ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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異端の妖精族

 地上には人間族の他にもエルフ族、ダークエルフ族、ドワーフ族、ホビット族などと言った姿形が異なった多数の種族が各地に住んでいると云われる。

 その中でもとりわけ絶対数が少ないと言われているのが『妖精族』だった。

 住んでいる場所もごく一部の人しか知らず、知っているからといって気軽に踏み入れる事ができる安易な場所にある訳でもない。

 争いを好まず、一たび人間を初めとする他の種族を見れば一目散に逃げだす程に臆病で、その性格さ故に作りあげた魔法の結界は見知らぬ旅人を全て拒み、迂闊に踏み込んだ者は下手すればその場所を探すだけでも帰らぬ人となってしまう程に秘匿な辺境の地にしか住んでいないと、冒険者の間でも実しやかに囁かれていた。

 そんな辺境の地でに住まう『とある妖精族の少女』から、一人の数奇な物語は始まる。

 

 少女は、黄緑を基調とした薄手の衣に身を纏いながら背中に生えた半透明に透けた妖精の羽根を光が反射する度に虹色に輝かせ、木々の合間を縫って緑溢れる森林を飛んでいた。

 おかっぱ調に切り揃えられた真紅色の髪は、風に運ばれて舞い踊る一片の花弁のように鮮やかな色彩を放ち続け、少女らしいくりっとした橙色の瞳は何かを探すかのように上下左右に忙しなく動き続ける。

 やがて目的の対象を捉えたのか、スピードを徐々に緩めながら地表に着地した少女。そして迎えて相対したのは『モンスター』だった。

 

 「多分と思って来てみたらマジでいるし。はーだるー」

 

 ――魔物の群れが、現れた!――

 

 「おっとー。この先は通せんぼなんだよねー」

 

 焦りや高揚を微塵も感じさせないのんびりとした口調ながらも、モンスターと面と向かって対峙する。

 相対するはレッサーデーモン、悪魔神官、グレムリン、エビルホーク。単純な強さで言えばどれもが油断ならないのは当然の事、一人で相手をするには並の冒険者ならば歯が立たない強さを持つモンスターもいる。

 しかし、そんな多勢に無勢の状況下でも一切の怯みも見せる事無く、少女はなんと果敢に攻めていったのだった。

 

 「悪いけどちゃちゃっと終わらせちゃうね」

 

 手始めに、純白のグローブを装着した指先から小さな魔力の渦を練り出すと、それをグレムリンに向かって放出する。放たれた魔力は『かまいたち』と呼ばれる真空の刃となって対象を切り刻むと、たった一撃で仕留める。

 少女の攻撃が一旦終わると、その隙を逃さずにエビルホークとレッサーデーモンが襲い掛かる。レッサーデーモンの攻撃はかわせたが、もう一体の攻撃までは防ぎきれずにとっさに庇った腕ごと、身体が吹き飛ぶ。

 更に魔物の猛攻はそれに留まらなかった。後方で詠唱をしていた悪魔神官は、両手に持つメイスに強い魔力を込めると、放ったのは――。

 

 「げ、イオナズン? ちょっと不味いかな……!」

 

 少女が防御に回るとほぼ同時に、容赦なく『イオナズン』は放たれた。

 吹き荒ぶ魔力の大爆発に少女の周辺の草むらや木々までもが根こそぎ吹き飛ばされ、ものの一瞬でその場は荒地と化した。

 中心にいた少女は――なんとか無事だった。しかし、身に纏う服は爆発の威力でボロボロになり、全身のあちこちにも傷ができてしまっている。

 

 「いっつー。この辺のモンスターがあんまり強くないのもあって、ちょっと油断しちったかな……」

 

 更に少女の劣勢に追い打ちがかかる。悪魔神官は再び詠唱を開始すると、次の瞬間には今しがた倒した筈のグレムリンが淡い光と共に蘇り、再び現世に舞い戻ったのだ。

 

 「げぇ、今度は『ザオリク』? マジでー? うーんこのままじゃラチが明かない……」

 

