ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第四話 旅立ちへの試練

 

 アリア「ダーマが一時休校?」

 エマリー「……そうです。中規模の魔王軍が突如押し寄せ、それがなんの目的であれトラマナールを発動させざるを得ない状況を作り、かつ今後もその脅威に晒される危険性がある以上は、少なくともひと月以上は様子を見なくてはいけません」

 シオン「そんな……卒業資格まで僕もアリアも後少しだったのに……」

 

 あの戦いから二人はすっかり傷も癒え、後日学園長から『知らせがある』と個人面談の形式で生徒と順々に対話していた。

 そして今は、アリアとシオンの番であった。

 多くの若者の命を抱える学園長の身としては当然でもありながら、苦渋の決断でもあったに違いない。中には直談判をしてまで学びたいと懇願する生徒もいた。

 それでも一人たりとも死者なんて出す訳にはいかない。未来の礎となる者たちが志半ばで倒れては元も子もないのだ。

 

 エマリー「貴方達は入学してから四年が経ったのね。卒業資格を得るのは本来六年前後はかかるのに、このままいけばほぼ最短卒業時期である四年目で得られるのは本当に素晴らしい事だわ」

 

 魔法騎士学園ダーマにおいては、魔法と武道の知恵に関わる内容を修練する。

 そして最終的に魔法に長けたもの、武道に長けたものと自分にあった内容を探り兵士あるいは冒険者としての矜持や実績を育んでいく事が主とされる。

 

 シオン「アリアに至っては、去年の総合武術大会で一位取ったんだもんね……」

 アリア「や、やめてよシオン。私はたまたま運が良かっただけで」

 シオン「はいはい出た。天才特有の運がヨカッター」

 

 ジト目をくれてやるシオンと、恥ずかし気に照れるアリアを見てたエマリー学園長は微笑ましい気分だった。

 

 シオン「アリアは思えば僕と一緒にダーマに来る前から、戦うのすごい上手だったもんね。まだ僕たちが村にいた時も、エルフ族の僕とか周りの友達と一緒に狩りに行ってもアリアが必ず戦闘に立って突っ込んでたもんね」

 アリア「あはは……。まあその所為で色々と迷惑もかけちゃったけど」

 

 少し昔を懐かしむ二人だったが、エマリー学園長はそんな世間話をしにここに来たのではないのだろうと思い口を開く。

 

 エマリー「さて、貴方達はどうするの? 二人とも『世界樹の大陸』にあるリーフィの村から来ているのよね。休校中は帰郷も当然許可しているわ。二人ともその気なら、港町エルマータまで護衛の兵を出すように手配してあげるけどどうする?」

 

 二人はしばし黙った。

 シオンの不安げな視線の先には、アリアがいた。

 その間彼女は何かを思いつめた表情をずっとしていた。

 が、やがて意を決したのかゆっくりと口を開く。

 

 アリア「エマリー学園長……。実は私達、『旅』に出たいんです」

 エマリー「……詳しく聞かせてもらっていいかしら?」

 アリア「はい。……私は自分の事が正直分かりません。物心ついたらリーフィの村にいて、私のお母さんは実は本当のお母さんではないんです。その意味をずっとずっと考えて、ある日この『ペンダント』に気が付いたんです」

 

 それは見た目はごく普通のペンダントだった。だがよく見ると、アリアが円形を象っている装飾部分を掌に乗せて指差すと、エマリーは気づいた。

 

 エマリー「これは、まさか竜の刻印?」

 

 こくりと、アリアは小さな頷く。

 

 アリア「シオンが私のために文献で色々と調べてくれたんです。これは普通の竜じゃない、何か『重大な秘密』がきっと隠されてるんだって」

 シオン「恐らくアリアのお母さんは、かの天に住むと言われた『天竜族』に関わる人物なのではと思いました。更にそれについて調べてたら偶然気づいた事もあって、アリアが僕の村に来たとされるのがおよそ10年前だったんです。そして、10年前と言えば――」

