OVER or LORD   作:イノ丸

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~あらすじ~
オリ主組は仲を深めつつ、カルネ村で謎のアンデッドと出会った。
どうなる!?
尚、プロローグでネタバレな模様。


1-6-1 されど、者たちは争うか

「この村を襲っている騎士を殺せ」

 

 殺気を含めた咆哮が空気震わせ死の騎士(デスナイト)が村の方向に、踵を跳ねる如く駆け出していく。

 猟犬のように淀みが無く、迷いのない走りで命令を実行しようとする確かな意思を感じさせた。本来なら召喚者を守る存在である死の騎士(デスナイト)は傍らで待機し襲ってくる者を迎撃するが、それだけではなくなっていた。

 自由度が上がり、自ら考えて行動を起こしている。

 命令を下した本人が困惑し、盾が守るべき者を置いていくべきではないとか、結局命令したのは俺だけどと、うだつが上がらない事をモゴモゴと呟いていた。

 現時点で盾役が居ないという不安は後衛としてはなんとも言えないもので、周辺の敵の強さが分らない以上助けた姉妹を守り切れる自信が無い。使用回数制限があるが魔法職の後衛が素のままで居るというのは裸同然、今度は死体を使わずにもう一体生み出し自身を護る用にしよう――モモンガはそう思っていた。

 

 

 ガサッ。

 

 

 葉の擦れ合う音が唐突に聞こえ、モモンガは其方に注意を向けた。

 雑木の間から現れたのは白の少年。

 モモンガは狼狽える。姉妹と同じ服装なら動揺することもなかったが少年の纏うそれは着るというより、装備といった防護を目的としたもので、細かな作りや刺繍が並大抵の物じゃないと調べなくても判明するものだった。モモンガと同レベルの装備ではないかと思わせるほどに。

 少年は此方に歩いて来てモモンガと姉妹の間に立ち、向かい合う。

 極秒の沈黙。少年の視線は眉を潜ませ、モモンガと目を合わせた――目玉などモモンガには無いが。

 

(何だこいつは? 何者だ? 装備が明らかに異質……何故、少女たちの間に立って俺を見ている!?)

 

 姉妹たちの怯えは少年の登場で多少和らいだが、絶えずモモンガに注がれている。

 見捨てようとしてたが、結果的に助けたからには命の恩人として然るべき――モモンガはそう思っていた。

 でも、考えてほしい。ここはユグドラシルではない。

 風貌が魔王のアンデッド、助けるためとはいえ襲撃者を即殺、殺した襲撃者の死体を使ってアンデッドモンスターを創造、そのアンデッドモンスターを村にけし掛ける――助けるためとはいえ、傍から見る者には正義の味方に決して見えない。

 ユグドラシルでは当たり前の姿だったため、モモンガはそこを欠如していた。現実化に当たりアンデッドは忌むべき存在であり、そのせいで姉妹たちが怯え切っている事を”襲撃者に殺されそうになっていたため怯えている”のだと勘違いをしていたのだ。

 

 モモンガは動揺したが精神抑制の域には達していないらしく、如何するかを考えあぐねている。

 

(もしかして、ユグドラシルプレイヤーか? だとしたら……俺が襲ったと勘違いしている? それなら、誤解を解かなくては……惨状に関しては少女たちを助けるためにやむを得なかったと……)

 

 モモンガの警戒が低かったのは、目の前の存在が装備を含めても少年なのが大きい。

 これが、他の存在――二メートルを超える大男だったなら話がまた違ってきた。動揺は最高潮に高まり、精神抑制され即座に対処に移っただろうが、姿が少年なので多少なりとも油断があったのだろう。後続にアルベドも来るから、と安心感があったのかも知れない。ユグドラシルプレイヤーだったとしても二対一になり、此方が優位になるからである。

 

(えぇ……話しかけようとしたら、動くなとか……どうすればいいんだよ……)

 

 モモンガが話しかけようとした時、少年は此方に向けて腕を伸ばし手の平を見せる。受け取る側からしたらそれは一歩も動くなであり、話し合いをしようとした者の切っ掛けを折る行為でもあった。実際には話していないので、相手にとっては分らぬ存ぜぬに違いないのが悲しいところではあるのだが。

 

