白猫あうあう物語   作:天野菊乃

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2023年2月16日:改


アイリス、連行される。

 鬱蒼とした森の中を歩くアイリス一行。気がついたら日が落ちていた。まだこの世界に来てから目覚めている時間が少ないせいか、時間が過ぎるのがとても早く感じる。

 

「……着いたぞ」

 

 ところで、主人公の名前が判明したのだ。どうやらアキトという名前らしい。某叛逆アニメの番外編の主人公の名前がそんな名前だった気がするが、ここから先は考えないようにする。なぜなら、先ほどから主人公改め、アキトが睨め付けてくるからだ。

 眉間に皺を寄せて、彼の放つ闘気が周囲の人々を寄せ付けない。それは、大変有り難いのだが、こちらの精神がゴリゴリと削れているような気がする。

 アイリスは生唾を飲み込みながら、目の前を先導するアキトに声をかけた。

 

「えっと……アキトさん?」

「さん付けはいい。別に、歳もそんなに変わらないだろ」

 

 チュートリアル剣を何処かへと運び、無防備な状態となったアキトは言う。恐らく、獣人のバロンに預けたのだろう。

 

「……アキト?」

「なんで疑問形なんだ……まあ名前がわかるなら別に構わんが」

 

 アキトのまとう雰囲気がわずかに和らいだような気がした。

 アキトは一瞬考えるように目を瞑ってから、思い出したかのように訊ねた。

 

「そうだ、アイリス。金は持ってるか?」

 

 ここで現在の持ち物チェックだ。現在、身に纏っているものは、巫女服、杖。以上。それ以外は何も無い。だんだんと血の気が引いていくような気がした。

 

「……キャ、キャトラ」

「何よアイリス」

「どうしよう?」

「お金が無いの?」

「う、うん……」

 

 キャトラはなぜかあっけらかんとしている。

 

「私たちいつも野宿だったじゃない」

 

 キャトラの爆弾発言に戦慄するも、キャトラはそんなアイリスなど露知らず、続ける。

 

「いつもアイリスが防御魔法張ってたじゃない。だから、今までこうやって何もなかったわけだし」

「だから安全なのね……」

 

 自分の身が綺麗であったことの証明はできたが、悲しいことにそれでお金が湧いてくるわけではない。

 どうしようか、金子を調達しようにも、この時間に、しかも無戸籍の少女を雇いれる場所なんて限られてくるだろう。

 そんなアイリスを見て、アキトは首を傾げた。

 

「……金持ってないのか?」

「う、うん……」

「今までどうやって暮らしてたんだよ」

 

 尤もである。アイリスは言葉に詰まりながら、天を仰いだ。

 仕方がないだろう。精神だけとはいえ転生者なのだ、そんなこと言われても困るだけだ。

 そんなアイリスの様子を見兼ねたか、アキトは再度考えるような素振りを見せる。

 

「…………ナ……こなら……丈夫か?」

 

 何か小言を呟いたかと思うと、アイリスの手首をつかんだ。

 

「え」

「ちょっと来い」

「キャ、キャトラァァァァ……」

「が、頑張ってアイリス!!」

 

 そんな人生お疲れ様でしたみたいな目で見るなと口を大にして言いたいアイリス。この白猫とアイリスは一心同体なのだ。

 しかし、よく考えてみると何かと裏切る行為が多く見受けられるので、運命共同体は前言撤回することにする。万が一にも太陽が西から上がったとしても認めることはない。

 

「離して」

「断る」

「私を████████(18禁用語)とか████████(自主規制)とかそんなの事するんでしょ?」

 

 そんなアイリスの言葉にアキトは冷ややかな目を向けた。

 

「……は?」

 

 若干顔を赤らめながらも、絶対零度の視線。穴があったら入りたいとはこのことを言うのだろう。

 アキトは咳払いをしてからアイリスに訊ねた。

 

「アイリス、初対面の人間にそんなことすると思うか?」

「オトコハケダモノとそう習ったわ」

「……間違ってはいないが、俺をそんな奴らと一緒にするな。最低限の常識くらいは持ち合わせているつもりだ」

 

