空の果てには竜が雄々しく羽ばたき、地の底では魔が忌まわしくうごめく。
どちらも遥か昔から相容れぬ存在として君臨しているこの世界では、幾度となく争いが繰り広げられてきた。
そしてその中でも、後に魔天戦争と呼ばれるようになった大きな戦いは『二人の子』を産み落とす事になる。
一人目は魔の血を強く受け継ぐ男の子として。
二人目は天の血を強く受け継ぐ女の子として。
二人はこれからの世を大きく変える『魔天の子』として世界の頂点に立つ事を『大魔王』は確信していた。
だがそれを産んだ『母』は違った。
呪われし運命にあるこの二人だけは決して共に寄り添うべきではないと、二人目が産まれてから5年程経ったある日、その女の子の手を引いて逃げ出したのだ。
大魔王の城から抜け出す事は叶ったものの、当然追っ手は必死だった。
大魔王曰く、あれは今後二度と生まれる事のないであろう究極の子。光り輝く巨大な宝石をみすみす逃がしてなるものかと、あの手この手を尽くして子を抱いた母を追った。
母も母で、いつか世界を崩壊させてしまうかもしれないこの子を魔の手に渡すなど絶対にさせてはなるまいと、死にもの狂いだった。
なんとか地の底からの手先を振り切って目的の場所へと辿り着くと、そこからは光が差し込んでいた。
母は、天と地をつなぐ唯一の希望の架け橋を見つけたのだ。
やっとの思いで光を目指して登り切り、踏み入れた大地は、とても涼しく穏やかだった。
辺りを見回すとここは小さな島である事が分かった。そしてすぐ近くには、この地を見守る人間なのだろうか、屈強そうな装備に身を包むそれはまさしく衛兵だった。
母は気を抜けば途絶えてしまいそうな風前の灯でもあるわずかな命をかろうじて引きずり、兵士に話しかけた。
兵士は二人の姿を見るや驚いてしまった。
だが母の傍らにはまだ年端もいかない小さな子が心配そうに見守るも、もはや虫の息である様子にただならぬ事と兵士は悟ったのか、すぐさまここから一番近い別の島の小さな村にまで連れて行った。
着いた場所は、エルフが住まう小さな村だった。聖なる加護に満ち溢れ、邪な気配など微塵も感じさせなかった母は、ようやく安心することができた。
――そこまでが、母の限界だった。
やがて一人の女性に目をつけた母は、彼女もまた一人の少年の母なのであろう、純潔なエルフとして相応しい女性に母はこう託した。
『勝手極まりないのは百も承知。だけどどうか、この子を守り、一人の人間として育ててほしい。そしていつの日か自分の過去と向き合う時が来たら、どうか強く心を持って、ありのままの世界をその目で見てほしい』と。
それが母としての最期の遺言だった。
……それから時はあっという間に過ぎ去る。
幼子だった女の子は十年の時を経ると、身も心も立派に成長を遂げていた。