 どうしたらいいか分からずモモンガが意気消沈する中、異変が起きた。

 

 

 グラリ――と、眩暈を感じた。アンデッドであるモモンガが。

 

 

 身体的にはどこも異常を感じ得ず、意味が分からずたたらを踏む。

 何が起きた? 何かされたのか!? そう考え、少年の方をチラリと視るが当の本人も困惑しており、何かをしてくる気配すら感じなかった。

 揺れる意識を抑える為に手で頭を支える。

 自身の不調の原因が解らずふら付く中、少年が心配してか案じる声まで掛けてくれるのが妙に申し訳なくなり、恥ずかしさが込み上げてきた。気に掛け、心配してくれている者に向かって疑う事自体が恥ずべき事。不調が治り次第、現状について少年と話し合いたいと真剣に思った。特に、同郷(プレイヤー)か否かについては特に強く。

 何も仕掛けてこない故の油断であった。

 

 そう思っていると、後方から何かが来る気配がする。

 

「準備に時間が掛かり、申し訳あ――」

 

 転移門(ゲート)から、漆黒の鎧に包む者――アルベドが来たのだ。

 ベストタイミングとはこの事かと、モモンガは歓喜の中で声が出ない己をもどかしく思いつつ、彼女の到来を心より喜ぶ。

 これで諸々の話し合いが円満に進むことは間違いなく――

 

「――りぃぃぃぃいい如何なさったのですかぁぁぁぁ!!? なぜ、なぜなぜなぜなぜ?! わ、わわ、わたしの愛してる御方が、く、くくく、苦しんでいるなんてぇぇぇぇ?!!」

 

 ――と、思っていたがそんな考えなど無くなってしまう程、此方を見るや否やアルベドは取り乱し声を上げた。

 絶句である。最早それしかない。

 モモンガは中身の淑女然としたアルベドを知ってるので、この変わり様の衝撃は凄まじく、思考という行いを吹き飛ばした。

 

「わ、わわわたしが準備に時間をかけてしまったがために、このようなことにぃぃぃ! だれだぁっ! だれがやったぁっ!? 見つけ出して考えれるだけの苦痛と言う苦痛を味あわせてやるぅぅぅっぅぅうぅぅう! 先ずは四肢をじわじわと潰してええぇぁぁぁっ! だれだぁっ! だれだれ? だれぇ!? 憎いにくいにくいニクイニクいにぐぃぃぃぃぃぃ! あああぁあぁぁぁぁっ!」

 

 兜を何度も叩き、掻きむしり、怨嗟の雄叫びを轟かせる。

 暴風そのものである。

 怒りは風を荒々しくさせ、ありとあらゆる物を巻き込み飲み込んで崩壊させる。呪いの言葉と供に湧き立つ邪悪な存在が、ずるずると彼女の足下から出てくるようにさえ見えた。

 恐怖の訪れである。

 少年もアルベドの異様な憤りに眉を顰め、驚きの表情を形作り、一歩ザシリッと音を立てて後退した。

 

 音を聞き、アルベドの動きが唐突に止まる。ゼンマイ仕掛けの人形みたく、ゆっくりと少年の方へ向いていく。

 

 このままでは不味い。

 現状からアルベドがモモンガの不調は少年が原因で引き起こされたと関連付けるはずだ。ユラリと戦斧を持ち上げ、ギリギリと握り手に力を込めている。アルベドの中で確実に不調は少年が原因で起こったと、決定付けられている。

 

「おまえかぁぁぁぁぁっ! 至高の存在を害するゴミがぁぁぁ! 斬り刻み! 叩き潰し! 肉塊にしてやるぞぉぉぉぉぉ!」

 

 アルベドが跳んだ。

 力を溜め、つま先を地面に抉らせ、爆発させる跳躍。

 モモンガは声を張り上げ彼女の名前を呼ぼうとしたが、か細い呻き声に近いものしか出ず、その呼び声も風にさらわれ消えていった。目で追う事さえ難しい前衛職の動きは、少年を逃がさず追い詰めていく。不調が徐々に回復し、支える手を離すころにはアルベトが少年を捕らえていた。

