白猫あうあう物語   作:天野菊乃

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2023年2月20日改


白と黒

 破壊の光が白の大地を(えぐ)る度に、白の民たちはアイリスに怯えていた。

 救世主だと思っていた自分たちの(おさ)が一転、破壊者となりて君臨したのだ。無理もない。

 

「───ア、アイリス様!!なぜ我々を狙うのです!?」

「───」

 

 アイリスが手を上げると、光の刃が発射され脳天を貫く。

 

「なぜ……ですか」

 

 くすり。アイリスの顔が無表情から一転、見たものを惚れさせるような微笑みに変わる。が、その瞳には白の民など映っておらずあるのは無限に広がる虚無のみ───

 

「腐り切ったこの世界を正すためですよ」

 

 始祖のルーンが『始祖のルーンの間』を突き破り、アイリスのそばまで近づく。

 

「し、始祖のルーンが勝手に!?」

「───これで、世界を壊す。あなた達にはそのための第一の犠牲になっていただきます」

 

 ザワつく白の民。

 アイリスは微笑みを浮かべたまま、地に足をつける白の民を見下ろす。

 

「ふ、ふざけるな!」

 

 白の騎士団の一人が吠える。今まで積もり積もって積み上げられたものが決壊するように───白の騎士はアイリスを呪い殺すような目で睨みつける。

 

「俺達があんたのためにどれだけ尽くしてきたと───」

 

 瞬間、男の胸を何かが当たった。男は呆然としながら自分の胸を見やり───

 

「───あが、あがぁぁ!!?」

 

 自分に空いた巨大な穴を見て絶叫した。

 

「……私のためにどれだけ尽くしてきた、ですって……?」

 

 アイリスの肩が小刻みに震える。溢れんばかりの銀色のオーラに思わず後退る白の民たち。

 

「……巫山戯るな」

 

 アイリスが剣を天高く掲げると、空から光の刃が白の民向けて振るわれる。

 ある人は頭を貫かれて絶命し、ある人は針鼠のように串刺しになり、ある人は四肢が切り落とされ絶叫をあげる人達───アイリスはその光景をただただ見ていた。

 

「……私は高嶺の花なんかじゃない」

 

 アイリスの銀色のオーラが濃くなり、そのオーラの片鱗がしろよ大地を容赦なく抉る。

 

「……私はあなた達と変わらないたった一人の人間」

 

 その言葉が白の民に届いている訳では無い。ただ、愚痴を吐くようにアイリスは言葉を続ける。

 

「……それだと言うのに、あなた達は!!」

 

 天空に巨大な魔法陣が生まれる。その光景は神々しく見ることができて───

 

「あ、ああ……」

 

 ───同時に、絶望を味わうことが出来た。

 アイリスは剣を頭上に突き上げると、おもむろにその剣先を白の大地に向けて振り下ろした。

 

「消えなさい」

 

 巨大な魔法陣から放たれる光の筋。熱量をもったそれが白の大地に衝突する。かと思われた。

 

「……間一髪、みたいだな」

 

 一人の少年によって光の筋が防がれたのだった。

 神秘のある純白とは違い、神秘が微塵も感じられない漆黒。黒い髪に刻まれた血のようなメッシュに、無骨な黒いアーマープレート。白の民の前に立ち、その身に似合わぬ巨大な左腕でアイリスの攻撃を防いでいた。

 

「お、お前は!?」

「アイリス様の会談にいたと言われる裏切り者!?」

「き、貴様がアイリス様を誑かしたのか!?」

 

 助けられたというのに礼の一つも言わぬ白の民。アキトは目を伏せ、彼らから視線を逸らす。

 蝶よ花よと人を持ち上げておいて、いざとなれば全責任を一人の少女に押し付ける白の民が。

 

「……おい、あんたら」

 

 そんな彼らを、アキトは見ていられなかったのだ。

 

「なんだ!?」

「今、この場で、死にたくなければその口を閉じろ」

「貴様、何を───」

 

 口を開こうとした大神官の横を赤黒い光が通りすぎる。

 頬をツーと赤い血が伝う。

 

「黙れと言ってるんだ。次はその減らず口ごと吹き飛ばすぞ」

 

 息を呑み、恐怖に震える白の民たち。

 アキトはそんなものに目もくれずに龍の翼を広げ、アイリスの元まで飛ぶ。攻撃してくる様子がないことから、少しは話せる余地があると僅かな期待を抱くアキト。

 

「……アイリス」

「あの時葬ったはずなのですが……なぜ生きているのです?」

 

 前言撤回。話すことなんて出来たものではなかった。その一縷の希望が打ち砕かれた気がして、内心歯噛みをしながらアイリスの質問に答えた。

 

「……詰めが甘かった、それだけかと」

「……そうですか」

 

 アイリスはその目をゆっくり閉じると軽く息を吐く。

 

「───それでは今度こそ完全に仕留めないとなりませんね」

 

 アイリスから放たれた光のオーラがアキトの肌をチリチリと焼く。

 闇は光に弱い。闇を照らすのは光。闇が光に勝つことなどなく、光から闇の一方通行。

 

「……どうしても、やるんだな」

 

 だが、いくら光といえどその力を宿すのは一人の少女。アキトは苦い顔をしながら篭手に剣を擦らせ、その際に火花が飛び散る。

 

「───君を、止めてみせる!」

 

 アキトの体から赤黒いオーラが放たれた。


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