ナザリック地下大墳墓の主人、ギルドマスターモモンガは現状に頭を抱えそうになっていた。
(どうしてこうなった……)
目の前でアルベド――ナザリック地下大墳墓階層守護者統括が青銀の騎士と攻防一戦を繰り返している。
直ぐにでもアルベドに加勢し、青銀の騎士を倒さなければいけなかったが、現状からそれを躊躇させた。
まず、一つに。
白の装備に身を包んでる少年が手の平から血を流し、後方の少女達を護るように立っている。
明らかにアルベドが切り付け傷を負わせた結果でそうなったに他ならない。
先ほどまで少年の腕は中心ほどまで裂けていたが、今は癒えて手の平だけの傷になっている。
次に、二つ目。
アルベドと相対できてるという点から青銀の騎士は
戦闘の状態からモモンガが手を出せば確実に後方の少年が参戦してくることは明確。
同じユグドラシルプレイヤーであることの可能性が高く、手を出せば更に悪化していくことが嫌でも分かる。
最後に、三つ目……なのだが。
モモンガは、現状の雰囲気からか何故かこっちが悪いかのような空気が不本意ながらビシビシと感じていた。
少女を護る傷ついた少年、少年を主人と言い護る激高してる青銀の騎士。こちらは、黒の鎧姿のアルベドとローブを纏った
(本当に……どうしてこうなったんだ……)
脳内の自分自身の写し身が頭を抑えながら身もだえる姿を幻視し、モモンガは現状の整理をする。
当初はユグドラシル時代と使い勝手が違う事で長時間の試行錯誤をしていたが、何もしていないよりマシと作業に没頭している最中で、かつてのギルドメンバーであるたっち・みーが創造したセバス――
若干、セバスに苦手意識を持ちつつも分かり易く仕事をしてる風を装う事で、部下任せにしてないという支配者の体現を保つ画策をしつつ
劇的に変わったのは偶然。
適当に操作をしている中でコツを掴み、セバスからの賞賛を受ける事で俄然やる気を増し、操作の上達を実感した矢先に村と思しき光景が映る。
通常であれば麦畑があるその村はのどかで何もないが人柄が良い村人が暮らす農村という感じで、この世界の情報を得るための接触としてまずまずの発見だった。
だが、その村で起こっていたのは殺戮。
モモンガは正義の味方ではない、
この世界にナザリックがそのまま転移し、元の沼地から草原へと変わる異常事態から幾分も経たぬうちに、自ら厄介ごとに飛び込む愚の骨頂を犯すわけにはいかなかったからだ。
価値がない、これはナザリックにとって。
所詮他人ごとで、自身にとって関係のない他所の劇場、画面に映った人間同士の弱肉強食の食図を見ているだけに過ぎない。
愛犬ならいざ知らず、他所の犬同士の喧嘩。いや、一方的な片方の嬲り殺しを一目見て誰が介入したいと思うだろうか? 誰も関わらない。
モモンガの心情は揺らがない、変わらない。そこには、他人というよりかは他の動物のソレに似て、
しかし結果は、モモンガは村に来た。
それは、
幻聴ではなく、それは幻視。
村人ではなく、モモンガの後方からの執事たるセバスの背後から視えた影によるものだった。
たっち・みー、セバスの創造主。モモンガの恩人であり
かつての友の幻影で記憶を刺激され、助けてもらった言葉が頭に響く――誰かが困っていたら助けるのは当たり前。
その言葉は異形種狩りが横行し、自身も
恩を返すため、行動を起こすのにはそれで十分だった。
行動を起こすからには、ただ動くのでは駄目だ。
自身の戦闘能力を検証することで有用な情報を獲得してこそ意味があるもの、セバスにアルベドへの完全武装で来いとの言伝、ナザリックの警備レベルの最大限の引き上げ、隠密か透明化のどちらかの
抜かりなどどこにもなかったと、自負するほどに。
現在、それが大きな仇となってしまうとは誰が気付けるだろうか。
