ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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ヴェストガル大陸編
第一話 廻りだす運命の歯車 『★』


 魔法騎士神殿学園ダーマが魔物襲撃を受けたのは、あまりに突然だった。

 学園の周辺警備をする一人の兵がなんとなく遠くに見える山々の景色を眺めていた時、異変に気付いたのだ。

 始めは山の頂から無数の鳥が群れをなしてこちらに向かってきている、といった認識に過ぎなかった。

 だがそれは次第に影と形を大きくさせ、よくよく見ると鳥などではなく、かといって普通の動物等とは絶対に違う異形の群れ。一言で表すならば『モンスター』だった。

 すぐさま警備兵は駆け足で報告に向かった。

 廊下をもがきながらみっともなく走る様に、生徒や教師が何事かと振り返るがそんな事など気にしていられる余裕もない。

 

 兵士「エマリー学園長、大変です! ま、魔物の群れがこちらに!」

 

 彼の表情と焦りを見た『学園長』は、事の重大さにすぐ気づいた。

 

 エマリー「……グランダリオン帝国からの応援は?」

 兵士「緊急魔法通信は送りましたが、どれだけ早く見ても日没間近だと思います!」

 

 彼女は部屋に添えられた時計を見た。今はまだ正午を過ぎたばかり。迎撃のみで凌いで応援を待つには少々耐え難い時間であった。

 腰まで伸びた金色の髪をせわしなく靡かせながら、施設の長としての風格ある瞳を輝かせて各教師や兵に指示を飛ばす。そして、

 

 エマリー「すぐさま封魔呪文『トラマナール』発動の準備に取り掛かるわ!」

 

 

 

 

 

 時は、ダーマが襲撃を受けようとする数刻前にまで遡る。

 この場所は人間達が住む世界、『地上界』のとある片隅に存在する一つの学園だった。

 世界からの若者が集う場所ともされ、魔法と騎士の両方の面での育成を目的とした国の管轄する育成学園である。

 後に『魔天戦争』と名付けられた長きに渡って続いた天界と魔界の争いは、現代になってようやく一時の終わりを告げる。

 ――しかし、未だその根底には魔界の底知れぬ野望が渦巻いているとされ、地上界では穏やかさを取り戻したとは謳われつつも、その実では膠着状態が依然として続いているとも影では囁かれ、果たしてどれが真相なのかを知る者はいない。

 そんな大規模な争いが起こる前から板挟みの立場に置かれてる地上においても、「自分の身は自分で護り、かつ鍛えねばと地上に明日はない」と、とある一人の人間が宣言した事から全てが始まり、後世に繋がる幾多もの戦士を今現在も輩出し続けているのが『魔法騎士学園ダーマ』であった。

 時刻は間もなく正午を迎える頃。

 多くの生徒や教師達が学園内を闊歩する中で、教室の一角で今現在において授業を受けている真っ最中の生徒達も当然多くいる。

 一つの教室内には数十人程が集まり、己の肉体を武器にした白兵戦を主な目的とする『騎士科』の生徒。あらゆる魔法の知識を修得し、呪文の行使を目的とする『魔法科』の生徒。勿論一般の学園としての側面も持ち合わせており、一般の教養を身に着ける為に入った『普通科』の生徒が、それぞれの目指したい分野に励むべく今日もダーマの生徒は授業を受ける。

 教壇に立つ教師の説明を各々熱心に聞いて書類に書き留める生徒もいれば、窓の外に目を向けて呆けている生徒もいたり、或いは授業とは全く関係のなさそうな本に読みふけてしまい、すっかり怠ける生徒もいたりと十人十色だった。

 当然、教師とて皆が真面目に聞いてくれるなど思ってもいない。万が一全員が集中して聞き、授業に取り組んでいる光景を目の当たりにした日には明日は槍でも振って来るのではないかと思ったとしても、別段おかしくはないだろう。

