ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第二十四話 交錯のミストラル

 エトスン大陸の高地に位置し、悠久の深き霧に覆われた国、ミストラル。

 太陽の光が射す事は一日を通してもほとんどなく、毎朝毎晩曇った天気が続くこの国だが、同時に東の大陸を支える場所として最も重要な拠点でもある。

 そんなミストラル王国の中心街の更にまた中心に城を構えて、この一国を支える『女王』がいた。

 玉座の間には、深き海をそのまま映したかのような瑠璃色の髪を腰にまで真っすぐに下ろし、可憐な王服に身を包む慎まやかな一人の女性。

 しかし、女王の姿を彩る高貴なる紫の瞳は、ミストラルの空と一体となってしまったように曇りがかってしまい、現状を報告しにきた一介の兵士にも険しい顔を崩さない。

 

 兵士「ミスティア女王。報告いたします」

 ミスティア「……申し上げてください」

 兵士「依然として『黄金のティアラ』の行方は知れず、何者が持ち去ったのかを特定はできません」

 

 変わらぬ現状を知った女王は、ただ奥歯を噛み締めるだけ。

 

 ミスティア「しかし、普通の民家ならいざ知らず、あえてこの城を狙ってくる度量と技術がある者。……ならば『あの賊達』の仕業と考えるのが妥当でしょうね」

 兵士「隊長らも十中八九あのアジトらに構える盗賊の集団が起こした犯行であると睨んではいます。現にそちらの方面で捜査も進んでいる事から、確信の域に近いかと。……ただ、です」

 ミスティア「……分かっています。あのアジトのすぐ近くには『バミランの街』もあります。いざとなれば連中が街そのものを人質にとってくる事も」

 兵士「しかし、今回に限っては盗まれた物が物です! 多少の犠牲はやむを得ないのではという、他の兵からの声も多数上がってきておりますぞ!」

 

 焦りと苛立ちを隠す事もせずに兵士は率直に意を唱える。

 奪われた物は早く取り返さなくてはならない。それが女王の持ち物であるならば尚更の事だ。そうしなければ国としての沽券にも関わり、いつまでも手をこまねいていては増長されていつ次の手を打ってくるか分からない。

 

 ミスティア「それはなりませんっ!」

 

 ――しかし、女王は頑なに態度を変えなかった。

 

 ミスティア「決して無用な争いと血は流さないのが、父と母から受け継いだ我が国の信念です。例え彼等が名だたる大盗賊であったとしても、例外はありません……!」

 兵士「しかし、女王様!」

 ミスティア「道は必ずあります。私のティアラなど、例えボロボロになって帰ってこようが、後でいくらでも作り直せばよいのです。大事なのは一人の民の命と罪を犯した者に対する償い。……そうではありませんか?」

 兵士「……承知いたしました。女王様の御心のままに」

 ミスティア「夜から開かれる緊急会議にも、もちろん出席いたします。報告ご苦労でした……もう下がってもよいですよ」

 

 促されるままに兵士は一礼をして女王の間を後にする。そして、誰もいなくなった部屋でミスティアは一人俯き、悩む。

 

 ミスティア「お父様、お母様。私は一体どうしたら……」

 

 悩める女王の問いには誰も答えない。

 窓の向こうにどよめく深い霧が、まるでそのままミストラルの未来を示しているかのように――。

 

 

 

 ヘルダイバーとの戦いの末、安全な休息地を見つける事ができたアリア達はそのまま滝の裏に隠れるように一日を終え、今では完全に回復していた。

 

 シオン「昨日の頑張りが功を奏したみたいだね。フローミでも確認したけど、このまま道なりに進めばミストラルの領域内へと無事入られそうだよ」

 

 地下水脈を進む三人は少しずつ登り坂となったミストラルへの通り道を歩いていた。

 平坦な道とは違い、それなりに高配のある坂をひたすらに歩き続けるのは、それだけでも体力をより奪われるが、目的地は今や目前。この勢いを落とす訳にもいかなかった。

 

 アリア「ルイ、大丈夫? きつそうならすぐに言ってね?」

 ルイ「だ、大丈夫ですの……。こんな時まで足を引っ張ってられませんわ……!」

 

