ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第五話 いざ、試練の塔へ

 翌朝、アリアとシオンが立っていたのはダーマ学園の入り口だった。

 夜もすっかり明けると、学園の周辺に彩られた木々の合間から柔らかい朝陽が差し込んでくる。空はいたって快晴で、出発するには申し分ない天気だ。

 

 アリア「もう。私はすぐにでも出発したかったのに」

 シオン「準備もろくにしないで合格もへったくれもないでしょ。これからの僕等を試す試験でもあるんだから、万全を期さないでどうするのさ」

 

 もはや準備運動の時間すら惜しいのか、アリアは早々に切り上げ勇み足で進む。

 が、数歩歩いたところでピタリと足が止まる。

 シオンはそうなる事が当然であるかのように、黙ってアリアを見ていた。

 ――何故ならば。

 

 アリア「ねえシオン。……試練の塔ってどこだっけ?」

 シオン「アリア。これから冒険者になろうとしてるんだったら、その『方向音痴』は早くどうにかしたほうがいいと思うよ」

 アリア「方角なら知ってるわよ! 南西の方角にあるんでしょ!」

 シオン「じゃあ南西ってどっち?」

 

 するとアリアがおもむろに視界の奥に見える森を指差した。もちろん根拠などなかったのだろうが。

 

 シオン「そっちは港町テオニーに通じる森だよ。要するに北西」

 アリア「じゃあこっち!」

 シオン「そっちはグランダリオン帝国に続く道。ちなみに北東ね」

 アリア「……方位磁石もないのに分かる訳ないでしょ!」

 シオン「いや、ダーマに来て何年経ったと思ってるの! 流石に自分の周辺の土地勘くらいは掴んでおこうよ!」

 

 こっちだよと半ば呆れながらも、シオンがいつもの調子であるかのように振る舞うとアリアはぶつくさと文句を言いながら歩き進んでいく。

 と、しばらく二人が歩いていた時だった。

 

 ――魔物の群れが、現れた!――

 

 アルミラージ、どろにんぎょう、スライムナイトの計三体が眼前に現れると、身構える前に襲い掛かって来た。

 スライムナイトの飛び掛かり攻撃によってアリアは剣で直撃は防ぐも、いくばくかのダメージは受けてしまう。

 更にどろにんぎょうがいくつもの残像を残しながら不可思議に踊り狂う。

 

 シオン「いきなり出てくるや、眩暈がするほどの踊りだねほんと……!」

 

 見たものの魔力を吸い取ってしまう『ふしぎなおどり』は吸い取る量こそは微量ではあるが、ダンジョン攻略や長い移動時等には後に大きく響いてくる。更には集団で出てくる事もあるため、油断は決してできない相手だ。

 

 アリア「でも――素早く倒してしまえば問題なし!」

 

 体力の少ない敵からまずは狙った。アルミラージを疾風突きで仕留めると、どろにんぎょうの攻撃を剣で受け止め、そのままカウンターで袈裟斬りにし地に還す。

 そして残る一体にシオンの鋭い矢が突き刺さると、アリアがすかさず止めに走る。

 

 アリア「これで、おしまい!」

 

 縦から真っ二つになったスライムナイトも倒れる。

 モンスターの気配がひとまず収まったようだ。

 

 ――魔物の群れを、やっつけた!――

 

 シオン「この周辺のモンスターも大分慣れてきたよね」

 アリア「そうね……。だけどこんなのに苦労してちゃ、学園長の期待になんか応えられないよ」

 

 周囲の警戒を怠りなく進む内に、やがてアリア達の視界に見えたもの。

 それはダーマからも見えていた、頂上まで見上げれば太陽の日差しと重なる程にまでそびえ立った『試練の塔』だった。

 戦場に立ちはだかる鉄壁の城塞のような外観ながらも、悠然と挑戦者を待ち構える鉄製の大扉の存在は「さあ来い」と言わんばかりの至ってシンプルな構造である。

 

 アリア「ここに来るのはこれで二度目だけども……」

 シオン「今度は最上階までだからね。何があるかは分からない。気を引き締めよう」

 

