アリア「も、もんすたあ?」
流石のアリアも開いた口が塞がらなかった。アリアはともかくとして、ルイやダグラスといった面々までもが発言の意図を理解できていない様子に、シオンが逆に『どうして?』という顔になってしまう。
ダグラス「……まさか、街を徘徊しているモンスターになりすまして様子を探ろうと言うのかね?」
シオン「盗賊団とは言っても、モンスターもそれなりに率いて街を監視している筈です。ならばその盲点を突けばいずれはばれるでしょうが、一定時間街を探るだけの隙は十分にあると思います」
ミスティア「し、しかし戦術としてはかなりの効果を発揮できそうですが、あの『モシャス』はかなりの魔法経験を持った人でなければ扱えないと聞きます。お恥ずかしい話ですがこの城にはそんな呪文を扱える人はいないのです……」
シオン「心配はいりませんよ。その為の『彼女』なんですから……ね?」
ミスティア「まさか……」
満面の笑みでくるっとシオンが振り返った先には、ルイがいた。
当の本人もシオンが奇妙な発案をした時から、きっと頭のどこかで予想はしていたのだろう。逆に予想が的中しすぎて、少々受け入れがたくあったかも知れない。
シオン「もちろんアレ、唱えられるよね、ルイ?」
ルイ「はあ……シオンも最近人使いが荒くなってきましたわね……。確かに『モシャス』も修得していますけども……」
シオン「よし、なら決まりだね!」
――即答だった。彼女への配慮はないのかと、アリアはおろか、ミスティア等までもが思わず心の中で突っ込みたくなるまでに。
アリア「大丈夫大丈夫! 今までなんとかなって来たんだから、今回もきっとうまくいくよ!」
ルイ「そんな行き当たりばったりな戦略のメインになる、私の立場にもなってくださいませー!」
悲痛な叫びを他所に、アリアとシオンは既にそれ前提での攻略の話を淡々と進めるばかり。頼りにされているのか、道具扱いされているのか分からない二人になんだか泣きそうになるルイなのであった。
シオン「ところで……、『黄金のティアラ』を探し出すのが第一なのはまず間違いないのでしょうが、盗賊団そのものはどうするんです? 取り返す事に成功したら即座に撤退なのか、或いはこれをきっかけに奴らを一網打尽にするのか……です」
ダグラス「当然、バミランの解放を最終目的として動くつもりだ。よって、今回の作戦は私らも少数ではあるが君達のバックについて参加する。タイミングを掴み次第、バミランを盗賊団の手から解放させるべく我等も突入するつもりだ」
アリア「タイミングってどういうタイミング?」
ルイ「……普通に考えるならば、ボスを倒して統率が崩れた瞬間か、街の人の安全が確保された時だと思いますわ。最も、仮にボスを倒したとしても、それでヤケになった手下達が余計な行動を起こさないように気を付ける必要もありますけれども……」
盗賊団の目論見を根絶やしにするのは大事だが、それ以上にミスティアが心掛けていたのは誰一人として犠牲を出さない事。これが国の――いや彼女の全ての礎となってる以上は、それを念頭に置いて動かなければならないのだ。
その後も綿密な作戦を立てていく内に、粗方の方針が決まった。
まずはアリア達がミランダから教えて貰った下水道を通って、三人だけでバミラン内部に潜入する。
そして『モシャス』でモンスターに扮したアリア達で、街の現在の様子や『黄金のティアラ』を初めとした盗品の行方を探りつつ、街の人々の安全が確保され次第ダグラス率いる少数の軍も突入させて盗賊団の手に堕ちた街を制圧する。
ダグラス達が制圧している一方でアリア達は彼らのアジトに踏み込み、街の異変を察知される前にシオンの忍び足を活用して一気にボスの懐にまで潜り込み、直接大元を叩くという作戦となった。