 先を行くシオンも立ち止まる回数を増やし、しきりに地図と照らし合わせては次第にミストラル王国への入口を掴んでいく。

 

 シオン「……成る程ね。確かにこのまま川の流れに沿って進んだら、ぴったりミストラルの中心点とぶつかるね。この構造を見抜いたカイト君が末恐ろしいな……」

 

 やがて、見慣れた洞窟の壁と見比べると、明らかに質も形も違った『何か』が三人の視界に入り出す。

 それはシオンにとっては、間違いなく地下水脈の探検がようやく終わりを迎える事を意味するものに他ならなかった。

 

 ルイ「あれはもしかして、リュッセルでも見た排水用の配管ではありませんの?」

 アリア「水もちゃんと流れて来てるね。って事は、もしかして……?」

 シオン「……ああ、『当たり』だね。僕達はミストラル王国へ着いたんだ」

 

 陰湿な空気から開放される喜びと、長い旅路を無事に終えられた嬉しさからアリアとルイは思わず大きな声を張り上げる。

 

 シオン「さて、喜んでばかりもいられないよ。……むしろ本番はここからと言ってもいいくらいだ。ルイ、お願い」

 ルイ「分かりましたわ。――『トラマナ』!」

 

 悪しき気を中和する結界魔法をかける共に配管の中へと早速潜入し、リュッセルと同じように通って来た下水路を息を潜めて移動する。

 いよいよ本格的にミストラル王国の内部が見え始めると思うと、嫌でも緊張度が高まるが、ここまで来れば女王までの距離は目と鼻の先だ。

 

 アリア「何処から街に入ったらいいんだろうね……」

 シオン「入口らしい入口はダメだろうね。全部のドアの向こう側に見張りの兵士がいると思った方がいい。となると、やっぱり……」

 

 大小様々な網目状に張り巡らされた他の配管を歩きながらも、安全そうな通路をくまなくチェックする。兵士がいなそうな場所。三人がきちんと通り抜けられる場所。抜けた先の安全も確保できる場所。その全ての条件をクリアしている場所がないか、盗賊の技術も磨いてきたシオンの眼と勘で探る。

 

 ルイ「なんだかこうしてると、本当に泥棒になった気分ですわね……」

 アリア「し、仕方ないよ……。事情が事情だし、ね?」

 

 二人が不安そうに本音をぽつりと呟く中、シオンは不意に立ち止まった。

 その視線にあったのは、アリア達ならぎりぎり通り抜けられそうな大きさをした配管で、流れる水もそれほど多くない。これならば余裕を持って通り抜けられ、街の中へと入る事ができそうだった。

 

 シオン「近くに正規の入口もなさそうだし、ここが一番良さそうだね……」

 アリア「って事は、いよいよ……?」

 

 こくりと、シオンは二人に向けて頷く。そして覚悟を決めたように、シオンは迷わずに更に狭くなった配管の中へ突入し、後の二人も続く。

 

 ルイ「だんだんと奥が明るくなって来ましたわ……!」

 シオン「僕が先に出口の状況を確認するよ。その後に二人も続いて!」

 

 外と下水を繋ぐ排水口まで遂に到着した三人。

 シオンが見張りやこちらを見ている人がいないか警戒しながらも、外へと足を踏み入れる。

 

 アリア「やっと街に出られたよー。やっぱ外の空気はおいしいなー!」

 ルイ「服は相変わらずびしょびしょになってしまいましたが……。それにしても、ここはどの辺なんですの?」

 シオン「……正直分からない。この街に来た事が無いのは当たり前にしろ、地図すらもないからね。……とにかく、同じ場所に留まり続けるのは得策じゃない。早くここから離れよう」

 アリア「……そうだね。それにしても目の前にあるのって、随分おっきい建物だねー。なんだか『お城』みたいじゃない?」

 

 まずは自分等の身の内を明かさなければ女王と話すどころか、自分等の旅の保証すらも怪しくなる。シオンの忍び足に二人とも見よう見真似でついて行きながら、建物の角にまで差し掛かった。

 

 シオン「あれは、見張りの兵士? それも見た感じ一人や二人じゃなさそうだ……。ま、待ってよ……? という事はまさか、僕達は……?」

 

