ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第三十三話 更に暗躍する者

 ――魔物の群れが、現れた!――

 

 シャーマン二体、フラワーゾンビ一体、ガメゴン一体の混成型の群れが三人の前に立ちはだかる。

 外部とは系統の異なるモンスターに、最初こそ少し戸惑いを見せるがすぐに気持ちを切り替えてアリアを突撃を皮切りに戦闘を開始した。

 

 アリア「この剣で焼き斬る! ――『火炎斬り』!」

 シオン「――射貫け、『五月雨打ち』!」

 

 先手必勝とばかりに間髪入れずに放った二人の特技がフラワーゾンビとガメゴンの肉体を貫き、あるいは斬り裂く。

 フラワーゾンビは完全に倒したが、ガメゴンは虫の息ではあったものの生きてはいた。――そこをシャーマンによって救われてしまう。

 

 アリア「な……! あいつ『べホイミ』をガメゴンに!?」

 

 始末の悪い事に、シャーマンの妙技はそれだけでは終わらなかった。

 もう一体いるシャーマンがなんと、どこからか『くさった死体』を呼び寄せたのだ。

 体勢を立て直されてしまったアリア達にも、流石にこの連携には敵ながらあっぱれと舌を巻く。

 

 シオン「こりゃ面倒だね……ルイ!」

 ルイ「分かっていますわ。厄介な行動をする相手なら、それをさせなければいいだけの話ですのよ――『ラリホーマ』!」

 

 ラリホーよりも更に催眠性の強く伴わせた呪文で、シャーマンを眠りの世界へと誘う。直接倒すだけなら威力の高い攻撃呪文で一掃すればいいのだが、長いダンジョン内での攻略だと、そう毎回魔力消費の激しい呪文を連発する訳にもいかない。

 そんな時は搦め手を用いた間接呪文で相手の行動を封じつつ、かつ魔力効率のいい呪文を唱えて節約を心掛ける。

 

 アリア「おっけー。これならいけるよ……! 私は面倒なのが嫌いなのよね。……だからシオンにはちょっと悪いけど!」

 

 勢いよく飛び出したアリアはシャーマンの群れへ向かうと、高速の剣撃を繰り出す。それはアリアの中でも指折りの得意とする特技『剣の舞』だった。瞬く間に全身を斬り裂かれたシャーマン二体は、それだけでかなりのダメージを負う。

 何度も放つ得意手でもあるが故に、必要とする魔力や動きもほぼ最小限で済ませる。今となっては理想の効率と威力が合わさった最良の技と呼んでもいいだろう。

 

 ルイ「くさった死体には……残念ですけど前回同様、再び私の『メラミ』で、灰燼と化してもらいますのよ!」

 

 紅蓮の炎纏いし呪文は中程の大きさをした火球となってくさった死体を燃やし尽くす。 唯一狙われなかったガメゴンはアリアへと攻撃し、一矢報いようとする。

 後方へ受け身を取る事で浅い傷で済んだが、後退を余儀なくされたアリアは再度シャーマンをフリーにするきっかけを作ってしまう。

 

 アリア「不味いよ! アイツらまた『べホイミ』を――!」

 シオン「――任せて。悪いけど二度同じ手は効かないよ!」

 

 敵の行動パターンを最初の一手で読み切ったシオンは、いつの間にか『二体を巻き込める斜線軸』に入っていた。その理由は至極簡単である。

 

 シオン「アリアに得意技があるように、僕だって得意な分野くらいはあるって事さ――『ニードルアロー』!」

 

 脳天目掛けて放ったシオンのニードルアローが二体のシャーマンを完膚なきまでに貫くと、今度こそ完全に地に沈む。これで残りは一体。

 

 ルイ「あのガメゴンは物理と魔法どちらの耐久も高い敵ですが、電撃系には唯一致命的な程に弱いんですの。ですから――!」

 アリア「分かった任せて……! これで――『稲妻斬り』ッ!」

 