 アキトの真っ直ぐな視線にアイリスは僅かに目を細めた。そして、心の中で激しく謝罪をする。

 アキトは小さく息を吐いてから、再び歩き始めた。

 

「とりあえず着いてこい。多分、安全地帯だと思うから」

 

 未だに赤い顔をしながらアキトはアイリスの腕を牽引しながら歩く。

 

 ───こんな(ひと)が世の中にいるんですね。

 

 アイリスは心の中で静かに呟く。男という生き物は野蛮な生き物だ。そう信じて生きてきた。しかし、目前の青年はどうだ。戦いに関しては間違いなく野蛮だが、その他の面に関しては不器用ながらも交渉の余地がある。

 自分はどこまで薄汚れているんだ、と自責の念に囚われて数分。酒屋と宿舎が合併したような建物の前についた。

 

「……ちっ、今日に限ってもう終わりかよ」

 

 舌打ち混じりにアキトがドアノブを捻り───その前に、アキトは一瞬こちらを振り返り、忠告した。

 

「いいか、よく聞けよアイリス。ここから先、何が起きても驚くな」

「そんな危ないところなの……?」

「今日は多分な……」

 

 言いながらアキトが足を踏み入れた瞬間、アキトの肉体が真横に移動した。

 視線を移動すると、アキトに抱きつく美女がいた。すさまじい勢いで突進したからだろう、備え付けの机は壊れていた。

 美女は顔を持ち上げてからアキトの顔を数回見渡してから声を荒げた。

 

「帰りが遅くて心配してたのよ!?どこいってたの!?」

「……森で遭難したんだよ」

「連絡くらい寄越しなさいよ!」

「……どうやって伝えるんだよ」

 

 アキトは抱きつく美女の顔を掴みながら言う。

 

「お陰で今日の店の切り盛り大変だったのよ!?」

「俺より店の心配か」

「当たり前よ!従業員私しかいないのよ!?」

「そんな事俺が知るか。とりあえず話を聞け」

 

 辟易とした表情でアキトはアイリスを部屋に招き入れた。

 

「とりあえず……アイリス、自己紹介してくれ」

 

 アキトの第一声にアイリスは静かにお辞儀をした。

 

「お初にお目にかかります。私はアイリスというものです」

「えっ、ハニュウちゃん?」

「耳着いてますか」

 

 声優は同じだが、性格はまるで違う。オヤシロ様モードになれば多少は近くはなるだろうが。

 

「嘘嘘冗談。アイリスちゃんでしょ?ちゃんと聞いてたわ」

「なら最初からそう言え」

「よろしくねミルヒオーレちゃん」

「アキト、この人本当に大丈夫なんですか?」

 

 目の前の彼女も転生者なのだろうか。気になってしまう。

 

「はい、じゃあ冗談はここまでにして。宜しくね、アイリスちゃん。私の名前はヘレナ。好きに呼んでね」

「あ、はい。それじゃあヘレナさんと」

「ちなみにアキトの姉よ」

「え」

 

 アキト君の方を向きます。諦めたようにため息を吐いているが、その目からは「抵抗」という二文字が抜け落ち、代わりに「殺意」の二文字が宿っていた。

 

「……本来の要件に入るぞ。ヘレナ、ここにアイリスを居候させてやって欲しい 」

「あなたの家でいいじゃない」

「初対面の男の家なんて嫌だろ」

「あらあら……」

 

 ヘレナはくすくすと笑いながらアイリスに近づくと、耳元で囁くように言った。

 

「アキトはヘタレだから心配しなくても大丈夫よ」

「それは知ってます」

「殺すぞお前ら」

 

 聞かれていたようだが、聞いていないふりをする。

 アキトはしばらくヘレナとアイリスを睨みつけていたが、やがて諦めたのか息を吐くと、二階へと続く階段に足を運んだ。

 

「とりあえずヘレナ、アイリスに部屋の案内とその他諸々、任せたぞ。女同士なら積もる話もできるだろう」

 

 アキトはそう言って、姿を消したのだった。


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