ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第七話 グランダリオンの王女

 場所は再び学園長室に戻る。

 盛大に送り出したものの、やはりどこか心配ではあったエマリーだった。

 窓の外を仕切りに見たり見なかったりしては、仕事机に置かれた処理済みの書類を何度も読み返したりしてどこか落ち着かない。

 時刻もそろそろ夕刻に差し掛かる頃。

 日没になる前に戻ってこなければ、いくら付近の魔物はあまり強くないといえどつい先日に魔物の襲来が起こったばかりだ。再び最悪の事態に見舞われる可能性は十分にある。

 ましてやあの方向音痴のアリアだ。介護役のシオンが傍にいても心配事は尽きない。

 こうなれば自分で焚き付けた責任もある。二人が返ってくるまで正門で出迎えようかと、思い始めていた。

 ――その頃に、二人は帰って来た。

 扉から放たれた轟音に、イオ系の呪文かと見まうばかりに。

 

 エマリー「な、何事!?」

 アリア「もっどりましたー!」

 シオン「いきなりだし不躾過ぎるでしょッ! 学園長がびっくりしちゃうよ!」

 エマリー「い、いえ、問題ないわ……」

 

 正直、心臓がバクバクだったであろうが、己のプライドに天秤に架けた末に決して明かさなかった。

 そこからは、今まで二人が塔に入りダーマの紋章を手に入るまでの報告を済ませるだけだった。

 アリアは相変わらず方向音痴。塔に入っても落とし穴に二人仲良くまんまと引っかかる。更にはアリアが宝箱に目がくらんだ挙句まんまと騙され、シオンに助けを求める。それを見て一時は本気で帰ろうかとも思ったと。

 だけども、『試練』に真っ向から挑んだアリアの姿は、とても輝いていた。それまでの失態など取り戻すどころかお釣りが出るくらいだと。

 そうした末に手に入れた物は、アリアなしでは成し得なかった大事な戦いの勲章だったと、シオンは誇らしげに述べた。

 それを聞いていた学園長は、とても満足気だった。

 自らが筆頭となって率いるこのダーマから、また新たな希望が巣立つのだ。

 そう思っていたのか、エマリーはどことなく瞳が潤んでいたようにも見えた。

 

 エマリー「さて、これで貴方達は晴れて『冒険者』です。ダーマを出て北へ往くも、南へ往くも全ては貴方達次第……とは言っても、今のままでは何処へ行けばいいかも分からないでしょう」

 

 そこで、と言って学園長が机の上に広げたのはなんと『世界地図』だった。

 アリア達から見て西の大陸の中央付近に手を添えた学園長は、まず自分達がいる場所『ダーマ学園』に指を指す。

 

 アリア「世界ってこんなに広かったんですね……」

 エマリー「ふふ、そうよ。私達のいる『ヴェストガル大陸』なんて全体のほんの一部にしか過ぎないわ。他にも風と水が優雅に流れる『東のエトスン大陸』。氷と雪に覆われし『北のノアニエル大陸』。砂と炎が舞いし『南のスルアース大陸』。ざっと述べただけでもこれだけの地があるわ」

 

 未だかつてダーマとシオンのシオンの産まれ育ったリーフィの村しか見ていないアリアにとっては、未知にあふれたものばかりだった。

 

 エマリー「本題に戻るわ。いくら貴方達と言えど、これから先二人だけで冒険をするにはとてもではないでしょうが絶対的に『パーティの頭数』が足りないでしょう」

 

 シオン「……それは僕も思っていました。なので自分なりに考えていた事があるのですが、……どうやら学園長と『考え』は一緒のようですね?」

 エマリー「そうです。シオンはやはり覚えてた様子ですね。ここダーマから北東に進むと見えてくる『グランダリオン帝国』。そしてその中にある冒険者御用達の場所『ルイーダの酒場』を訪れるのです」

 

 冒険者と一口に言っても様々な目的や用途を巡って各々旅をするのが当たり前だが、目的こそ違えど、手段ならば他の冒険者と被る。というのはよくある話だ。

 つまり、特定のモンスターを狩りに行く者。決められた素材や物品を要人に届ける運搬任務。人里離れた場所へ長旅をする冒険者もいれば、隣町の商店への納品だけが目的の『おつかい』程度の簡単な任務だってあり、正にピンキリ。

 ピンキリとは言っても、本来はあくまで個人で目的を遂行できなければ生活が成り立たない。

 だが、怪我をした。病気にかかってしまう。モンスターが怖くて目的地までたどり着けない。そんな様々な事情を抱えて目的が滞ってしまうケースが多いのが実情だ。

 そんな救われない人達のために『依頼所』という一つの取引所を設け、公約の下に目的を明かし、各町各国から寄せられた無数の依頼を『クエスト』として取りまとめ、一人では無理であるならば有志を募り『パーティ』として結成しクエストを遂行する。

 その結果、無事達成できた者には『報酬を与える』事で持ちつ持たれつの関係を生ませる。

 冒険者達の憩いの場。情報交換所。旅の仲間を募るギルドシステム。どれも旅をする上では欠かせない冒険のイロハを一つにまとめた場所が『ルイーダの酒場』なのだ。

 

 アリア「私はたまに先生からその言葉を聞く時があったんだけど、正直よくわかってないんだよね」

 シオン「まあ、詳しい事は行ってみたら分かるんじゃないかな。ひとまずは最初の目的地が決まったね」

 エマリー「今日の所は泊まっていきなさい。荷物をまとめる必要もあるでしょうし、冒険許可証も明日には発行しておきます」

 アリア「はい。……本当に、長い間お世話になりました」

 

