣を抱きしめて言った。
闇堕ちエレノアを見てると情緒不安定になる