まさか、
(この状態はまずい、まず過ぎる……)
セバスからナザリックにある
ますます、相手がユグドラシルプレイヤーである可能性が高まったことを意味する。
例え、ユグドラシルプレイヤーでなくてもアルベドと相対できてる事で厄介なことは変わらなく、この世界独自の勢力によるものなら違う方向で厄介な事には変わらない。
どちらに進んでも落とし穴、見えてる地雷など進みたくない。
さらには、自分自身が出向いた挙句それが原因で失態を興じてしまうなんてアルベドにばれてしまえば上司としての信用はがた落ち、部下である守護者達ならびにナザリックの皆にばれてしまったら、高評価を得ている支配者の威厳が崩され、確実に失望され愛想をつかされてしまう。
それだけは避けなければいけない。
(あぁぁぁ~、だからってセバスに全ては想定通りって、なんで言ってしまったんだ……)
答えは簡単である、すごく焦っていたからだ。
ある一定の感情の高まりから抑制するアンデッドの特性を持っていたとしても、言った後で鎮静化してしまっては後の祭り、後悔後に立たず。
まぁ、先に抑制が働いてたからといって、その時その場で良い案と良い発言が浮かぶかは、考え物ではあるのだが。
冷静になっても、思い付かなければ意味がない。実際に思いつかずに、セバスにうまくいっている、などと答えてしまっていた。
幸か不幸かは置いとくにして青銀の騎士は別とし、後方の少年は戦うそぶりを見せてこない。少女たちを気遣っての事かも知れないが、戦闘中のアルベドとモモンガを交互に見て悩む格好をしている事から推測するに、どうするかを決めかねてるみたいだ。
これはまだ、
見た目以外の詳細が皆無な現段階で、本格的な開戦は必ず避けるべき事。
弱小ならいい。だが、強大だったなら? ナザリックの総力を挙げなければいけない相手だったならば? 最悪の可能性はこれだ。
それに、ナザリックの皆が全て協力してくれるとは限らない。
いくら忠義を全て捧げますと言われたところで、なるほどそれを信じよう! とは素直にモモンガは全てを受け止めはしない。どこかで反旗を翻さない保証はどこにもないのだ。
不安の芽は早めに摘まなければいけない、その為にはこの場を収めればいい。悔しいが、この簡単なシンプルさが一番難しく困難だった。
芽は、既に芽吹こうとしている。目の前の戦闘がソレだ。
それに……、忌々し気に視線をアルベドと刃を交えている青銀の騎士へと向ける。この存在がモモンガを躊躇させる原因。
(あれは、確実に
それは、モモンガにとって大敵と呼べるほど厄介な
アンデッドであるモモンガには非常に有効打で、その一つに
モモンガの
アンデッドと相まって最大効果の追加ダメージをもろに受けてしまい。対策を何もしなかった場合、
他にも憶えてる限りの
現在はアルベドに
激情の眼光を絶え間なく動かし、相対者の騎士がこちらにも注意を払っている。迂闊な行動は憚られた。
冷静に、慎重に、考えを廻らせる。
両者が拮抗しているのは、同じ
歩幅を調節し、戦いやすい領域を両者ともに構築している。
互いに後方の存在を自分で隠すように配置する位置取り、自分自身を相手に最も認識させ意識させる、攻めるよりも守りに近い布陣。何があっても後方には通させない意思を互いに感じさせる、
両者互いにジリジリと攻撃範囲に入るように近づく。三歩、二歩、後……一歩。そして、零歩。
既に両者とも互いの間合いに入っている。動かない静寂、刃の切っ先さえ微動だにしない制動。互いの眼だけが変わらずに火花を弾かせ、相手を捕らえて離さない。
風が吹き、木々が揺れ、木の葉が舞う。一枚の葉が両者の間にゆっくりと落ちていく、大きく揺れ、ひらひらと目の前で過ぎていき、木の葉が地面に漸く落ち切った時に音が鳴る。