 電撃を纏わせた一閃はアリアの秘技である『稲妻雷光斬』を小規模にしたような技だった。しかし小規模とはいえど、その威力は確たるものだった。

 鋭い斬撃と直流で流れ込む電気の魔力はガメゴンの全機能を停止させて、たった一撃でウィンディアの地に沈む事となる。

 

 ――魔物の群れを、やっつけた!――

 

 アリア「なんとか片付いたね……。中のモンスターも厄介そうだし、落ち着いて上を目指していかないと」

 ルイ「……そうですわね。いくら初見だったとは言え、道半ばでこれだけ苦労してしまうと先が辛い事になると思いますの……」

 シオン「とはいえ、ここで立ち止まっていてもしょうがないよ。幸いというか、地下水脈の時よりも道具の手持ちは多く持ってきてあるから、多少の無茶はなんとかなるかな」

 

 立ち止まる事が許されない理由はシオンだけではなく、誰しもが分かっている事。如何に障害が立ちはだかろうと、三人はここまで来たからには最早目指すしかなかった。

 いつになくアリアが冷静なのも、魔物の強さ故に油断できないのもあるが、『失敗は許されない』というプレッシャーに立たされている所為もあった。

 

 アリア「行こう、先へ……!」

 

 引き締まった端正な顔と強い意志で前を見据えるアリアは。今やただの冒険者ではなく歴戦の勘を積んだ貫禄ある一人の剣士となっていた。

 二人もアリアの号令に強く頷くと、迷う事無くウィンディアの大地を踏みしめて、ただひたすらに突き進む。

 

 

 

 カンダタのいるアジトから、更に遠く離れた場所へと再び変わる。

 強力な邪気と魔力が渦巻きながら、世界の北東の片隅にひっそりと佇む、閉ざされた一つの大きな島があった。

 その島のほとんどには無数の遥か高い岩山が突き並び、果てには極寒の冷気と吹き荒ぶ雪が永久に舞う中で、その頂上とされる場所には、元は遥か昔に建てられたとされるいわば聖地として扱われた神殿があった。

 何故『元』が付くのかと言えば、魔天戦争が始まる頃に突如魔族が押し寄せてしまうと、たちまち邪悪なモンスターによって占領され、そのまま魔物の根城とされてしまったからなのだ。

 神殿へ続く道は突き立った無数の岩山に阻まれてまともに通るなどできず、浜辺から上陸した麓に唯一存在する『とてつもなく長い洞窟』を通り抜け、上を目指す事でようやく神殿に通じた外界へ抜ける事ができるのだが、洞窟を抜けた先も吹雪と冷気で包まれた世界となっていて、長い道を経て『神殿』にたどり着けた冒険者は一握りとされていた。

 そんな来るもの全てを拒むかのような地形は、地上界を支配する魔族側からしたら、とても便利な拠点だったのだ。

 人間などが攻め込もうにも魔物の巣窟となっている麓の洞窟を抜けなくてはいけなく、かつ自然の脅威も並大抵ではない。よしんば神殿にまで到達する者がいても、その頃にはほとんどが満身創痍であろうと睨んだ『大魔王』は、魔天戦争が終結する間近に直近の部下である『ダラム将軍』に対し魔界へと続く『ガガンの大穴』の封印と管理を命じた。

 後に『ダラム城』と名付けられたこの神殿は、今でも極寒の吹雪が舞う遥か高い山中の上に幽玄と構え、何物をも寄せ付けん難攻不落の城として存在し続けている。

 そんな邪悪な城の最も最奥に位置する『将軍の間』には、大仰な魔導士のローブを羽織った一人の魔族が立っていたのだが、その魔族は四人の人らしきモノから囲まれるように話を受けており、その四人らの剣幕にどこか狼狽しているようにも見えた。

 

 一人は魔力で形成された小さな雲に跨ってふわふわと浮かぶ、『ランプの魔王』と呼ばれるモンスター。

 

 一人は黄金の肉体を持ち、魔物の身でありながら強力な雷の力を操るとされる、『ライオネック』と呼ばれるモンスター。

 

 一人は真っ赤な体躯と強靭な筋肉を隆起させ、四つの足と二本の腕を持ち、その手には斬り裂かれた者全てを冥府へと誘う大鎌を持つモンスター。

 

