シオン「僕等のいる大陸と比べるとモンスターもやっぱり一味違うし、それなりの強さを持ってるね」
ルイ「私が言うのもなんですが、グランダリオンはやはりそれなりの力がありますからね。屈強な魔物は優先的に駆逐されますから、結果的に弱い魔物しか残らないのでしょう」
アリア「よーし、日が暮れる前にどんどん先に行こう!」
少し歩くと中間地のジャーレの村までの距離を示す看板が立てかけられていた。
普通に進めば問題なく着ける場所と分かった三人は、そのまま焦らずに歩を進める。
そんな時に、ルイが何かに気づいた様子のままに、懐からごそごそと何かを取り出す。
やがて出てきたそれは、機械らしきものでできた手に軽く持てる大きさ程の『端末』だった。歩きながら聞いてほしいと、言われるままに二人はルイの説明を待つ。
ルイ「本当は船の中でお見せしようかと思ってて、今まで忘れてしまっていたのですが……、これは『魔力計測器』というお城から貰ってきたものですの」
端末の中央には何か画面のものが映し出されており、更によく見ると様々な系統の呪文の一覧が載っていた。
ルイ「本来ですと呪文書や口伝などで新しい呪文を覚えていくのですが、それに見合った力量に達していないと当然上位系統や新規の呪文は習得できません。なおかつその域に達しているかを見極めるには、自らの技量や熟練度を確かめられるダーマやグランダリオンなどか、あるいは直接視てもらえる占術師の下に訪れないといつまで経っても新しい呪文が覚えられないジレンマもあります」
シオン「確かにね。だからアリアなんかずっとホイミのままだもんね」
アリア「うっ……かなり痛い所を……!」
ルイ「同じ場所に留まらない旅をしているのだから、呪文を新たに習得する機会がなかなか訪れないのは正直仕方ありませんのよ。……でも、その問題を解消したのが『コレ』なのですわ!」
そう自信ありげに言ったルイは、アリアへ魔道計測器を渡すと、魔力を念じるように促される。アリアもとりあえず言われるままに魔力を込め始める。
すると画面に値らしきものを表すゲージが十本ほど突如横に並び、一斉に上へと伸び出す。だが一番上にまで上がり切る事はなく、ほとんどが中間付近で止まってしまう。
アリア「何か色んな種類の数字が出てきたね。『ちから』とか『賢さ』とかいっぱいあるよ?」
ルイ「それが今のアリアの強さを、数字として表したものですのよ。その強さを元に、現時点でアリアが習得できる呪文を算出し、更に直接覚える事もできるのですわ」
シオン「へぇーすごい便利だね! 僕も次使わせてよ」
ルイ「最も、この装置自体は北の大陸にある『魔法都市アウスペリア』から提供してもらったモノですので、私がそう強く自慢できる訳ではないのですが……。あまりこの装置が普及しすぎて利便性が増しすぎると魔界から目をつけられる可能性にもなりますので、一般普及の予定は今の所ないとお父様から聞かされましたわ」
シオン「そういえばあの国は自分達で造りだしたキラーマシンを、兵士代わりに使ってるって聞いた事が……。そう考えたら国王の方針も納得っちゃ納得だけど」
最終的に画面に表示されたのは、現時点で習得できる呪文の一覧だった。
べホイミ、キアリー、キアリク、スカラとほとんどが補助系統だったが、表示された全てが習得できる訳ではない様だった。
シオン「覚えられる呪文と数にも、自分の能力適性っていうものがあるらしいからね。その辺は僕等もダーマで習ったからなんとなくは覚えているよ」
アリア「うーん、例えば戦士が攻撃呪文を覚えるのは、無茶って感じみたいに?」
ルイ「極端に言えばそうなりますわね。ただアリアの場合は例外的な部分も多いでしょうから、自分に合っていると思った呪文を伸ばしていけばよろしいかと思いますわ」
ふむふむと、何かを考え込んだ末にアリアが覚えようとしたのは『べホイミ』と『キアリー』だった。
すると、魔道計測器から翡翠色の光が放たれ、光はアリアの身体に吸い込まれるとそのまま消えていった。
アリア「おー、なんか『知識』が頭の中に入って来る感覚だね!」
ルイ「呪文の詠唱に必要な知識や魔力構成を、魔法力で直接簡略化させてその機械から送り込んでいるのですわ」
