黒い肌に筋肉が隆々と盛り上がった腕でバンバンと手を叩く商人の男。
「さあさあよってらっしゃい見てらっしゃい!白との決戦なんて置いとけ!!時代を生きるにゃ食よ食!!」
商人がとんでもないことを言う様子をアキトは近くから見ていた。
商人はそんなアキトに気づかないのか、気楽に声を掛ける。
「どうだい!そこの格好いいお兄さん!今なら安く……ってうお!?」
「……相変わらずケチな商売してるんだな、あんたは」
「アキ……黒の王子様じゃないか!どうしてこんな辺境の地に?」
「戦力外通告を受けたんだ」
「あんたがいれば戦争なんて数日くらいで片付きそうなのにな……まさか、あんた叛逆とかお考えで?」
「……叛逆するなら、まず闇の王を討ち滅ぼそうか。手伝ってくれるか?」
「なかなか正直ですな!もしその時が来たら喜んで手伝いましょう!!」
ガハハ、と笑う商人に苦笑いを浮かべるアキト。
「しかし……供の者も付けず市場を散策ですかい?こりゃ一体どう言うわけで?」
アキトの肩をバシバシと叩いていた商人は首を傾げる。
「特に何かある訳じゃないんだ。ただ……民の暮らしをこの目で見てみたくなって」
「どうぞどうぞ!むさ苦しいところですがこんな辺境の地ならいくらでも!!」
その言葉にアキトは僅かに表情を暗くする。
「……やはり、生活は厳しいのか?」
「まあ……ワシらなんかより兵隊さんたちの方が大変そうでしょうからね」
「本当に辛いのはそれを支える人達だよ」
「勿体ないお言葉で。ですが存外、ワシらは普段と変わりないですよ。勝てば楽になるんでしょう?それまでの辛抱!!」
アキトは何とか作り笑いを浮かべ、言葉を返す。
「……そう、だな。そんな簡単なことではないけど……」
最後の方は聞こえないくらいに呟く。
すると、後ろの方からドタドタと慌てた足音が聞こえる。
「あー!あの人知ってるよー!!」
アキトはその声に振り向く。2人組の少女だ。
「おうじさまだー!!」
「おうじさま、こんにちは!」
片方の少女がアキトにお辞儀をする。
アキトは少女に目線を合わせるとにっこりと笑う。
「ああ、こんにちは」
その様子に商人は苦笑いを浮かべる。
「こらこら、まとわりつくなって。王子様は忙しいんだぞ?」
「そんなことはないよ、おいで」
アキトがそう言うと少女たちは目を合わせて笑うとアキトの腕に掴まる。
ふと、一人の少女がアキトに問いかけた。
「ねえねえ、戦争、勝つのー?」
それを見かねた商人が少女に注意するが、アキトが気にするな、と言うと商人は押し黙った。
「って言うか、アンタも人のことは言えないだろ?」
「それもそうですわ!ガハハ!これは一本食わされましたわ!!」
アキトは笑みを浮かべながら商人に言う。
───そんな時だ。
「王子、よろしいでしょうか?」
魔物兵がアキトを呼ぶ。
オーラが変わったアキトに商人は目を細くすると魔物兵を睨む。
「なんだい、あんた達は。人の店の前で何も買わず立つんじゃねえ」
「リンゴ三つだ。これでどうだ」
「お代は?」
魔物兵は鼻で笑ったあとに商人に言った。
「王宮にツケておけ」
「なら、今すぐワシの店の前から消えてくれ」
商人は魔物兵を睨みつける。魔物兵も負けずと劣らず商人を睨みつけるが、その間に立つアキトがそれを納めた。
「用があるのは俺だろ。関係の無い民に迷惑をかけるな───それで?」
「ただお呼びせよ、と」
「……わかった」
アキトは先を行く魔物兵を睨みながら少女たちに目線を合わせる。
「ごめんよ、もっと遊びたかったんだけど……もう行かなくちゃ」
「……大丈夫ですかい?いざとなればワシも行きますが……」
「引退したあんたまで巻き込む訳には行かないよ。大丈夫だ……子供たちを任せたぞ」
「……わかりました、どうかご無事で」
アキトは頷くと先を急いだ。
✧
闇の王の間にて。
アキトは巨大な扉の前に立つ。
「……本当に待っている者がいるんだな?」
「ええ」
「……」
アキトは無言でその重々しい扉を開ける。
中から凄まじい勢いで近づくナニカを横に蹴飛ばした。
「……お前は」
砂煙の中から一人の少年が出てくる。
赤い髪に黒いメッシュを入れた金目の少年。
───アデル。アキトが容赦なく叩き斬った少年。
「───ひでぇじゃねえか。何もぶった斬ることたぁねえだろ。仲間だと思ってたんだがなぁ?」
アキトは目を細めるとアデルを睨みつける。
「吐かせ。思ってもいないくせに……それに通りで呆気ないと思ったよ……」
「たりめぇだろ。俺だって一応後継者の一人だ。それも───」
アデルの周りを濃密な闇が覆う。
「───おめぇより遥かに《魔》に寄った、な……!」
アデルを見据える。
「なぜ光の王を狙った」