 事実、結果として今日も『予想通り』になる。

 教室の最も窓際の後ろから二番目の席。その場所で今なお机に突っ伏して豪快に眠り、夢の世界に旅立っている最中の、栗色の髪の『女生徒』がいたからだ。

 『鋼の鎧』と呼ばれるそれは戦闘面に特化させながらも、彼女のへそを惜しみなく曝け出し柔らかな二の腕を大胆に見せる、比較的露出度の高い防具だった。

 そんな教室中の男性の目を惹かせるような格好でありながらも、全く意に介す事無く『ひたすら眠る』彼女に対し、丁度その真後ろに座っていたダーマ学園の制服を着た『普通科』の女生徒も心配そうな目で見つめる。

 が、当然察する筈もなく、状況は依然として変わらないまま。

 その太々しいとも取れる彼女の寝姿に痺れを切らしたのか、教科書を片手に読みながらも説明をしていた男の教師が視線を合わせ、遂に歩み寄ろうとする。

 ――が、そこは彼女の運が勝った。終業を報せるベルが鳴り響いたのだ。

 教師は悔し気に舌打ちをしながらも、早々に教室から出て行ってしまった。

 そんな後ろでハラハラ見守っていた生徒の事情や教師の心情など、察しないままに清々しくうんと背伸びして起き上がる。

 

 「やっと起きたのー? 後ろの私もなんか言われないかと思ってドキドキしてたんだからー……」

 「あはは、ごめんごめん。戦闘実習になるとつい張り切りすぎちゃって……。次からはちゃんと起きてるよ!」

 「そのセリフももう何回目なんだかね……。じゃお昼だから私も行ってくるね」

 「うん、ありがとう!」

 

 教室を見渡すと、他の生徒達も大分外に出払っていたようだった。それと同時に腹部から『空腹のサイン』が鳴り響く事でようやく、彼女も外に向けて歩き出す。

 

 「食べ過ぎもよくないしなあ……。サンドイッチと他になんかあれば十分かな?」

 

 そんな事をぼやきながらも、購買に通じる廊下を歩いていた時だった。

 

 「あ……。あのっ!」

 

 突如斜め前から声をかけられた彼女は声の主に視線をやると、この学園の制服に身を包んだ女子生徒が数人立っていたのに気付いた。

 

 「その着ている『鋼の鎧』見て、もしかしてって思ったんですけど……。一か月前の総合武術大会で優勝した『騎士科のあの方』ですよね? よ、よかったら……握手してくれませんか!」

 「……え? う、うん私なんかでよければ……」

 

 頬を真っ赤に染めながらも、たどたどしく握手を求める図は正に恋する乙女そのものであり、握手を終えた女子生徒はあまりにも紅潮しすぎて卒倒しそうな勢いだった。

 

 「次私もお願いします! 制服着てるの見れば分かると思うんですけど、私達みんな『普通科』に所属している普通の人ばっかりなんで、すっごい尊敬してるんです!」

 「騎士科か魔法科に入ってる生徒じゃないと、防具の着用ができないんだもんね。……でもさ、私も騎士科に入って四年経って卒業も近いけど、やっぱり普通が一番だなーって思うよ。じゃ、そろそろ行くね!」

 

 背中に黄色い声援を浴びながら、半ば逃げるようにその場から立ち去る少女。その表情は嬉しさ半面、恥ずかしさ半面に満ちていた。

 その後購買で人混みをかき分けながらもなんとか目的のパンを買い終える事ができた少女は、人気の比較的少ない校舎裏にまで移動し、添えられたベンチに腰掛けるとようやく一息つく事ができたのだった。

 

 「やっぱり人気のパンは売り切れちゃってたけど……。食べられるだけ良しとしないとね」

 

 綺麗に三角に整ったサンドイッチを両手で頬張ると、空腹が満たされる瞬間に思わず笑みが零れ、舌鼓を打つ。

 

 「武術大会優勝に、卒業も近いかあ……。なんだか自分の事じゃないみたい」

 「――残念なんだけど本当なんだよね」

 

 もう一人の声に、はっと少女が気付く。

 見上げた先にいたのは――緑色の髪をした『エルフの少年』だった。

 尖った耳や若干色素の薄めな肌は人間と近い雰囲気を漂わせながらも、根本的に種の異なる存在である事を窺わせる。そんな彼も手に持っていたのはごく普通のパンで、少女同様に食事をこれから済ませる所だったのだろう。