 すると何故か今の爆発で吹き飛んだ木々を見渡す。まるで目の前のモンスターよりも周りの景色が気になるかのように。

 

 「……ごめんね。ちょっとこの一帯がボロボロになっちゃうけど、めんどいから仕方ないよ……ね?」

 

 すると、そんな気楽な少女の顔とは裏腹に、目を瞑りながら念じる少女の両手には夥しいまでの魔力が急速に集っていく。悪魔神官が放った『イオナズン』の比などではなく、次第に大地が魔力の激しい鼓動に合わせて脈動するかのように。

 

 「早く帰りたいからとっとと吹っ飛んじゃってね? ――『ビッグバン』!」

 

 それはイオナズンを遥かに凌駕する魔力の超波動。究極呪文の一つとして前方に射出された強大な一撃に、全てが飲み込まれ、唸りくる轟音と共に中心にいたモンスターを跡形もなく消滅させる。

 

 ――魔物の群れを、やっつけた!――

 

 ビッグバンの爆発が冷める頃には、シンとした景色が残るだけで何も残らなかった。あえて言うとするならば少女の唱えた呪文が如何に強大であったかを物語る、大地までもが大きく抉り取られた、超爆発の爪痕だった。

 

 「あちゃーやりすぎちゃったかな……。ま、いいか。もし侵入させちゃったら『これ所』じゃなくなっちゃうしね。おけーおけー」

 

 満足気な笑みを浮かべてモンスターと戦った場から背を向けると、まるで何事もなかったかのように平然と飛び立ち、その場を後にするのだった。

 

 

 

 少女が帰って来た妖精族が集う村には、蛍が舞うような柔らかな魔力の粒子はふわふわと風に流れてはたまた揺れ、幻想的な雰囲気が漂う湖に浮かんだ天井の無い開放感溢れる小さな城が存在する。

 その中の『妖精族の長』が座する場所には、深緑に髪を艶めかせ見目麗しい大きな妖精の羽根をはためかせた『女性』が立ち、更にその反対側には向かい合うようにその女性を見つめる、今しがたモンスターと一戦交えたばかりの『先程の少女』がいた。

 しかし厳かな雰囲気を纏う女性とは裏腹に、とても退屈そうな態度で両腕を頭の後ろに回し、やる気の無さに満ちた倦怠感漂う少女は、誰が見てもまともに女性と取り合うつもりなど無かった。

 

 「随分と今回もしでかしてくれた様ですね。確かに魔物を撃退してくれた事には感謝は尽きませんが、もう少しやり様があったのでは?」

 「だってさー、『戦争が始まってる』って言うから早く終わらせたかったし」

 「やはり、そのつもりだったのですね……。今一度聞きますが、どうしても『あの争い』に手を貸すつもりなのですか?」

 「しょうがないじゃーん。天竜教のしかも大聖堂ロマールの一番偉い人から直々に頼まれたりしたらさー? つか200年も生きててさー、ずっとここに居たってぶっちゃけ身体が退屈で死にそうになるだけだし」

 「妖精族が物言わぬ獣以外と争う事はもとより、一切の手を出してはならぬという不変の掟があるのは当然知っての事なのですね?」

 「だってさ、今までにない軍勢で争ってる魔界と天界の戦争だよ? ここだって、明日にはどうなってるか分からないよ?」

 「……それでも掟は掟です。向こうからこちらに攻めてくる明確な行動がない限り、手を出す事は許されないのです」

 「またそれー? ……ていうか、聞き飽きたそれ。大体、女王様だって自分が『こんな性格』なのは――知ってるよね?」

 

 そう言うと、少女は近くにあった柱に拳を構える。――そして。

 こつんと軽く柱に触れただけの少女の柔らかな拳は根元から粉砕されると、――そのまま倒れた。

 

 「き、貴様! 女王様の御前でなんという狼藉を! それでも妖精族か!」

 