 学園長に向かって深くお辞儀をすると、これまでの思い出を振り返りながらアリアは目元から涙を数滴零し、シオンはいつまでも瞳を閉じていた。

 長年苦楽を共にしてきたこのダーマとも、いよいよ別れの時が来る。

 常に勇気ある少女は何を考えていたのだろう。

 常に沈着を忘れずにいた少年は何を思っていたのだろう。

 旅に出る。それはごく単純で、簡単ではあるが難しくもある。

 冒険をする。それは希望に満ち溢れているが絶望も常に蠢いている。

 だけど後悔はない。今更振り返る事もないであろう。

 

 エマリー「貴方達に、いつまでも強き心と神のご加護があらん事を――」

 

 手を組み、エマリーは天に祈る。

 その頃には既に二人の姿はなかった。

 だけども、祈りはしばらくの間続いていた。

 清らかな心をいつまでも忘れ得ぬように、この祈りがどうか決して無駄にならぬように、神の祝福が幼き少女と少年に届くようにと。

 忘却の聖少女は今、遥かなる旅路を歩み出す。

 

 

 

 

 二人がこれから向かおうとしているグランダリオン帝国には、近い将来に国のしるべとして導いていかなくてはならないと民から評されている、魔法の才において大陸一いや世界一ではないかとも噂されている『賢者の称号を持ちし王女』がいた。

 メラゾーマ、マヒャド、イオナズン、ベホマラーといった大体的な高等呪文は当たり前の事、ラリホーマ、バシルーラ、マヌーサ、ラナリオン等と玄人好みの呪文でさえも網羅し、彼女以上に呪文を習得している者はいないのではないかと謳われる、グランダリオンにおいて今最も有名な人物と言っても過言ではないだろう。

 しかし賢者としてはこれ以上ない存在であるにも関わらず、彼女が魔法を実際に使う所を見たものは誰一人としていないのだ。

 当然『それ』に対してもまた噂が流れる。

 ある街人はいつかグランダリオン帝国に本当の危機がやって来るまで、力を蓄え続けているのだと言う。

 またある街人は実は王女なんて初めからいなく、まやかしの存在なのではないかとまで吹聴する。

 果たしてどれが真実なのかを知る者は、残念ながら帝国内においては誰もいなかった。

 ――ただし、今現在国王の間にいる者を始めとする『ごく一部を除いて』だ。

 

「……さて愛しき我が娘よ。今日こそはワシの選りすぐりの戦士と共に、王家の洞窟に赴いてもらうぞ」

「イヤですわっ! こんな新調したての旅人の服と鉄の斧を装備した戦士なんて、名ばかりの冒険初心者丸出しではありませんの!?」

「仕方あるまい。余りにも腕が立ちすぎる冒険者ではお前が手を抜いてしまうからな。それではまるで意味がないのだよ」

「仮にもただ一人の娘を、こんな何処の馬の骨かも分からない野蛮な人達と一緒に洞窟へと放り出しますの!? 私は仮にも王家にまつわる身で、しかも王女ですのよ!?」

「身柄ならはっきりしている。我が国内で多大なる戦績を収め、爵位も授けた貴族としても有名なレウニー家のご子息達だ。これならば共に切磋琢磨して鍛錬に励めるであろうに、何を不満に持つと?」

 

 本気でそう思っていると言いたげな国王に、王女はわなわなと震えると有無を言わさぬ迫力で思いっきり怒鳴りつけたのであった。

 

「……話になりませんわっ! ワタクシは部屋に戻りますッ!」

 

 どうやら王女は国王の態度が余程腹に据えかねたようだった。ずかずかと出入り口まで歩くと扉まで怒り狂ったかのように激しい開閉音を立て、その場を後にする。

 残された国王は、またかとばかりに深い深いため息を漏らす。

 二人のやりとりの所為で文字通り存在が影に隠れていたが、すぐ横には同じようにどうしたものかと見つめる初老の大臣もいる。

 

「これでまた振り出しか……。どうしたものかのう」

「焦ってはなりませぬぞ国王様。今は年頃の娘が故、色々な思いもありましょうぞ」

「しかし大臣よ……。他の貴族にも頭を下げ、果てにはあの『酒場』にすら依頼として申し込みかれこれ丸一年は経つのだぞ。そろそろ国民にもあらぬ噂が出始めているのはとうに分かっている」

「……それも存じ上げておりますとも。ですが、ここで事を急いでは今までの我慢も全て無駄になるやも知れませぬ。どうか、草むらでじっと鳥を待つ狩人のようにその時が来るまでは耐えるしか」

「……我が娘は獲物ではないのだがな」

「い、いえ。私ともあろうものが、大変失礼を致しました」

「いやよいのだ。そなたの言い分は何一つ間違っておらぬ」

 

 自分は親でありながら娘の気持ち一つ読み取れぬ愚か者なのかと、国王は自分の無力さを今はただ噛み締めるしかなかった。

 王は怖かったのだ。愛娘の『真実』が、そう遠くない内に白日の下に晒されるのが。

 故に王はただ縋るしかなかった。

 誰か、誰かおらぬのか。――と。

 だがしかし、悩み多き国王の問いに答える者は、いない。

 王が信頼を寄せる大臣でさえもだった。

 




 

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