 戦斧が少年の手を裂き、めり込ませ、血が空へと躍り出ている。

 紅華とでも言えようか。

 美しいとさえ思わせる鮮血の煌めきは大きく二つに開かれている。アルベドが力を入れ続ける度に、更に更にと開かれ戦斧が少年の血で綺麗に彩られる。鈍い緑色の戦斧が赤色に生まれ変わった瞬間であった。

 アルベドの甲高い声、少年の苦悶の相、驚嘆の声が少女から響く。

 止められなかった。

 深い後悔の念が浮かんだが、それも徐々に消えていき、落ち着いてくる。モモンガが今終わらせなければいけない事は、残っている不調を消す事である。アルベドが来た以上、身の危険は保障されたと言ってもいい。万全に戻った時に止める事が出来るなら、その時止めたらいい。

 

 

 

 ――最も、その時に少年が少年の形で残っていたらの話になるが――首が繋がってるのを祈っている。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 漆黒の暗黒騎士がフォロウに突撃を開始した。

 驚愕に戸惑ってる場合ではなく、対策を講じなければ凶刃はフォロウに容赦なく襲い掛かり、身を引き裂くだろう。暗黒騎士の戦斧はすぐそこまで迫っていた。

 即座に”高速思考”を発動し、体感時間を延ばす事で絶対的思考猶予を獲得する。

 下段から右斜め上の斬り込みを斬撃の型から予測し、回避を行う手順を確立させた。

 斬撃が空を斬り、回避は成功される。髪が数本宙に舞う。僅か数センチの猶予であった。

 

「待てっ! 僕は攻撃をしていない! 斬り掛かるのを止めてくれ!」

 

 本来ならば、予測できても身体は付いていかず凶刃はフォロウに食い込んでいただろう。それを可能にしたのは、村人を助けるために事前に掛けた<加速(ヘイスト)>が作用しての事。それが無ければ刃はフォロウを裂いていた。

 暗黒騎士を落ち着かせる為、即時停戦を訴え掛ける。

 

「白々しいぞぉぉぉ! 至高の存在を害するゴミがぁっ! 四肢をミンチにし、お前が害した何倍もの苦痛を与えてやるからなぁぁぁっ!」

 

 まったく話が通じない。それに事は終わりではなかった。

 暗黒騎士は空振りが分かると次々に斬り掛ってきた。

 脚に、腕に、腹に、肩に、首に、頭に、斬りと突きによる怒涛のラッシュが始まっていく。

 ”高速思考”が各攻撃の随所で発動し、猛威を振るっていた。考える誰かを待たせる必要が無い特殊能力と思っていたが、とんでもない。フォロウの死地を脱する重要な特殊能力になり、現在そのおかげで命を繋ぎとめている。

 

(クソッ! いきなり発狂して襲い掛かるなんて! あのアンデッドもなんで止めないんだ!?)

 

 悪態をつき一際長く”高速思考”を発動させ、思考の世界へ浸る。

 暗黒騎士の動きは徐々に速さを増している。回避だけではジリ貧で追い込まれ、最後には戦斧が深くフォロウの身に食い込む。暴風の如き暗黒騎士を止めるには――フォロウも攻撃するしかない。

 

(……やるのは簡単だが、やってしまっては後が大変になる……ここに来た目的はコレではないのに……)

 

 アンデッドは頭に手を当てている。何かしらの不調が降りかかりそうなった。

 苦い思いが脳内に広がる。思い当たる節がフォロウには有ったが、アレはあのような作用を引き起こすものではなかったはずで、アンデッドの状態が悪くなる効果を付加させるものでもない。

 

 ――時は、最初の出会いに少し戻る。

 

 フォロウはアンデッドと対面し、如何するかを悩んでいた。

 装備の質から同郷(プレイヤー)の可能性が高いと言っても、それに当てはまるとは限らないからだ。別世界のここの情報を取得してる最中で襲われている村へと介入してる手前で出会い、自分たちより遥かに弱い存在しか情報が無かった先で、確実に強いアンデッドと遭遇した衝撃は大きい。

