ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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エトスン大陸編
第十八話 新たなる気持ち


 船から三人は降りると、これまでに見た事のない景色を目の当たりにした。

 街全体の下部分が川か湾か区別のつかない場所に、文字通り浸かってしまっているのだ。

 旅慣れぬ者が目にしたら、ここは水没してしまった街なのかと、一瞬思いそうになるが、当然そうではない。

 大小様々に入り乱れた運河が全体に広がり、その川の上をまるで道路のように小舟で移動し、あるいは渡ってここの人々は生活しているのだ。

 

 ルイ「エトスン大陸の玄関口でもある『水の都アクアラ』にようやく着きましたわね。……それにしても、噂に違わぬ優雅さですわ。まるで水と一つになっているみたい」

 シオン「水の都とは本当によく言ったもんだね。こういうのも見られると、旅も中々にいいものだなって思うよね」

 ルイ「この街は『霊峰ウィンディア』の傍に形成されている『トルレンテ湖』から流れ出ている川をそのまま利用して作られた街とも呼ばれていますの。……多分あれがそうですわね」

 

 ルイが遠く指差した場所には、遥か上の雲と同じ高さにまでにそびえ立った大きな山があった。あれが霊峰ウィンディアなのだろう。

 二人が街の景色を楽しんでいる中、一人だけは違った。

 船を下りてからも、浮かない顔のままのアリアはずっと物言わぬままだった。

 そんなアリアの様子を察してかルイはあえて触れずにいたが、シオンはやがてこの空気に耐えられなくなったのか、おもむろにアリアの前に立つ。

 

 シオン「全く……いつまでそうしてるつもりだい?」

 アリア「シオン……?」

 シオン「目の前で人が死にかけてしまった辛さはよく分かる。正直歩くのもやっとなくらい辛いんだろうね。……それでも前に進まないといけないのが、冒険者なんだよ」

 

 いつもの立場とは逆だった。

 シオンが一歩後ろに下がり、アリアが前に突き進む光景が馴染み深かっただけにルイには余計印象に残った。

 エルフの少年は強くアリアを見据える。しかし、彼女は俯き視線を逸らしたまま目を合わせようとしない。

 だがそんなのは関係ないとばかりに、シオンは口を開く。

 

 シオン「アリアにこの話をするのは二度目だし、自分からはこんな話したくないさ。けど、僕も小さい時に魔天戦争で魔族から『世界樹』を狙われて、エルフの民として当然護らなきゃいけなかった父親はそのまま亡くなった。アリアと違って母さんこそいるけど、もちろん最初は受け入れられなかったよ。それでも僕は父さんがいなくなった次の日から、代わりを務めなくちゃならなかった。そうしなきゃ、狩りができないのさ。……父の『代わり』は、僕以外いないからね」

 アリア「私は、シオンみたいに心が強くなんかないんだよ……。このまま旅をして、また自分だけが昨日みたいに助かって、誰かの犠牲の上でやっと生きていけるなんて……。そう考えたら、軽い気持ちで旅をしたいって言ったり、ルイをあれだけ守るって言ってた自分がなんだか馬鹿らしくなっちゃって、私って本当に上っ面だけだったんだなって……!」

 

 アリアは強く身体を震わせ再び目元を涙で濡らす。港から近い人の往来が多い場所だったが、人目などどうでもよかったのだろう。

 

 ルイ「……そんな事ありませんわよ」

 

 流れ落ちるアリアの涙を優しく拭ったのはルイだった。

 

 ルイ「だって、洗礼の儀でいち早く私を助けてくださったのはアリアでしょう? あの戦いでだってアリアは命を懸けた。ならば、命を懸けた戦いのどこがただの上っ面で、あまつさえ心が弱いなどと仰るんですの? ……少なくとも私はアリアのお陰でこんなにも変われましたのよ」

 

 どこまでも厳しいシオンに対し、ルイはどこまでも優しいままにアリアを抱きしめる。

 

 アリア「ごめん、ごめんなさい……こんなどうしようもない私で……!」

 ルイ「あんな事があったら、悲しむのが当たり前ですのよ。それに、結果的にはアリアのおかげであの方を死なせずに済んだではありませんか。……だから、もっと自分を誇って、どうかそんなに責めないでくださいませ」

 シオン「……それに、ルイを守るって決めたのは他でもないアリア自身なんだよ。ルイだってそれを信じてここまで一緒にやってきたんだ。だったら、その気持ちを無駄にしちゃいけないと、僕は思うな」

 

 お互いに漏らした本音は、苦楽を共にした仲間だからこそだった。

 

 アリア「私……このまま旅を続けてもいいのかな?」

 シオン「そんな事、今更言うまでもないでしょ。それとも、まだ何も見つけていないのに今更半端に逃げ出すのかい?」

 ルイ「船であんな沢山の魔物を一人で倒したのは、他でもないアリアですのよ? ……だから、もっと自信を持ってくださいませ!」

 アリア「……そうだよね。……ごめんね、本当は分かってたの! ただ、もう少し自分が早く気づいていればって。それだけがずっと悔しくて……!」

 

 ルイの華奢な身体を借りながら、むせび泣くアリア。

 若くして残酷を突きつけられた少女の叫びは、少しの間アクアラの港に響き渡った。

 

 

 

 アリアの様子もひとまず落ち着き、街の散策もそこそこに終えて外へと出た三人は早速商業都市リュッセルを目指す。

 まずはそこを目指さなければミストラル王国へ踏み入る足掛かりが掴めないからだ。

 

