ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第二十七話 認められたい心

 朝がやって来た。

 しかし朝とはいってもここは霧深きミストラル。曇った空は昨日と変わらぬままで、新鮮味などどこにもない。

 覚めやらぬ表情のままにベッドから起き上がったアリアは、陽が登り切らぬ薄暗い部屋を薄着のままにふらふらと歩く。

 

 アリア「私が最初に起きちゃったんだ……」

 

 横を見てもルイもシオンも未だ深い眠りについたままで、しばらく起きる気配はなさそうだった。

 部屋にかけられた時計を見ても、三人が出発する時間からはまだ遠く、二階の窓を開けても外を歩いている街の人も誰もいず、閑散とした景色が広がるだけ。

 

 アリア「なんでこんな早く起きたんだろう……」

 

 彼女の問いには誰も答えない。

 そんな彼女自身も虚ろな瞳のままに、ぼんやりと窓の向こうを眺めるだけで、特に何かをするでもなかった。

 

 シオン「……アリア?」

 

 その一言でアリアの瞳にようやく光が灯り、声の主に向かって振り返った。

 いつの間にか起き上がっていたシオンは、彼女を不思議そうに見ていたのだ。

 

 アリア「あ……ごめんね、起こしちゃった?」

 シオン「いや、そろそろ起きる時間だったからね。アリアこそ、こんな早い時間に起きるなんて珍しいね」

 アリア「何よー珍しいって。私が早く起きちゃいけないって言うのー?」

 

 二人の会話する気配に引っ張られるように、遂にはルイまでもが眠たげに起きてしまう。

 

 ルイ「どうしたんですの二人とも……。まだ出発までには時間がありますのに」

 アリア「あ、あー起こしちゃったルイちゃん? もっと寝ててもいいのよー?」

 ルイ「そうでしたか。……所で、ルイ『ちゃん』とは、なんですの?」

 

 ――しまった。

 とアリアが分かりやすく口を開けるが、当然遅かった。

 

 アリア「い、いや違うのよルイ? 寝顔がつい可愛くて、なんだかそう呼びたくなるっていうかなんていうか」

 ルイ「ふーん。そうやって温泉の時みたいに、また私の事を『子供扱い』するんですの?」

 シオン「……僕はちょっと散歩してくるよ」

 ルイ「あの温泉での一件、私は一瞬たりとて忘れていませんのよ……?」

 

 いつの間にか着替えていたシオンは、逃げるように部屋を後にする。

 

 アリア「ちょちょっとぉー! 逃げるのシオンー!?」

 ルイ「私だって好きで、こんな『小さい体』をしてるんじゃありませんのよーッ!」

 

 爽やかな朝の宿に、怒号が響き渡る。

 揺れんばかりの叫びに屋根に止まっていた小鳥は、全て飛び立ってしまった。

 

 

 

 ミストラルから出た三人は、『世界樹の葉』がひっそりと眠るとされる霊峰ウィンディアへ向けて出発しようとしていた。

 ……のだが、その内の一人はむすっとした顔を一向に変える気配がなく、不機嫌なままなのである。

 

 アリア「ねールイ。機嫌そろそろ直してよー」

 ルイ「……別にいいのですわよ。実際最初に疲れて、足を引っ張ってるのは私ですものね! 確かに子供ですわよー!」

 

 怒りのままにすたすたと歩いていくルイ。アリアが伸ばした手も無情に空を切るだけで、その間にもどんどんと先を行く。

 

 シオン「……まあ、アリアが口を滑らしたのが悪いね。今のルイに無闇に話しかけても火に油だろうし、孤立させない程度に距離を空けようか」

 アリア「うん……。なんだか、こめんなさい……」

 

 これは不味いと、アリアは直感していた。

 どんな形であれ早くフォローしなければ、後々戦いをする上でチームワークにも欠ける羽目になる上、どんどん厳しさを増すダンジョンの攻略にも響く。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎ、本来の目的であるカイトの母の命が危うくなるのだ。

 年下の扱いにはある程度慣れているとはいえ、実際はほとんど変わらないであろう年齢でましてや対等である筈のパーティの一員なのに、格下のような扱いをしてしまったのは素直に悪かったと、アリアも今頃になって自覚し始めていた。

 ここは素直に謝罪しなければいけないと、ルイに改めて近寄ろうとする。

 ――しかし、やはりここでも『奴ら』は現れる。

 

 ――魔物の群れが現れた!――

 

 アリア「もう、こんな時に……!」

 シオン「しかもそこそこに手強そうだよ……用心して戦わないと!」

 

 相対するモンスターは、ヘルホーネット、フェアリードラゴン、ガルーダ、マドハンドと今回もどれもが初めて見るモンスターばかりだった。

 不幸にも前を歩いていたルイが先頭に立たされる事態となり、これにはアリアやシオンも焦りの色を隠せない。

 しかし、そんな二人に対してルイは逃げるどころかその場から動く気配もなかった。

 

 アリア「ルイ危ないよ! 早く下がって!」

 ルイ「――大丈夫ですわ」

 

 素早く前に詰めたアリアがルイと並ぶと、両手に魔力を込めている事に気付く。

 しかもそれは見る見る内に色濃くなると光も増していき、いくら魔法に疎いアリアでも『並の呪文ではない』とすぐに分かった。

 

