白猫あうあう物語   作:天野菊乃

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改:2022年2月12日


アイリス、恐怖する。

 白馬の王子様、というものを信じるだろうか?

 歳半ばも行かない少女が、誰しもが一度は夢見るに違いない。そんな存在だ。

 そんなアイリスにも白馬の王子様が現れた、なんて一瞬思ったのだが。

 

「───アンタがアイリスか?」

 

 底冷えしたような声に、ガラの悪い目つき。これが白馬の王子様というのは嫌すぎる。

 そこで、目前にいる少年を見て、ああと納得するも、疑問に思う点がいくつも生まれた。背後に突き刺さっているのは、この人物によく似た青年が使用していた剣だからだ。しかし、その剣を使ったのはチュートリアルの時の一度のみで、他で使用しているところは見たことがない。

 そして、気になるのは赤い頭髪に刻まれた黒いメッシュ。原作にはない特徴に一瞬、誰だと思ってしまったのはこのせいかもしれない。しかし、その瞳の色を見て考えを改めた。

 青空のように澄んでいて、綺麗な青色をしていた。そこでようやく、この人が主人公なのでは、と思う。

 しかし、凄んだだけで息の根を止めれそうな目は何なのだろうか。いつものニコニコは何処へいったのだろう。

 いつまでたっても答えないアイリスに痺れを切らしたのだろう、赤髪の少年は目線を鋭くしてもう一度訊ねてきた。

 

「もう一度聞くぞ。アンタがアイリスか?」

 

 茫然自失としているアイリスに赤髪の少年は小さく息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「このまま置いていくか」

「貴方の言う通り、私がアイリスよ」

 

 このいつ何が襲いかかってくる森に一人取り残されるのは嫌だった。アイリスの答えに少年は振り返る。

 

「そうか。お前はあそこで叫んでるバカネコの飼い主か?」

「バカネコ?」

 

 少年の後ろで「ギニャァァァァ!!!」と叫ぶキャトラ。

 

「飼い主ではないけど」

「ほう」

「一応私の友達よ」

 

 ここでもしキャトラ殺されたら話が終わってしまったかもしれない。立ち上がった少年を制することに何とか成功した。

 

「友達?」

 

 主人公はわけがわからないといった表情を浮かべながら首を横に傾げる。正直、アイリスだって何を言っているかわからない。正気を疑われても仕方ないだろう。

 

「じゃあこのバカネコとお前は友達と?」

「そうよ」

「斬る」

「なんでぇ……?」

 

 親切に答えたというのにこの仕打ちだ。泣きそうになってしまう。

 理由を訊ねると、横暴ではあるが、分からなくもない理由であった。

 

「俺のポーチを奪ったんだ」

「そうなのキャトラ?」

 

 そこで悶えてるいるキャトラに問いかける。

 

「し、仕方ないじゃない!アイリスを助けるためだったんだし!!」

「逃げたのはキャトラよね?」

「そ、それは……!」

「それに人のものは取っちゃいけないよ」

「う、うぅ……」

 

 自分を助けるために危険を顧みず行動を起こしてくれたのだろう。そこは感謝するが、だからといって自分が大切にしているものを奪われたら誰だって怒る。聖人君子ならもしかしたら怒らないかもしれないが、今回は相手が悪かった。

 キャトラを抱き上げて目前まで持ってくる。

 

「ほら、謝ろう?ね?」

「ア、アイリスゥ……」

「私も一緒に謝ってあげるから」

 

 キャトラにそう言うと、少年の方を振り向いた。

 

「あ、あの……」

「……」

「……先程はキャトラがあなたに迷惑を掛けて……」

「……」

「すみませんでした……」

 

 斜め45度の綺麗なお辞儀。完璧だ。心の中で自分自身を賞賛していたその時だった。

 

「……頭下げてるんだ?」

 

 欠伸混じりの低い声が頭上から聞こえ、よろけそうになってしまう。

 目を剥きながら少年を見つめると、彼は後頭部をかきながら答えた。

 

「話が長くて退屈だったんでな」

 

 ここまで人を思いっきり殴りたいと思ったのは初めてかもしれなかった。しかし、ここで殴ったら返り討ちにあうのは目に見えている。

 心の中に灯った闘争の炎を沈め、小さく息を吐いた。

 

「……で?いつまでアンタらはそうしているつもり?」

 

 少年は目をゴシゴシと擦ると、青い瞳をこちらに向けながら言う。

 

「えっと……いいの?」

「頭下げてるってことは謝ったんだろ?ならいいよ」

 

 大きな欠伸をしながら答えた。

 

「それで、バカネコは謝ったのか?」

「謝ったわよ!それに私はキャトラよ!!」

 

 謝ってないでしょうが。言いたい気持ちは山々だったが、ここでもあえて言わないようにする。

 少年は頷きながら腕を組んだ。

 

「わかった白猫」

「バカネコから白猫になっただけじゃなーい!!」

 

 ギャーギャー言っているキャトラを無視して少年はアイリスの方を向く。

 

「アンタ……えっと……アイリスだっけ?」

「あ、うん。そうだけど」

 

 かつての本名は忘れた。この世界で暮らす上で都合が悪いと思った神さまが勝手にそうしたのだろう。名前が二つあるのは不便だ、神様なりの配慮だったのだろう。

 少年は深刻そうな顔をしながらアイリスの肩をガシッと掴んだ。

 その際、ひんやりとした手が肩を刺激して思わず小さな悲鳴を漏らしてしまう。

 少年は鬼気迫る表情でアイリスに訊ねた。

 

「アイリス、あんたこの森の抜け方、わかるか?」

「えっ……?」

 

 どうやらこの森から抜けるのは時間がかかるのかもしれない。




書いた当時はまだ『黒の剣』が実装されていなかった(はず)

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