ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第二十一話 いざ、突入!

 その夜。

 リュッセルの宿屋の一部屋を借りた三人は明日へ備えるべく、早い眠りにつこうとしていた。

 三人という事でベッドの数も3つある部屋を借りたのだが、その内の一つは何故か誰も手をつけておらず眠っている者もいなかった。

 

 シオン「ルイはすっかりアリアの隣で寝るのが、習慣になっちゃったみたいだね。これならベッドを借りる数も当分二人分で十分なのかな?」

 アリア「もう、別にいいじゃない。私も何だか妹ができたみたいで嬉しいし」

 

 体力の少ないルイは疲れが溜まるのも早く、一番最初に寝付くのも決まっていた。

 寝息を静かに立てるルイの頭を撫でながらも、アリアはじっと一点を見つめて、何かを考えている様子だった。

 

 アリア「……『神秘の草』なら、なんとか治せるんじゃないかな」

 

 それには、シオンも思わず変な声を上げてしまう。

 船の上で話したデリックが言い残した言葉を、アリアは忘れてはいなかった。

 

 シオン「まさか、僕達でそれを探すって言うのかい?」

 

 こくりと、アリアは頷く。

 

 アリア「女王様に会って、『神秘の草』の手掛かりを少しでも教えてもらおうよ。そうすればすぐには見つからないかも知れないけど、諦めなかったらきっと……。ううん、絶対に大丈夫!」

 

 シオンを真っすぐに見つめるその瞳には、確かなる希望が宿る。

 片時も諦めなかったからこそアリアはここまで来れた。小さな頃から一緒だったシオンも、その瞳に何度も救われた。

 いついかなる時でも諦めないアリアの瞳には、『未来』があり、それは今回でも同様だった。

 ――となれば、シオンの答えは最初から決まっていたのだ。

 

 シオン「……分かったよ。じゃあ何としても『神秘の草』を見つけ出さないとね」

 アリア「ありがとう……!」

 

 今回は時間に限りがある。彼女の心に焦りが有るか無いかと言われると、当然あっただろう。むしろ焦りどころか、無理に終わる可能性の方が高いのではと、アリアは内心思っていたかも知れない。

 だからと言ってこのまま少年を独りにさせてしまう現実を認めたくなかった。何より、アリアの全てが許さなかった。 

 この大陸の何処かに眠ると云われる幻の秘草を探すために、彼女は明日も歩く。

 ――残されたタイムリミットは、一か月。

 

 

 

 街でも、何処でも、その場所に人が住むからには、『水』が必要になる。

 だが、その水の全てが自分の喉を潤す為に使うかと言われれば、もちろんそうではない。

 捨てる水あれば、拾う水あり。人々はいついかなる時も取捨選択を迫られて、今日を生き延びていく。

 そんな人々の不要になった水が一か所に集まる場所に、一同は集まっていた。

 

 アリア「思ってたよりも、狭いし、流れも大分速いね……。水も深そう……」

 シオン「これだけの人が住む排水用の下水道なんだからそりゃそうでしょ。……しかし臭うね」

 ルイ「中に入る前に『トラマナ』を使いますから、身体への影響はほぼ皆無ですけれども……。やはり生理的に受け付けないのは致し方ないのですわ……」

 

 早朝から広場に集合して、カイトが通り抜ける筈だった下水道の入口まで移動した三人は、それを見つめながら突入の準備を進めていた。

 

 カイト「中に入ったら下に真っ逆さまだから、身軽なオレとは違って多分後戻りはできねえぜ。別の帰り道も探せばあるだろうけど、ちゃんとした入口には多分どこも兵士が見張ってる。もちろん見つかったらおしまいだ。……だから、準備だけはしっかりな」

 

 昨日のなりふり構わなさから一転、とても少年とは思えない冷静な視野を持ったカイトだった。だからこそ、この小さな入口の下水道を通ってミストラルへ行くという手段も見つけられたのだろうが。

 

 アリア「じゃあ……行ってくるね!」

 カイト「……必ず帰って来てくれよ。俺にはもう、あんた達だけが頼りなんだ」

 

 心配そうに見つめるカイトにも、アリアは強気な笑みで応えて見せた。

 そしていよいよ、ヘドロ色に濁った下水道に飛び出す。

 

 ルイ「私達を守って――『トラマナ』!」

 

 三人がジャンプすると共に、小さな結界に身を包む呪文を唱える。

 全身に水を浴びながら滝つぼに飲まれるように、下水道の本流部へと落ちていく。

 時間にしてみたら十数秒にも満たなかったが、ほんの一秒とて不快なひと時だったのは間違いない。

 やがて三人は、排水路の終点に激しい水しぶきを上げて到達した。

 

 アリア「うえー。びしょびしょー」

 ルイ「メラ系である程度は乾かせますけども……濡れたままって言うのは結構気持ち悪いですわね」

 シオン「……とにかくまずは方角の確認からかな。ルイ、確かミストラル王国の方角は南南西で合ってるよね?」

 

 ここから先は完全に未知のエリア。

 本来通り抜ける為の場所ではないのを通るというのは、文字通り案内もなければ道標も全く存在しない。ある程度の指針こそはあれど、最終的に試されるのは己の『勘』のみだ。

 懐から方位磁石を取り出したルイは、針の方向と照らし合わせておおよその進行ルートを模索する。

 

