ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第二話 アリアはただ戦う

 あっという間にダーマの周辺を魔物の群れに包囲されてしまい、逃げる事も適わなくなってしまっていた生徒達は今やパニック状態。

 外で魔法授業や実戦形式の授業を受けていた生徒達を最優先に建物内へ避難させようとするが、いかんせん突然の急襲に間に合わせる事ができない。

 中にはまだ幼子から抜け出したばかりのひよっ子同然の生徒だっている。足がすくんだり腰が抜けてしまっては、身体が思うように動かないのは当然である。

 それでも死人だけは絶対に出すわけにはいかないと、教師達は必死に魔物を討ち倒して自分の使命を全うする。

 そんな教師達の奮闘あってか、何とか全体の9割は避難完了できた。

 でも10割ではない。外に取り残された生徒は僅かにだが存在する。

 モンスターの襲撃から運悪く逃れる事ができなかった生徒が、3人ほど中庭の片隅に追いやられてしまい、もはや絶対絶命だった。

 さまよう鎧が攻撃体勢を取り、怯える子供達を手にかけようとする。

 ――だめだ、やられる。死を確信した子供達はその時を待った。

 

 ……だがその時はいくら待てどもこなかった。

 一人の少年が意を決して頭を上げると、その頑丈な体躯は何者かの『はがねの剣』によって横から真っ二つにされていた。

 さまようよろいは何一つ声を上げる事無く、崩れ落ちる。

 敵の背後に立っていたのは、紅の線が入り混じる鋼の鎧に身を包んだ凛々しくもあどけなさを残す顔立ちの『戦乙女』だった。

 剣士としてはいささか小柄で、色素の少し抜けたこげ茶色の髪をサイドポニーに束ねてサファイアブルーに映す瞳はおおよそ年相応の少女にしか見えなかった。

 

 少年「アリアお姉ちゃん!」

 アリア「ここは危ないわ。逃げ道は私が確保したから急いで校舎に走って!」

 

 希望の笑みを浮かべながら大きく頷いた子供達。これで残る生徒はアリア自身と、続けて傍に駆けよって来た『シオン』だった。

 白を基調としたみかわしの服を着込み、綺麗に肩まで整ったエメラルドグリーンの髪は流線美を思わせるくらい鮮やかである。更に水平にカットされた前髪に、くりっとしたの茶色の瞳は男性でありながらも、同時に女性の風格をも兼ね備えたような中性的な美を漂わせる。

 

 アリア「シオン、他に人はいない?」

 シオン「いないみたいだね、どうやら僕たちで最後かな」

 

 周囲の安全はとりあえず確保されたと、二人がほっとしたのも束の間だった。

 突然響き渡る、つんざくような女性の悲鳴。

 今の様子はただ事ではないと一瞬で判断する。

 

 アリア「今の悲鳴はどこから?」

 シオン「多分正面玄関の方からだよ。急いで向かおう!」

 

 

 

 二人の前に飛び込んで来たのは、絶望的な光景だった。

 先ほどアリアが切り伏せたモンスターとは比べものにならないくらい、高等種のモンスターの群れ。

 

 ――魔物の群れが現れた!――

 

 キラーマシン。シャドーサタン。オークキング。マッドファルコン。どれもが一筋縄ではいかない、というか今のアリアとシオンでは全力でかかっても倒せるかどうか怪しい程の相手だ。

 そこに一人、絶対に通さんと立ち塞がって身構える一人の大人の男性。アリア達も良く知る男性であった。

 

 アリア「――ミラルド先生!」

 ミラルド「アリア、何故ここに! ここは危険だ、早く逃げろ!」

 アリア「でも私達ならなんとか!」

 ミラルド「ならん! 例え昨年の総合武術大会で一位を獲得したお前とて、適う相手ではない!」

 

 ミラルドが示していたのは、その中央で統率を図るように悠然と立つ、『ライオネック』と呼ばれる最上位種のモンスターであった。

 

 ライオウ「我が名はライオウと言う。ヒトよ、お前がこの地を治める長か?」

 ミラルド「……残念だが、違うな。私はここを守る一人の教師に過ぎんさ」

 ライオウ「ならば話は早い。そこを早々に退き、『セシリア様』の身柄を引き渡してもらおうか」

 

