竜騎士部隊の残していった飛竜の背に
暗雲を突き破り、青い空に到着する。
「───どうなっている!?」
そこでアキトは異変に気づいた。
魔物がいない。いや、全く居ない訳では無いのだ。だが、数が想定したよりも圧倒的に少ない。
アデルのように闇の兵士たちは力ある魔物へと姿を変えた。亜人兵が言っていたので間違いないだろう。それだというのに魔物の数が少な過ぎるのだ。
「……なにがあった?」
闇の王が倒されたのかと考えるが違う。
もし、闇の王が既に倒されたのならばアキトに闇の力の権限が強制的に伝授される。それが伝授されていないということは闇の王はまだどこかで生きている。
考えられるはアイリスと闇の王の間に何かが起きた。
「まさかッ、アイリス!!」
アキトは手網を握り締めると飛竜の背を叩く。
低い唸り声を上げると、飛竜は再び空を目指し始める。
白の大地が見えてきたそんな時だった。
「───!」
無数の光の刃がアキト向けて空から飛んできた。
腰に納めた剣を抜き、闇を纏った斬撃で光の刃を薙ぎ払う。それでも、斬り損ねた光の刃がアキトの体を切り裂き、体から血が滲み出る。
「ぐっ……!」
それと同時に肉体の瞬時再生が始まる。肉が切り裂かれる時とはまるで違う、ジワジワと襲い掛かる痛みに僅かに顔を顰めながら白の大地を目指す。
『───キシャァァァ!!?』
翼を貫かれ、バランスを大きく崩す飛竜。
飛竜の背中を蹴り、白の大地に剣を突き刺し、なんとか墜落を回避する。
「すまない……!」
飛竜に謝りながら、大地をよじ登り、なんとかして白の大地に辿り着いた。そして。
「……これは!!」
───その大地はアキトが嘗て見たものとは掛け離れたものだった。
ソウルに満ち溢れた大地は罅割れ。
草木の生い茂った森は黒ずみ枯れ果て。
大理石の敷き詰められた床は抉れ、地面が剥き出しに足り。
装飾の施された神殿は跡形もなく破壊され、見る影もない。
「───、一体……誰がこんな酷いことを……」
「……お前、は!?」
周囲の惨劇に嘆いていたアキトを呼ぶ声に思わず振り向く。華美な装飾が施された鎧は切り裂かれ、額からは血を垂れ流し、息も荒い。
「……ファイオス殿か」
「脱獄した、と聞いていたがわざわざ戻ってきたのか?」
「そんなことある訳ないだろ。それより教えてくれ、これは一体どういうことなんだ?」
アキトがそう言って視線をファイオスに向けると、ファイオスはアキトを睨みつけながら、その口を開いた。
「次々に闇に呑まれていく……俺の仲間を見ながら俺は何とか生き延び長らえていた、そんな時───?!」
ファイオスの体をナニカが貫いた。黄金に輝く金属の上から水色の魔力を纏ったその刃はどこか神々しさを感じさせる。
「ア、アイリス……様……ど、どうして……」
ファイオスの背後にいたのはアイリスであった。肉を焼く嫌な臭いがアキトの鼻腔を通る。
アイリスはファイオスの背中から剣を引き抜くと姿を消す。アキトは周囲を警戒しながらもその場に倒れ込むファイオスに近づいた。
「……なに、が」
「喋るな、血が出る。それにしても光の王が───アイリスがなぜ白の民に襲い掛かっているんだ?」
ファイオスは口から血を流しながら虚ろな目でアキトを見る。
「……そんなこと……俺が……知るか……」
「……酷いな。少し痛むぞ」
アキトは手に炎を灯すとファイオスの胸に押し当てる。
「あがっ!?がぁぁぁああ!!?」
「……我慢してくれ」
アキトはファイオスの背中にも同じように炎を灯した手を押し当てる。
再びファイオスの絶叫。アキトは嗅覚が狂いそうになるのを感じながらファイオスの傷口を縫っていく。
激痛に慣れたのか、それとも痛覚が消えているのか。ファイオスは縫われているというのに悲鳴の声を上げながった。
治療を終えると、ファイオスは怨嗟のこもった眼差しでアキトを睨んだ。
「もっとマシな、治療法は、なかった……のか?」
「あるならしているさ。だが残念なことに回復魔法は俺自身にしか使えない」
「……お前は、後衛には向かないタイプ……だな。援護魔法も……鍛えておいて……損はない」
「道は誰かが切り開かないと進まない」
終わったぞ、と言うとファイオスを担ぎ、周囲を見渡す。そこで、丁度陰になるところを見つけたので、そこにファイオスを寝かせた。