 エマリー「『魔天戦争』と言いたいのかしら?」

 シオン「……そうです。三日前に襲ったばかりのモンスターを初めとする、地の底に今もなお根付く『魔族』と、天に住む『天竜族』との間で行われた戦争です。世界支配を企む『大魔王ソルダート』に対し、世の秩序を保つ事が絶対とされている『天竜王ゼニス』が血肉を分けて争った……という風に文献には記されていました」

 

 シオンが説明する間、アリアは思っていた。

 自分は生まれた場所を知らない。なのに身に着けていたペンダントは竜の形を成していてる。

 ならば何故自分は今空の上にいないのかと、その矛盾をアリアは幼い頃からずっと感じていた。

 

 アリア「もう一つあります。お母さんは亡くなる直前、こう言ったんです。『自分を知りたければ全ての世界をその目で確かめなさい』って……」

 エマリー「……なるほどね。母からの遺言の真相を知りたいのね、アリアは」

 

 アリアは学園長の瞳をしっかりと見据えて、確かに頷く。

 と、ここで不意に部屋にノック音が三度響き渡る。

 エマリー学園長が入ってと促すと、厳格な両開きの大扉から中に入ってきたのは二人が何度も顔を見合わせた人物だった。

 

 アリア「ミラルド先生! もう身体は大丈夫なんですか?」

 ミラルド「それは君も言われる側の立場だろう。もう問題はないさ……ところで今君達が話していたのはアリア君の話だったのか?」

 

 自分にも何か言いたげな事があるといった様子で問いただす。

 

 ミラルド「ここに学園長と当事者の二人しかいないから話すが、先日アリア君が解き放った『謎の力』についてなんだが。……単刀直入に聞こう、アリア君あれは一体なんなんだい? 今まであんな力は見た事も聞いた事もなかった」

 

 ミラルドが語気を強めて言った『謎の力』とは、他でもないライオウを撃退した時の事であろう。

 

 エマリー「それは初耳ね。私のところにはそんな情報は入ってきてないけれど?」

 ミラルド「当然であろうな。私もアリアの担任教師を務めて一年は経つが、そもそもあんなのを見た事自体が生まれて初めてさ」

 アリア「ごめんなさい、私もよく分かりません……。ただみんなを助けたいって思ったら、力が不思議と沸いてきた感覚だけは覚えてて……」

 

 それ以上は何も言わなかった。

 アリアの心底困り切った顔からは、とても嘘をついているとはその場にいる誰もが思えなかった。

 

 エマリー「……この場においてこれ以上の詮索は無意味ね。アリア、シオン。理由はともかくとして、貴方達は旅がしたいと言った。……この言葉に間違いはない?」

 

 二人はエマリーの瞳を強く見据え、力強く頷く。

 

 エマリー「いい顔をしているわ。……いいでしょう。ならば『ある条件』を満たしたならば二人とも旅に出る事を許可しましょう。もちろん口だけじゃなく『冒険許可証』も発行した上でね」

 アリア「ほ、本当ですか! その条件って一体?」

 

 まさかの発言に焦るアリアとは裏腹に、エマリー学園長はゆっくりと窓際まで歩み寄る。やがて細い目を向けた視線の先には、ある『建物』が見えていた。

 

 シオン「ここからでも見える試練の塔に何か? って……まさかアレを登れと?」

 エマリー「ご明察ね。貴方達には『試練の塔の最上階踏破』を目指して頂きます。本来ならば卒業試験に用いるのが慣例ではありますが、事情が事情です。よって今回は特別と致しましょう」

 ミラルド「が、学園長危険すぎます! 卒業試験の合格率は6割程度です。しかもその不合格の割合のほとんどはあの塔をクリアできなかった者が原因なのですよ!」

 エマリー「もちろん存じております。ですがこれから先、冒険者として旅をするという事は、常に死と隣り合わせ。もっと言えば『命の保証』をしてくれる者が誰一人としていなくなるという事です。つまり、四六時中自分の身は自分で守らなくてはいけない。厳しい事を言いますが、あの塔程度を攻略する事ができないのであればこれから先は命がいくつあっても足りないでしょうね」

 