 その場にいた全員に、疑問符が浮かんだ。それも当然、セシリアと名乗る女性は生徒はおろか、教師や警備兵にすらそのような名前は存在しなかったからだ。

 

 ミラルド「お前達はこの施設を破壊する事が目的で来たのではないのか?」

 ライオウ「いつでもできる事など取り急ぎ行う必要もない。それとも何か貴様は何か知っているとでもというのか?」

 ミラルド「さてな、仮に知っていたとしても教える義理はない」

 ライオウ「……面白い事を言う。ならば気が変わった。まずは出初めに貴様を血祭りにあげ、その後にじっくりとここを調べさせてもらおうではないか!」

 

 魔物の群れがライオウの指先一つの指示で、襲い掛かる。キラーマシンとマッドファルコンがミラルドに攻撃する。

 高等種に名に違わない攻撃力だった。だがそれはどちらも空を斬る結果に終わり、そのままカウンターによるミラルドの卓越した剣技『隼斬り』でいともたやすくキラーマシンが斬り捨てられる。

 

 ミラルド「これはただの隼斬りではない。我が愛剣『隼の剣』によって更なる斬撃を可能にした超高速剣技だ」

 ライオウ「ほう、やるではないか」

 ミラルド「伊達に10年前の『魔天戦争』を生き延びちゃいないさ……!」

 

 続けざまにマッドファルコンに狙いをつけると、強力な冷気を纏わせた剣閃『マヒャド斬り』で素早く倒す。

 もちろん今戦っているのはミラルドだけではない。後方で待機していたアリアも、このまま黙って見ているものかと勢いよく飛び出る。

 

 ミラルド「無茶をするなアリア!」

 シオン「もう、またいつもの悪い癖がっ――『スカラ』!」

 

 ――アリアの守備力が上がった!――

 

 残る手下は二匹。シャドーサタンに狙いを定めたアリアは、自身の持つ現時点で最高の特技を惜しみもなく放つ。

 

 アリア「私の剣技、かわせるか――『つるぎの舞』!」

 

 縦横無尽に駆け回り、乱舞を叩き込むこの剣技は並の努力では習得できるものではない。その難度と流麗さに感嘆を漏らしていたのが、他でもない敵のライオウだった。

 しかし仕留め切るには僅かに至らない。アリアがそう実感し、苦々しく舌打ちをした時だった。

 幾多もの『矢』がアリアの背後を駆け抜けると、寸分の狂いもなく全て目標に突き刺さる。アリアはこれが誰による援護かはもちろん知っていた。

 

 シオン「前衛なんだから止めはきっちりしないと……!」

 アリア「いつもありがとうシオン!」

 

 瀕死だったシャドーサタンはシオンの援護が止めとなり、完全に沈黙する。

 弓の中では比較的小さなショートボウといえど、一瞬の間に文字通り矢継ぎ早に攻撃するのは容易ではない。熟練した弓使いのみが繰り出せる『さみだれうち』はシオンの能力を量るには十分すぎる技であった。

 残る手下も一体。攻めの勢いを殺さず、攻撃一辺倒で攻め続けるミラルドがオークキングも撃破する。

 

 ――魔物の群れを、やっつけた!――

 

 シオン「これで残るは、アイツだけ……!」

 

 あれだけいた強力な手下がたったの数分で仕留められてしまった。

 これでヤツも諦めて撤退するだろうと、その場にいた誰もが思っていたに違いない。

 ……だが、違った。

 目の前の現実を見せつけてなお、不敵に笑う敵軍の将。ミラルドは全身の体温が下がると同時に、歴戦をくぐり抜けて来たからこその『本能』が警鐘を鳴らす。

 

 ライオウ「くくっ。敵を知り、己を知ってる者は流石に判断が早い。だが――少々遅かったかな?」

 

 歴戦を戦い抜いているであろう敵の将の鋭い眼光が、アリア達を射抜く。

 ――だが全て遅かったのだ。

 射抜かれたと思ったその時には、既に――。

 


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