 女王の側近とされる近くにいた近衛兵がこれ以上は我慢がならぬとばかりに、駆け寄ろうとするが女王が遮った手で踏み止まる。

 

「ごめんね、大事な城の一部を壊しちゃって。――でもこれが、『リコの答え』だよ?」

 

 鋭く細めた目は、側近ですらも少女ながらに放たれる威圧感に一瞬飲まれかける。

 だが女王はそれでも眉一つ動かさず、ただ冷静に少女を見つめていた。

 

 「――アナタの答え。しかと受け止めました」

 「おー? 女王様にしちゃ随分と今回は物分かりがいいんじゃないの?」

 「アナタのその類まれなる力を認め、人々の為に戦う事を許しましょう。――但しその場合、二度とこの妖精の国に帰って来る事は一切許しません」

 「……ふーん。それだけ?」

 「……ただ、住む場所が無いのではあまりにも不便でしょう。戦争が終わり、生き延びる事ができたならば、ロマールで修道女として新たな道を切り開けばよろしいのではないですか?」

 「そうだねー。ロマールで修道女……って、ま……マジ?」

 

 その発言に、自らを『リコ』と呼んだ少女は目を丸くさせる。

 自分が面食らわせるつもりが、まさか逆に喰らわせられる羽目になるとは予想もつかなかったようだった。 

 

 「あの場所は様々な理由で行き場を失ったありとあらゆるな種族が、神に仕える者として新たに人生を歩む為に、住み込みで働いていると聞きます。ならば妖精族のアナタとて例外ではないでしょう。ああでも、あの場所には腕の立つ者がいなくて何者かから襲撃を受けた際の不安があるとも昔聞きましたね。……ならば『用心棒』として赴くのも一興かも知れませんね?」

 「へ……今度はヨージンボウ? さっきから全部マジで言ってんの?」

 「私は至って冷静ですよ。なんならロマール宛に書状の一つでも、書いて差し上げましょうか?」

 

 自分で言い出した事とはいえ、まさか逆に頭痛の種に悩まされるとは思っていなかったのか少しばかり考える仕草をする。

 だがそこは、飄々とした少女の性格と度胸が僅かばかり勝ったようだった。

 すぐに元の表情に戻ると晴々とした顔つきで目の前の女性にはっきりと口を開く。

 

 「いや別にいいよ……。じゃあ戦いも近いみたいだし、もう行くね。今までありがと――『お姉ちゃん』」

 

 少女はそう言うと、なんとも軽はずみな態度で後ろを振り返るとそのまま悠々自適に歩き出し、背中越しに手をふりふりとさせて素っ気ない別れを告げてしまう。

 

 「……女王様。これでよろしかったのですか?」

 「良いか悪いかで決めるならば、良かったのでしょう。……あの子は昔から好奇心が旺盛で外の世界をずっと知りたがっていました。同じ妖精族としては私とてにわかには信じがたいですが、魔物から襲撃を受ける度にあの子が戦いと勝利の味を知り、そこに『更なる悦び』も見出していた事も……」

 「……左様でございましょうか。何百年、何千年と歴史を繰り返せば、『あのような方』がいつか現れても不思議ではない、という事なのでしょうか。数少ない妖精の守り手がいなくなってしまうのは、少々心許ない気は致しますが……」

 「心配には及びません、隣にいるアナタがこの地を護ってくれると分かっているからこそ、私も快くあの子を送り出せたのです。……これからも頼りにしていますよ?」

 「――は。我がビオラの命、偉大なるカトレア様の為ならばいつでも捧げる思いにございます」

 

 ビオラと名乗った側近の女性は、カトレアと呼んだ女性に改めて正面から向き直ると腰に携えていた剣を地面に置きながら跪く。

 一方でカトレアは跪いたビオラの頭をに手を添えると、柔らかな笑みと共にひと撫でする。

 

 「どうかご無事でいるのですよ。『リコリス』……」

 

 あくまで妖精族の長として少女と向き合ったカトレアが最後に見せたのは、純粋に一人の家族として思った慈しみの心だった。


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