ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第二十五話 ミスティアの真意

 アリア「ねえ、話を聞いてったらぁー!」

 シオン「そんな事しても無駄だと思うよ……」

 

 必死に牢の内側から格子をがしゃんがしゃんと揺らし、あるいは叩き付けて看守に自分等の無罪をアピールするが、無論それで動揺などする筈もない。異常がない事を確認すると、すぐに立ち去ってしまう。

 そんな最中に、格子の向こう側の通路から兵に付き添われたルイがこちらに向かってとぼとぼと歩いて来る所だった。

 ダグラスの言葉通り、尋問を一人ずつ受ける予定の三人はルイが最初の一人目となって今しがた終え、帰って来たのだ。

 兵士によって再び牢の中に入れられ、力なく歩くルイは備えつけの無骨なベッドに腰掛けるも、沈みきった顔のままで何も変わる事はなかった。

 

 アリア「ルイ大丈夫? 何か変なコトされてない?」

 ルイ「私の身でしたら何も問題ありませんわ。ここまで来るに至った経緯を説明しただけですの。……でも正直、まさか私達が一番懸念していた事態に直面してしまうとは、思ってもいませんでしたの……」

 シオン「……すまない。今回は完全に僕のミスだ。もう少し周りの風景や状況からしっかりと推察して、行動に移すべきだったのに……」

 アリア「それを言ったら私もだよ……。もうちょっとはしゃぐのを我慢してたら、見つからずに済んだかも知れないのに……」

 

 全員が全員を慰め合い、ひたすらに重い空気が牢の中に漂う。

 そして今まで格子の前で立っていたアリアもようやく観念したのか、ルイ同様に力なくベッドに近寄り、腰掛ける。

 

 アリア「どうしよう……。このままじゃ、カイト君のお母さんが助からないよ……。いっそ、力づくでここから抜け出した方が……」

 シオン「そんな事したら、それこそ話し合いの機会すらなくなっちゃうよ。……気持ちは分かるけど、今は落ち着くんだ」

 

 薄暗い灯りが一つだけ部屋に灯されているだけで窓は一つもなく、三人の持ち物も全て取り上げられてしまっている。

 今が日中なのか夜中なのか見当すらつかず、ただ時だけが過ぎていくばかり。城の中にある牢へ閉じ込められてから、悠に数時間は過ぎていた。

 その頃に、『変化』はようやく起きる。

 

 ルイ「……何か足音がこちらへ近づいて来ておりませんか?」

 

 最初に気付いたのは意外にもルイだった。双方ともそれぞれの理由で責任を感じている真っ最中だったからなのか、その一言でようやく我に帰れたようだ。

 やがて格子の奥に現れたのは、なんと先程アリア達に剣を向けたダグラスだった。

 

 ダグラス「女王様が君達と話がしたいそうだ」

 

 それだけを告げると、さっさとと言わんばかりに、なんと鍵を開けて先を促したのだった。

 悪夢から一転、今度は女王と直接話ができるなどという手の平を返した状況に一同はただ困惑するばかりだが、間違いなくここで無駄に過ごすよりは有益であるのも確か。

 一瞬罠の可能性も考えたのか、すぐには足を踏み出せずにいたシオンだったが、迷いを振り払うように牢の外へと出る。

 

 ダグラス「……それと、そちらの桃色の髪をした女性。……ルイというお名前で間違いありませんか?」

 ルイ「ええ……。そうですわ」

 ダグラス「……左様でしたか。先程はとんだご無礼を働き、誠に申し訳ありませんでした。重ねますが女王様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 二人にとる態度とは全く別の、まるで麗人をエスコートするかのような振る舞いでルイを牢から出す。そんな様子にアリアはひたすらに面白くない顔をするばかりだったが、シオンは今のやりとりで全てを察した顔のままに歩く。

 

 

 

 ダグラスに案内されるままに城の中を通り抜けると、やがて玉座の間とおぼしき場所にまで連れて来られた。

 扉の両脇に立っていた兵士が扉を開けると、奥で待っていたのは――

 

 ルイ「……ミスティア様!」

 ミスティア「やはり貴方でしたか! よくぞこんな所まで……!」

 

 勢いのままに駆け寄ったルイはミスティアへと抱擁し合う。

 そんな様子を見せられても今一つ合点のいかないアリアに、シオンは鼻でため息をついて口を開きだす。

 

