ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第二十六話 血塗られし歴史

 ――魔天戦争が始まる少し前の時代から、ミストラルの栄枯盛衰の歴史は始まる。

 それまでは、地上界も人間同士でも争いが絶えず行われていて、領地等を巡っての争いも珍しくはなく、多くの血が流れた。

 その中でも当時のミストラルはグランダリオンを凌ぐ軍事力を持っており、こと戦争においては百戦錬磨を誇る国としても有名であった。

 しかし積み過ぎた勝利の力に溺れた故か、いつしか独裁政治を進めて来た国としても同時に名を馳せてしまい、「弱きは捨てよ」とする国のやり方に不満を持つ民衆も少なくはなかった。

 

 そんな折、ミストラルの情勢を大きく揺るがす事態が起こる。

 

 業を煮やしたグランダリオンとアウスペリアが同盟を結び、悪名高きミストラル王国へ終止符を打つべくと戦を仕掛けて来たのだった。

 白兵戦においてミストラルと肩を並べる力を持つグランダリオンと、こと魔法においては類まれなる技術を持つアウスペリアから織り成す二国の巧みな連携は、たちまちミストラルを窮地に追いやる。

 そして止めの一撃とも言えるアウスペリアの軍が放った禁忌呪文『クラスマダンテ』は、ミストラルの王城やその周辺までもを跡形もなく粉砕してしまう程の威力を持ち、これが決定打となって長年のミストラルの独裁政治にも遂に終焉を迎える。

 敗戦に伴い今まで占有していた領土も無条件解放する事で、国力はほとんど失われたものの、ようやくミストラルにも落ち着きが戻った。その当時の王でもあったのが、ミスティア女王の三世先にあたる王。つまり曾祖父にあたる存在だった。

 それからは少しずつ地道な努力を重ねて、二度と悲劇と過ちを繰り返さぬと非戦争を最初に提唱した国として新たに再建され、ミスティアの父の代で魔天戦争が勃発した時には三国同盟を結ぶにまで至り、更には世界有数の商業国としてまで名を馳せられるようになった。

 

 ――しかし、『悲劇』はまだ終わっていなかった。

 

 その多大なる功績を積んだ王と王妃が魔天戦争の犠牲となってしまうと、残されたただ一人の娘ミスティアが泣く泣く後を継ぐ事になってしまった。

 強きが弱きを踏みにじり、力が力を支配する世界はこんなにも容赦なく残酷で無慈悲なのかと、ミスティアは未だ幼い体で父と母が倒れる燃えさかる玉座の間でひたすらに泣き、嘆き、そして叫んだ。

 残酷な現実を見せつけられたミスティアは、過去に自分等も多くの血を流し、現在に至っては流されたからこそ、これ以上どんな理由であれ人間同士が血で血を拭うやり方などあってはならないと固く決意した。父と母の生前見つめていた姿を通じても、彼女はそう強く思っていたのだ。

 

 アリア「……そんな悲しい歴史があったんですね」

 シオン「ダーマで歴史を勉強するにあたっても、ミストラルの背景についてはあまり取り上げる事はありませんでした。三国同盟を結んでいる今だからこそ、昔のミストラルの姿は今や世界そのものにとっても黒歴史同然となり、せめて忌まわしき過去として封印する事が三国としての総意……だったのかも知れませんね。……あくまで僕の想像に過ぎませんが」

 ミスティア「……正直、我が国の過去について他の国がどこまで取り上げていて、事情を知っているかは私の及ぶところではありません。いくら後で取り繕ったとしても歴史は歴史、罪は罪なのですから……」

 

 そこまでミスティアが儚げに告げると、再びアリア達に改めて向き直る。

 

 ミスティア「身勝手なのは百も承知です。我が一族の勝手たる事情なのも、痛い程に理解しております。……ですが、どうかお願いします! この地を再び鮮血で染めない為にも、我が一族に伝わる『黄金のティアラ』を、貴方達の手で取り戻してほしいのです……!」

 

 深々と頭を下げ、最早女王としての立場など気にも留めない。

 そんな彼女に近寄ったのは、他でもないアリアだった。

 

 アリア「……もちろんに決まっているじゃないですか。ですから、頭をどうか上げてください、女王様」

 