 一人は色素が失われた青ずんだ肌を覗かせる、モンスターと呼ぶよりは魔族と呼んだ方が相応しい、四人の中では唯一人型に近い存在であり、かつ着ている服装もゴシックを基調とした漆黒のドレスを纏いながら、やんわりとウェーブのかかった灰色の髪をなびかせる、妖艶な美貌を持ち合わせた『女性』だった。

 

 誰もが内から放つオーラや威圧感が尋常ではなく、目の前で相対している『ダラム』とてかなりの実力の持ち主である筈なのだが、その彼ですらこの四人の前には完全に委縮してしまい対等に話せる間柄ではないのは確かだった。

 そんな中、ゴシックドレスを纏った『女性』がダラムに対し『例の計画が近い』と言う話題を持ち掛ける事で、対話が始まる。

 

 ダラム「は……あの計画に関しては問題ありません『アンフィス』様。もう間もなく例の『ダークエルフの村』へ侵攻できる準備は整うかと……」

 アンフィス「あら、そうなの? あんまりモタモタしてたら、アタシ達でいっそ仕掛けてやろうかと思っていたトコなのよ。ねえ『アスタロト』?」

 アスタロト「……吾輩には真の主は違えど、仮にも『大魔王ソルダート』様の城を護るという役目がある。冗談も程々にしてほしいと会う度に言っているとは思うのだがな」

 アンフィス「んもう、つれないわねえ? ま、どちらにしても『ライオウ』、アナタは参加するつもりだったのでしょう?」

 ライオウ「地上の者どもが集うとするならば、我に深い傷を負わせた『あの娘』とも会える可能性は高そうだからな。顔くらいは出すつもりだ」

 

 三人が話を弾ませる中で、一人だけつまらなそうにしているのが『ランプの魔王』だった。

 

 ライオウ「お前もつくづく『損な役目』を負ったものだな。『カダブゥ』よ」

 カタブゥ「当たり前じゃないか! 寄りによってオレ様の役目が地上の監視だと? いくら『あの方』の命とはいえ、地上を監視するのは本来『キサマの仕事』である筈がどうして監視役の監視などという不毛な役割をせねばならんのだ!」

 ダラム「も、申し訳ございませんッ!」

 

 眼光だけで殺されそうな勢いのカタブゥにダラムはただただ畏まるしかなかった。

 そしてアスタロトもこれ以上は話す事がないと言わんばかりに背を向けると、無言で転移魔法を発動させてしまい、そのまま将軍の間を後にする。

 

 アンフィス「節操がないわねえ。折角久しぶりに『四柱』が揃ったっていうのに」

 ダラム「ではワタクシ目も侵攻の手筈を今一度整えて参りますので、一旦ここを後にしますぞ」

 ライオウ「……我も『その時』まで傷を癒さねばな。あれから大分時間は過ぎたが、まだ体の疼きが消えぬわ」

 カタブゥ「オレ様も早く暴れたくて仕方ないんだ。退屈すぎてしょうがないからな。アンフィスもダラムも、くれぐれも抜かりはないように頼むぜ」

 

 思い思いにそれぞれ言いたい事を言うと、まるで蜘蛛の子を散らすように、アンフィス以外今や誰もいなくなってしまった。アンフィスは誰もいなくなった部屋で、一人呆れ返って鼻からため息を漏らす。

 

 アンフィス「全くもう……みんな勝手ねえ。ま……アタシも人の事をとやかく言えた柄でもないけども、ね」

 

 用がなくなった『将軍の間』の扉に向けて歩き出すと、紅く艶めいたパンプスを踏み鳴らす音が広い部屋に反響する。

 

 アンフィス「でも、全ては『あの方』と『セシリア』様の為。私が愛してやまないお二方の為ならば――」

 

 やがて扉の前までやってきたアンフィスはゆっくりと開けると、奥に吸い込まれて行き、その姿も闇となって消え行く。

 

 アンフィス「このアンフィス。例え『神』であろうが『悪魔』であろうが……全てに背く一心ですわ」

 


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