ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第十六話 船上にて

 アリア「へぇー船の中も思ってたよりも広いんだねー。私とシオンがダーマに来る時に乗った船とは大違い!」

 

 船のロビーへとやってきた三人は、グランダリオンにあったルイーダの酒場を思わせる雰囲気ながらも、それとはまた違う乗客達の賑やかさに目を奪われていた。

 

 シオン「僕等の住む島からなら移動時間はそこまでないし、今回目指すのはもっと遠くの大陸だからね。……多分丸一日かけて移動なんじゃないかな?」

 アリア「えー。じゃあ今日は船の上でお泊りって事ー? 退屈だなぁ」

 ルイ「まあまあ。私はともかくとして、お二方ならたまにはこういうのもいいのではありませんの? これまでずっと戦い詰めだったのでしょうし」

 シオン「……それもそうだね。他の人達もあちこち座ってのんびりしてるし、僕等もどこか適当な席につこうか」

 

 一日かけて移動する故の便の少なさからなのか、見渡しても空席もあまりなかったが、部屋の隅に置かれたテーブル席の人達が丁度席を立った所だった。三人は他に誰かが来ない内にと、そそくさと座り込む。

 だが、座り込んだだけで三人には話題があまり浮かんでこずに、それとなくだんまりするだけだった。

 誰しも、いざ突然やる事がなくなると、何をしたらいいのか正直分からなくなる。それはこの三人においても同じだった。船員が飲み物はと、尋ねて来たので手ごろな飲み物を頼むと再び手持ち無沙汰になってしまう。

 

 シオン「……しかし、エマリー学園長から旅立ちの時にもらった『魔法の道具袋』は本当に便利だね。いくら道具を詰め込んでも膨らむ様子すら見当たらないよ。普通に買ったらいい値段がするらしいけど、この性能を知ったら納得だね」

 

 感慨深く、渋めの色をした一見ただの巾着袋をまじまじと見つめながら何度もシオンは興味深そうに呟く。

 

 アリア「ねね、今暇だしさ。ルイが前に王家の洞窟で言ってた事が気になってたんだけど、聞いてもいい?」

 ルイ「王家の洞窟に関して? ええ、構いませんが……」

 アリア「あの洞窟って、洗礼の儀の目的以外に『何か』があるの? 洞窟の詳細が何か聞こうとしたらモンスターが襲ってきちゃって、それっきりになっちゃったから」

 

 その事だったか、とルイも今まで忘れていたのをようやく思い出した顔だった。

 

 ルイ「私もはっきりとした事は言えないのですが……。あの洞窟にはどうやら、かの『天竜族』に関わる何かがあるらしいのですの」

 シオン「天竜族が……? 彼らって地上界に関してはよっぽどの事が無い限り、不干渉なんじゃなかったのかい? 少なくともダーマではそう習ったけども」

 ルイ「それで間違いはないでしょう。天竜族の使命はあくまで世界の秩序を均衡に保つ事。昔から続く天界と魔界の争いも、魔族達が天界まで我が物にしようとしているから戦っているだけに過ぎませんから。降りかかる火の粉は払う、といった所なのでしょう」

 アリア「そこを魔族達は、天竜族の都合を利用して、地上界の人達を都合よく人質扱いにしたりダーマの時みたいに襲い掛かったりしてるだね……」

 シオン「僕達にしてみたら、いい迷惑を通り越してるよね。そこまでして、魔族達は天界の『何』を手に入れたかったんだろうね。10年前の魔天戦争一時終結以来は、お互いに鳴りを潜めているらしいけれども」

 ルイ「……話が逸れましたけれども、あの洞窟に関しては、以前も仰った通りお城にあった程度の書物ではあまり有力な手掛かりは得られませんでしたの。……ただ、先日ゴーレムと戦ったあの部屋には扉らしきモノがあって、そこには大きな竜が描かれていました。そこに関しては私が読んだ書物通りだったのですの」

 アリア「私もなんとなーく気づいてはいたけど、特に意識はしなかったかな。シオンもだよね?」

 

 こくりとシオンが頷く。

 結局の所、『何か』という表現以上のものは今の三人には出てこなかった。

 実態はおろか歴史すらも掴めないのでは、それこそ雲を掴むような話だ。

 

 ルイ「元々は、初代のグランダリオン国王があの洞窟の謎を調べるために、扉の下を訪れたらゴーレムがまるで番人のようにいた事がそもそも洗礼の儀の始まりだったとも、お父様から聞かされた事がありますが……」

 シオン「……つまりはこういう事かな? 謎めいた場所に、強大なモンスターが『何か』を守っている。それを倒した事はいつしか帝国にとっての大きな歴史になったけれど、肝心の扉が開きもしなければ手掛かりもない。時間だけが流れて、次第に諦めの気持ちが大きくなって、最終的に今では王家の力を示す為の習わしになってしまった。……って感じなのかな」

 ルイ「恐らくはそうなのでしょう。……全く、シオンの洞察力の鋭さには私も頭が上がりませんわ。いっそシオンさんが賢者になられてはどうなんですの?」

 シオン「いやいや、盗賊もかじってる僕なんかがそんな柄じゃないよ!」

 

 その後は珍しくルイがシオンと笑いながら語り合った。

 根本的には二人とも博識だ。その点では通ずる話も存外多かったのだろう。

 対してアリアはというと、終始呆けた顔だった。

 

 アリア「お母さんの言った通りに世界を見て回ったら、いつかはあの大きな扉の事も分かるのかな……」

 