 優しく諭されるままに、ようやく顔を上げたミスティアの目は、心なしか赤みがかっていた。

 

 ミスティア「本当に……感謝いたします。皆様のご好意には感謝してもしきれません」

 シオン「……だけども、僕達には先にやるべき事があります。まずは先約通り、『神秘の草』を見つけ出してこなければ」

 ミスティア「それに関しては先程も申し上げた通り、私が知る限りの事をお教えします。……皆様は、『神秘の草』についてはどこまでご存知なのでしょう?」

 アリア「私達が船でこの大陸に上陸した時、同船していた人から少しだけそれに関する情報は知る事ができました。複数の条件を満たした上でようやく発見する事ができて、その内の一つは自分達の力が試されるとも……」

 ミスティア「そうですね。確かにそれが大前提となります。……ですが、それと同じくらい必須なのが『世界樹の加護を受けたエルフ』が存在する事なのです」

 

 ――最も驚いたのはシオンだった。

 今この場でエルフなのは彼だけであり、かつ世界樹に最も縁ある人だったからに違いないが、それと同時にシオンだからこそ思いつける『発想』があったからだった。

 

 シオン「……もしかして、神秘の草とは『世界樹の葉』の事を指しているのではないですか?」

 

 彼のまさかの一言に、決して人数は多くない玉座の間が空気がざわめく。

 

 ルイ「そ、そんな事がある筈は……! 世界樹と言えばこの世に二つとない大いなる樹ですわ。それがいくら霊峰と呼ばれたウィンディアと言えども、違う場所に芽吹く事などありますの?」

 

 それまで黙って聞いていたルイも、反論せずにはいられなかった。彼女が賢者として培った知識と理論があったからこそ、有り得ないと思うしかないからなのだ。

 だが、そんなルイの動揺にもミスティアは介する事無く説明を続ける。

 

 ミスティア「……いえ、彼の言う通りです。そもそも木や植物というのは、風によって種子が飛ばされる事によって違う地にも新たなる芽が吹くのです。それは『世界樹』でも例外ではありませんでした。……風によって運ばれた世界樹の種子は、それと等しき程に聖なる加護に包まれているウィンディアだからこそ、その芽は息吹き、辛うじて存在する事ができたのでしょう。世間で名の通っている『神秘の草』とは、あくまで真実を覆い隠す為の架空の名に過ぎません」

 シオン「……正にそれこそ、自然が織り成した奇跡なのでしょうね。確かに『世界樹の葉』と認識できるのは、その加護を受けたエルフだけです。でなければ、普通の人にはその辺に生えている葉っぱ程度にしか見えませんからね……」

 アリア「えっとつまり……。よく分かんないんだけど、要は私達なら探せるって事でいいのかな?」

 シオン「まあそういう事だね。だからひとまずは安心していいよ、アリア」

 アリア「ほ、本当に!? ねえ、本当だよね!?」

 

 がくんがくんとシオンの肩を揺らすアリア。やめてくれと高速で揺れながら懇願するシオンの声も、今は届いてはいなかった。

 するとそんな二人の様子を見て、ようやくくすりと微笑みを見せたミスティアだった。 

 

 ミスティア「ふふ、面白い方達ですね。……皆様ならば、世界樹の葉を見つける事もできるのではないでしょうか」

 

 そんな玉座の間らしからぬ空気の中、扉が唐突に開き戻って来たのは、ついさっき出て行ったばかりのダグラスだった。その手には何らかの書状のような物が、数枚握られている。

 

 ミスティア「ダグラスも戻りましたか。案外早かったですのね」

 ダグラス「事は急を要しますからね。国の未来とミスティア様を思えば、『許可証』の一枚や二枚、容易いものです」

 ルイ「え……、『許可証』ですの? まさかそれって……」

 

 きょとんとしたルイを筆頭に、まさかと三人が驚く中でもダグラスは淡々と一枚の書面を次々と手渡していく。そしてそれは、エトスン大陸に来てからアリアがずっと欲していた紛れもない『入国許可証』だったのだ。

 

 ダグラス「ここから南東に進めば、やがてウィンディアの麓街である『メンディル』に着けます。では、この国の未来を頼みましたよ」

 

 それだけを告げるとダグラスは忙しない様子で、またもや玉座の間から出て行ってしまった。

 