 相手の情報が少ない。あるのは装備の質と魔法が高位階でアンデッドモンスターの創造のみ、圧倒的に少なかった。

 聞けば良い。そう思考に過ぎるが、すぐに隅に放り投げる。愚策も良いところだからだ。

 襲撃者だからといって躊躇なく殺す存在に、此方の情報を渡すべきではない。ユグドラシルプレイヤーか? と尋ねて可でも否でも相手は此方の詳細を欲するだろう。馬鹿正直に答える必要はなく、話に合わせて嘘を述べるだけでも良い。相手に手綱を握らせるのは最も外すべきで、行ってはいけない。確実性に欠けるのだ。

 

 如何すればと悩む中フォロウに妙案が浮かぶ、名前が分かればいいのでは、と。

 ユグドラシル(ゲーム)では、奇抜な名前のプレイヤーは巨万といて、ギルド<キングダム・オブ・キングス>でも、王列仲間のワイルド・パ・パンチや艶羽艶夜(ツヤハネアデヤ)などの個性的な名前が存在した。目の前のアンデッドが同郷ならば、特有の名前である可能性が極めて高く、そうでないならばこの世界の存在である事が分かり、名前さえ事前に分かれば相手への優位性(アドバンテージ)を獲得できる。相手に悟られず知る方法、その手段をフォロウは持っていた。

 迷わずその手段、特殊技術(スキル)を行使する。

 

 ――特殊技術(スキル)対象視察(パーソナル・アナライズ)――

 

 この特殊技術(スキル)は相手に気取られずに、全ての妨害ないし攻勢防壁を貫通して詳細を取得する。

 聞こえだけで聞けば破格の特殊技術(スキル)だが、この特殊技術(スキル)は、はっきり言って役立たずだ。対象と面向かいでないと発動できず、発動しても同レベル帯では必ず失敗し、レベル差があっても八割超で失敗する。正直言って自身の職業(クラス)構成上で必要なくとも取得してしまった戦術にも戦略にも含まれない死に特殊技術(スキル)でしかない。

 しかし、この特殊技術(スキル)で確実に分る情報がある――キャラクター・ネームつまりは名前だ。

 他の情報――所属、種族、職業(クラス)、装備、能力値――どれも判明しなくても名前さえ分かれば、少なくても対処の方向性は定まる。同郷ならばその流れで話を通し、違うのならばユグドラシルの情報を隠して話を通せばいい。どっちにしても損が切れ、同郷ならば得が得れる。試してみて損はない、実行に移すには十分過ぎた。

 フォロウは対象に手を翳し、特殊技術(スキル)を発動させた。

 

 ――結果は今に至る。

 

 アンデッドは不調を起こし、暗黒騎士に襲い掛かられた。想定した結果にならず、フォロウの頭は痛みを訴えた。

 

(最低限、名前が分かる対象視察(パーソナル・アナライズ)が完全に通らなかったなんて、初めてだ……何故だ? この世界独自の阻害方法? 同郷ではないのか? アンデッドは何故苦しんでいる? まだ、あのアンデッドは治らないのか!?)

 

 空気を切り裂く突きを身を反転して回避をする。貫かれでもしたらひとたまりもない、緊張から唾を飲み込んだ。

 

「ひぃッ!」

 

 悲鳴が聞こえた。少女の、姉妹の声。髪が突きの勢いで舞っていた。

 フォロウは背後を反射的に見た。回避に夢中で姉妹たちの事を念頭に置いておらず、後方に下がる形で詰めてしまっていた。もう後方には下がれない。下がってしまったら姉妹たちが暗黒騎士の攻撃に晒され巻き込んでしまう。失態から、奥歯を強く噛み締めた。

 

 暗黒騎士はピタリと動きを止めると、大きく上段に戦斧を振り翳す。薄い笑い声が聞こえる。

 フォロウの背筋に汗が一筋流れ落ちた。この斬撃は、自分が避けたら姉妹たちが代わりに受けるぞ、と物語っている。

 暗黒騎士の性悪さに怖気が走り、身震いをさせた。此奴は姉妹に斬撃が当たるのをあえて選択して、大振りの振り下ろしを選択した。先ほどの姉妹を気に掛けた素振りだけで判断して、巻き込む形の振り下ろしを行おうとしている。お前が受けなければ、姉妹が受けるという脅しに違いなかった。

 

(――無関係の者をワザと巻き込むだとっ?!! クソがッ!)

