白猫あうあう物語   作:天野菊乃

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終わりです。


終章

 あれから数年という月日が経とうとしていた。

 光の国を壊滅寸前にまで追い込んだというのに、未だに私がこの地位で居られるのは、真相を知る殆どの人達が魔物に変えられて、真実を知るものが少ないというのが理由だ。

 彼らは闇の王が滅んでも、姿が戻らなかった。

 

『───彼らが元に戻ることは無い。闇に触れ、闇に蝕まれ。悪に触れ、闇になった者たちは自我を失い、ただの魔物と化す』

 

 アキトのその言葉に、胸が傷んだ。

 私のせいで、大勢の犠牲者が出てしまったのだ。

 責めてもの贖いとして、自ら命を絶とうと考えたが、死んだところで何もならないと悟り、今もこうして光の王でいる。

 贖罪は魔物として生きるよりはいい、という理由で私がすべての魔物を払い、殺した。

 彼らの声は今でも思い出す。怨嗟の声は今でも夢で出てくる。

 

 ───それでも私はこの『罪』を死ぬまで永久に背負っていかなくてはならない。それが、私に施された十字架だから───

 

「……アイリス様。そろそろお時間です」

「そうでしたね」

 

 今日。戦争が終結してから、初めての謁見(えっけん)である。

 互いの国の王同士が面と向かって会話をし、王宮の間にてお互いの意見を交換し合う。

 これは、先代の闇の王が消滅してから考えられた案であった。

 

「アイリス様」

「……はい、なんでしょうか?」

「黒の王が到着致したようです」

 

 そうこうしているうちに、黒の国から間者が来たようだ。息をゆっくりと吸ってから、喉の奥に詰まった言葉を吐き出した。

 

「直ぐに通しなさい」

 

 久々に彼に会える、と内心ワクワクしながら彼が来るのを待ち続けた。

 

 

 

 

 

 ✧

 

 

 

 

 ───久しぶりに来た白の国は、昔より遥かに居心地のいい国になっていた。 黒に対する嫌悪感や敵対心───というものが減ったという理由が大きいだろう。

 だが、それでも黒をよく思わない者達だっている。

 戦争時代を生き、先代の《闇の王》に家族を魔物に変えられた者達は、未だに計り知れない憎悪を黒に抱いている。

 それは、闇の王を引き継いだアキトにも、勿論影響した。

 

「……なんのつもりだ」

 

 白の国に入るなり、囲まれたアキトはうんざりした様子で民たちを見た。手には火の加護やら、水の加護やらが施された武器を手にしていた。

 

「黒の王が我らの国に何の用だ!」

「謁見だよ」

「また我らの国を襲いに来たのか!」

「そんなわけあるわけないだろ」

「まさかアイリス様を殺しに!?」

 

 酷い言いがかりだ、と愚痴る。確かに数年前は侵攻しに来たが、そもそも黒の国を襲ったのは闇の王であるし、アイリスを襲ったのもアキトの同僚であったアデルである。自分は全くの無関係だというのに、酷い言い掛かりだ。

 

「最初にも言ったと思うけど、謁見だよ。俺はアイリス───光の王と話があるだけだ」

 

 正直に、本当とことを話すも───

 

「嘘だ!俺たちを騙そうとしている!」

「黒の言うことなんて聞けるか!」

「アイリス様と会うだと!?尚更、顔を合わせる訳には行かない!!」

 

 話にならない。アキトはこれが過激派か、と愚痴りながら白の民が持つ武器を睨む。

 ランクはさほど高くはない。これなら、現在武器を持っていない自分でも素手で壊せそうだ───と、地面を踏みしめて、やめる。武力行使では何も解決に至らないことに気づいたからだ。

 つくずく王に向いてないな、と空を仰ぐ。

 

「おい、よそ見をするな!」

「いや、今がチャンスだ!やれ!!」

 

 ───前言撤回。たまには武力行使もしなければならない。アキトは振り下ろされた武器を素手で掴むと、紙を握り潰すようにして砕く。

 

「な、なに!?」

「……」

 

 砕け散った武器の破片に闇の魔力を纏わせ、アキトの周囲に浮かび上がる。

 

「穿て」

 

 武器の破片が白の民に襲いかかる───という直前で、アキトは闇の魔力を増幅、消滅させた。

 突然消えた、魔力の雨に呆然としていたが、現実感を取り戻したのか、顔を真っ赤にしてアキトに詰め寄ってきた。

 

「なんのつもりだ!」

「何のつもりでもない。俺はあんたらを黙らせただけだ」

「ふ、巫山戯るな!このことはアイリス様に言いつけてやる!」

「好きなだけすればいいさ」

 

 詰め寄ってきた民を避け、アキトはアイリスが待つ場所へと急いだ。

 

 

 

「闇の王……殿。長い旅路……おつかれ……さまです 」

「気遣い感謝する。それと、気色が悪いから普段の口調で喋ってくれないか」

「斬るぞ貴様」

「それでこそいつものあんただ、ファイオス殿」

 

