ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第三十四話 火に油

 アリア達が霊峰ウィンディアを登り始めてから、かなりの時間が経っていた。

 上を目指す程に勾配もきつくなり、険しさもより増していくがそれは三人が目指す場所に近づいて来ている証拠でもあった。ルイも二人に負けじと弱音や疲れもほとんど見せる事無く、しっかりと二人のペースについて行っている。

 やがてウィンディアの外観から何度目か分からない洞窟の内部に入ると、周辺にモンスターの気配がない事を確認して、シオンが小休止を促す。

 

 アリア「流石に疲れて来たけど、結構『宝箱』あったねー。えっと……700ゴールドに、力の種に命の木の実。薬草二つに、鉄の盾。それに、最初に見つけた狩人の弓」

 ルイ「狩人の弓を除けば次に大きな収穫だったのは『鉄の盾』ですが、現状特に装備する人もいないでしょうし、後で売ってしまった方が宜しいかと思いますわ。アリアも普段から盾は装備していないのでしょう?」

 アリア「そうだね。できるだけ身軽に動きたいし、両手で剣を持ったりする事もできなくなるから私は剣一本の方がいいかなー」

 シオン「お金はあるに越した事はないしね。必要ないものは整理がてら売ってしまって、他に必要なものの資金源にしとくのがベストだろうね」

 

 洞窟の壁の隙間から瑞々しく流れ出る湧き水にルイが近づき、手にすくって飲むとすっきりとした顔と共に喉の渇きを潤す。

 

 ルイ「こうして全身を酷使すると、改めて一杯のお水の大切さが身に沁みて分かりますし、何より生き返りますわね……。今はどの辺まで到達できたのでしょう?」

 シオン「地図通りだったら、今は全体の三分の二は過ぎたくらいかな。だからもうすぐで、僕等の『予想している場所』に到達できるかもね」

 アリア「よし……じゃあここまで来たら最後まで突っ走って行こうよ! もうゴールは目前なんだからさ!」

 シオン「やれやれ……。本当、アリアは土壇場になれば成る程元気が増していくね。正直僕ですらもう少し休みたいって気持ちなんだけども……」

 

 そんな元気なアリアに振り回されながらもついて行くと、また外へと通じる出口が見え始めてきた。

 ――しかし、それを見ていた三人はいつもの出口とは違う『雰囲気』を目の当たりにする。

 洞窟の出口から差し込む光が、今まで出口から漏れていた光と比べ、明るいのだ。

 ようやく待ち侘びた光景に一同は心思わずとも歩く足も速さを増す。

 ――そして、

 

 アリア「すごい……私達、『霧』を抜けたんだ!」

 

 三人の目の前に広がるは、絶景だった。

 視界に広がる全てに雲が下一面に広がり、まるで生きているかのように風に運ばれて雲が動き、西に傾いた陽が徐々に雲の下へと沈んでいく光景は、正に空に浮かぶ『海』そのものだった。

 

 ルイ「信じられませんわ……。こんな景色が私の住む世界にあっただなんて……」

 シオン「僕もここまで見事な景色を見るのは初めてだよ。この素晴らしい景色を見に来るだけでも、この地に足を運ぶ価値はあるのかも知れないね……」

 

 名残は尽きぬが、三人の目的はあくまでも世界樹の葉を見つけ出す事。

 雲海を背に歩き出すと周辺の探索を開始する。

 

 アリア「上に見えている紫のモヤモヤって、もしかしてアレがミスティア女王の言ってた『不思議な霧』なのかな?」

 シオン「恐らくはね。触らぬ神になんとやら、だよ。今は上の心配よりも、付近に怪しい場所がないか探らないとね」

 

 山の頂をぐるりと一周するようにして探索するも、これといった手掛かりは無くエルフのシオンならば見破れる筈の隠された入口も全く見つからない。

 まさか、予想が外れたのでは――。と場にいた誰もが感じ始めていた。

 だがここまで来て諦める訳にもいかなかった。三人はもう一度外周の細かな部分も念入りに調べながら、隠されていると確信している秘密の入口を探す。

 ――しかし。

 

 ルイ「ダメですわ……これだけ探しても見つからないなんて……。シオンは見えていますの?」

 シオン「いや……僕も全然だよ。ここまで来て、どうして何も見えないんだ……?ここには絶対何かある筈なのに」

 

 打つ手無く立ち尽くす三人に、眩い西の空が皮肉にも対比させるかのように暗雲が立ち込める。しかも陽の色は大分朱に染まっており、下手をすれば日没になりかねない。 それだけではなく、気候がはっきりしないこれだけのだだっ広い場所だといつモンスター等の襲撃を受けるか分からなく、そんな危険地帯で野宿をする事だけはなんとしても避けたかった。

 

 アリア「ちょっとだけ、そこの大きい岩で休もうかな……。今のとこはモンスターもいないみたいだし……」

 

 とぼとぼと歩くアリアの後ろ姿は寂しかった。そして、ここまでペースをほとんど崩さずに歩き続けて来た『反動』が、気持ちの切れたタイミングで襲い掛かって来てしまったのか、もつれ気味の足で小石に躓いてしまったアリアは前に転びそうになる。咄嗟に目の前にあった大きな岩に手を掛けようとした。

 

 アリア「おっととと……」

 

 ――が、何故かその岩に手を掛ける事はなく『虚空を切る』だけに終わった。そして支えきれなかったアリアの身体はそのまま――。

 

 アリア「きゃあああああああッ!?」

 ルイ「アリアっ!」

 シオン「姿が、『消えた』!?」

 

 誰もが何が起こったのか理解できなかった。

 二人の目の前から忽然と姿を消したアリアに、二人が駆け寄ると思いがけない『偶然』を発見する。

 

