ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第二十三話 神速の矢

 三人が今揃って感じていたのは『焦り』だった。

 リュッセルを出発してからかなりの時間が経ったのだが、同じような景色が続いて、次第に自分達の位置感覚が掴めなくなって来る。

 一息つけそうな場所もこれといって見当たらず、モンスターと定期的に出くわしては少しずつ体力や魔力も削られていく。

 如何に屈強な冒険者と言えども、休息なくしてはいずれ力尽きる。そうなってしまえばベテランも素人も、最後に行きつく先は『死』なのだ。

 シオンとアリアは旅慣れてる分まだよかったのだが、残る『一人』はそうもいかなかった。

 歩き続けた足は今や疲労の色を隠せず、段々と引きずるような形で歩く羽目になってしまう。

 そんな状態で歩を進めては、僅かな段差にさえ躓いてしまうのは当たり前だった。

 ルイのもつれた足は小さな小石を気づかずして踏んでしまい、そのまま滑るように転んでしまう。

 

 アリア「だ、大丈夫!?」

 

 最高尾を歩いていたアリアが後ろからとっさに介抱し、患部に回復呪文を施す事で傷そのものはなんとか癒せた。しかしあくまで傷を癒す為の呪文は、蓄積されたルイの疲労までは回復させる事ができない。

 

 アリア「ねえシオン、私達もそろそろ限界だよ……。多少危険でもどこかで休まないと……」

 

 今、彼の頭の中は葛藤に満ちていた。

 ここで最も冷静な判断を下せるのはシオンだけ。だが、その判断が結果として吉と出るか凶と出るかは誰にも分からない。

 

 シオン「最悪ルイのリレミトで、ここから無理矢理脱出するという手段はある。だから僕達がここで力尽きるという事は現時点ではほぼないとは思う。……だけどもそれが何を意味するかは、アリアは分かるよね?」

 

 今ミストラルになんとしてもたどり着きたいのは、間違いなくアリアだった。

 だが、もしここでシオンの言う通りにリレミトで戻ってしまえば、自分達の命こそは助かるが、結局振り出しに戻るだけ。それは即ち、自分達を信じてくれたカイトに最悪の報告をしなければならないのと同義なのだ。

 

 ルイ「私ならまだ大丈夫ですのよ……。魔力ならば余裕はありますから」

 シオン「それこそダメだよ。万が一ルイの身に何かあって脱出すらできない状況に追い込まれたら、僕達は本当にお終いだ」

 

 三人の言う事にどれも間違いはない。

 それ故にどれを優先させるべきかを下せずにいる。シオンにとっては、ここが正念場だった。

 

 シオン「……進もう」

 

 苦渋の末に、彼は強気に洞窟の奥を見据えた。

 

 シオン「危険な目に遭うリスクもあるけど、多少道から外れても火を焚けそうな場所を探して、見つけ次第今日は休もう。……それと、最後の手段は常に頭に入れといて」

 ルイ「分かりましたわ……!」

 

 確かに頷いたルイとは比べ、『失敗』の二文字が頭によぎってしまったアリアは不安そうに頷く。

 その後も残された気力を振り絞り、懸命に奥を目指す。

 

 アリア「なんだろう……? 水の音がいつもと違うような……。高い所から落ちてる感じの音?」

 

 そんな矢先だった。

 アリアが普段とは若干音色が異なった水音を最初に感じたのは。

 本流を進みながら、再び音のする方向に目をやるアリア。

 気付いていたのはどうやら彼女だけで、このままでは前を行く二人は歩き去ろうとしてしまう。

 

 アリア「――待ってっ! こっちから何か違う音が聞こえるの!」

 

 彼女の叫びにようやく振り返った二人。アリアの何かを感じ取った様子に、シオンは迷わず駆け寄る。

 

 シオン「……本当だ。これはもしかして『滝の音』……?」

 アリア「だからといって、特段何かある訳でもなさそうなんだけどね……」

 

 アリアの感じた通りに奥に滝があったとしても、それだけでは特に状況が好転する兆しはない。

 が、そこは苦楽を共にした長年の縁だった。

 アリアの直感を信じたシオンは、滝のある場所を目指して進む事にしたのだ。

 

 ルイ「大丈夫なんですの? こっちを進むとミストラルの方角からは少し外れてしまいますが……」

 シオン「分からない。……ただ、アリアが何かを感じ取ったんだ。だから僕はそれを信じて進むよ」

 

 歩くにつれ、段々とその音は大きくなる。ここまで来ると、最早確信しかなかった。

 そしてアリアの感じた『それ』は確かにあった。

 三人の前方に見えたのは、円形状に広がった小さな池と、その奥から水が流れ落ちてくる滝だった。更にアリアはあるものを発見する。

 

 アリア「ねえ見て、滝の裏側に何か小さな入口があるよ! もしかしたら、あの奥なら休めるんじゃない?」

 ルイ「本当ですわ。……でもまずは中の様子を見ませんと」

 

 口では警戒する素振りを見せながらも、ようやく休息地を見つけられたと、アリアとルイが心の底から安心しきった時だった。

 

 シオン「……待って! 中から『何か』が出てくる!」

 

