ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第二十九話 執念

 メンディルから少し外れたの所の雑木林でようやくルイは足を止めた。

 

 ルイ「ここならば万が一何かあってもすぐ着ける距離ですし、アリア達もそこまで怒らないかと思いますわ……」

 

 そう言うとすぐさまにルイは瞳を閉じて強く念じ、精神を集中させる。

 両手を組んで祈るように唱えると、足元には大きな護法陣が描かれる。それはたちまち七色に光る無数の属性を伴った魔力の光へと変わり、遂には浮かび始める。

 

 ルイ「やはり、旅をしてから最近やれていませんでしたから少し展開が遅いですわ……」

 彼女が今行っているのは『瞑想』なのだが、これは本来の賢者が行う呪文とは少しばかり種の異なる呪文だった。

 瞑想そのものは術者の生命力や気力を活発化させて、傷ついた体を癒す事が目的なのだが、ルイの場合は本来の目的から外れる。

 

 ルイ「お母さま曰く、『万物を我が身とさせる事が天地雷鳴の道を開く』。でしたわね。頭では分かっていますけども、やはり実践となると容易ではありませんわ……」

 

 苦しい表情を浮かべながらも、詠唱と共に湧き出る魔力は更にその数と濃さを増していく。 

 やがて魔力と纏う光がピークに達するかと思った、その瞬間だった。

 それまで迸っていたオーラは全て浄化されるように消えて沈黙すると、地面に描かれていた護法陣も無くなりルイはその場にがくりと膝をつく。

 大量の汗を垂らしながら肩で息をする程に、あの詠唱だけでルイは疲れ果ててしまっていた。

 

 ルイ「無理ですわこんなの……! 今の私に経験が足りないのは分かっていますのに……! けどこのままでは万物を味方につけるなど、到底世迷言にしか……」

 

 彼女は魔力だけでなく、世界における万物のエネルギーすらも取り込む事で、更なる自らの糧にしようとしていた。

 だが結果としては取り込む事など適わず、そればかりか一度の詠唱でほとんどの魔力を使い果たしてしまうだけに終わってしまった。

 自然のエネルギーとは、取り込むものでも奪うものでもなく、それらと一つになり、天地から認められる事で共鳴を得られる。

 無論ルイとて若くして賢者の道を歩んだ者で、道理だけならば十二分に承知していた。

 絶対的なあらゆる経験不足とは頭では分かっていても、自らの遥か先を行く『母の背中』を追いたくなるのは、娘としては必然だったのだ。

 

 ルイ「いいえまだですわ……! もう一度……!」

 

 膝を笑わせながらも、気力を振り絞って立ち上がると、『瞑想』を試みるべく今一度詠唱を開始する。

 ――しかしその瞬間、近くの『茂み』が不意に音を立てて騒めく。

 

 ルイ「しまった……モンスターですの!? 何故こんな街の近くにまで……!」

 

 咄嗟に身構えるが、ここで万が一にでも集団に押し寄せてきたら自分の命など無いも同然。ルイは近くにあった木の陰に身を寄せて、何者が出てくるのかを探る事にした。

 しばらくは音を立てるだけで肝心の姿は見せず、中々尻尾を現さなかったが辛抱強く待つ。

 その結果、まさかの『意外な姿』を現したのだ。

 姿は小さな球体に近く、見ようによっては愛くるしくすら思える。しきりに周りを気にしては、目まぐるしい速さで怯えながら辺りを駆け抜ける。見てくれこそ最弱の名をほしいままにする『スライム』と同系統のモンスターだが、最も括目すべきはその『色』だったのだ。

 

 ルイ「ぎ、銀色のスライム……。まさか『メタルスライム』ですの!?」

 

 叫んでから「しまった」と、我も忘れて大声を張り上げそうになる口を直接塞いで、なんとか『敵』には知られずに済んだようだ。何しろ人間の姿を見るだけでも一目散に背を向けて逃げ去るモンスターだ。大きい声で叫んだりしたら、それこそ二度と会う事などないだろう。

 更に幸運は続く。なんとその数は一体ではなく、後ろから続いて3,4,5匹と立て続けに現れ冒険者からして見たら正に夢のような光景だった。

 今ルイに足りないのは、正にこれだった。ならばこの絶好のチャンスを逃さない手はない。

 覚悟を決めると、メタルスライムの群れに向かって飛び出す。

 ――しかし、

 

 ルイ「『メタルハンター』!? 私としたことが、迂闊でしたわ……!」

 

 宝を狙うのは何も人間だけとは限らない。メタル系の種族を狩るためだけにこの世に生み出されたモンスターとて存在するのだ。

 

 ――魔物の群れが現れた!――

 

 ルイ「一体だけならまだしも二体いると厄介ですわね……!」

 

 大捕り物を眼前にして阻められてしまうのはこれ以上にない歯痒さだったが、命あっての物種。欲にまみれて、全て失っては元も子もない。

 機敏に仕掛けるメタルハンターの攻撃を片手に持つチェーンクロスで上手くいなしては、呪文を放つ機会を窺う。

 