 シオン「まさか……この大きな岩そのものが『幻影に見せた呪文』なのか? だとすると……ルイ!」

 ルイ「任せてくださいですの……! 魔を破りなさい――『マジャスティス』!」

 

 白き光はルイの唱えと共に、ベールに包まれた魔は全て浄化され、真実の姿をさらけ出す。

 マジャスティスによって放たれた光もやがて晴れると、そこにあったモノは――。

 

 シオン「こ、こんな所に『大きな穴』があったなんて……!」

 ルイ「シオンさんでも見破れないかなり大掛かりな仕掛けだったようですが……それよりも今は!」

 

 いくら身のこなしが軽いアリアとて、不意を突かれて深さが分からない穴に落ちてしまえばひとたまりもない。

 急いで穴の下を注意しつつも覗くと――彼女は無事だった。

 

 アリア「な、なんとか大丈夫……。段差があったからそこに引っ掛かって落ちずには済んだよ……」

 シオン「そうか……まずは一安心したよ」

 ルイ「それにしても、本当にこんな底が見えない穴がありましただなんて……。アリアの予想は見事に的中していたんですのね」

 アリア「あはは……私も正直ここまでだとは思ってもなかったけどね……。それよりもシオン『フック付きロープ』を道具屋で買ってたよね? ソレ使って早く降りようよー!」

 シオン「はいはいっと……じゃあ下ろすよー」

 

 袋から取り出したかぎ爪が付いたロープをしっかりと固定できそうな足場に引っ掛けると、それを伝って下へ下へと降りていく、のだが。

 

 ルイ「わ、私も降りなくては……ならないんですのよね……」

 

 慣れた動作でロープに捕まってシオンはするすると降りていくが、もう一人は当然そうもいかない。並の人ならばロープに捕まるだけでも精一杯で、下をひとたび見れば底知れぬ穴の深さに足が竦みそうになるのが普通なのだ。

 

 ルイ「あ、あああアリア……。万が一落ちても必ず、絶対に、天地がひっくり返ったとしても受け止めるのですよ!?」

 アリア「そこまで怯えなくても……。大丈夫だよーちゃんと見てるからー」

 

 よたよたとした手つきながらもなんとかアリア達の並ぶ所まで降りて来たルイ。が、その呼吸はかなり荒く、この調子で降り続けても果たして大丈夫なのかと二人も若干不安になる。

 

 ルイ「だ、大丈夫ですわ! こんな場所で足を引っ張る訳にいきませんもの!」

 

 震えた声でしゃべる言動など、ただの強がりである事は百も承知だった。

 しかし、たとえ強がりであれど弱気であれどこんな中途半端な場所で手をこまねいてもいられない。

 

 シオン「うーん。こんな時はやっぱりアリアが気の利いた言葉でリラックスさせてあげないと」

 アリア「わ、私がー? ええっと、そうだねえ……」

 

 腕を組み、うーんうーんと考える。ルイからしてみたらそこまで気を遣わせてもらうのもやはり嫌だった様だが、引き止める前にアリアの方が先に何やら『妙案』が浮かんでしまったようだ。

 

 アリア「あ、そうそう。ルイが下に降りる時に見えたんだけど、今日の『ルイのおパンツ』可愛かったねー! ピンク色しててレースが綺麗だったし、随分と高級なイメージあったし。あ、太ももに『紐』も見えたからもしかして『ガーターベルト』ってやつだったのかな?」

 

 ――場が凍り付いた。もっと言うならば、やらかした。

 

 シオン「……えっと。……お先してもいいかな」

 アリア「え? え? そういう事じゃなかったのもしかして?」

 ルイ「……当たり前ですわ」

 

 ――時既に遅し。

 内から放たれるルイの『禍々しい気』にアリアが気付いたのは、彼女が両手をわなわなと震えさせている時だった。

 慌てて取り繕おうとした所で、火に油なのは言うまでもない。

 

 ルイ「よりによってシオンがいる前でなんて事をいいますのッ!? いいえそれ以前にデリカシーというか空気の読めなさと言いますか、ああもう! とにかくこの際なんでも構いませんわッ! そこに正座なさいっ!」

 アリア「ええそんなぁ!? まずは安全な場所を探さないとー!」

 シオン「……僕が探してくるから大丈夫だよ」

 アリア「あ、シオン逃げないでよ私も探すのー!」

 

 ――アリアは逃げ出した!――

 ――しかし、まわりこまれてしまった!――

 

 ルイ「――どこへ行きますの?」

 

 右手には鞭。左手には炎。

 絶体絶命だった。シオン顔負けのその素早さは一体どこから捻出したのか、それ以前にこんな狭い場所でどうやったら目の前に回り込めるのかと、とアリアは泣きそうな顔で必死に考える。

 

 アリア「ねえー許してよルイー! そのガーターベルト冗談抜きで可愛いんだからさー!」

 ルイ「だからそれが『火に油』だという事が、まだ分かりませんのーッ!?」

 

 ……結局アリアはウィンディアの真っただ中で、正座させられる運命にあった。

 自分で蒔いた種とはいえ、ダンジョンの途中でこんな異様な光景を晒しているのは、世界中で見ても、恐らく彼女だけかも知れない。

 丁度その頃に戻って来たシオンだったが、良い場所が見つかったと伝えようとしてもまだ説教をしていた。余計な口を挟んで飛び火するのも避けたい所ではあっただろうが、流石にこの場所で一晩明かすのはどう考えても得策ではない。

 意を決したシオンはなんとかルイを宥める事に成功すると、少し降りた先にあった横穴で今日の疲れを癒すのであった。


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