 滝が流れ落ち、大きな水たまりとなった池の中心からゴボゴボと泡が弾ける。

 水泡はどんどん数を増し、遂には水面が盛り上がって中から何者が飛び出そうとしているのは明白だった。

 そして、豪快な水飛沫と共に出てきたのは――。

 

 ――ヘルダイバーが現れた!――

 

 水棲モンスターの中でも凶暴な部類に入る中型モンスター『ヘルダイバー』。しかもその数は二体。

 蛇のようにくねらせた長い首と剥き出しの鋭い牙をぎょろりとアリア達に向かせ、甲高い叫び声を上げる。どうやら、彼女達が縄張りを犯した事に怒りを覚えているようだった。

 

 アリア「け、結構でかい……! しかも相手が水の上だから、自由に戦えないのはちょっときついかも……」

 

 地上とは違って水の上を移動しながら戦うなど、困難どころか無理に等しいレベル。

 予想通りにヘルダイバーがいいようにこちらに飛びついて攻撃したり、挙句の果てには呪文やブレスをおかまいなしに撃ち込まれてしまい、防戦一方だった。

 水棲種が本領を発揮できる場所で戦ってしまうと、こうまで不利に追い込まれるのかと、流石のアリアも予想外の手こずりに舌を巻く。

 

 ルイ「攻撃呪文もあんなすぐに水中に潜られては、ダメージがほとんど通りませんわ……。せめて一体だけでしたら的をしぼりやすいですのに……!」

 

 攻防を交互に繰り返しながらも、分が悪いと判断したら水中に一度潜る。そんな歯痒い状況に、このままでは打つ手なしだった。

 そんな時でも、じっと冷静に見据えヘルダイバーの行動を把握していたシオンは、やがてルイにある一つの『提案』を持ちかける。

 

 シオン「ねえルイ。確かルーラって根本を辿れば、浮遊力を活用した呪文だよね?」

 ルイ「え、ええ。確かにそうですけれども、……それがどうしたんですの?」

 シオン「ルイは王家の洞窟でアリアの剣に、魔法剣としてピンポイントで呪文を込められた。……だったら、アリアの身体に『浮遊する程度の魔力』を込める事も普通にできるんじゃないかな?」

 

 それはある意味合理的な彼らしくも、何とも大胆な発想だった。

 重力に負けず、かといって空中に浮きすぎない程度に浮遊魔力を発動させられれば、確かに理論上は地面だろうが水の上だろうが落ちる事無く浮き続けられるだろう。

 

 アリア「な、何言ってんのよ! それってその間は、ルイが無防備になるって事じゃない! あんなのに噛みつかれでもしたら、それこそ一発で終わりじゃない!」

 シオン「僕が足止め役としてルイとアリアのサポートをするよ。ルイの詠唱が中断されたらアリアは水中にドボンだから、ルイのサポートが最優先になるけどね」

 

 どうするかと考えあぐねている間にも、ヘルダイバーは煽る様に攻撃してくる。最早四の五の言ってられる場合でもなかった。

 時間にしたら数秒。ルイはその一瞬で悩んだ末に、シオンに己の運命を託す事を決めた。

 

 ルイ「……シオン。サポートをお願いしますわ」

 シオン「……了解、任されたよ。大丈夫、ルイを守ると決めたのはアリアだけじゃないさ――『スクルト』!」

 

 ――全員の守備力が上がった!――

 

 互いに腹をくくったそれぞれの瞳からは、今やヘルダイバーを仕留める事しか頭に入っていなかった。更にシオンは二人が次の行動に出る前に、続けてもう一つの呪文を重ねる。

 

 シオン「まだまだ――『ピオリム』!」

 

 ――全員の素早さが上がった!――

 

 ルイ「は、早いですのね……!」

 シオン「この『リング』のお陰だね。全く宝物さまさまだよ!」

 アリア「本気を出したシオンは、一瞬の間に二回行動ができちゃうからね……。よーし、私も負けてられないよ!」

 

 水中からヘルダイバーが飛び出す瞬間を見計らい、アリアが飛び出し、同時にルイも浮遊呪文を施す。本来正式な呪文ではないのに関わらず簡単に応用してしまう所が、ルイの『賢者』としてのセンスの光り所だったと言えよう。

 そしてここから反撃が始まる。ルイを信頼しきっていたアリアは、沈む事など眼中にないと言わんばかりに、豪快に踏み込んでヘルダイバーへ攻撃する。

 モンスター側からしたら予想外の奇襲に面食らって、まともにダメージを受けてしまった。これにはたまらず水中へと避難せざるを得なくなる。

 

 シオン「……残念だけど、水面が上昇する以上次に出てくる場所は、ほとんど予想できるんだよね!」

 

 完全にパターンを予測したシオンのニードルアローが、なんとヘルダイバーの眼を貫通する。急所を的確に突かれてしまい、否応なく悲鳴に近い鳴き声を上げる。

 

 シオン「今だよアリア!」

 アリア「任せて! 稲妻……雷光斬ッ!」

 