 ミスティア「黄金のティアラについての現在の所在や軍が中々動かせない理由など、他の細かい部分に関しては、追々お話し致しましょう。まずは皆様の本来成すべき事を優先させて下さい」

 アリア「女王様……ありがとうございます!」

 ミスティア「霊峰ウィンディアは先も述べたように、聖なる加護に包まれた山ですが、モンスターは普通に生息しております。更に、頂上までに至る道は『不思議な霧』が山全体に覆われていて、進む事はできません。帰らぬ人とならぬよう決して足を踏み入れないように……」

 シオン「分かりました……という事は、山の中腹辺りに『世界樹の葉』は眠ると思っていいのですか?」

 ミスティア「そう捉えて頂いて間違いはないでしょう。ただ、そこから先は私どもも詳細は掴めていません。……どうかご容赦を」

 ルイ「ミスティア様が謝る事などありませんわ。むしろここまで寛大な処置をして頂き、お礼を述べなくてはいけないのは、私達の方ですのに」

 アリア「そうだね。ここまで来たら、カイト君や女王様の為にも何としても私達のやる事を成し遂げないと……!」

 

 三人は女王の前で誓いを新たにすると、早速ウィンディアへ赴く為玉座の間を後にする。

 

 アリア「へー。ここがミストラル王国なんだー」

 

 ミスティアが座する王城から出た三人は、改めてミストラルに広がる街並みを目にした。

 トルレンテ湖から流れ出た川をそのまま利用した仕組みは最初に訪れたアクアラやリュッセルと基盤こそは変わりないのだが、この二つと比べると山にあふれた自然をそのまま利用したかのような街づくりだった。

 城のすぐ後ろには剥き出しになった灰色の山肌から滝がいくつも流れ落ち、王城と市街地を繋ぐ橋の下には豊かな池が広がる。

 一方で眼下に見下ろした城下街はどんよりとした曇り空と霧がかった天候によって遠くまで見渡す事もできず、面白みという意味では全くの無い、何処までも無機質な空だった。

 

 ルイ「空の暗さから陽も大分傾いていると思いますし、とりあえず私は休みたいですの……。色々ありましたけれども、実の所今日も歩き詰めでしたわよね……」

 シオン「確かにね……。ひと段落終えたら僕もどっと疲れが出てきたよ」

 

 過程はどうあれ、なんだかんだで許可証を手に入れられた三人は堂々と街を歩けるのも久方ぶり。そういった重圧から解放された喜びも大きかった。

 水路の上に建てつけられたあちこちで回っている水車に目を惹かれながらも、観光もそこそこに留めて宿に直行した三人。地下水脈で野営をして日を浴びない一日を過ごしたからこそ、普段のありがたみが身に沁みて分かる。

 

 アリア「うーん、やっぱりフカフカのベッド最高!」

 シオン「今度は霊峰ウィンディアか……。僕は道具の買い出しに行ってくるから先に休んでて」

 ルイ「いつも助かりますわ。では私はお言葉に甘えて休むと致しますわ……」

 

 後に残ったアリアとルイは特に何をするでもなく、純粋に身体を休めていた。

 そんな時、ベッドに気だるげに寝ながら天井をぼうっと見つめていたアリアは誰に語り掛けるでもなくぽつりと何かを呟く。

 

 アリア「……カイト君のお母さん、助かるかな」

 ルイ「大丈夫ですわよ……。まだリュッセルを旅立ってから一週間も経っていませんわ。焦らず行けば必ず間に合いますのよ」

 アリア「うん……そうだね。じゃないと私達を信じてくれた女王様にも、顔向けできないもんね……!」

 

 今のアリアにはやらなければいけない事が多かった。

 だが、彼女が頭で考えてしまえばしまう程、その目まぐるしさに自分の感覚を掴めなくなる。

 そんな時は静かに目を閉じながら、無に浸る事で思考をリセットしていた。そうする事で、彼女はいつしか深い呼吸と共に自信を落ち着かせていたのだ。

 そして数分と経たない内に、穏やかに眠りにつくアリア。

 隣でそれを見ていたルイは、せめて今だけでも安らいでほしいと願うままに、彼女も後を追うように眠りについたのだった。

 


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