ほんの僅かな微音、騎士が下瞼を微動させる。
瞬間。アルベドの眼が大きく煌く、続いて連動したのは
アルベドの斬撃、首を狙うが騎士の剣によって瞬時に軌道を逸らされる。
続け様に
アルベドの攻撃、騎士の斬り逸らし。
騎士の攻撃、アルベドの回避。
アルベドの攻撃、騎士の盾防御。
騎士の
攻防は徐々に、確実に速さを増していってる。
マイクとスピーカーが音を循環し、増幅する様に次第に激化していく一方。このままではマイクか、スピーカーのどちらかが耐え切れなくなって壊れてしまう。
アルベドの防御が抜かれるとは考えられないが、絶対ではない。
互いに
最悪、アルベドは超位魔法クラスのダメージを三回までなら鎧に移し、無傷で耐えられる。三回、までだが。
右手に感じる無機質の存在が頼もしいと同時に、恐ろしい。モモンガが握りしめている
ギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
ギルドの象徴、ナザリック地下大墳墓そのものに他ならない。強大な性能、バックアップを受けるモモンガのステータスを上げる杖は諸刃の剣でもあった。
この杖が破壊される時、ギルドも終焉を迎える。ギルド武器の破壊は、ギルド崩壊につながる忌避すべき事、本来ならばギルド拠点の最奥深く安全な保管場所で安置されなければいけない物だ。
それだけは、どんな事をしてでも避けなければいけない。
ギルドの……ギルドメンバーが築き上げてきた、この
ユグドラシルと違うこの世界でどの様な結果が引き起こされるか分からないが、試してみたくもない。皆の、俺たちが築き上げた集大成が、崩れることは絶対回避する。
どんな
モモンガのアルベドを見る目が重く、苦しい物になっていく。実際、アンデッドであるその眼には何もない、眼孔奥のほのかな光が重く揺れるだけだ。
ギルドメンバーの一人、アルベドの創造主タブラ・スマラグディナに顔向けができない。最悪の結果を考えると、震えが止まらなくなり彼の影から逃げ出したくなる。
だが、アンデット特性の鎮静化がそれを許さない。
最悪の結果に、ならなければいい。切り替えろ、モモンガは自分に活を入れる。
タイミングが大事だ。
アルベドが優勢に転じればそれを止め、交渉に移り。アルベドが劣勢になれば、鎧に一回目のダメージ転換が入る、騎士は僅かばかりでも止まるだろう。
そこへ戦闘をやめるように投じる、止まらなかったら少年へ話の変更をすればいい。
出来るならばアルベドの優勢が望ましい、自分が加勢すれば少年も加勢し、判断が困難になる。劣勢の場合の猶予は三回、何としてでも収めなければ。
そもそも、自分が悪いのだ。少年に切り掛ったアルベドに非はない、勘違いさせた自分に非がある。
いくら想定外の事があったとしても、場違いな装備の少年といきなり接触した事で慌ててしまい、
何故、自分はあの時眩暈を起こしたのか? あれさえなければアルベドは少なくとも少年には攻撃してなかったし、騎士も怒りに狂う事もなかった、戦いすら起きていないはず。アンデットの抑制範囲を超えてたのか? 今は、それすら分からない。
悩まし気に前方を見る、騎士後方の少年にだ。そこには此方に背を向け、少女たちに微笑を浮かべ対していたのが確認できる。そこだけ切り取れば微笑ましい光景、罵声と怒号が剣戟とともに辺り一面に響き渡る場には似つかわしくない。
モモンガは、振り返った少年と目が合った。その瞳は黒く、木々から漏れる光に反射してやや赤い。見つめあった両者は、互いを見据えて動かない、動くのは剣戟に散らされた木の葉だけ。
一枚の葉が過ぎ去る、少年の足元へ。
少年の手から滴る血に葉が濡れ紅葉となっていく、その状態移行をモモンガは何故か見続けていた。
戦闘描写楽しい、もっと書きたい。