 意を決した二人は、大扉を開けるといよいよ塔の内部に入る。

 内部も外から見た雰囲気と大差なく、石畳で敷き詰められたいくつかの通り道がアリア達を迷わせる。もちろん上に続く道はただ一つだ。

 階層がまだ一階でもある所為なのか、出てくるモンスターも外にいた強さとほぼ変わらない。この辺りは難なく進む。

 

 シオン「改めて見ると二階も大して一階と変わらないね。このまま一気に進もう」

 アリア「ええ。でも、このまま普通に進めるとかえって不安になってくるわ」

 シオン「だからといって怯えながらあちこち進んだって、いたずらに体力と精神を削るだけさ。最低限の警戒はしつつ余裕がある時に一気に駆け抜けるのも、攻略における重要点だよ」

 

 三階へと続く階段を見つけると、モンスターに見つかる前にと足早に駆け上る。

 

 アリア「今度は広々とした場所ね」

 

 四階へと続くであろう階段も目の前にあり、まるで通ってくれと言わんばかりだ。

 あからさまに怪しげな通路ではあるが通らない事には始まらない。足元等に細心の注意を振り払って歩くと、階段前まで何事もなく着いてしまった。

 

 シオン「……とりあえず登ろう」

 

 警戒をしながら階段を登るが、ここでも異変はなかった。

 どうしたものかと二人でもやもやとした気持ちを抱えたまま、四階の通路を歩いていた。――その時だった。

 

 アリア「シオン、床が!」

 

 先に『仕掛け』に気づいたのは意外にもアリアだった。

 しかし、時すでに遅し。

 二人とも簡易トラップの落とし穴に嵌り、下まで一気に真っ逆さまだった。

 

 シオン「仕方ないよ。着地に備えよう」

 アリア「えーまたあの階段を登るのー?」

 

 落下中だというのに二人ともなんと呑気なものか。

 だがそれもその筈。熟練の兵士でも舌を巻きそうな程、魔力を上手く利用した受け身と着地で、二人ともほぼ無傷の状態。

 ふとアリアが先ほど落ちて来た場所を見上げる。とても一階下に落ちたくらいでは済まない高さだ。

 何もないと、油断させてからの落とし穴。

 正に侵入者の心理を見事に捉えたまで計画的な罠に、学園長の「まだまだね」とさも言いたげな表情が脳裏をよぎりいつになく悔しそうな二人。

 

 アリア「まんまと、してやられたのね……。それにしてもこれじゃ一階まで落とされたんじゃないの?」

 シオン「そうかもね。……待って一階? 一階なのにここのフロアには見覚えがない。あそこまで自力で戻るのは多分無理だから別ルートを探すしかないかな」

 

 心底面倒そうな顔をするアリアだったが、今までの通路とは比較すると狭い通路で階段もすぐにあったため移動自体は楽であった。

 そしてあっという間に四階にまで戻った時、アリアは『あるもの』を見つける。

 

 アリア「あ、見て見て、あそこに宝箱が! 中身なんだろうなっ!」

 

 いよいよ最上階の五階へと続く階段も見えた所での、少し脇道にそれた場所にぽつんと置かれた宝箱。

 これが通常のダンジョンであれば並の冒険者ならば喜々として向かうであろうが、シオンはどこか違和感を覚えた。

 鼻歌混じりに彼女が開けようと屈んだ時、シオンはほぼ直感で『叫んだ』。

 

 シオン「アリア下がって! ――そいつは『ひとくいばこ』だ!」

 アリア「……え、うそ? ――きゃああああっ!」

 

 ――ひとくいばこが、現れた!――

 

 びよーんと怪物の口が開くように、無数の牙とにやついた眼で『エモノ』を捕えたひとくいばこはアリアを一気に一飲みしようとする。

 

 アリア「やだあ、助けてぇシオンッ!」

 

 目を強く瞑り、大嫌いな物を遠ざけるような反応であるそれは、今までの豪胆ぶりとはうって違ったごくごく普通の少女らしい姿だったが、冒険者としてははっきり言って情けない事この上ない。

 

 シオン「仕方ないんだから……『パライズアロー』!」

 