 

 力を目一杯溜めた一撃が轟音とともに振り下ろされる。

 フォロウは、回避が出来ない。

 ”高速思考”で引き延ばされた時間の中で、如何すれば被害が少なくなるかを必死に考える。怒りと焦りの末に導き出された答えは、右手を捨てる事だった。

 左手は捨てられない、いざという時の為に必要だからだ。

 斬撃の軌道上に右手を置き、右腕の肘程に左手を添える。迎い受けるための固定台、戦斧を迎い撃つ為の肉と骨の盾、身体に斬撃を受ける訳にはいかない苦肉の策。

 ”高速思考”を合間に合わせ微調整を行う、確実に手の平から真っ直ぐ受けなければいけない。

 緊張が走る――刃はすぐ傍まで到来している。刃が食い込むのはもう直ぐだ。

 手の平に戦斧がめり込み皮膚が割ける。割けるだけでは終わらず、肉を割き、骨を分断し、一本の腕を二つに別れさせた。

 痛みはない、それよりも割ける速度が早く置き去りにさせる。血が噴き出し、意外にも綺麗に自身の手の断面から、同じく綺麗なピンクと白がチラリと見えた。現実感が一瞬置いてかれたが、中身がしっかりと詰まってるのを確認できたので、逆に手放さずに済んだ。虚構でない現実が今をガシリと繋ぎ止める。

 分断は終わらない、終わってくれない。ズプズプと戦斧が奥へ、奥へと突き進み、腕の半分まで到達しようとしている。

 

 数センチ。肘付近に添えられた左手に差し迫った刃がもろ共巻き込み、断ち斬ろうと迫っている――

 

 

 パギィィィ――ィィィッン。

 

 

 ――突然戦斧が突き進むとは逆方向に、勢いよく弾け飛ぶ。

 

 暗黒騎士が驚きの声を上げた。

 意味が解らず武器に引っ張られる形で供に己も飛ばされているのだ、しょうがないのかも知れない。武器を手放せば飛ばされないが、そんなことはできないだろう。

 

 <動的な残響(キネティック・リヴァーバレイション)

 

 フォロウが不敵な笑みを浮かべ、暗黒騎士が吹き飛ばされるのを見た。

 近接攻撃の勢いと力をそのまま反射する魔法を無詠唱化して相手の武器にぶつけたのだ。暗黒騎士の対策はどうか知らないがこの魔法は抵抗(レジスト)に成功しても失敗しても、勢いは無くならず効果が及ぶ。攻撃者を退けるには打って付けだった。

 

 ただし、近接攻撃を受けなければ成立しないこの魔法は、ダメージをもらう事が前提で、受ける場所が重要だった。手で受けるのが最も無難で、他の個所で受けようものなら回避に支障が出る。腕で済んだ上での笑みであった。

 だが、支払った代価は安くなく、フォロウの腕は花のように開いていた。

 未だ、痛みはない。麻痺してるのかと思ったがどうやら違う。感覚的にダメージを把握し、この程度なら痛覚を刺激する程でもないと身体が判断している。見た目ほどのダメージは無く、割かれた根本から癒着が既に始まっていた。冷静に判断出来ており、通常の人間ではあり得ない状態、あり得ない光景だった。

 普通の人間ではこうはいかない。自身(フォロウ)が人間ではないと、実戦という実践で、認識した瞬間である。

 

 

 ――だからどうした。今はそんな事(人間かどう)かなんて気にしてる場合ではない。

 

 

 肘から割かれた腕を一つに押し纏め、フォロウは瞳に力を入れる。

 グチャリと切断面が閉じ、二つが一本に纏まった。退けたといっても一時的に過ぎない、暗黒騎士は吹き飛ばされた先で体勢を立て直し、再び向かってくるだろう。その時に次の対処手段を講じなければいけない、その為の時間(距離)を稼げたと。

 

 

 そう、フォロウは思っていた――だが、それは甘かった。

 

 

 吹き飛ばされた暗黒騎士を見てフォロウは驚愕した。

 飛ばされると判断するや否や身体を捻り、空中で回転をし始めた。縦から横へ勢いを回転エネルギーに変換し、後方直進を消す武器を振り回す様は台風そのもの。局所的に風のうねりを発生させ、回転が弱まると距離を開かず低く着地を行った。15フィート――距離にして5メートルも稼げなかった。