 ルイ「ただ水の流れに沿って歩くだけですと、きっと下流へと進んでしまいますの。そうなるといずれはアクアラにたどり着く事かと思いますが、それでは何の意味もありませんわ。ある時は流れに乗り、またある時は逆らって進まなければミストラルへの道は見えて来ないと思いますの」

 シオン「……おまけに一日で目的地に着ける距離じゃない。少なくとも三日間は見ないといけないし、そうなると途中で休息地を見つけないといけない。状況によっちゃ早めに、探索を早めに切り上げて休息を優先しないと」

 アリア「でも、もたもたしてたらそれこそカイト君のお母さんの命に関わっちゃうよ! なんとしてでもこの地下水路を早く突破して、女王様に会わないと!」

 

 無論アリアとて、今回の冒険が今までで一番過酷である事は重々承知している。

 しかしこの冒険が失敗する事は、カイトの母の命を失う事でもある。それだけではなく、相手側が事情を呑み込んでくれなかった場合は最悪アリア達は犯罪者となってしまう危険性も孕んでいるのだ。

 

 シオン「……昨日も言ったけど、焦りはそれこそ僕等の命にまで及ぶ危険性だってある。幸か不幸か、一か月という猶予はあるんだ。それを無駄にしちゃダメだよアリア」

 

 長年連れ添って来た親友の言葉にも、アリアはただ気持ちが空回りするばかりであった。

 そんなそれぞれの気持ちを抱いたまま、いよいよ歩き出した三人。

 今回はいつものアリアを先頭に進むのではなく、盗賊の心得と技術を持ち合わせるシオンを先頭に立たせる事で第一警戒役としても担わせる。

 そうすれば、あらゆる目の前の不測の事態を最小限に留まらせる事ができると、シオン自身が判断した上でだった。未知のエリアを探索するにあたっては、ある意味勇者や名だたる戦士すらも差し置いた、どの役職よりも頼りになる存在といっても過言ではない。

 

 シオン「先が全く見えない以上、既に消耗戦は始まっていると思って。特にルイは魔力の消費を最小限に留めて、アリアはモンスターの戦闘にいつでも備えられるように極力体力を温存する事」

 ルイ「……分かりましたわ。昨日道具屋で購入した『魔法の聖水』も三つですから、余程の緊急時以外には使わないと約束しますの」

 アリア「使うタイミングはルイに任せるよ。私だといつ使えばいいか分からないし」

 

 まずは地下を流れるであろう、下水道の合流地点でもあるトルレンテ川の本流を見つけなければならない。

 何人もの人間が悠々と通れる大きな配管がしっかり通っており、歩き始めたこの付近はまだリュッセルの下水区域である事は容易に推測できる。

 モンスターの気配こそ今はまだないものの、いつ飛び出してきてもおかしくはない。気を抜く事無く、しかし張り詰めすぎもせずシオンの感覚を頼りに一行は進む。

 一定距離を進んではルイが細かく方位を確認し、小柄な街の地図をシオンが手にしながら探索呪文である『フローミ』で、おおよその位置情報を予測する。地図のある一点に印が書き込まれているのは、出発地点を表した最初の地点だ。

 一方でアリアは、探索に集中する二人をモンスターなどの襲来からいつでもカバーできるように、前衛タイプとしてはあまり例を見ない最高尾のポジションにつきながら、最も全滅の危険性が高い背後からの奇襲にも備える。

 

 シオン「水の音が大きくなってきた……。本流が近いかも知れない。いつ流れが強くなるか分からないから、各自気を抜かないでね」

 

 二人は真剣な眼差しで確かに頷く。

 やがて配管の切り口部分、つまりは出口へと到達した三人の前に広がっていたのは、圧倒される光景だった。

 

 アリア「すごい……地下に流れてる川なのにこんな広い場所だったなんて」

 ルイ「それに流れも速くて、激しく水が打ち付けられては、万が一にでも落ちたら命はありませんわ……。幸い足場は広そうですから余程でなければ、大丈夫でしょうけれども」

 

 大きな濁流が轟音となって洞窟内に響き渡り、対岸まではかなりの距離があった。

 更に奥から流れ来る水も右から左へと何通りかに分かれて流れてきている為、果たしてどの道が正解なのかは誰にも分からない。

 正に自然が作り出した天然の迷路であり、『無数の脈』となって流れる水は先行く者を惑わし、疑心暗鬼に駆らせるには十分過ぎた。

 

 シオン「『水の脈』とは昔の人はよく言ったモノだね。これじゃ水路どころか立派な地下水脈だよ……。だけども、立ち止まっている余裕も僕等にはない。……行こう!」

 

 中途半端な恐れは冒険者にとっては最大の禁忌でもある。

 退くか進むか。そのどちらかしか許されない三人には、今や進むしかなかったのだ。

 そして、その『試練』は早くも襲い掛かる。

 

 ――魔物の群れが現れた!――

 

 シオン「分かってはいたけど、やっぱりここまで来るとモンスターの巣窟になってるみたいだね!」

 アリア「――任せて! 私はこんな時くらいにしか、役に立てないから!」

 

 くさったしたい、デスキャンサー、しびれくらげ、メタルハンター。

 どれもが三人にとっては書物で姿形こそは見ているものの、面と向かって対峙するのはこれが初めてのモンスターばかり。

 先を進むだけ脅威を増していくモンスターにも、アリアは勇敢に攻め込んでいく。

 女王への道筋となった、彼女の冒険は今始まったばかりだ。

 


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