 鼠一匹も逃がさぬ風格のままに巡回する兵士に、一人の男性らしき人物が声を掛けていた所だった。

 鮮やかに装飾が施された『魔法の鎧』を身に着け、漆黒の髪と真紅の瞳をぎらつかせながら状況を確認する様からは、他の兵士と比べて明らかに一線を画していた。

 

 兵士「ダグラス隊長。異常ありません」

 ダグラス「そうか分かった。では私も念の為に一回りしてから城に入るとするか」

 

 そう言うと、ダグラスと呼ばれた人物は再び建物の奥へと消えて行ってしまう。

 後に続いた兵士も同様に奥へと歩き去り、目視で確認する限りは誰もいなくなった事にひとまずは安堵する。

 が、あの状況からしてこの場所が単なる街の中でないのは今や明白だった。それどころか、最も考えたくなかった『最悪の事態』が彼らの頭をよぎる。

 

 アリア「ね、ねえ。なんだかここ『まずくない』? これって下手しなくても私達さ……」

 

 事の重大さを認識し始めたのは、今やシオンだけではなかった。

 次第に現在地をようやく把握すると共に、早くこの場から抜け出さなければと言う焦りの気持ちはどんどん膨らむ。

 ――だが、それこそが彼らが犯した若さ故の『失態』だった。

 前方の見張りだけに気を取られ、今や三人の後ろに迫る『気配』に誰も気付けなかったのだ。

 

 ダグラス「――三人とも動くな!」

 

 冷たい氷に等しき声に三人が振り向いた先に見えたのは、鋭い剣の切っ先。

 そしてそれを向けていたのは、なんとつい今まで前方で話していた筈の『ダグラス』だったのだ。

 

 アリア「いつの間にこんな近くに……!」

 シオン「ごめん、僕も察知できなかったよ。只者じゃないねこの人は……」

 ダグラス「……ほう? 私の気だけですぐに見抜くとは、ただの賊紛いという訳でもなさそうだ。……だが、そこの『お嬢さん』。自分の身を少しでも保証したいのなら、その抜きかけている剣をすぐに納めた方がいいぞ?」

 

 剣士の性故か、咄嗟に構えに入ってしまったアリアだったが、ここで剣を抜き暴れる事はどういう事なのかを知らぬ程、そこまで愚かではなかった。悔し気に目を細めながらも両手を解放させて、『降参』の意を図る。

 

 ルイ「貴方はさっきまで私達の前方にいた筈では……? どうしていつの間に後ろにまで回り込めたんですの?」

 ダグラス「そうだ。私は確かに君達の視界の中にいた。……だがそれは同時に『私の視界にも入っている』という事でもある。後は君達が勘付く前に、素早く後方から気配を読まれぬように近づいただけに過ぎぬさ。さて……『衛兵』!」

 

 彼の鋭い号令でたちまち兵士が集うと、すぐさまアリア達は取り囲まれてしまった。

 

 ダグラス「この者達を牢に入れよ。後に一人ずつ尋問を行う」

 兵士「――はっ!」

 

 問答無用だった。ルイとシオンが兵士によって両側から拘束され、最後にアリアも同じく拘束しようとする。

 

 アリア「待って! お願いですから、私達の話を聞いてください!」

 シオン「アリアよすんだっ!」

 

 必死にダグラスへ訴えかけるも、彼の耳には何も届かぬままだった。ルイは既に観念しきった様子で、抵抗どころか口一つ開く素振りすら見せない。

 

 ダグラス「ふむ、そちらの少年が一番物分かりはよさそうだな。……何、心配せずとも話ならもちろん後で聞くとも。……じっくりとね?」

 

 鋭い眼光はそのままに、口元だけにやついた笑みを浮かべると、そのまま今度こそ悠々と歩き去るダグラスだった。

 三人が下水路から抜けた場所。それは少しでもと、街の中心部へと近づくあまりミストラル王国の中心地にそびえ立つ、『王城の敷地内』にまで到達してしまっていたのだ。

 

 アリア「そんな……。ここまで来たのに、どうして……!」

 

 がっくりと項垂れるアリアを意に介す事もなく、あくまで兵士は事務的に三人を引きずるように城の中へと誘っていく。

 やがて数刻もしない内に喧噪も収まり、普段通りとなった城が幽玄に佇むだけだった。


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