 騎士用甲冑は脱ぎ、大神官のような服を見に包んだファイオスはアキトを睨むが、アキトは何も気にせず、ファイオスを見て鼻で笑った。

 

「───似合わないな」

「ほっとけ!」

「いや、本当におかしな姿だよ。道化師か?そんなことよりも撮影のルーンがあれば撮影したいところだ」

「貴重なルーンをそんなもののために使うな!」

 

 そんな談笑を繰り広げながら、面会の場所まで足早に進む。

 

「……それでは、私はここで」

「いつか剣を交えましょう」

「……ああ、いつかな」

 

 大きな扉まで案内され、ファイオスは扉を閉めた。

 部屋の中は巨大なルーンが浮かび、何億ゴールドも掛けたてあろう装飾が施された部屋であった。

 そして、これもまた高そうな机と二つの椅子が並べられており、その椅子の一つにアイリスが座っていた。

 

「……お待ちしておりました」

「数年経った今でも黒との関係は改善したとはいえ、まだ不仲なまま……こんなこと、到底あっていいとは思わないが」

 

 その言葉に首肯するアイリス。

 

「はい。私が信用出来る大臣の方々にも猛反対されました」

「それはそうだ。いや、そうでしょう」

 

 数年前の戦いの後、アイリスは信用出来る者のみで構成された組織を造り上げた。黒にそれほど嫌悪感がない者達のみで構成された組織ではあるが、それでも一度、黒に襲われかけたことがあるアイリスを、一対一で対話をするなど正気の沙汰ではなかった。

 

「ですが、私の第一補佐官であるファイオスさんが私の意思を尊重してくれたので、この無理もなんとか押し通すことが出来ました」

「……あいつもよくやるよ」

「本当ですよ。どうぞ、お掛けください」

 

 言われるがまま、アキトはアイリスと対面する形で座った。

 

「……」

「───其方からどうぞ。話したいことがあるのでしょう?」

「……ずっと、言えなかったことです」

 

 胸を抑えながら、苦しそうに一言一言、言葉を紡いでいく。

 

「……あの時は、申し訳ございませんでした。あと少しで───私はあなたを殺めているところでした」

 

 アイリスは細長い剣をアキトの手元に転移させると、言う。

 

「あの時のことを恨んでいる───というのであれば、私をここで殺してくれても構いません。気が済むまで嬲っても構いません。それで、あなたの気が収まるのなら───」

 

 肩を震わせながら言うアイリスに、アキトは天井を仰いだ。

 

「俺は、あの時のことを一度だって恨んだことなんてない」

「……え」

「完璧な人間なんていない───それは、かつての恩人が教えてくれた言葉だ。それがたまたまあの時だった。ただ、それだけな話だ」

「でも、そのせいで私は大勢の人を───」

 

 アキトはアイリスに視線を向けた。

 

「ああ。記憶が無いにせよ、沢山殺した」

「───!」

「アイリス。あんたの罪はここで死ぬことやましてや強姦まがいのことをされるでもない」

 

 細長い剣をアイリスの真横に投げると、アキトは目を細めて言った。

 

「……その『罪』が過ちだと気づけたなら、それでいい。その『罪』を一生背負えばいい。それは、俺も同じだから───」

「……えっ?」

「いや、なんでもない。それじゃあ、これからの我々の関係について、話しましょう」

 

 話をはぐらかされたことに、なんとも言えない表情を浮かべたが、アイリスは息を吐き普段の様子に戻る。

 

 

 ✧

 

 

「───数年経った今も、国の再建の目処が立たない?」

「……恥ずかしながら。先代が男手をほとんど魔物に変えてしまったもので……」

 

 アイリスはふむ、と手を顎に当てるととんでもないことを言った。

 

「……なら、数名の白の民を其方に移住させてみますか?」

「っ!?」

 

 アキトは思わず目を剥いた。

 前よりも幾分か関係は改善されたとはいえ、未だ対立が続いている白と黒。そんな白の民を黒の国に移住させるなんて───。

 アキトの意図に気づいたのか、アイリスはああと頷く。

 

「私の方からは比較的黒に恨みがない者を連れてきましょう」

「だ、だが……」

 

 そんなこと、上手くいくのだろうか。

 

「失敗ばかり想定していては成功するものもしなくなりますよ?そうでしょう?」

「……」

 

 それも一理あるだろう、と首肯したアキト。

 

「……検討しておきます」

「はい。ありがとうございます」

 

 白と黒の均衡はこの先も続いていく。

 この世界線ならば未来永劫、大陸の崩壊が起こることはないだろう。

 

 

 

 

 

 ───そして、()()()()()

 白の大陸の崩壊から、長い年月が経過し、それからまた、数年。

 白の少女は、朽ちた大地にいた。本来あるべき青色の右目は金色に染まり、白い衣装は所々が黒く染っている。

 髪も本来の銀色の髪ではなく、色素が抜け落ちたような白色に染まり、背中から生える翼も黒く朽ち果てた片翼。

 少女は覚悟を決めた表情でたった一人の最終決戦へと挑むのであった。


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