ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第三十五話 もう一つの世界樹

 霊峰ウィンディアで一夜を過ごし、早速下へ下へと降りていく三人。

 最下層へ近づけば近づく程、より神秘的な空気が増していくのがルイやアリアにも分かっていたのか、モンスターの気配が全くと言っていいくらいに無いのが幸いだった。

 フック付きロープを何度も取り付けては外し、外しては取り付ける。そんな地道な作業を幾度となく繰り返す事で、ようやく底が見えて来たのだ。

 そして三人が降りた先にあったものは、まさしくアリアが予想していた光景そのものだった。

 

 アリア「すごーい! ほらほら岩の隙間から水が流れて来てるよ!」

 シオン「上から僅かに差し込んで来る光でなんとか周辺も見渡せるね。……うん? もしかして……『コレ』かな?」

 

 上からスポットライトのように照らし出された地面の場所には、一つの『芽』が出ていた。

 しかし、その芽は今にも干からびてしまいそうなくらいにしわがれ、元気であるとは言い難い。このまま放っておけば数時間と経たずにその生命力は枯れ果ててしまうだろう。

 

 シオン「これだけの小さな芽から感じられる凄まじいまでの『生命の力』……。間違いないね、これは世界樹の芽だと思う。……けども」

 ルイ「こんなに萎れてしまっては、例え摘み取ったとしても効力などあるのでしょうか……?」

 シオン「多分上から漏れてくる陽の光が弱すぎる所為で、世界樹に必要な分を満たしていないんだと思う。今はまだ朝方になったばかりだし、当然と言えば当然なんだけども……」

 アリア「じゃあどうしたらいいの?」

 ルイ「シオンの考えでいけば、光さえ足りていればこの芽は必ず力を取り戻す筈ですわ。……ならばその光が『最も強くなる時間』。それはつまり――」

 シオン「……『正午』だね。太陽が最も高く昇れば、それだけ奥深くにあるこの場所にもより光が届くという事になる。……ただ時間にしたら、下手すれば10分にも満たない時間しか猶予はないかも知れないけどね」

 ルイ「僅かにしか入ってこない光を頼りに、なんとかこの世界樹は生きていますのね。そんなぎりぎりで繋ぎ止めている命をもぎ取ろうとしていると思うと、正直気が引けてしまいますけど……」

 シオン「根を取ってしまわない限り、この芽は生き続けるよ。ここまで来たのも何かの縁だと思って、『葉』は頂いていくしかないね」

 アリア「そっか……。なんか可哀想な気もするけど、カイト君のお母さんを助けるためだもんね。『世界樹』さん、どうか許してね……」

 

 世界樹の芽にちょこんとしゃがみ込み、触ろうかと悩んでいたアリアだが、結局最後まで触れる事はなかった。

 そんな時、アリアは肝心な問題にふと気付く。

 

 アリア「そう言えば……今ここに太陽の光を当てるの? 正午まではまだ時間があるから結構待たないといけないと思うんだけど……」

 ルイ「時間が差し迫っている中ですのに、そんな悠長に待つのも酷というものですわ。……ですから、『こうする』のです――!」

 

 言葉に力を込めたルイは詠唱を始めると、すぐさま彼女の足元に魔法陣が展開される。そして、天にぽっかりと空いた穴に向けて両手をかざすと、ルイは呪文の詠唱を始めだす。

 

 シオン「おお、流石だね。僕も同じ事を考えてはいたけども、まさか『これ』も使いこなせるなんてね」

 ルイ「――大いなる神が創りし空よ。その御名の下に、我に天の摂理を変える力を――『ラナルータ』!」

 

 魔力を乗せたその名を紡ぐと、それまで淡く射していた光が、突如として急激に色の濃さを増し始める。

 消費する魔力も多く、何より自然の摂理を捻じ曲げてまで行使する呪文の『ラナルータ』は魔法使いは当然の事、並の賢者でも修得が難しいとされる上位呪文の一種であったが、彼女はやはりそれすらもものの見事に使いこなしていた。

 その強い光に呼応するように、今までしな垂れていた世界樹の芽も潤いを取り戻すと、瞬く間に完全に苗木となって復活した『もう一つの世界樹』が姿を現したのだ。

 

 ルイ「世界樹には、死者をも蘇らせる力があると言うのは有名な話ですけれども、正直この目でみるまではにわかには信じられませんでしたの。けど、これだけの魔力と生命力に溢れている姿を見れば、確かに納得できますわ……!」

 シオン「……そうだね、ここまで瓜二つな世界樹が存在するなんてね。……よし、アリア。『出番』だよ」

 アリア「で、出番? 折角二人がここまで準備してくれたのに、私が取っちゃっていいの?」

 シオン「世界樹はただ使うだけじゃ、その効果を十分に発揮しないんだ。真に必要と願う心が強ければ強い程、純粋で清らかである程、世界樹はその心に応えてくれる。……だったら、今それに一番相応しいのはアリアしかいないと、僕は思うな」

 

 右を見ても、左を見ても、どちらも頷くだけしかしなかった。

 この目的をなんとしても達成しようと最初に言いだし、その後もずっと信じて止まなかったのも他でもないアリアだった。

 ――ならば、彼女にとっての選択肢は最初から一つしかなかった。

 今こそ真っ向から向き合う事で、世界樹が共鳴し満たされるのならばと、アリアは意を決する。

 

 アリア「私には、今どうしても救いたい命があるの……! だから、お願い……!」

 

 小さな世界樹に手を伸ばし、ゆっくりと葉を掴み引き抜く。

 すると――あっさりする程綺麗に取れた。引っ張られる感触などもアリアは全く感じず、むしろ世界樹の方から自然と抜け落ちたのではと、錯覚するくらいに。

 指先でつまみながら『世界樹の葉』と目を合わせるアリアの顔は、とても不思議そうだった。一見ごく普通の葉にしか見えないこれに、果たしてどれだけの力が眠っているのかが想像もできないのだ。

 

 アリア「これが、『世界樹の葉』……」

 ルイ「やりましたわね、アリア……!」

 

 横には満面の笑みで迎えてくれるルイがいた。後ろにいたシオンも、とても満足気な表情で頷き返す。

 

 シオン「感傷に浸るのもこれくらいにして、と。……目的も達成した事だし、早速リュッセルにとんぼ返りしないとね!」

 アリア「うん、そうだね。急がないと折角の努力も無駄になっちゃう! ルイ、――お願い!」

 ルイ「分かりましたわ。脱出しますので集まってください!」

 

 両手に魔力を込め、中央に魔法陣を展開させたルイを中心に三人が集まる。

 そして魔法陣が光り輝き、無数の光が魔力の粒子となって拡散し強くフラッシュされる。

 

 アリア「ありがとう……」

 

 霊峰ウィンディアから別れを告げるその寸前、小さく紡いだアリアの言葉は、とても名残惜しそうだった。

 そして次の瞬間にはアリア達は完全に転送されると、誰もいなくなった秘密の場所には、再びひっそりと根を下ろす『名も無き世界樹』がそこに在るだけだった。

 次にこの地に訪れるのは別の冒険者なのか、再び彼女達なのか、はたまた全く別の人間なのか。

 それを知る事は、例え神だったとしても不可能なのかも知れない――。


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