 

 「ごめんねーお腹空いてたから先に食べちゃってるよ」

 「別に気にしなくてもいいよ。そこまで気を遣われるとかえって居辛いしね」

 「ありがと。……ところで、その着てる『みかわしの服』だっけ? なんだかいつもより綺麗だね。最近お手入れでもしたの?」

 「僕も同じく卒業が近いからね。水ぼらしい格好もしたくないし、一度最初から手入れし直したんだ」

 「そっかあ。……ねね、ちょっと改めて聞きたい事があるんだけどいい?」

 「どうしたんだい、藪から棒に」

 

 少年もパンを口に運びもぐもぐと頬を動かしながら、勝手知ったる仲といった感じのままに、同じベンチに腰掛ける。

 対する少女はというと、校舎の奥に目線を真っすぐに据えままだった。

 

 「私、ダーマを卒業したら『ここを離れる』って前に言ったけどもさ、……本当についてくる気なの?」

 「ああ、その事ね……」

 

 そう少女が問いただすと、エルフの少年は相変わらず咀嚼しながらも少しだけ上を向いて何かを考える。

 空を仰ぎ、じっと見つめる少年が何を思っているのかは少女は知る術はなかったが、パンを喉の奥に流し込むと、やがて静かに口を開く。

 

 「まあ僕もダーマから出た後の事もあまり考えてなかったしさ。村に戻って元の生活を送るのが無難なのかなっては今でも思ってる、けど……」

 「……けど?」

 「十年だよね。ある日、君が僕の村に来て知り合ってから今に至るまでね。それから色んな事があった。一緒に狩りに出かけたり、ふざけたり、怒られたりもして」

 「うん。……そうだね」

 「正直『旅に出たい』だなんて最初聞いた時は正気なのかなって思ったけど、必死に強くなろうとしてる姿を間近で見ている内に、本気なんだなって最近ようやく思えて来たから……なのかな?」

 「強くなろうだなんて思った事は、自分の中ではそこまで思ってなかったかな。ただ『お母さんの最期の言葉』の意味を考えたら、自然と自分をもっと磨かなきゃって感じて……」

 「母の言葉、か……」

 

 そこまで言うと、会話が続かなくなり二人とも押し黙ってしまう。

 手に持っていたパンも二人とも既に食べ終わってしまい、エルフの少年は再びどことなく空を見続けるのだった。

 

 「……相変わらず『昔の記憶』はさっぱりなのかい?」

 「うん……。『いつか自分の目で世界を見なさい』って言葉以外は何も……」

 「そっか。……しかし今更だけど君も数奇というか、変わった信念を持ってるよね。いくら母親の遺言とは言っても、その一言だけでそこまで突き動かされるなんてね」

 「あはは、自分でも正直おかしいとは思ってるんだけどもね。でもお母さんの言葉を思い出したり、夢に出てくる度に『やらなくちゃ』って気持ちがすごい膨らんじゃって……」

 「旅をしたいっていう気持ちは、今でも変わらない?」

 「――変わらない。ダーマに来た時からずっと」

 

 少女は真っすぐな瞳で答えた。その心には一片の迷いもなく、ただ純粋にそうしたいと言う想いだけが今の少女を突き動かしていた。

 そして、その決意を改めて知った少年はベンチからすっと立ち上がると、少女に向かって手を差し伸べる。

 

 「じゃあさ、一人で旅するのもアレだし、僕もついていくさ」

 「……え?」

 

 少女はその手と柔らかな笑みに、ただ呆気に取られるしかなかった。そんな彼女の呆けた顔を気にする事無く更に口を開く。

 

 「いくら戦いに関しては引けを取らないって言ったって、実際旅に出るとなると他の細かい部分は中々一人じゃカバーし切れないでしょ? だから、僕がその辺はなんとかして上げるからさ」

 「そ、そんな……! これは私だけの問題なんだから、そこまでしてもらわなくたって……!」

 

 思いがけない彼の答えだったのか少女は無意識に立ち上がってしまうが、その後結局どうしたらいいのか分からず、ただ困惑するだけだった。

 