 麻痺の効果を伴った矢は、ひとくいばこの口内に深く突き刺さり対象を痺れさせる。

 全身をビリビリさせながら行動不能に陥ったひとくいばこは、こうなると事実上ただの箱に過ぎない。後はただ攻撃を与えるのみである。

 ……のだが、

 

 アリア「やだあお化けキライ! シオンやっつけてよー!」

 シオン「ちょっと、こんな時にまで『幽霊嫌い』を発動させないでよ! あーもう、これで終わり! 『ニードルアロー』!」

 

 やれやれと深くため息をつきながら放ったレーザー状の魔法の矢は、ひとくいばこを完全に貫通し息の根を止める。

 

 ――ひとくいばこを、やっつけた!――

 

 終わった後は、なんともバツの悪そうなアリアであった。ここは説教のひとつでもしてやろうかと、ムッとした表情のままシオンは近づく。

 

 アリア「……ごめんね、こんな時に限って役立たずで」

 シオン「え、あ……アリア?」

 アリア「村に来たばっかりの頃にゴーストに囲まれた時から、まるっきりお化けとか幽霊の類のモンスターにどうしても弱くて……」

 

 それは、シオンにしてみたら思わぬ奇襲と呼ぶべきだったのだろうか。

 赤く火照った顔にうるんだ瞳で弱々しく見つめるアリアは、シオンにとって正に『年頃の少女』そのものだった。

 二人の目と目が合ってしまうと、アリア同様に頬が紅潮してしまったシオンはもはや説教どころではなく、先を急ごうと促すだけで精一杯だったのである。

 

 アリア「よし、気を取り直していくぞー!」

 シオン「なのにこの切り替えの早さときたら……。やっぱアリアには勝てないや」

 

 そうこうしている内に五階へと続く階段を駆け上り、ようやくたどり着いた試練の塔の最上階。

 今までの通り抜けるための通路などとは異なり、壁や仕切りなどが一切ないホール状の作りになっていた。

 その中央には台座があり、中央に刻まれていた刻印らしきものは、ダーマでエマリー学園長らが見せてくれたあの紋章と同じだった。

 試練の証というのはどうやらアレを指しているようだが、二人の顔には目的をようやく見つけた喜びがない。それどころか、より一層引き締まった顔になっていた。

 何故なら、ある一体の『モンスター』がそれを守るように、身丈はあろうかという大斧を握りしめ待ち構えていたからだ。

 

 シオン「あれは竜族バトルレックス……? どうやら、この塔の最後の番人みたいだね……」

 

 近づいてきた二人に呼応するかのように、部屋に響き渡る雄叫びをあげた緑のウロコに覆われたバトルレックス。内から発せられた声だけでも肉体を震わせるそのエネルギーが、目の前の驚異がいかほどかを身を以って思い知らせる。

 

 レックス「オレの名、レックス……。お前タチ、ダーマから、来たノカ?」

 

 本来バトルレックスを初めとするこの竜種族は言葉を交わせる種ではないのだが、その常識など軽々と打ち破って二人に問いかけてくる。

 

 アリア「……そうよ。その後ろにあるのが試練の証なんでしょ。私達はそれが欲しくてやってきたの」

 レックス「知ってる。ミンナ、この後ろにある『ダーマの紋章』を手に入れて、みんナ帰ってく。――でも」

 

 二足の緑竜が斧を激しく振り下ろす。穿たれた地面は凄まじい衝撃音と砕け散った無数の石が跳ね回り、タダでは通さんと物理的に知らしめる。

 

 レックス「オレ、お前ラとショーブ、する。勝ったら、ここアケル。負けたら、帰ってモラウ。覚悟、いいか?」

 

 貫禄すら漂う挑戦的なレックスの眼光が、二人を捕える。

 しかし今の二人には、この期に及んで物怖じする気配など微塵もなかった。

 この場に言葉など不要。必要なのはただ己の実力あるのみ。

 

 アリア「――もちろんだよ。いくよ、シオンッ!」

 シオン「……了解!」

 

 ――バトルレックスが、現れた!――

 






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