 シオン「あの方がミスティア女王でしょ。ルイの顔はやっぱりなんだかんだ言って広いだろうから、すぐにミストラル側もある程度の事情を察したんでしょ」

 アリア「へーそうなんだ、あの人が……。って嘘ぉっ!?」

 ダグラス「……玉座の間では静粛に願います」

 

 後ろで見守っていたダグラスに咳払いをしながら釘を刺され、ぺこぺこと頭を下げながら縮こまるアリア。その間にも二人は再開を懐かしみながらも、話を続ける。

 

 ミスティア「今のお話と兵からの報告で、おおよその事情は分かりました。それと……ダグラス総隊長」

 ダグラス「――はい」

 ミスティア「この者達に入国許可を取る手続きを、貴方自身が最優先で行ってください。それと、この地にルイ王女が訪れた事は我が城だけの内密に願います」

 ダグラス「……よろしいのですか?」

 ミスティア「確かに許可を得ずしてこの国に踏み入った事は、本来許される事ではありません。……しかし、私達は同盟を結んでいる国のいわば長同士でもあります。双方の国の未来を思うならば、時には神の悪戯だったとして、このまま無かった事にする選択肢もまた必要なのでしょう」

 ダグラス「……要は民どもの不信や相互間の亀裂を極力避ける為ですね。そういう事でしたならば、喜んで力となりましょう。一度牢にも入れ、形式上は既に処罰をした事にもなっています」

 

 あくまでも冷淡にミスティアに報告的に述べると、すぐさま身を翻し『女王の命を課す』べく、玉座の間から立ち去るダグラスだった。

 一方で残されたアリア達は、女王の破格すぎる処遇にしばし唖然とするばかり。

 

 ルイ「み、ミスティア様……。あの方も仰っていましたが、本当にそれでよろしいのですの……?」

 ミスティア「ここに来たのはあくまで正当な目的なのでしょう? ましてや他でもないルイが人の命を救うためとあらば、今の決定に何か不備がありましたか?」

 

 三人の立場で不備があるかないかを考えるならば、無いどころか諸手を上げて喜ぶべきだっただろう。

 しかし一国を預かる身の立場の者が処罰を命ずるは元より、許可証の発行という寛大過ぎる処遇を受けてしまうと何か裏があるのではと思ってしまうのも致し方ない。

 

 シオン「……何が『条件』なんです?」

 アリア「い、いきなり何言ってんのシオン!? それはちょっと失礼じゃないの!?」

 

 どの口が言うのだと彼の横目で見る瞳が明らかに語っていたが、今はアリアの相手をしている場合でもなく、女王に目を据える。

 

 ミスティア「そちらのエルフの方はダグラスの報告通り、といった所ですね。貴方達は『神秘の草』の行方を求めてここまで遠路遥々とやって来たのでしたね。……確かに霊峰ウィンディアにはそれが眠っております。必要ならばある程度の情報提供もする事もお約束致しましょう」

 

 ――「ただし」。

 とミスティアはその一言を強調させながら遮る。

 

 ミスティア「……つい先日、我が王族に伝わる女王の証とされる『黄金のティアラ』が賊らしき者達によって盗まれたのです。貴方達の目的が達成された後、この件に関して率先して助力してくれると約束ならば、喜んで力となりましょう」

 シオン「……つまりは、等価交換という訳ですね。その点だけで言えば無論納得はできるのですが、どうして一介の冒険者である僕達にそれを頼むのです? その気になれば、軍を総動員して僕達の手をわざわざ借りずとも、解決する事が十分可能だと思うのですが。それが女王様の持ち物とあれば尚、です」

 

 お互いの腹を探るような目つきは、全くぶれない。アリアとルイが心配そうにお互いを見つめるが、今の二人には視界に入ってなどいなかった。

 

 ミスティア「お父様とお母様が信念を持って築き上げたこの国を、今更血で汚す訳にはいかないのです。それが例えどんな相手であっても、です」

 シオン「……それだけでは抽象的で、発言の意図が分かりかねます。もう少しだけ、具体的な説明をお願いします」

 

 そうシオンが強く押すと、ミスティアは観念したようにため息をつき、そのまま窓の向こう側にある曇り空を見つめるように背を向けた。

 

 ミスティア「遠い昔の話ですが……かつてはこの国も、貧しい国だったと私はお父様から聞かされた事があります」

 

 静かにゆっくりと語り出したミスティアの背中。その声には怒りもなければ寂しさもなく、無垢なるままだった。


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