 ユグドラシル(ゲーム)なら何倍も距離を離せる魔法でも、現実では応用次第で対処できると、目の前でまじまじと見せつけた。魔法の効果を過信し過ぎた失態に他ならない。

 

「――ゴミが何をしようとも全ては無駄な事……無様ね?」

 

 ユラリと暗黒騎士が立ち上り、歩き出す。

 走りもしない、慌てもしない、ゆっくりと戦斧を振りながら確実に歩を進めていた。またもや、薄い笑い声が微かに聞こえる。

 

「……四肢の残り三肢。左手、右足、左足……同じく割いてからミンチにしてあげる。避けてもいいのよ? 私は一切変えずに、真っ直ぐに打ち込む――」

 

 落ち着いた綺麗な女性の声。だが、その言葉は不穏な言葉を綴っていた。

 

「――もう一度言うわ。避けてもいいのよ? お前が下等生物を見捨てるだけでほんの些細な時間だけど、存命できる。なら、考えるまでもないわよね? 早々に見捨てた方が正しいって事は……分る筈よ?」

 

 暗黒騎士は三度戦斧を振り、フォロウに笑い掛けながら促した。

 

 冗談ではなかった、考えを巡らせる――既に晒した手は二度は使えない、次は応戦を視野に入れなければいけない――確実な攻撃をするのだ。

 後衛構成のフォロウでは、防衛はこれ以上は持たせられず姉妹を護り切れない。アンデッドの仲裁も期待出来なかった。最悪、不調が治ったアンデッドも参戦してくるかも知れないが、暗黒騎士を退けなければ次もなく。それ故、攻撃もやぶさかではない。

 

 構える。迎撃の魔法は脳内で決められた。

 構えに合わせて暗黒騎士が跳躍する。軽く行われたがひと飛びで三メートルを越える跳躍、漆黒の鎧が太陽で怪しく煌めいた。空中で捻りを加え、戦斧を引き絞っている。

 無駄でしかない動き、フォロウが避けれないと知って見下している。兜の中身はきっと歪んだ笑顔で満たされているだろう。口が裂ける位大きく口角を上げ、歯を兜の中に幻視させる。

 

 ――良いだろう……そこまで言うのならば捨ててやる……正し、お前にだがな。

 

 我慢の限界であった。内心を例えるなら、赤く燃える炎ではなく、それは青く燃える炎。

 落ち着き大人しい青い炎は見た目と違って赤い炎より温度は高い。大きく燃える事はない感情が底近くまで落ち込み、グラグラと水分を飛ばし煮つけていく。

 急速に冷めていく感情に引き寄せられ顔は無表情になり、相手を出来るだけ傷つけ無い事を辞めた。フォロウにあったのは、下に見る愚か者を確実に叩き伏せる事しかない。所謂、一種のプッツン――キレた状態であった。

 

 左手を暗黒騎士に向け重ね、ギリギリと握りつぶすように力を入れていく。

 

「<押し潰す(クラッシング)――」

 

 魔法が構築され、発動されようとしていた。

 一節もしない間に攻撃魔法は暗黒騎士に襲い掛かる。暗黒騎士が警戒してか空中で引き絞りを解放し、速度を増したがもう遅い。これを起点とし、止めどなく続く魔法の連打で愚か者を滅する。

 わざわざ無詠唱化しないのは驕った者に対するフォロウなりの手向け、どれだけ速さが増そうが詠唱が終えるのが早い――はずだった。

 

「――なんでっ!?」

 

 フォロウの顔に感情が灯る。

 金属がぶつかり合った音が響いた。

 暗黒騎士が驚愕の声を上げる。

 戦斧を盾で防いだ者が立ち塞がった。

 

「――ハラート!」

 

 青銀の騎士が外套を揺らめかせ、暗黒騎士を無情の瞳で見据えていた。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 暗黒騎士――アルベドは突然現れた青銀の騎士に警戒し距離を取った。

 少年(ゴミ)青銀の騎士(下等生物の男)に対して警戒するなど、至高の四十一人、ましては自身がちょー愛してるモモンガ様の前で行うなど、虫唾が走る思いだったがそうも言ってられなかった。