 ルイ「デイン系の呪文は得意ではないのですが……逃げないでくださいませ!」

 

 メタルスライムを優先させたいのは山々だったが、まずは目の前の障害を取り除かねばならない。

 元々余力がほとんど残っていなかった僅かな魔力を振り絞り、メタルハンターを標的に空から穿たれし呪文『ライデイン』を放つ。

 機械系統だけあり、雷の力にはやはり弱かった。二体とも致命的なダメージを受けると、一体が黒煙を上げて沈黙する。この間にメタルスライムが二匹逃げ出す。

 これで驚異はほぼ消え去った。これで目の前の『獲物』に集中できるとルイは確信していた。

 しかし――そう決めつけていた彼女の気持ちが、『油断』に繋がってしまう。

 既にメタルスライムに傾いていた神経は、紙一重で生き残っていたメタルハンターからの攻撃に全く気付けなかった。

 

 ルイ「――え?」

 

 何かの気配を感じて目をやった時には、既に目の前には『ソレ』があった。

 そして――。

 

 ルイ「うああああぅッ!?」

 

 高速で飛び出した『矢』はルイの腹部に完全にめり込み、湧き上がって来る激しい痛みに顔が歪む。

 生まれてこの方味わった事のない焼けるような痛さは、刺さった矢を通して服から滲み出る大量の血と、苦悶に満ちた悲痛なる叫びが全てを物語っていた。

 放っておけば間違いなく死に繋がる傷なのは明白で、残された魔力でできる事も少ない。それでも、ホイミだろうが焼け石に水となろうが、例えほんの少しでも傷を癒さねばならなかった『筈』だった。

 

 ルイ「しつこい……ですのよッ!」

 

 だが――彼女の執念は凄まじかった。

 ライデインも撃ってしまった今、残った魔力はほぼ皆無。最後の絞り粕を出し切るように『メラ』を最後のメタルハンター目掛けて投げ付けると、今度こそ爆炎を上げてガラクタと化した。

 そして残りの三匹の内、二匹すらも逃げ出してしまったメタルスライムはとうとう残り一匹を残すだけとなってしまう。

 立ち上がろうとするも刺さった矢から来る激しい痛みで、満足に身体は動かない。何かを考えようにも、痛覚がひたすら先走ってそれ所では無くなる。

 自身の武器すらもこれでは満足に操る事も不可能。ならば残された手段は、『一つ』しかなかった。

 

 ルイ「お願い……倒れてぇ!」

 

 なんと、たどたどしい走りながらもルイは果敢に『素手』で残ったメタルスライムに殴りかかっていったのだ。

 しかし、お世辞にも素早いとは言えない攻撃にあっさりと避けられてしまい、自分の攻撃すらも支えきれないふらついた足は再び崩れ落ちて転んでしまう。

 幸か不幸か偶然か、それでも最後のメタルスライムは逃げなかった。まるでルイの信念を試しているかのように。

 彼女の肉体の限度的にも、恐らく次の攻撃がラストチャンス。

 

 ルイ「こん……のぉおおおおおおッ!」

 

 ここまで来れば恥も外聞もなかった。

 歯を食いしばりながらも飛び掛かるようなルイの一撃は、なんとメタルスライムに命中した。否、『それだけ』ではなかった。

 彼女の手には、今までにない完全な手応えがあった。

 それは言うなれば『会心の一撃』。死力を尽くした一撃はルイに奇跡を呼んだのだ。

 ぐるぐると目を回して消沈するメタルスライムは、そのまま魔力の塵を散らせながら地面へと還っていった。

 

 ――魔物の群れを、やっつけた!――

 

 ルイ「や、やりました……わよ……アリア」

 

 肉体は当の昔に限界に達していた。目的を果たすと役目を終えたかのように、力無く地面に倒れ伏す。倒れてもなお彼女の血は流れ続け、たちまち腹部の近くの草むらが真っ赤な色で覆われる。

 譲れない『何か』の為にここまで踏ん張ったからには、泥をすすってでも勝利を掴みたかったのだ。

 かくして、その願いは叶えられた。その頃に、ルイもよく知る二人が駆けつけるのもほぼ同時だった。

 

 アリア「ル、ルイ! しっかりしてぇ!」

 

 その顔にこそ満足な笑みはあったものの気は完全に失っており、血は今もどくどくと流れ、顔色もかなり青ざめている。相当な量の出血をしているのは誰の目にも明らかだった。

 急いでアリアがべホイミを施すと共に、シオンも周辺の警戒をしてモンスターの追撃がないかを確かめる。

 

 シオン「今の所はいないみたいだけど、このまま外にいるのは不味いよ。早く宿に向かおう!」

 

 一分一秒とて今のアリアには無駄にしたくなかった。ルイを傷つけないように気づかいながらも、迅速におぶって走り出すと迷わずメンディルの宿屋に駆け込んだのだった。


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