「……なにが、したい?」
「今アンタに死なれたら困るからな」
「……俺は、まだ戦え───」
刹那、魔力で覆った手刀をファイオスの首すれすれまで近づける。生唾を飲む音が聞こえ、緩んだ緊張感が一瞬にして元に戻った。
「この攻撃に対応出来ない今のアンタじゃ足でまといだ、って言えば理解してくれるか?」
「……」
「わかったならそこにいてくれ」
アキトはそう言うとその場から立ち去ろうとする。
「……なら、せめて……こいつだけでも」
ファイオスがそう言ってアキトに投げ渡す。
アキトは左手でそれを受け取る。投げ渡したものの正体は白銀の長剣だった。ヴァルアスとの戦いで折れずに耐えたファイオスの愛用している剣である。
先祖代々から受け継がれ、今のファイオスに受け継がれた年月を重ねた白銀の長剣。
「───いいのか?」
「……ここで……動けず戦えない……俺の元にいるよりは……お前が持っていた方がいいだろう」
「……。折るかもしれないぞ?」
「……その時は、その時だ……」
ファイオスはそう言うとゆっくりと目を閉じた。激痛と戦闘の疲労から気絶してしまったのだろう。
アキトはファイオスから受け取った白銀の長剣を握り締める。
「……安心してくれ。アイリスは俺が───」
その場に転がっていた手頃な鞘を拾い、白銀の長剣を納めると建物の陰から出た。
うんざりするほどの蒼い空と絨毯のように敷き詰められた白い雲。そこに孤独に佇む銀色の髪を持つ少女。
「───アイリス」
その声に呼応するかのように、アイリスは天空からゆっくりと舞い降りてきた。その姿は使命を
「……?」
長い睫毛で何度も白銀の瞳を瞬きさせながら、アキトを見つめる。
「……」
「……」
無言で睨み合うこと数秒。
アキトとアイリスの間に火花が散った。
アキトの持つ闇蝕の剣とアイリスの持つエル・ドゥ・リュミエールの剣同士が合わさり、火花が散ったのだ。
アキトはアイリスを睨みながら、アイリスはアキトを無情に見下ろしながら、お互いに剣を交えていた。
「どうして……自分の国を!?」
「黒も白も関係なく滅んでしまえば、均衡も保たれたまま世界に平和が訪れる───」
アキトの足元に魔法陣が展開、光の鎖がアキトの身体を拘束する。
「……ぐっ!」
「───だから私は……世界を殺します」
何故彼女がそんなことを言っているのかはわからない。
だが、一つ明確なのは今のアイリスは明らかに変だ。
「アイリス!正気に戻れ!!」
その返答は、魔法陣から伸びた光の槍であった。徹底抗戦、そういうことなのだろう。アキトの脇腹を槍が掠める。
「……ちいっ!」
闇は光に弱い。普段なら回避すら必要としない攻撃に、身体を焼かれるような激痛がアキトを襲う。
「……!」
鎖の拘束を無理矢理暴走させた魔力で暴発させ、拘束から逃れる。
右腕で脇腹を押さえながら、剣を構える。視界が霞み、足がふらつく。手に持った剣も地面に落としそうになるほど力が入らない。
そんな瀕死のアキトを逃すほどアイリスは甘くない。そのまま一瞬で距離を詰めると、剣を振り抜いた。
「───墜ちなさい」
右肩から袈裟斬りにされ、アキトは白の大地から落ちていった。
(……ここで、終わるのか?)
遠ざかっていく白の大地を見つめながらアキトは落ちていく。
(約束も果たせないまま……終わるのか?)
頭を過ぎるのは後悔。
自分の人生の振り返りなどではない。ただ一つ、アイリスと交わした約束。
(駄目だ……まだ終わっちゃ駄目だ……!)
視界がクリアになる。体は痛むが、魂は生きている。
(───アイリスを……助けるんだ!!)
手を伸ばしても届かない。どれだけ手を伸ばしてもアキトの手は白の大地には届かない。
(───魔幻獣共……)
アキトが取り込んだ造られた兵器たち。実体こそないが、闇の力はアキトの体の中で生きている。
(───俺に……力を寄越せ!!)
闇の大地にアキトの体が衝突しそうになったその時、アキトの体が赤色の光に包まれた。
───光が、晴れる。
龍の翼を背中に生やしたアキトは地面に衝突するギリギリの所で止まっていた。
「この力なら───!」
アキトは翼を動かし、白の大地を目指す。
───光という名の黒を手にした光の王アイリス。
───闇という名の白を手にした闇の王子アキト。
───両者の戦いが今、始まろうとしていた。