――魔物の群れが、現れた!――
息つく間も与えんとばかりに、シャーマン二体、フラワーゾンビ一体、ガメゴン一体の混成型の群れが三人の前に立ちはだかる。
外部とは系統の異なるモンスターに、最初こそ少し戸惑いを見せるがすぐに気持ちを切り替えてアリアを突撃を皮切りに戦闘を開始した。
アリア「この剣で焼き斬る! ――『火炎斬り』!」
シオン「――射貫け、『五月雨打ち』!」
先手必勝とばかりに間髪入れずに放った二人の特技がフラワーゾンビとガメゴンの肉体を貫き、あるいは斬り裂く。
フラワーゾンビは完全に倒したが、ガメゴンは虫の息ではあったものの生きてはいた。――そこをシャーマンによって救われてしまう。
アリア「な……! あいつ『べホイミ』をガメゴンに!?」
始末の悪い事に、シャーマンの妙技はそれだけでは終わらなかった。
もう一体いるシャーマンがなんと、どこからか『くさった死体』を呼び寄せたのだ。
体勢を立て直されてしまったアリア達にも、流石にこの連携には敵ながらあっぱれと舌を巻く。
シオン「こりゃ面倒だね……ルイ!」
ルイ「分かっていますわ。厄介な行動をする相手なら、それをさせなければいいだけの話ですのよ――『ラリホーマ』!」
ラリホーよりも更に催眠性の強く伴わせた呪文で、シャーマンを眠りの世界へと誘う。直接倒すだけなら威力の高い攻撃呪文で一掃すればいいのだが、長いダンジョン内での攻略だと、そう毎回魔力消費の激しい呪文を連発する訳にもいかない。
そんな時は搦め手を用いた間接呪文で相手の行動を封じつつ、かつ魔力効率のいい呪文を唱えて節約を心掛ける。
アリア「これならいけるよ……! 私は面倒なのが嫌いなのよね。……だからシオンにはちょっと悪いけど!」
勢いよく飛び出したアリアはシャーマンの群れへ向かうと、高速の剣撃を繰り出す。それはアリアの中でも指折りの得意とする特技『剣の舞』だった。瞬く間に全身を斬り裂かれたシャーマン二体は、それだけでかなりのダメージを負う。
何度も放つ得意手でもあるが故に、必要とする魔力や動きもほぼ最小限で済ませる。今となっては理想の効率と威力が合わさった最良の技と呼んでもいいだろう。
ルイ「くさった死体には……残念ですけど再び私の『メラミ』で、灰燼と化してもらいますのよ!」
紅蓮の炎纏いし呪文は中程の大きさをした火球となってくさった死体を燃やし尽くす。 唯一狙われなかったガメゴンはアリアへと攻撃し、一矢報いようとする。
後方へ受け身を取る事で浅い傷で済んだが、後退を余儀なくされたアリアは再度シャーマンをフリーにするきっかけを作ってしまう。
アリア「不味いよ! アイツらまた『べホイミ』を――」
シオン「――任せて。悪いけど二度同じ手は効かないよ……!」
『敵』の行動パターンを最初の一手で読み切ったシオンは、いつの間にか『二体を巻き込める斜線軸』に入っていた。その理由は至極簡単である。
シオン「アリアに得意技があるように、僕だって得意なもののくらいはあるって事さ――『ニードルアロー』!」
脳天目掛けて放ったシオンのニードルアローが二体のシャーマンを完膚なきまでに貫くと、今度こそ完全に地に沈む。これで残りは一体。
ルイ「あのガメゴンは物理と魔法どちらの耐久も高い敵ですが、電撃系には唯一致命的な程に弱いんですの。ですから――」
アリア「分かった任せて……! 受けろ――『稲妻斬り』ッ!」
電撃を纏わせた一閃はアリアの秘技である『稲妻雷光斬』を小規模にしたような技だった。
しかし小規模とはいえど、その威力は確たるもの。鋭い斬撃と直流で流れ込む電気の魔力はガメゴンの全機能を停止させて、たった一撃でウィンディアの地に沈む事となる。
――魔物の群れを、やっつけた!――
アリア「なんとか片付いたね……。中のモンスターも厄介そうだし、落ち着いて上を目指していかないと」
ルイ「……そうですわね。いくら初見だったとは言え、道半ばでこれだけ苦労してしまうと先が辛い事になると思いますの……」
シオン「とはいえ、ここで立ち止まっていてもしょうがないよ。幸いというか、地下水脈の時よりも道具の手持ちは多く持ってきてあるから、多少の無茶はなんとかなる」
立ち止まる事が許されない理由はシオンだけではなく、誰しもが分かっている事。如何に障害が立ちはだかろうと、三人はここまで来たからには最早目指すしかないのだ。
いつになくアリアが冷静なのも、魔物の強さ故に油断できないのもあるが、『失敗は許されない』というプレッシャーに立たされている所為もあった。
アリア「行こう、先へ……!」
