ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第三十一話 いざ、霊峰ウィンディアへ

 遂に霊峰ウィンディアの登山口にまでやって来た三人。

 宿屋では寝ぼけた状態のアリアだったが、流石にここまで来ると気持ちをしっかりと切り替えており、準備も整っていた。

 上を見上げれば反り返った山肌とおぼろげな霧が立ち込め、広く見渡す事はできそうにもない。万が一にでも道に迷えば、忽ち大自然の餌食となってしまうだろう。

 

 シオン「さてと……ここが勝負の分かれ目と言った所だね。……ルイ、リュッセルを出発して何日経ったかな?」

 ルイ「恐らくは20日前後は経っているかと思いましたわ。1か月という単位だけで見るならば余裕はありますけれども、症状が悪化している事も考えればもっと早く見なくては……」

 

 予断を許さない状況なのは変わらなかった。しかしここで目的を急ぐばかり闇雲に歩き回っても、肝心の自分達が危機に瀕するだけ。

 だからこそ、アリアは努めて冷静にいた。あくまで表面上は、だが。

 

 アリア「……行こう二人とも! 何としても世界樹の葉を見つけ出すよ!」

 

 芯の通ったアリアの掛け声が二人の心臓に響くと、希望が灯った瞳で頷く。

 山の面積そのものはエトスン大陸のかなりを占めているためか、その分勾配は割と緩く体力が著しく奪われる心配は現時点ではなさそうではあった。

 だが、あちこちに石が散乱したごつごつとした岩山を歩くのは、例え旅慣れた冒険者であっても容易ではない。歩く足に注視すればそれだけで集中力が削がれる原因にもなり、気力の低下はやがて体力の低下へと繋がっていく。

 そんな心配をしていた矢先だったのか、最後列にいたシオンは前を歩くルイを見つめる。

 

 シオン「ルイ、大丈夫? きつそうならすぐに言うんだよ?」

 ルイ「――はい!」

 

 言葉でこそ了承はしたものの、しっかりとした足取りは地下水脈で見た姿とはまるで『別人』のようだった。決して痩せ我慢や見栄などではない、彼女の『新たな強さ』がそこにはあったのだ。

 そんなルイの変わりっぷりに、シオンは最初こそ考えるがすぐに心当たりが浮かんだ表情をする。

 

 シオン「やはり、幾千もの経験と叡智が蓄えられているという『メタル種族』の恩恵は偉大だね。そんな運の良さも、ルイならではの強み……なのかな?」

 アリア「ちょっとシオンー! 一人で何ぶつぶつとしゃべってるのー? 口数減らさないとばてて困るのはシオンなんだからね!?」

 シオン「はいはいっと……。って、早速『来た』みたいだよ?」

 

 ジャストタイミングで後ろを振り返っていたアリアは、シオンの言葉の意味に気付けなかった。

 しかし、その意味はすぐに理解する羽目になる。

 

 ――魔物の群れが現れた!――

 

 いばらドラゴン、マージマタンゴ、浮遊樹、マッドオックス。どれもが偉大なるウィンディアの加護を受けているに相応しい顔ぶれのモンスターばかりだった。ならばその強さも一筋縄ではいかないだろうと、アリア達の武器を握る手にも力が入る。

 

 シオン「――仕掛けるよっ!」

 アリア「おっけー! まずはあの『いばらだらけ』のアイツから――!」

 

 天高く飛び出したアリアはいばらドラゴンへ斬りかかると、竜族種へかなりの有効打となる特技『ドラゴン斬り』を惜しみなく浴びせた。

 斬った瞬間の魔力の奔流が竜が駆け昇る姿になぞらえている事から名がついたこの技は、決してその名に見劣りする事無く『いばらドラゴン』を一撃で地に沈める。

 

 ルイ「物理面に関しては本当に多彩ですのね。では私も……!」

 アリア「今だよルイ! 得意のじゅも――えっ?」

 ルイ「ふふっ、私とて何も呪文だけが能ではありませんのよ? 引き裂かれなさい――『双竜打ち』!」

 

 不敵な笑みを浮かべたルイは、素早く二連の動作でチェーンクロスを薙ぎ払った。双竜打ちと名付けた鞭の特技は、マージマタンゴとマッドオックスの二体を確実に捕えると、二人にも負けず劣らずのダメージを与えていた。

 ルイ「シオン今ですの!」

 シオン「驚いたね。まさかここまでとは――『ニードルアロー』!」

 

 貫通力の伴った矢がマッドオックスを貫くと、残るは一体だけとなる。

 最後の一体とて油断はせず、流れるように一人一人が放つ号令にアリアは呼応し、止めの一撃をマージマタンゴに放つ。

 

 ――魔物の群れをやっつけた!――

 

 アリア「凄いよルイ! なんだか最近凄いってしか言ってないくらい凄いよ!」

 ルイ「そ、そうですの? そう言われるとちょっと照れますわ……」

 シオン「メタルスライムで一気に経験を得たからね。ほらほら、先は長いんだから行くよ!」

 

