ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第三話 聖少女の覚醒

 

 ――ライオウが、現れた!――

 

 ミラルド「アリア、シオン――逃げろ!」

 

 それは一瞬だった。

 ミラルドとライオウの距離はかなり空いていたはずだった。

 なのにたったの一瞬。歴戦の戦士でさえ、思考する暇がなかった。

 捻じれるように湾曲したミラルドの肉体。ライオウの瞬速の拳によって強引に曲げられた後凄まじい衝撃を伴って吹き飛ばされる。

 おびただしい砂埃と轟音と共に神殿の壁に叩き付けられたミラルド。起き上がって来る反応すらもない。

 残された二人は絶句するしか、なかった。

 

 ライオウ「……なに、特別な事はしていない。『疾風突き』という技があるだろう? それに魔力を込めてより威力を高めただけだ。言うなれば『疾風剛拳』か」

 

 小難しい説明を受けなくても二人とも理屈は分かる。だがいくら魔力を込めただけとは言っても、それは純粋に強靭な肉体と高度な魔力を有していなければできない芸当。

 何よりアリアが絶対の信頼を置いていたあのミラルドが、たったの一撃で地に伏してしまった現実。

 ……それはライオウの実力が桁外れである絶対の証明となってしまっていた。

 

 ライオウ「さて、お前達に用はない。大人しく道を開けるなら命は取らぬ」

 

 ゆっくりと歩きだすライオウ。

 その足取りがアリアはやけにゆっくりに見えた。そして死の恐怖からか、吐き気を催したひどく青ざめた顔だった。

 アリアの目に映る周りの景色も歪み、捻じれる。草木も地面も建物さえも。空間の捻じれなど錯覚であるはずなのに、ひどくリアルな情景に感じる。

 アリアは思った。動かなければやられる。自分もあの先生のように。

 だけど道を開けたら、他の生徒は、みんなはどうなる?

 ならば今ここで自分がやらなければと。アリアは無我夢中だった。

 両手をぐっと握りしめ、己がままにライオウへ突っ込んだ。

 だがやはり振りかざした剣撃は、無常に響いた鋼の音をまき散らすだけに留まる。それも片腕のみで。

 

 ライオウ「小娘にしては中々の底力を持っているではないか。――だが」

 

 剣を受け止めていた右腕を強引に振り払う。信じられない怪力で吹き飛ばされたアリアは、ミラルド同様に神殿の壁へと叩き付けられる。

 衝撃で呼吸がまともにできず、咳き込む。今まで味わった事のない痛さと力量差からか、悔し気な目じりからはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

 ミラルド「アリア、早く逃げるんだ……ここは私が」

 

 必死に庇う師の声でさえ、もはやかすれていた。

 アリアの下に駆け寄ったシオン。

 ここは悔しいけど、逃げるしかない。

 ――そう言おうと思った時だった。

 

 ライオウ「ほう、まだ立つのか小娘」

 

 意地だけで再度立ち上がったアリア。足取りはふらふらで、歩くのがやっとに見えるくらいだ。

 

 アリア「私は、逃げたくない……」

 シオン「もういいんだよアリア! ここで逃げないと、先生だけじゃなくて僕達まで無駄に命を亡くすことになっちゃうよ!」

 

 もちろんシオンとて、冷血に判断を下した訳ではない。現にアリア同様悔しさに満ちた顔は彼のやるせない決断を物語っていた。

 それでも、と。アリアは強情だった。

 

 アリア「私はここで死ぬ訳にも、逃げる訳にもいかないの。戦って戦って、立ち向かって、意地でも勝ちたいの……!」

 

 ふとシオンは気づく。ふらふらだった足がいつの間にか活気に戻っていたのだ。

 同時に、アリアの周りに白い光の粒が生まれていく。触れると、柔らかくて温かい心地にシオンは包まれる。

 これは癒しの光、ホイミの欠片の集まりだった。

 

 シオン「まさか『ベホマ』……? アリア、この光はどこから――うわっ!」

 

 聞く間も無く、今度は激しい魔力のオーラがシオンを包んだ。あまりの膨大な量に身体ごと持っていかれる程だった。

 そしてその場にいた誰もが、アリアの姿に目を奪われた。シオンも、ミラルドも、あのライオウでさえも。

 アリアの全身に行き渡った白光は、眩い程の力となる。

 同時に、眩い白銀に染まりきった髪と映った者全てを魅了しそうな金色の瞳が、『聖なる少女』の全てを表していた。

 

 ミラルド「な、なんだ……。その力は一体……?」

 アリア「……私にもよく分かりません。でも今言えるのは、絶対に負けたくないってだけよ……!」

 

 瞬速で飛び出したアリアは再びライオウに一撃を繰り出す。

 