シオン「じゃあ僕はっと……。お、『スクルト』が覚えられるのは嬉しいな。……他には『ルカナン』と『マホトラ』に『ラリホーマ』。おっと、『バギマ』も候補内なのか……」
彼もアリア同様に悩んだ挙句、結果的に覚えたのはスクルトとルカナンだった。
潤滑役としてのシオンはひとまずとして、彼の指摘通りアリアの回復呪文がホイミのみだったのは新大陸に臨むにあたっては結構な不安点だった。それがいち早く解消されたのは純粋に喜ばしい結果だ。
そんなパーティの強化がされた所で、頃合いを見計らったアリアはある疑問を二人に投げかける。
アリア「あのさ……デリックさんが倒れる前に話してたんだけど……『神秘の草』って聞いた事ある?」
シオン「……僕も一応エルフの端くれだから聞いた事くらいはあるけど、それがどうかしたのかい?」
アリア「デリックさんがそれを求めにこの大陸に来ようとしたらしいんだけど、所在が全く不明みたいだから本当にあるのかなって……」
ルイ「万病を治す薬になると言われてましたわね。私も書物で読んだ程度でしか知りませんが、これからミスティア女王に会えれば何らかの手掛かりも掴めるのではないでしょうか?」
アリア「あ、そうだね。じゃあ早くリュッセルに行って、許可証貰わないとね!」
疲れ知らずのままに、再び先へと走りだしてしまうアリア。
例え今走ったとしてもリュッセルに着くのはどうせ明日以降だったのだが、彼女は何より今を走り、駆け抜けたかったのだ。それは長年連れ添ってきた親友でさえも止める権利はなかった。
アリア「ねね、見て見て! あそこにおっきい木があるよ! 早く見に行こうよ!」
後ろを振り向き、二人に希望にも満ちた微笑みで早く早くと急かすアリア。
そんな彼女に最初こそため息を漏らすものの、嫌悪は決してない。
むしろ笑みに引っ張られるように、気付けば三人揃って走り出していた。
結局三人がジャーレの村に到着したのは、夜の帳がすっかり降りた頃になった。
村の規模自体は至って小さめだが、この場所が休息所的な役割も果たしているためか、宿屋や道具屋といった基本的な施設は一通り揃っていた。
だがそれよりもまずは休みたかったのが三人の本音であり、体力がないルイに至ってはようやくオアシスを見つけられた境地だっただろう。
アリア「あ、見て見て! ここの宿屋『温泉』があるんだって!」
シオン「へえ。天然か人工かは分からないけど、この辺りの配慮がしっかりしてる感じは流石商業国って感じだね」
ルイ「とにかく私は休みたいですわ……。もうヘトヘトですの……」
シオン「僕は先にやりたい事もあるから温泉は後にするよ。なんなら先に入ったらどうだい?」
アリア「そうだね。じゃあルイ! 二人で入りに行こうよ!」
ルイ「え、ええー私の意見は無視ですのーッ!?」
有無を言わさずにルイの手をふん掴まえて走り去っていく、女子二人。
まだお代も払ってないのに、とシオンはぶつぶつと呟くままに無言でカウンターへ行くと、粛々と宿代を払ったのであった。
シオン「さてと……情報収集から始まって、道具の調達に弓の手入れ。……やる事が多いなあ」
村の人達が寝静まってからでは情報の仕入れどころではなくなってしまう。
休みたい気持ちをひとまずこらえて、シオンは村を歩き回ったのだった。
一方その頃、あっという間にバスタオルを一枚巻き付かせただけの姿になったアリアとルイは湯気が漂う浴場へと早速足を踏み入れていた。簡素に造られてるだけと思いきや、シャワーや鏡なども完備されていて、広々としたしっかりした造りに予想外の驚きを見せた。
アリア「早速入りたいって所だけど、まずは身体を洗わなくっちゃね。ねね、ルイ。先に洗ったげよっか? ほら座って座って!」
ルイ「え、ええ? 別にいいですわよっ!」
アリア「いいから遠慮しない遠慮しない!」
というよりは、アリアが単純にそうしたかったのだろう。
アリアになされるがままのルイだったが、彼女の押しの強さには適わない事を悟ったのか、観念した様子だった。
優しくお湯を全身にかけてから、鼻歌混じりにルイの頭を洗いだすと、アリアは問いかける。
アリア「そういえばさ、ルイは賢者になった後の事は考えていたの? もっと勉強して世界一を目指してたりとか?」
ルイ「そんな大袈裟な事は考えていませんわ。……ただ、賢者を超えた先にあると言われている『天地雷鳴士』にはいつかなってみたいと小さい頃から思っていましたの」