 もう少しくらい余韻に浸らせても、と不満気なアリアの顔を視界に入れる事もなくシオンは颯爽と歩き出す。

 そんな彼の態度にルイも同様に不満を持つかと思いきや、存外に誇らしく、または嬉しそうだった。

 「――もう心配は掛けなくても大丈夫そうだね」と、そう告げる彼の背中と気持ちを、ルイはいち早く察していたのだ。

 彼女にとってシオンに真の意味で認められるのは、アリアにそう思ってもらうよりも、かねてからずっと気にしていた事なのだろう。

 それがこの聖なる地にまで来て、ようやく達成する事ができた。この瞬間にようやくルイはパーティの一員なのだと、はっきり認識できたのかも知れない。

 その後もペースを崩さずに歩みを進めると、やがて三人の目の前に広がったのはぽっかりと空いた内部に通じる洞穴だった。

 

 ルイ「ウィンディアの内部はこんな風になっていますのね。外とは違ってひんやりとしていますし、狭いかと思いましたが想像以上に広いですのね」

 シオン「モンスターと戦う分には申し分無いね。勿論戦わないに越した事はないんだけど、……とおや? ここで『分かれ道』か……」

 

 そう言って立ち止まるのだが、何故か二人は不思議そうな顔をする。

 分岐点に差しかかってどちらを選ぶかの余地くらいはあって当たり前なのだが、どうやら二人はその心配をしている様子でもないのだ。

 そしてシオンにとっては驚愕の事実がアリアの口から告げられる。

 

 アリア「分かれ道っていうか、そこには『壁しかない』気がするんだけど……?」

 シオン「……なんだって?」

 ルイ「私も地図上で確認をしましたが、この場所は一本道となっていますわ。シオンには道が見えていますの?」

 シオン「勿論だよ。だって……ほら『通れる』じゃないの」

 

 地図上にない道をシオンが通り抜けると、二人の目からはなんと『壁をすり抜けている』ように見えていたのだ。

 

 アリア「ええ!? 私って今何を見てるの!?」

 シオン「……現実じゃないかな」

 

 元の場所に戻って来たシオンは、アリアからしたら今度は壁からシオンが滲み出て来たように見える。その光景にルイは考える様子をするがアリアは目が点になるばかり。

 

 ルイ「恐らくこれは『隠し通路』の類かと思うのですが……。古代からの種族達が何らかの理由で残したにしてもどうしてこんなカラクリが……?」

 シオン「成る程ね。僕にはある程度読めたけども、果たして……」

 アリア「ほんと!? 勿体ぶってないで早く私にも教えてよー!」

 

 がくがくと肩を揺らすが、半狂乱に陥っているアリアにはシオンの制止の声も届かない。ルイがなだめる事でようやく落ち着きを取り戻す。

 

 シオン「この仕掛けはウィンディアが織り成した自然の神秘……では当然なくて、明らかに誰かが『人的に施した仕掛け』だよ。それもエルフである僕だけにはその仕掛けが通じない『極めて特異な』、ね。……となれば答えは簡単、僕と同じ種族の誰かがウィンディアを護る為にした事なんだろうね」

 ルイ「ならばその理由を知りたい……と言いたいのですが詮索は今は無用ですわね。恐らく他にも同じような『仕掛け』があると思って間違いないと思いますわ。……当然、『世界樹の葉に繋がる道』もですわね」

 シオン「だろうね。……なんだかこの大陸に来てから僕は重大な役目ばかりしてるのは気のせいなのかなあ……。考えても仕方ないか、まずはここの隠された道を行こう」

 

 先を歩くと、間もない内に行き止まりにぶつかってしまった。

 世界樹の葉を目指す上では外れは外れなのだが、三人の目の前には地下水脈で見たような『宝箱』があった。それを見て誰が最初に飛びついたかは、今や言うまでもない。

 

 アリア「ねえシオン! 『アレ』の確認は!?」

 シオン「はいはい大丈夫だよ。早く開けてごらん」

 

 わくわくしながら宝箱を開けたアリアは、中に入っていた『何か』を早速取り上げる。 

 

 ルイ「これは……『弓』ですわね。私の頭に入っている弓の一覧ですと、『狩人の弓』と呼ばれる弓と一番似ていますわね」

 

 弓の両端には風切りの羽根を象った装飾が施され、大きさもシオンが持っているショートボウと比べても一回り大きい。かなり良質な弓である事には間違いなかった。

 

 アリア「やったじゃんシオン! これならもっと頼りにできるよ!」

 

 まるで自分の事のように喜びながら手渡すアリアに、シオンは少々照れながらも受け取るのだった。

 今まで扱っていたショートボウは『袋』の中に入れると、『狩人の弓』をじっくりと眺めるように手に取り、引き絞る感覚や照準の確認をして新たな弓の感触を確かめる。

 

 シオン「うん、状態も極めて良好だね。これならすぐに使えそうだ。……思わぬ収穫もした事だし、先を急ごう」

 

 ウィンディア攻略への大きな手助けとなってくれる新たな武器を手にした一同は、幸先のいいスタートとなってくれる事を期待して、再び歩き出す。

 行く手を阻む大いなる聖地の数々の苦難は、これからの三人を更に苦しめる事となる。

 


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