 「料理得意だったっけ? 旅に必要な道具の管理とかできる? 旅をしたら野営だってする事があるだろうし、全部自分一人でこなせる? 他にも不得意な面がいっぱいあると少なくとも僕は思ってるけど?」

 「それは……。全部、当たってるよ……」

 「ほら、見た事か」

 「――でも! それでも、一応私達は本来アカの他人なんだからさ、そこまでしてもらう理由が思い浮かばないっていうか……」

 「理由、か。そうだねえ……」 

 

 そこまで言われてようやく少年は顎先に親指と人差し指の間をはめ込んで、何かを考え始めた。

 

 「強いて言うなら運命? いや、そんな大それた事じゃないか……。『腐れ縁』ってヤツなのかな?」

 「腐れ縁……?」

 「そ。僕と君が知り合って10年経って、なんだかんだで今でも同じ場所にこうやって立ち続けてる『縁』。――ああそうだ、久しぶりに思い出したけど、腐れ縁以外にも『もう一つ』あったね」

 「ま、まだあるの……!?」

 「村を出る前にさ、僕の母さんと君を育ててくれた『ラーナ』さんの二人に、『あの子の事を頼む』って言われたんだよね。確かに今更ここまで来てさ、用が済んだからハイサヨウナラって訳にもいかないよね」

 「そんな事、頼まれてたんだ……。私全然知らなかった……」

 

 育ってきた村は同じ。だけども産まれた場所は互いに違う。

 10年という歳月を経て、喜怒哀楽に満ち足りた人生を送れていたとしても、やはり少女にとってはどこか壁を感じてしまい、心の中で線を引いてしまっていたのだろう。

 だがそれは結局、相手側も同じ事を思わされていたという事実でもあり、目の前の少年だけならばいざ知らず、少女を育ててくれた『ラーナ』と呼ばれる親代わりの存在や、この少年の親すらからも少女の心を見透かされるのは、至極当たり前だったのだ。

 

 「ま、詰まる所難しく考えるよりもさ。君は旅に出る。なら僕はそれについて行く。それだけの事なんじゃないかな?」

 「でも……本当に、それでいいの?」

 「君はもう、君だけの命じゃない。君が死んだら悲しむ人が大勢いるんだから、その事を忘れないでほしい……。なんて、ちょっと月並み過ぎるセリフだったかな?」

 「私が死んだら『悲しむ人』がいる……」

 

 そして、少年は今一度手を強く突き出す。

 少女はその手をしばらくじっと見つめていたが、――やがてその手を掴んだ。

 それを見た少年は、今までで一番の笑顔で少女を迎えた。対して少女は、頬を真っ赤に染め、ずっと瞳を逸らし続けていた。

 

 「おやおや、君でもそんな恥じらいをするんだね。長い付き合いだけど、正直その顔が見られただけでも僕は満足さ!」

 「んもう! 怒るよー!?」

 

 二人の間にあった見えない氷の壁が、溶け続けてこそいたが、砕く事は叶わずにいた。

 それが今この瞬間を以ってようやく叶ったような、そんな二人の笑顔だった。

 

 「……本当にありがとう。じゃあ、これからもヨロシクね。『シオン』」

 「はいはい。こちらこそね、――『アリア』」

 

 改めて互いの名を呼び合って誓い、これからも『腐れ縁』は続いていく事を約束されたのだった。

 

 

 ――そしてこの瞬間、『アリア』の物語の歯車は廻りだす。

 

 

 二人の温和な空気を切り裂くように、突如響き渡る不快な警鐘音。

 それは学園の敷地内に『何者かが侵入してしまった』事を報せるブザーやサイレンの一種なのだが、今まで二人が聞いたどれよりも明らかな非常事態を告げる『切迫した音』だったのだ。

 

 「な、なんなの……! 敵が近づいて来てるの!?」

 「ここからじゃよく分からないね……。ひとまず開けた場所に向かおう!」

 

 互いに頷いた二人は、今なおけたたましくなり続ける警報を背に、未知の敵を探るために走り出す。

 

【挿絵表示】

 


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