 目の前の騎士の纏う(オーラ)がアルベドを強く打ち付けたのだ。

 それは殺気。此方に絶え間無く注がれている気は、激流を無理やり型にはめて取り繕った歪な形。秩序とか善とかを重んじる偽善者特有の胸焼けを起こす類のもので、良く見せ様とする姿に吐き気を催す程だった。

 

 背後を一目見る。愛してる御方の姿を見れば、吐き気も収まった。

 

 憎い、憎い憎い憎い。モモンガ様が不調に頭を支えたその時を目撃した時は気が狂いそうだった。

 あのゴミ。まだ、四肢を全て割いていない。早々に割いてミンチにしないと気が収まらない。

 そうすれば、愛しい御方の不調は完全に回復する。

 その後で、私は御方自らで罰して頂くのだ。くびき殺されてもいい。愛してる御方に引き殺されるならそれこそ本望だからだ。考えるだけで幸福が足先から頭まで駆け上る。あぁ、私の愛してる方に早く跪きたい。

 

 それには、目の前のゴミと下等生物の男が邪魔だ。

 至高の存在。それもナザリック地下大墳墓の絶対たる支配者モモンガ様を前にして、不逞を働いた者が居るなんて唯の死など生温い。ゴミは四肢をミンチにしたのち、生きながら凌辱の限りを尽くし殺す。邪魔をした下等生物の男は首を斬り落とし、御方に献上しよう。下等生物の小娘たちに関しては――四肢を潰したゴミの前でゆっくりとミンチにすればいい。

 計画(プラン)完璧(パーフェクト)、ゴミと下等生物たちに最も相応しい。

 

「……キ、聞きたい事がある。何故、この方がヤ、刃を受けたのか貴女に聞きたい」

 

 下等生物の男――青銀の騎士がアルベドに問いかけてきた。感情が伴っていない、固い微笑みを向けながら。

 アルベドはその微笑みに反吐が出る思いだった。見せかけだけの仮面程、醜悪なものはない。そもそも下等生物全ては醜く底辺な存在であり、偶々生きながらえているだけという事を自覚してない愚かな生き物だ。絶望に叩き落し、踏みつぶして地面の染みへとしてしまいたい。

 

「――答エ、ては貰えないだろうか? 何故、貴女はこの方に刃をム、向けたのか?」

「……貴方の後ろの者が、私の仕える至高の御方へ不逞を働いたからよ。当然の行い、当然の結果ね」

「……貴女の後ろの御方か? どこも損傷が見受けられない。何故、貴女はこの方にキ、斬り掛かっていたのだ? 教えてク、くれ。何故、主の腕がサ、割けられねばいけなかったのか――」

「そうね……しいて言うなら――」

 

 ゴミと下等生物の男の関係は主従と見て間違いない。何と言う様にならない形式だ。

 あのように様にならないゴミが主なんて見っとも無いにも程がある。(アルベド)とモモンガ様と比べてどうだ? 比べるのも万死に値するが天と地すらも超えて、不格好にも程がある。愛しい方、仕えるべき主があのようなゴミだなんて想像するだけでも肌に粟が生じて止まらなくなる。

 解らせてやろう、突けば面白い反応が返ってくるはずだ。下等生物の男の仮面を引きはがし、醜悪な素顔を現すという催しだ。傑作になるに違いない。

 

「――やったか、やってないかは正直どっちでも構わなかったの。至高の御方が苦しんでおられる傍に居た。なら、仕える者としては原因と思しき存在は排除して然るべきよね? 貴方も……ふふ……この方とやらに貴方が仕えてるなら分からない?」

「待て。その言い分では、正当性がない! 少女たちも、この方も、後ろの御方を苦しませた原因と言うのか!? 分からないぞ! 貴女の言ってる事にはこの場の統合性が伴われていない!」

「……はぁ、分からなかったかしら? 特別に分かり易く教えてあげる――」

 

 アルベドは口角を引き上げた。愉しいものを見つけた、と言わんばかりに兜に中で。

 

「――下等生物とゴミ、小娘たちとこの方って意味よ? 眼前へ無礼にも居たから不調を起こされた……御身の御心を苛んだ原因に他ならない。至高の御方を害したのだから、命をもって償うのは当たり前の事。むしろ感謝して欲しいぐらいよ? 償わせる機会を与えてやってるのだから、下等生物たる貴方にもそれぐらい分るはず。それともここまで言っても分からないのかしら?」