 渾身の雷鳴の一撃が、ヘルダイバーを斬り裂く。

 水棲系だけあって元々電気にも弱い体質の上、驚異的な物理ダメージをも受けたヘルダイバーはアリアの秘技によって完全に沈黙する。

 

 ルイ「やりましたわ! これで残り一体ですの!」

 

 片割れが討ち取られた事に怒りを更に強くしたのか、動きがより荒くなり、かつ機敏になる。

 そして頬を大きく膨らませたヘルダイバーは、圧倒的な冷気を纏った『凍り付く息』を一気に放射した。

 ――この時、ルイは直感した。

 呪文を止めて守るか、このまま攻めを維持するか。全員まともに受けたら、あれだけで半壊しかねない程の威力だった。

 閃いた末、ルイは皆の命には代えられなかった。

 

 ルイ「ごめんなさいアリア! ――『フバーハ』!」

 

 柔らかな光の膜が三人を包み込むと、凍り付く息の威力を文字通り半減させる。が、その代償としてアリアは水中へと落ちる。

 

 アリア「うわっぷっ!」

 

 そして、この瞬間こそが最も危険だった。

 無防備になったアリアとルイは、ヘルダイバーに次の行動を取らせる隙を作らせてしまう。

 となれば奴が次にどちらを狙うか。答えは簡単だった。

 明らかに体力の少ないルイを狙ったヘルダイバーは、彼女の頭を食い千切らんとするままに飛びついていく。

 慌ててアリアが助けに行こうとするも、水中にいた所為で大きく出遅れてしまう。

 このままでは本当に不味いと、アリアが叫びそうになる。

 ――しかし、

 

 シオン「――ルイはちゃんと守るって言ったでしょ?」

 

 素早くルイとヘルダイバーの間に割り込んだシオンは、弓を構えたまま大胆不敵に目と鼻の先まで距離を詰める。

 

 シオン「急所を突かれて精々悶えるんだね――『ニードルラッシュ』!」

 

 急所を狙った無数の矢は、ヘルダイバーのあらゆる箇所を貫く。

 一か所貫かれただけでも致命的な痛みが、全身の至る所へととなれば、それは最早筆舌に尽くしがたいだろう。

 

 シオン「もう一発……! これで終わり――『シャイニングアロー』!」

 

 魔力を十分に溜めた神速の矢は、極太のレーザーとなってヘルダイバーの全てを貫いた。

 

 ――ヘルダイバーをやっつけた!――

 

 残された一体も息の根が止まって水中へと沈むと、後には滝の流れ落ちる音だけが三人の周囲に響く。

 

 ルイ「や、やりましたわ……。ありがとうシオン!」

 シオン「なに、たまには僕もいい所を見せないとって思っただけだよ」

 

 今や三人の間で恒例の儀となった、勝利のハイタッチを二人で軽快に叩き込む。一方で横目で見ていたアリアはというと、何やら面白くなさそうな表情ではあったが。

 

 シオン「自分だって、最初の一匹目はきっちり止めを刺したじゃないのさ」

 アリア「そうだけど……。なんかおいしいとこ持ってかれちゃったなーって!」

 

 自分がルイを助けられずに焦っていたのに対し、シオンは全く意に介さず至って冷静に対処して、ヘルダイバーを討伐。

 この先見性と器量深さにはどう足掻いても太刀打ち出来ないと、改めて思い知らされた瞬間でもあったアリアは、ただ悔しがるだけで精一杯だったのだ。

 

 シオン「さてと、今の戦闘で僕達もかなり体力やら魔力やら消耗しちゃった。あの場所が期待通りであるといいんだけども……」

 

 勝利の余韻に浸る事もなく、そのまま滝の裏側へと近づき中へと入る。

 

 ルイ「……丁度いい広さの小部屋といった感じですわね。天井も穴が通っていて空気も吹き抜けていますし、絶好の場所ではないですの?」

 アリア「ほ、本当だ。や、やったぁ……。これでやっと休めるよ……」

 シオン「とりあえずお疲れ様だね。という事は、野営の準備は僕がするしかないんだね……」

 

 最早使い物にならなくなったアリアはさておき、せめてルイに助けを求めようかと目を配ったが、ルイもいつの間にか座り込んでいて申し訳なさそうに「お願いしますわ」と逆に頼まれてしまう。

 

 シオン「……やれやれ。じゃあ早速水を汲んでこないと……。ああそうだ、火もおこしとかないと……。ついでに寝床の用意も……。って、一人じゃやる事がいっぱい過ぎだよー!」

 

 普段抜け目がないシオンも、この時ばかりは単なる苦労人だった。

 結局文句を言いながらも最後までシオン一人で準備をしてしまい、唯一シオン以外がやった仕事といえば、ルイが薪に火を点けたのみ。

 

 アリア「ありがとうシオン。やっぱ頼りになるよ!」

 ルイ「冒険は戦いが全てではないという事を、まざまざと見せつけられましたわ……」

 シオン「と、取ってつけたように君達は……!」

 

 ものの十分足らずで今日の食料、寝床の確保、たき火の準備、水の補給を全てやってのけたシオン。

 父の代わりを幼い頃から務めたというのは、やはり伊達ではなかった。


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