ダグラス「リュッセルの冒険者一覧からは一時的に君達の名は抹消してある。だから向こうの連中も仮に顔を見られたとしても、すぐには冒険者だとは分からないだろう」
アリア「ありがとうございます! 街の人達を都合よく利用して、居座り続けるなんて許せない……! 必ず『黄金のティアラ』を取り戻して見せます!」
ミスティア「盗賊団を束ねるボスの名は『カンダタ』と言います。街の南にある森を抜ければすぐにアジトは見えてきます。いくら元は盗賊といえども、首領ともなればそれなりに相手の腕も立ちましょう。どうかお気をつけて……」
ダグラス「では今日はこれで解散にして、明朝の夜明けと共にリュッセルの東入口の現地で落ち合うとしよう。そこで作戦前の最終確認だ。くれぐれも遅刻はしないように」
そしてダグラスは振り返る事なく、堂々とした足取りで玉座の間から立ち去る。
次第に現実味を帯び始めた事を認識するアリア達の顔も、当初と比べてかなり緊張度が高まっていた。
シオン「よし、僕等も後れを取らないように準備だけはきっちり済ませないとね。そうと決まったら、早速道具の調達だ」
アリア「女王様、今まで待たせてしまってすみませんでした。行ってきます……!」
先に部屋を出たダグラスに続き、シオン、アリア。そして最後にルイと、皆が出て行こうとした。
――『そんな時』だった。
ミスティア「――待ってください」
ぴしゃりとした声で呼び止めるミスティアに、思わず出て行こうとした三人の足が止まる。
ミスティア「少しだけ、ルイと話させてください。……長い時間は決して取りませんので」
ルイ「ミスティア様のお願いに、私が断る理由などございませんわ。……ごめんなさい、二人とも先に行っててくださいますか? お話が済みましたら、そのまま宿屋で待っていますので」
アリア「うん、分かった。じゃあまた後でね」
その言葉のままに二人も出ていくと、やがて玉座の間に残ったのはルイとミスティアの二人だけになった。
正面から向き合ったミスティアは、真っすぐにルイの瞳を見続ける。
ミスティア「……きっと私なんかには想像もつかない、沢山の経験をしてきたのですね。ルイがまだ小さかったあの頃と比べて、とても『強い瞳』になりましたわ。昔あれほど外に出るのを嫌って、戦いはしたくないと言い張っていたアナタがまるで嘘のようですね」
ルイ「あ、あの頃は私もまだまだ子供だったのですわ……。それに自分がまだ強くなれたとも思っていませんし、お母様の背中に追い付くにはもっと経験を積まなければいけないと、『あの二人』を見れば見る程思うんですの」
ミスティア「ステラ様に至っては、世界でも数少ない『天地雷鳴士』ですものね。ふふ、強いご両親や友人を持つと大変ですのね」
ルイ「全くですわ……。所詮私なんて他のヒトより若干知識を蓄えているだけの話ですのに……」
ミスティア「ヒト、ですか……」
和やかに見ていたミスティアは、ルイの言葉をきっかけに再び真剣な表情に戻ると更に一歩ルイへと詰め寄り、重々しく口を開いた。
ミスティア「ルイ。貴方は怖くないのですか?」
ルイ「……え?」
ミスティア「貴方が数多くのモンスターと戦い、色々な挫折を繰り返してはそれを何度も乗り越えて来たのでしょう。――だけども、今貴方が戦おうとしている相手は同じ『ヒト』なのです。本能のままに暴れ狂うモンスターとは全く違います。それぞれ持っている信念が違うのは当たり前の事、皆その背後には止むに止まれない事情があって戦い、私達に抗っているのです。同じ血を持つ者同士で戦った果てに、多くの血が流れた時、貴方はその現実と真に正面から向き合う『覚悟』がありますか?」
片時も目を逸らさず、ミスティアはルイに問い掛けた。
それは半端な覚悟で戦いに臨む事は許さない、厳しくも強い心を持った『女王』としての顔だった――。