「分る筈がなイっ! それに! て、テメ、訂正して貰おうか! オ、私は下等生物でもいいが、この方は決してゴミなどでは無い! 私の主、仕えるべき王たるこの方は決して! ゴミなどではないのだ!」

「……ふふふ……ゴミではない……下等生物でもいい……加えて分からない……お似合いよ、下等生物とゴミとのお遊戯にはね……でも――」

 

 兜口元ら辺に手を置き、笑いを堪える。

 

「――王? そいつが? 偉大な王とでもいうのかしら? ゴミが名乗るにしては些か尊大過ぎるのではなくて? 王を名乗っていいとすれば、至高の存在たる私が仕える御方、唯御一人だけ。それとも……ふふふふ……あぁ、そうね。ゴミとしての王ならお似合いよ。下等生物が仕えるにしては! 本当に、お似合いの!」

 

 アルベドは高らかに嗤う、滑稽で仕方なかったからだ。

 兜で反響した綺麗な女性の声がシンと、静まっていた場に良く聞こえた。

 

 青銀の騎士の顔には微笑みの形すら浮かべていなかった。光が灯らない黒青色(ダークブルー)の瞳が真っ直ぐアルベドを射抜いている。

 

「……最後だ。訂正するなら今だぞ?」

「諄い、王は私の主こそ相応しい。その他全ては塵芥に等しいもので、それ以上にもならず、それ以下よ――」

 

 戦斧を振るい空気を斬り、矛先を青銀の騎士へと向ける。

 

「――安心して? 共々綺麗に分別してあげる。汚してしまったら、分別の意味がないものね。私って、綺麗好きだから汚れてるものを見ると、ついつい綺麗にしたくなって堪らなくなるの……特に――」

 

 矛先をずらし、少年へと向けた。

 

 

「――下等生物が慕う、主と言う汚らしいゴミは特にね……!」

 

 

 ――ガキィンッ。

 

 

 アルベドの首筋に迫った刃が盾によって防がれた。

 盾で遮られてるのにも関わらず、剣と盾の接触は力を緩めず鬩ぎ合っている。

 騎士が恐るべき速度で斬りかかってきたのである。

 アルベドは愉悦に浸った。己に剣を緩めず斬り押し続けている騎士の顔が彼女に好ましい色に染まっていたからだ。下等生物にはお似合いの醜悪な中身を曝け出した醜い中身(本性)がそこにはある。

 

 

「こ、こ、こんのぉぉぉ! しれものがぁぁぁぁ!」

 

 アルベトに向け、激昂の叫びが叩きつけられた。

 騎士の顔には最早、他人を安心させる柔らかな雰囲気など一片もない。怒りのこもった瞳がギラギラとアルベドを逃さず突き刺さり、殺意が抑えきれずに空気を重く淀ませていた。

 

「お、おれ、俺を騎士にし! つ、つつ、仕える事を許した俺の主を傷物にしただけじゃなくぅぅ! あま、剰え、ゴミ呼ばわりとは、覚悟は出来てんだろぅなぁぁぁぁッ! 四肢を斬り落とし! 愚か者に相応しい処刑法を延々と繰り返してやる! 絶対に殺しはしねぇ! テメェが泣いて頼んだって一切! 合切! やめてやるなどしねぇぞぉぉぉぉ!」

 

 空気が爆ぜ、交戦が始まった。

 ぶつかり合い火花が散り、剣と盾の衝突音が甲高く響く。

 

 アルベドは、嗤っている。

 剥き出しになった中身(本性)は、下等生物にお似合いの吐き気を催さない程にマシになったからだ。

 後は、首を斬り落とし献上するだけ。

 

 

 戦斧を振り上げ、彼女は愛する御方の為と、嬉々として斬り合いを重ねていった――。

 

 

 

 




アルベドさん、ブチ切れ。
ハラートさんも、ブチ切れ。
次は、聖騎士vs暗黒騎士の仁義なき争いです。

9/6 HDDが死んで、設定やら書き溜めたやつが亡くなったので
一から書いてます。
他に保存しとけば良かった……。

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