アデルは当たり前だと言わんばかりに口を開く。
「それが闇の王の望み、ひいては黒の王の意思だからに決まってんだろ?何言ってやがんだ?むしろなんでてめぇが止めたんだよ?」
アキトは口を開こうとしてアデルがそれを塞ぐ。
「───って言いてぇところだが、実はあれで良かったんだよ」
「……なんだと?」
アキトは目をさらに細める。
「光の王って言ったって実際はただの小娘さ。ああやって揺さぶりゃすぐに迷いが生まれる。そしたら屁でもねえ。同じくらいの力を持つもん同士がやりありゃ折れねえ方が勝つのがこの世の通りさ」
アキトは歯を噛み締めてから叫ぶ。
「……下衆が……闇の王の策略か」
「馬鹿にしすぎなんだよ、何奴も此奴も陛下を。より大きく生きようっていう本能があるからこそ知恵が生まれた、違うか?」
アデルはアキトにいやらしく笑う。
アキトは目を閉じてから目を開いた。
「……よくわかった。だからこの場で粛清する、って訳か」
アデルはおかしいものを見たように笑うと、涙目でアキトを見る。
「この状況でまだわかんねえアホがいんのか!?イキがんなや!!ま、暗黒騎士のアホもこのことは知らねえけどな!!」
「……なんだと?」
眉間に皺を寄せてアデルを睨みつける。
「俺には王の思考がよくわかる。闇にどっぷりだからな」
「お前だって……嘗ては!」
「嘗てぇ?んなもん忘れたよ。まあそんなことたァどうでもいい。おめぇやグローザを遠ざけたのも白に転ぶ危険性があったからよ」
自分ならともかく、王家のグローザが……?
「比喩表現だ、間に受けんなバーカ。使い辛ぇってだけのはなしだろ。それに闇の王が本気になりゃてめぇなんてただの石ころだ」
「……」
アキトは無言でアデルの言う言葉を聞く。
「───聡明なあの方はそれにも油断しねぇってだけのことなんだよ!!」
本当にもう戻れないのか───アキトは少し迷いながらも剣を抜いた。
「……」
「もう話はいいだろ?やんぞぉ!!」
アデルが姿を大きく変わる。
人間だった体は魔物のような肉体へ。
「……」
アキトは無言で剣を構えると地面を軽く蹴った。
『死ねぇ!!』
アデルの魔力の弾がアキトに襲い掛かる。
「───こんなもので闇の王候補を名乗るのか、アデル」
魔力の弾を切り飛ばしながら、アデルに近づく。
「……(お前の意思は本当にそれなのか?)」
『喰らえぇ!!』
裂帛の気合いと共にアデルの爪がアキトに襲い掛かった。
だが───
「……これが本気か」
アキトは左手でアデルの爪を掴むと、粉砕する。
『───なんだと!?』
アデルはアキトから距離を取ろうとするが───
「……もう終わりにしよう」
アキトの振り上げた刃が、アデルを股下から一直線に斬り上げた。
アデルはケタケタと不気味な笑いを浮かべながらアキトに言葉を放とうとするが、それをすぐにアキトが遮る。
「───お前の行動が時間稼ぎなことくらいわかっている。お前は───アデル・カルケードは勝てない戦いはしないはずだろ」
『く、くく。最初からお見通しだった……って訳か』
「……確信に変わったのは斬った時だけどな。それに……この兵の少なさを見れば自ずと導き出せる」
アキトはポタポタと滴る血を切り払うと、アデルに視線を向けた。
『王が……始祖のルーンを取り込めば全てが黒に染まる……』
「……やはり、彼はそんなしょうもないことを考えていたのか」
『……何もかもお見通しだったのかよ。畜生が……』
アデルは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
『お前はいつだってそうだ……俺より先に行きやがって……』
アキトは無言でアデルを見下ろす。
ソウルがアデルの体から溢れだしている。そう長くないだろう。
「……アデル」
『畜生……最後くらい……勝たせてくれてもいいじゃねえかよ……』
「……それはお前の本心か?」
『ったりめだろ……でも……本心ぶちまけられたからまだいいか……』
だが、その顔はどこか満足したような顔で。
『……嗚呼、やっぱり……お前には敵わなかったよ……アキト……勝ちたかったなぁ……』
気味の悪い笑みではない、普段のアデルの笑みを浮かべながら、アデルは闇へと還元されていった。
闇の王の元へ力が行く前に、アキトは闇蝕の剣でその闇を吸い取り、無言で剣を納めた。
「……馬鹿野郎。なんで力なんかに呑まれたんだよ……」
アキトはそう言うと天を睨む。
「───闇の、王!」
目指すは───アイリスの場所へ。
アデルくんのキャラが変わる。誰だお前。
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