引き締まった端正な顔と強い意志で前を見据えるアリアは。今やただの冒険者ではなく歴戦の勘を積んだ貫禄ある一人の剣士となっていた。
二人もアリアの号令に強く頷くと、迷う事無くウィンディアの大地を踏みしめて、ただひたすらに突き進む。
アリア達が霊峰ウィンディアを攻略する最中に、暗躍する一つの影があった。
リュッセルを東に進んだ地にある『貧困の街バミラン』から今度は南下して進んだ先に、ミストラル王国が目下の問題としている『例のアジト』は在る。
元はバミランから南に広がる深い森を切り抜けた先にある、小さな天然の洞窟だった。その場所を丁度いい潜伏場所だと目を付けた、とある『一人の大盗賊』は最初こそ数人から始まった小さなアジトが、今では数十人規模となるにまで至る大きな根城と化してしまったのである。
そしてそのアジトの最も奥に位置する所に、『ボス』の部屋はある。
乱雑に物が置かれた部屋には、人によって用途が全く異なる嗜好品や骨董品。どうでも良さそうな子供の玩具らしき物から、一見したら誰が何に使うのかすら全く分からない謎めいた珍品までもがあちこちに散らばっていたのだ。
その中心にどっかりと座り込んでいるのは、緑を基調とした服を始めとして、同色の頭巾をすっぽりとかぶり、目だけをぎょろりと覗かせる屈強な肉体をした大柄の男。
手に持ち嬉しそうに、あるいはじっくりと品定めするように眺めているのは、ミストラル王国で盗んだばかりの『黄金のティアラ』だった。
すると、入口の方から入ってくるのは『エリミネーター』と呼ばれる目の前の男とほとんど雰囲気が変わらないモンスターなのだが、モンスターにしてはやけに落ち着きを払っていて、更にあろうことか普通に目の前の大柄な男に対して『カンダタ』と呼ぶと、普通に接する様に話しかけたのだ。
カンダタ「遅かったじゃねえか『エミリー』。バミランの様子はどうだった?」
エミリー「へい。特に王国の連中も今んとこは攻め込んで来る様子もなさそうですぜ。まずは一安心ってとこですかねぇ?」
カンダタ「どうだかな。だんまりをこいてるのも今の内だけで、いつ大規模な襲撃をしてくるかなんて分からねえ。今回は『それくらいのモン』を盗んじまったからな」
エミリー「……しかし、親分の作戦も見事でしたよ。親方が少し前に『ジェリーマン』を三体程ふん捕まえてこいって言った時は何するんかと思いやしたが、まさか真夜中にモシャスを唱えて兵士に扮して城に侵入するなんてね。……まあ『聖水』を振りかけるって分かった時のジェリーマンの嫌がりっぷりったら、そりゃ大変でしたがね」
カンダタ「仕方ねえだろ。ただモシャスで変身しただけじゃ『臭い』とやらでばれちまうからな。それを欺くためにも、どうしてもああしなきゃなんなかったんだよ」
エミリー「いやいや、むしろその程度でこうして見事に『黄金のティアラ』を盗みだせたんでしたから、良しとしましょうや。……所でですが、ソイツの使い道はもう決めてるんで?」
カンダタ「まずは一番高く買い取ってくれそうな金のある商人や貴族連中を片っ端から交渉しに回らせてる所だ。んで、一番ばれにくそうでかつ金を最もふんだくれそうな連中を見つけたら、このアジトからもさっさとトンズラするつもりよ」
エミリー「売ったりして手元に無いって分かったら、奴ら今度こそウチラの事殺すつもりで攻めて来るでしょうしね。それにしても……いや全く、親分の考えにはいつも頭が上がりませんわ」
カンダタ「オレはただ最善の手段を尽くしてるだけに過ぎねえさ。……ところで『サイモン』と『ジョニー』はどうした?」
エミリー「あの二人ならジェリーマンを連れてリュッセルに新たな冒険者リストを見に行ってる事かと思いやすぜ」
カンダタ「へっそうか。ならば城の兵士の代わりに冒険者がここへやって来てもすぐに顔が割れるって事だな。これで万が一ミストラルの息がかかった冒険者だとしても、速攻でバミランの連中を多数人質にとって、解放の身代金として多額の金を要求する。そうすりゃどっちに転んでも金は得られるって寸法さ。くくっ、我ながら抜かりねえぜ……!」
エミリー「大したお手並みですぜ。という事は近い内ここからおさらばする日も近いって事すね?」
カンダタ「ああ、このまま問題なく事が運べばな。全く今日ばかりは笑いが止まらねえぜ……! 今日は飲むとするか」
エミリー「お、ソイツはつい最近どっかの貴族の屋敷から盗んだっていう例のお酒ですね? アッシでよければ付き合いますぜ!」
その後もカンダタの計画案を酒を豪快に煽りながら夜通し語り合うと、盗賊としての有望な将来に夢を膨らませ続けていた。