 ライオウ「舐めるな小娘……!」

 

 ついさっきまでとは比べものにならない魔力に、ライオウは思わぬ全力を強いられてしまうが、真に驚くべきはそこではなかった。

 防御に回したはずの右腕が『なくなっていた』のだ。

 答えは簡単だった。アリアの剣によって切り離されてしまったからに他ならない。

 突如来る苦痛と驚愕により、ライオウはたまらず空気をも震撼させる咆哮を上げる。

 

 アリア「あなたにもう勝ち目はないわ。お願い退いて……!」

 ライオウ「……退け、だと。笑わせるな、小娘ええええッ!」

 

 残されたもう片方の腕を天高く掲げると、その手に集まるのは雷気を帯びた魔力。

 瞬く間にほとばしる閃光と稲光に、強力なデイン系の呪文であろう事は予測できる。

 

 ライオウ「そのふざけた台詞、この『ギガデイン』を受け切ってから、もう一度言ってもらおうかぁ!」

 

 屈辱の表情から振り下ろされた手は、雷の弾ける轟音となってアリアに襲い掛かる。

 

 シオン「アリアッ!」

 

 ギガデインが落ちた場所は地面がすべて抉り取られ、焦げ臭い黒煙が立ち込める。

 誰もがその威力にアリアがただでは済まないのを予想していた。

 ――だが、違った。

 

 ライオウ「……ば、バカな!」

 

 あちこちに傷や焦げ痕こそあるものの、盾をかざしたように左手から張られた薄桃色の半透明な魔法膜によって、アリアは頑として両の足で立っていた。

 

 アリア「――受け切ったわ。今度はこっちの番よ……!」

 

 魔力を最大限に放出したアリアは、深く腰を落としたまま剣の切っ先をライオウに向けると、構えた右腕から剣へと流れるように紅に染まった雷がほとばしる。

 その雷のパワーたるや、ライオウが繰り出したギガデインの比ではなかった。

 

 アリア「この力で、悪しきを貫け――『ジゴブラスター』!」

 

 紅き雷光は一筋の彗星の如く、ライオウの全てを飲み込む。

 そしてアリアも今ので力を使い果たしたのか、魔力は完全に抜けきってしまい膝をつく。

 内心アリアは願っていた。これで倒れてほしい。そうでなければ、今度こそ自分達はなす術がなくなってしまうと。

 そして、光が晴れた先にあったのは。

 

 ライオウ「小娘やるな……。今のは我も死を覚悟したぞ……」

 

 片膝をつき、満身創痍になったライオウだった。

 しかし、アリアには戦う力はもう残されてはいない。

 

 アリア「ま、まだやるというの?」

 ライオウ「くくっ。今日はとてもいい収穫が得られた。セシリア様を探し出す事は適わなかったが、代わりに『貴様』というこれ以上ない好敵手を見つけられた」

 アリア「好敵手って……?」

 ライオウ「今日の所はこれで退こう。だが、いずれ今日の借りは必ず返す。それまでせいぜい生き延びておくのだな……!」

 

 そう言うと、足元に幾何学模様の魔法陣が現れ仄かな光と共にライオウは消えていった。草木は倒れ、地面は荒れ、建物はあちこちと壊れたまま、激戦の跡を残して。

 

 ――ライオウは、逃げだした!――

 

 

 騒乱に包まれていたダーマにようやく静寂が訪れた。アリア達の奮闘の甲斐あり多少の怪我人こそ出たものの、死人は誰一人いない。

 

 シオン「終わった……のかな」

 アリア「多分ね……」

 ミラルド「……どうやらそのようだ。魔物の気配は周囲に感じられない」

 

 勝利への喜びからか、シオンがアリアへと駆け寄る。

 

 シオン「やったねアリア……!」

 アリア「え、ええ。そうね……」

 

 憔悴しきった微笑みをシオンに見せるが、そこがアリアの意識の限界だった。

 ゆっくりと地に倒れたアリアは再び起き上がる事はなく、慌ててシオンが何度呼んでも返事は帰ってこない。

 

 ミラルド「心配いらん。疲れて気を失っただけだろう」

 シオン「あ……ほんとだ。よかったぁー」

 

 彼もまたアリア同様に相当疲れていたのだろう。地面にへたり込み、大きなため息と一緒にうな垂れる。

 

 その後は学園長のトラマナ―ルも無事発動し、モンスターも二度に渡って襲来してくる事はなかった。

 傷ついた神殿やその周辺は後日修復され、警備兵の数も増員させる事によって沈静化を図ると、とりあえずは体制を立て直す事に全力を努めた。

 

 

 

 ――そして、三日が過ぎた。


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