――水の都アクアラ。――商業都市リュッセル。――ミストラル王国。
エトスン大陸の繁栄を支えるにあたってはどれもが欠かせない街で、今やこの大陸の顔と言っても過言ではないが、それら全ての原点とも呼べるのが『霊峰ウィンディア』だ。
麓に形成された街、メンディルは様々な事情を片手に目の前のウィンディアに向けて冒険者が集ういわば最終拠点であるが、生半可な覚悟と強さでは挑戦する事すら許されない。
アリア達は登山する前に必要な道具を買い揃えた後、一度英気を養ってから万全の体勢で挑むべく、宿屋のとある一室でこれからの指針を話し合っていた。
ルイ「宿屋で提供されていた資料と地図から察するに、この霊峰ウィンディアはごつごつとした石などで形成された所謂『岩山』なのですが、随所に穴が空いたような構造になっていて、時には岩肌を登りながら、またある時は内部を通じながら縫うように登らなければいけませんのね」
シオン「トルレンテ湖の源流地とも呼ばれてるとも、街の人から聞いたよ。内部も恐らく水場が豊富にあるだろうから、ここで探索が長引いても安全な場所を見つけられれば野営する分には問題ないとは思う。ただし……『時間が許す』なら、の条件付きだけどね」
既にリュッセルを出発してから、早二週間。一か月という区切りでは丁度折り返し地点に立った今、『猶予』も次第に無くなって来たのは誰もが感じていた。
シオン「でも……焦りはダメだよアリア」
アリア「うん……大丈夫。ここまで来たら後は手に入れるだけだもんね」
睨むように地図を見ていた三人は、明日の攻略に向けて眉をひそめている真っ最中。ウィンディア内部と外部の両方を事細かに描いてはいるが、当然『世界樹の葉』の在り処など記している筈もなく、陽が沈み夜になった今でも今一つ探索ポイントを絞れずにいた。
ルイ「頂上を目指さなくてよいだけ、いくらかは楽かと思っていましたけども……。そう甘くはありませんわね……」
アリア「……でもさ世界樹っていうくらいなんだから、咲くのにもっと細かい条件があったりするんじゃないの? だったらさ、その条件を一番満たしてる場所を探したら、見つけられたりしない?」
シオン「……アリアにしては随分、的を射た意見を出すね。確かにその通りで、世界樹の芽が咲くには、純粋で穢れの無い『光と水と土の全てが交わる』場所にしか咲かないと言われてるんだ。……けども、これだけの広大過ぎる山で手探りのみははっきり言って無謀過ぎる。せめて何かヒントがあれば……」
博識で知恵に富んだルイやシオンでさえも、明確な答えが出てこない。
このままでは虱潰しに探すしかなく、非効率的にも度があるのだ。
バラバラになったパズルのピースを埋め合わせるかの如く模索するが、やはり誰もが浮かない顔をするばかり。
アリア「――『分かった』! 私分かっちゃったかも!」
しかし、突然閃いた声と共に立ち上がるのは、意外にもアリアだった。
アリア「『源流』だよ! 登って探すんじゃなくて、地下にある源流の何処かに咲いてるんだよきっと! だから色んな人が登っていくら探しても見つけられないんだよ!」
ルイ「そ、そんな事があるんですの? だって植物というのは基本的に光がないと育たないんですのよ。確かに水は澄んでいるかも知れませんが、薄暗く湿った場所ではとても無理なのでは……」
アリア「さっきウィンディアには所々穴が空いてて、中にも入れるって言ってたよね? もし何処かの穴が一番奥深くの源流にまで届いてる場所があって、そこから光が差し込んでたら、咲くんじゃないのかな?」
理屈としては確かに合ってはいるが、そんな上手いな事がと、ルイは苦笑いするだけだった。
――が、隣で聞いていた『もう一人』は違った。
シオン「いや、案外そうなのかもね……。僕だって、ウィンディアの中腹にあると思ってずっと策を巡らせていた。けど、そもそもそこからして先入観が働いてしまって、何も見出せずにいたんだ」
今度はウィンディア内部の地図を注意深く見つめると、外部から照らし合わせるように条件が整っていそうな場所をくまなく探す。
――その結果。
シオン「……もしかしたら、この『地図には載っていない場所』にも他に入口があるのかも知れない。それも、もっと頂上に近い所に」
アリア「どうして上の方にあると思ったの?」
シオン「忘れたのかい? ここが霧が深くて、毎日が曇り空に覆われたミストラル王国だと言う事を。曇っていれば、その場所に陽は当然射さない。だったら、太陽の光を浴びるにはその『雲の上をいく場所』でなければならないんだ」
ルイ「雲を突き抜けた所に、アリアが見出した場所がある。……そう、言いたいんですのね?」
シオン「恐らくは、ね。よくよく考えてみれば、曇った場所だとただでさえ普通の植物が育ちにくいのに、世界樹の芽がどうやって芽吹くのかが僕は不思議でならなかった」
ルイ「では、目的地はほぼ決まったという事でよろしいんですの?」
シオン「今度の探索も結構なモノになりそうだけどね……。僕の推察通りならば、雲を超える高さにまで登ったらその付近に、一気に地下へと吹き抜けている入口が何処かにある筈だよ」
アリア「……よし。じゃあもう一回探索ルートをちゃんと確認しよう!」
シオン「時間がないとは言え、アリアにしては随分やる気だね。じゃあまずは――」
その後もウィンディア攻略に向けて、入念にアリアとシオンは話を続ける。
先を行く程に厳しさを増すダンジョンの数々は、いわばアリア達の試練そのものだった。余裕を残すだけの力もなければ、冒険者としての経験とて無きに等しい。
だとしても、アリアは泣き言を言いたくはなかった。無茶な自分を信じてくれている二人の為にも歩き続け、戦わなければ『自分の価値』とは、はたまた『存在意義』とは何なのかと、定期船でデリックを目の前で亡くしかけた時からずっと思っていたのだろう。
――するとルイは、今も険しい表情をするアリアを見つめながら、不意に立ち上がるのだった。
ルイ「二人はまだ攻略に向けてのお話をするのでしょう? ……だったら私は、少し外に行って、呪文の詠唱や構築を修練して来ますわ」
アリア「こ、こんな時間に? 外も暗いし、今からだと危ないよ!」
ルイ「大丈夫ですの。ほんの三十分くらいですから」
アリア「でも急にいきなり……!」
何か言おうと立ち上がるアリアの腕を、シオンは荒く掴んだ。
振り返ると、彼はただ首を振るだけでそれ以上干渉してはならないと、瞳で強く訴えるのだった。
ルイ「シオン……感謝いたしますの」
そして、ルイは部屋の扉を開けて、そのまま向こう側へと消えてしまった。
後に残った二人には、得も言われぬ空気が包む。
シオン「……分かってあげるんだ。今のルイは少しでも自分を鍛えたいんだよ。明日に備えて休む事も大事だけど、それ以上にルイの『足手まといになりたくない』という気持ちも分かってあげないと……」
これまでの旅先で幾度となく後ろ足を引かれて来たルイ。それが過去に堕落した自分を思えば思う程彼女はその度に後悔し、泣きだしそうになっていた。
だけども今の彼女でなければ、アリアと出逢えていなかったのもまた事実。ルイはそんな過去と今に向き合いながらずっと己とも戦っていたのだ。
アリア「無茶しないでね、ルイ……」
心配そうなアリアの横顔は、シオンの瞳にいつまでも深く映るのだった。