アリア「へえー。あれって魔法だけじゃなくて、自然すらも自分の力に変えるって言われてる伝説の職業だよね?」
泡立った髪に桶にすくったお湯を頭にかけると、小動物のように身体をぶるぶると震わせて水分を弾き飛ばす。それを見たアリアはくすりと微笑んでいた。
ルイ「……別に伝説なんかではありませんわ。私の『お母様』がそうなのですから」
アリア「へえーそうなんだ。お母さ……って、ええ! あの人がっ!?」
一見穏やかで戦いとは無縁そうな人がまさかの生ける伝説だった事に、アリアは自分の無知さを改めて恥じるだけだった。
アリア「あ、じゃあ次は背中流してあげるねーっと」
ルイ「全くもう……そこまでしなくてもいいですのに……」
実際冒険者という意味では子供どころかひよっ子同然なのはルイとて分かってはいたが、ここまで分かりやすく懐柔されるとだんだんと面白くない、というよりは露骨に拗ねたくなる。
アリア「お背中終わり―。じゃあ次はー」
ルイ「もう大丈夫ですわ! だからアリアも早く洗ってくださいませっ!」
強引に背中を押し付けられたアリアはとても残念そうに去り、隣の席で不満げにぶう垂れしながらもようやく自分の身体も洗い始めたのだった。
アリア「……あれ? そういえば学園長もそんな名前の職業だったような……」
ルイ「……え? じょ冗談、ですわよね……?」
アリア「い、いやー私もそういうのに疎くって……」
ルイ「疎いとかそんな次元ではありませんし、流石に私も呆れましたわ……。あのお方だって『天地雷鳴士』ですわよ! というか、自分の通っていた学園なのにエマリー様の事をご存知なかったですの!?」
アリア「いやー、あの人自身が名乗ったのって数回しかなかった気がするから……」
ルイ「いくら自分で簡単に名乗らなくたって自然と周りから声が聞こえたり、ましてやそれを知る機会なんて沢山あったはずでしょう!?」
顔と顔が密着しそうな程に、珍しくルイが強気にアリアに迫っていた。
どうやら魔法系統に関わる身として、アリアの発言はルイに火を点けてしまう発言だったようだ。
ルイ「……よーく分かりましたわ。アリアには魔法というものが如何に大事か、改めて教える必要がありますわね。まだ夜になったばかりですし、時間はたっぷりありますわ!」
アリア「そ、そんなー嘘でしょお!?」
ルイ「嘘じゃありませんわ! さっきの鬱憤も晴らせますし丁度いいですわ! そこの温泉に正座なさい!」
その後、アリアは温泉の中で無理矢理正座させられ、果てにはのぼせ上がるまで延々とルイに魔法のなんたるかを小一時間に渡って教え込まれた。
しかし頭に残っていたのは最初の三分間だけだったようだ。
アリア「……の、のぼせたぁー」
ルイ「全く……仕方ないですわね」
温泉から戻ったアリアとルイは、一室型の部屋に戻って来ていた。
顔が茹で上がった蛸のように紅潮させながらアリアが完全にダウンしきっていた所に、丁度シオンも戻って来る。
シオン「ふぅーいいお湯加減だった……って、二人とも何してるんだい?」
ルイ「アリアが温泉でのぼせてしまったから『ヒャド』で頭を冷やしてるんですのよ」
シオン「……やれやれ、アリアはすっかり『本調子』に戻ったみたいだね」
アリア「ち、違うよぉールイがずっとあんな場所で正座させるから……」
ルイ「言い訳無用ですのよっ! それにこうして、ちゃんと冷やしてあげてるではありませんか」
どうやら下手に関わらない方が良さそうだと、シオンはすぐに二人から目を逸らす。
シオン「しかしミストラル王国か……。正直ダーマにいた頃は、こんな場所にまで足を運ぶとは全然考えていなかったね」
弓の手入れをしながら、感慨深そうにシオンは独りごちる。
ルイ「それを言うなら私もですわ。たまに自分でも信じられない時がありますもの」
二人の視線を同時に感じたのか、のぼせる事も忘れてびくっと起き上がるアリア。
きょろきょろと交互に二人を見つめるが、微妙ににやつくだけで何も発しない。
アリア「わ、私が何かしたの?」
シオン「そうだね。色んな事をしてくれたよ」
ルイ「……ふふっ。そうですわね」
アリア「何なのよーもうー!」
その後は他愛もない雑談話に花を咲かせたまま、眠りについた三人だった。