 一気にまくしたてたそれは、半分挑発ともとれる言動だった。

 だが学園長は間違った事など何一つ言っていない。むしろ冒険者として捉えるなら至極正しい忠告だったのだ。

 アリアもシオンも、死の恐怖を間近で感じたのはこれが初めてではない。

 エルフの村で育った二人は、小さな頃からモンスターを狩りに出かける事もあったし、学園の修練の過程でモンスターと戦うのもしょっちゅうだった。

 

 シオン「でも確かに……今までの戦いは先生であれ、エルフ族の誰かであれ、確かに誰かしらに見護られていた」

 ミラルド「……そうだ。旅をするというのは多くの夢と希望が詰まっている。新たな発見が毎日あるし、旅の途中で多くの仲間も見つけられるだろう」

 エマリー「でもそれはあくまで『表側』しか見ていないという事。旅というのは言ってみれば一枚のコインと同じ。希望に満ちた表側があれば、絶望に染まった『裏側』だってある。その裏にはは多くの死と悲しみで溢れ返っているのよ」

 

 幾多の戦いを積み上げてきた『指導者』だからこそ言える、事実。

 決して脅しで言っている訳ではない。自分ならば、自分に限っては。この言葉の誘惑に負け、多くの屍を看取って来たからこそだ。

 

 アリア「……それでも私は行きたいです」

 ミラルド「アリア、これは訓練はおろか実習ですらない。文字通り生きるか死ぬかの戦いになるんだぞ。確かに不思議な力で私ですら及ばなかった強敵を退けた事は認める。……だが奇跡は何度も続くものじゃない。奇跡の後の不運に苛まれて命を落とした者だって多くいるんだぞ!」

 アリア「分かってます! あの力がただの偶然だった事くらい! ……だからこそ私は確実な力を身に着けたい。奇跡に頼らないで、自分の力でちゃんと旅もして、現実としっかり向き合えるようになりたいんです!」

 

 少女の剣幕に皆が飲み込まれる。例えダーマを指揮する大きな人間を前にしても、一歩たりとも退く気は見られなかった。

 

 エマリー「……ふふっ。若いっていいわね」

 ミラルド「エマリーも茶化すな!」

 

 熱意に満ちたアリアに感化され、大人組の二人もつい本音が出てしまったのだろうか。エマリーは終始懐かしさを含んだ笑みだった。

  

 ミラルド「やれやれ……こうなったら止めても無駄か」

 エマリー「なら早速二人には赴いてもらいましょうか。試練の塔最上階にある『ダーマの証』を無事私の下に持ち帰ってみせなさい。……この右手にある『紋章』と同じように」

 

 学園長がかざした手の甲には、ダーマそのものを表す紋章が描かれていた。無論それは、アリアの教師でもあるミラルドも同様だった。

 

 アリア「望むところです! さあシオン行くわよっ!」

 シオン「ちょちょっと引っ張らないでアリア、せめて明日にしようよー!」

 

 むんずとシオンの首根っこを引っ掴み、ずるずると引きずって行く様をひとしきり眺めていたミラルドとエマリー学園長もまた、当時はこんな心境だったのかも知れない。 それ以上は何も言わずに、ただ黙って未来の勇者達を見送っていた。

 古めかしい木製のきしんだ音を立て閉じる扉。

 その後にはこのダーマを守る二人だけが取り残される。

 

 エマリー「ところで……純真無垢なる我がダーマ学園の生徒の前で学園長たる私を呼び捨てとは、少々いただけないわねえ?」

 ミラルド「お前が変にアリアを感化させるからだろう、全く」

 エマリー「大丈夫よ。あの二人なら必ず帰って来る」

 ミラルド「……だが若さというのは強さになれば弱さにもなる。それこそ、お前がさっき言ったコインの裏表みたいにな」

 エマリー「そこを突かれると弱いわね」

 ミラルド「しかし……だ。全てが裏になる事などまずない。魔天戦争をくぐり抜けて来た俺やお前がそうであるように……だろう?」

 エマリー「……そうね。なら私達はただ待ちましょう。二人の帰りを――」

 

 

 

 若き二人の先に待ち受けるのは、コインの表か裏か。

 それを知っているのは、文字通り神だけなのかも知れない――。

  


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