 ルイ「確かあの国も入国許可証がなければ、中には入られない仕組みになってたと思いますの。だからリュッセルで発行しないといけないませんの」

 シオン「今日中に着く事はできる距離なのかい?」

 ルイ「……余程急がないと一日ではたどり着けないと思いますわ。たしか途中に『ジャーレ』と呼ばれる小さな村があったと思いますので、まずはそこで一泊した方が無難ですわね」

 シオン「そうか。じゃあ無理しないでそこの村を目指そうか、……ってアリア?」

 

 振り返ると、アリアは二人からほんの少しだけ距離を空けてそわそわしていた。

 

 アリア「……えっと。改めて謝らなくちゃって思って、その……ごめんなさい!」

 

 頭が地面にくっついてしまうくらいに身体を屈ませて謝るアリア。

 

 ルイ「もう気にしなくてもよろしいですのに……昨日からずっと謝ってばかりですわ」

 シオン「――全くだね。ルイ、『お願い』」

 ルイ「本意ではありませんが……致し方ありませんわね」

 

 そう言ってアリアの後ろ側に回り込んだルイ。

 何をするかとアリアは不思議に思ったが、すぐに思い知る。

 ルイはアリアの臀部、要するにお尻の後ろに手を添えると、なんと一気に『引っぱたいた』のだ。

 突然の急展開に痛みと驚きがせめぎ合い、アリアは完全に混乱する。

 

 アリア「ちょっと痛いよぉ! いきなり何するの!?」

 シオン「どうせ街を出てもまだ気分が戻らないだろうと思ったからね。流石に僕がお尻を叩くのは不味いから、ルイにさっきお願いしたんだよ」

 ルイ「しょ、正直イヤではありましたが、アリアの調子が早く戻らない事には旅に支障をきたしますものねぇ?」

 シオン「……という事。ささ、先頭を行くのはアリアの役目でしょ」

 

 ぐいぐいとシオンがアリアを押すと、彼女の前方には雄大な広野が広がっていた。

 なだらかな傾斜や小高い丘が草原となってあちこちに広がり、地平線がかなり遠くまで眺められるのは大自然の雄大さを自ずと感じさせ、正に絶景の一言に尽きた。

 

 ルイ「アヌーラ大平原と呼ばれる場所ですわね。世界でも有数の平原地として名を馳せていて、草を原料とした薬は大概ここで採取できるとも言われていますのよ」

 アリア「すごい……こんなに広い景色を見たのは初めて……」

 

 迷えるアリアは、少しの間大自然の空気をその身に受けていた。

 柔らかな味がする空気をゆっくりと吸い、深呼吸と共に力の抜けた表情へと変わっていく。

 視界全てに広がる青空と翡翠色に染まった草木を通して、アリアの瞳が癒されていく。

 瞳を閉じながら耳を澄まし、風を切る音や虫の鳴き声を静かに聞く。

 やがて静かに目を開いたアリアには、決意が宿っていた。

 

 アリア「そうだよね。……私はやるしかないんだもんね」

 

 二歩、三歩と歩き出すと口元に手を添え、アヌーラ平原に向かって大きく息を吸い込む。

 ――そして。

 

 アリア「……やってやるぞおおおおーッ!」

 

 大声を張り上げたアリアは、そのままの勢いで脇目もふらずに走り出す。

 

 ルイ「ちょちょっと危ないですわよー!」

 シオン「いいじゃないか。むしろそれでこそ、アリアだよ……!」

 

 突然の行動に戸惑いながらも後ろを追いかける二人だが、その瞳にはようやく安心感が生まれていた。

 そんな時にも、空気を読んでか読まずか、またも『奴ら』は現れる。

 

 ――魔物の群れが現れた!――

 

 メタルライダー、ラリホーン、キメラが数体ずつといった、ヴェストガル大陸では見た事もないモンスターが目白押しだった。

 しかし、先頭を行く今のアリアにはそんなものはさしたる問題ではなかったようだ。

 

 アリア「今の私は少し暴れたい気分なのよね……! 丁度いいくらいだわっ!」

 

 景気づけにと言わんばかりに、秘技である『つるぎの舞』を惜しみなく繰り出す。

 舞いと共に華麗に着地した彼女の瞳に迷いはなく、普段通りのアリアとなっていた。

 

 ルイ「私も船の上では全然呪文が使えませんでしたから……少し派手にいきますわよっ!」

 

 瞬時に紡いだ炎の詠唱は、高等呪文である『ベギラマ』となってラリホーンの群れを飲み込む。今までは魔力不足のみが問題だったが、その唯一の問題も解消された。

 中間地点の村に向かって歩き出したばかりなのに、いきなりばててしまいそうな二人の飛ばしっぷりに早くも不安になりそうなシオンだったが、その顔は真に心配している様子ではなかった。むしろこれこそが自分達なのだろうと、彼はそう思ったのかも知れない。

 アリアとルイの猛攻によって、気づけば残り一体だった。

 最後に残されたメタルライダーもシオンのニードルアローによって貫かれ、完全にモンスター達は沈黙する。

 

 ――魔物の群れを、やっつけた!――

 

 アリア「――やった!」

 

 ガッツポーズをし、後ろにいた仲間達とお決まりのハイタッチを交わす。

 エトスン大陸の旅は始まったばかり。魔物を倒すと、今度こそしっかりとした足取りで歩き始めたアリア達だった。

 


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