 シオン「ちょちょっと……。あれってまさか……」

 ルイ「今の私は、少々虫の居所が悪いんですのよ……」

 

 そして、詠唱を終えたルイは迷いもなく溜まりに溜まった魔力を一気にモンスター目掛けて解き放つ。

 

 ルイ「ですから、早く私の前から消え去りなさいッ! ――『イオナズン』!」

 

 ――魔力が暴走した!――

 

 怒りの籠った凄まじい魔力は最大級のイオ系呪文『イオナズン』となって、今までのどの呪文よりも威力が高い爆風が吹き荒ぶと、全てのモンスターを破壊し尽す。

 

 アリア「ま、マジでえ……。やばぁ……」

 

 同じ仲間同士であるはずのアリアが戦慄する。彼女を本気で怒らせてはいけないと、心の中で改めて誓った瞬間でもあった。

 

 シオン「ま、まあ……取りあえずは何事もなく終わったね。ルイ、怪我はない?」

 ルイ「はい……。問題ありませんわ……」

 

 振り返ったルイは先程の怒りようからは一転、しんなりとした態度だった。

 さっきの呪文で朝からずっと溜まっていたフラストレーションも同様に吹き飛んだのか、ようやく冷静になれたようだ。

 

 ルイ「ごめんなさい……勝手な行動をしてしまって。今までの冒険でお役に立てない事は分かっていましたのに、どうしても子供扱いされる事に抵抗を感じてしまって……。駆け出しなのは間違いありませんのに、中々二人に追い付けない自分にも苛々してしまってたのは事実ですわ……」

 

 胸に秘めていた想いを明かすと、それっきり黙りこくってしまうルイ。

 思えばルイは今までも旅先や地下水脈でも先に、力尽きて休む事がほとんどだったが、それに対して何も感じなかったと言えば、当然そんな事はなかったのだ。

 昔と違って今はパーティの一員だからこそ、無理強いこそ誰もしなかったが、だからといって自分がそれに甘える訳にはいかないと、最も強い責任感があったのも同時に彼女だった。

 

 アリア「ルイが役に立たないだなんて、私は今まで一度も思った事はないよ。……そうだよね、シオン?」

 シオン「そ、そこで僕に振るのかい? でも、そうだね……僕の口から敢えて言うのならば」

 

 少しだけ考える素振りをすると、シオンはルイの瞳をただ真っすぐに見つめた。

 

 シオン「確かに僕は最初こそ王家の洞窟でルイと一緒に戦う事を拒んだ。実際に試練の途中でもルイは途中で抜け出したり、危うく命を失いかけた。……だけどもそれ等が全部繋がった結果として、アリアや僕にもできない『賢者』としての役目を今では確立してる。だったら、それが『答え』なんじゃないかな?」

 ルイ「……私が『賢者』という事が『答え』……ですの?」

 アリア「うん。前にも私言ったと思うんだ。私は考える事ができないから怒られて失敗するって。でもルイは『賢者』だから考える事がちゃんとできて、結果も出せてる。それに魔法使いなんだから体力が無いのはみんな当たり前だよ。……ってゆーかね? 頭がよくて魔法も使える。それで力持ちで更に体力もあります。なんてなったらさ、私の立場がないでしょー?」

 

 ずいっと一指し指をルイの鼻先にくっつける光景に、シオンは笑いこけていた。

 

 シオン「ははっそうだね。ルイが力まで身に着けちゃったら、それこそアリアはお役御免だね!」

 アリア「ふんだっ、どーせ私はバカですよー!」

 

 互いに罵り、はたまたふざけ合う姿に、ルイはただ心が温まるばかりだった。

 信念を持って感情を迸らせるアリアとは違って、さっきの自分はそれこそ子供のように不貞腐れるままに行動しただけ。どちらも先走るという意味では同じだが、その根底にある『想い』が絶対的に違っていたのだ。

 だからこそ、早く二人に並ばなければと息巻いてしまい、二人とも本意ではないのは分かっているのしろ子供と揶揄されればされるだけ、その現実を認めたくない自分自身に最も腹を立ててしまう。

 

 ルイ「本当にごめんなさい……!」

 

 ぽろぽろと涙を流すルイ。

 そんな拭っても拭いきれない涙を身体ごと抱きしめ、覆い隠してくれたのは、もちろんアリアだ。

 

 アリア「ルイはもう立派な私達の仲間なんだよ。だってルイがいなかったら、私達は今ここにいないんだもん。だからさ、もっと誇ってもいいんだよ?」

 シオン「……そうだね。ルイの強さを最初に見抜けなかった僕の方が、どっちかって言ったらまだまだ子供さ。もっと僕も修行しないと、だね」

 

 二人の言葉が痛い程身に沁みるルイは、アリアの胸にうずくまりながら「ありがとう」と、ただそれだけしか返せなかった。

 頭を上げてアリアの顔を覗けば、これ以上感情を抑えきれなかったのだろう。だからこそ、初めて出会った時から優しかった彼女が愛おしくて溜まらなかった。

 

 アリア「さてと……メンディルまで早く行って、ウィンディア攻略への準備をしないとね! ほらほら、いつまでも泣いてないで行くわよルイち――」

 シオン「ん”ん”ッ!」

 

 ……またもや振り出しに戻る所だった。

 幸い聞こえていなかったようで、シオンがうまくフォローしながらも麓街メンディルを目指したのであった。


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