 それは誰に言うでもなく発した台詞だった。

 いや、本人にしてみたら口に出した事すら気づいていなかったかも知れない。

 そんな読めない表情をしたまま席から立ち上がると、どこかへと歩き出してしまう。

 

 ルイ「どこかに行きますの?」

 アリア「……ちょっと甲板に行って風に当たって来るね」

 シオン「僕も行こうか?」

 アリア「ううん、大丈夫。ちょっと考えたい事もあるから……」

 

 他の乗客らの笑い声を背に、アリアは静かにドアの向こう側へ消えてしまった。

 残されてしまった二人はというと、文字通り取り残された気分になる。

 

 ルイ「なんだか寂しそうでしたわね……」

 シオン「……時々あるんだよ。ああして急に一人になっちゃう時が。……じゃあ、一度解散にしようか。船の中だし、バラバラになっても問題ないと思うからね」

 ルイ「そうですわね。私は一度個室へ戻りますわ」

 

 お互いに頷きあった二人は各々の自由時間として別れる事になった。

 

 

 

 甲板に出たアリアは、ゆったりと規則的に揺れ動く手すりに寄りかかりながらぼんやりと島一つ見当たらない海を眺めていた。

 しかしその目には光が灯っておらず、曇ったままで焦点も合わない。

 西に傾いた夕陽が線上になって淡く海面に差し込むが、折角の船上ならではの景色も今の彼女には何も映っていなかった。

 アリアには時々こうして一人になっては、物思いにふける時があった。

 何を思うかと言えば、それはやはり自分の閉ざされた過去なのだろう。

 

 アリア「ラーナお母さん、元気にしてるかな」

 

 ふとアリアが呟いたそれは、幼い頃にリーフィの村で育てられたもう一人の母親の名だった。

 ラーナと呼ばれた彼女もまた、産まれてから数年も経たない内に小さな女の子を授かり、一つの家庭を支える一児の母親だった。

 それをいくら止むに止まれぬアリアの母親の事情があったとはいえ、突然素性の知れぬ子を預かり、かつ育てるというのは並の人にはできる事ではない。

 アリアの本当の母も、その辺りを全て見抜いたからこそ、数ある村人の中でラーナに託したのだろう。

 実際、結果としてアリアは不幸な境遇に捻くれる事無く、こうして今や冒険者として自分の目的に向かって邁進している。

 となれば、自分を文句一つ言わずにここまで支えてくれた全ての人に感謝するしかなかったのだ。

 

 アリア「でも、本当に何かを見つけられるのかな……」

 

 それでも、いくら純真な彼女とて不安はある。

 先が見えないからこそ終わりも見えない。

 ひとたび弱音を吐けば、立ち止まりそうになり、遂には逃げ出しそうになる心をアリアは必死にこらえた。

 立ち止まる事。逃げる事。それはここまで積み上げて来た努力が、全て無意味となってしまうかも知れない恐怖だ。

 いっそ、母親の遺言や自分の生い立ちなど全て忘れて、一人の人間として人生を謳歌した方がはるかに楽だろうか。

 

 アリア「どっちがいいんだろう……」

 

 そんな時に、不意に彼女の背にかかる『男性』の声。

 

 アリア「……えっ!?」

 

 まさか声をかけるとは思ってなかったのか、アリアのあまりの仰天さに声をかけた方が逆に驚いてしまっている。

 気を取り直して改めて見つめると、若くはないが年老いた感じでもなく、お洒落にあご髭を伸ばしたそこそこに年季が入った壮年の男性だった。

 自らをデリックと名乗った彼は、旅人の服に身を包んでいる事から、彼もまたアリアと同じく冒険を生業としている者なのだろうとすぐに分かった。

 

 デリック「急に驚かせてすまないな。別に怪しいもんじゃないさ。ちゃんと冒険許可証だってある。でも、こんなかわいいお嬢ちゃんが一人で突っ立ってたら危ないぜ? 近頃魔物も多いって聞くしな」

 アリア「ご、ごめんなさい……ついうっかりしちゃって。すぐに戻りますね」

 デリック「いや、別にいいんだ。俺も風に当たりにここに来たんだしな」

 アリア「そうなんですか。あ……私はアリアって言います」

 デリック「可愛らしい名だね。冒険者としてはちょっと勿体ない気もするがねえ。もちろん変な意味じゃないさ、ハハッ」

 

 彼の冗談めいた笑いにようやくアリアにも笑顔が戻った。

 その後は他愛もない話をする内に、彼もまたミストラル王国を目指してこの船に乗ったのだと言う。

 

 アリア「でもどうして一人なんかではるばる遠くまで?」

 デリック「まあそこまで大した理由じゃないんだがね。オレはテオニーの村に住んでて、家が鍛冶屋なんだよ。でも、最近じゃあまり客足もよくないし、親父も病気を抱えちまってね。それで東の大陸にあるっていう、万病に効くって噂の『神秘の草』で病気を治したり、あわよくばひと稼ぎしてみようって思ったのさ」

 

 彼が口に出したそれは、アリアが初めて聞く名前だった。

 目的こそ単純だが、その為だけに自分一人で行動し冒険者として旅に出る。その活力はアリアと通ずるものがある。

 

 アリア「でも東の大陸ってだけじゃ正直気が遠くなるような話なんじゃ……。もう少しはっきりした情報はないんですか?」

 デリック「ああ、そりゃもちろんあるよ。あの大陸の一番の名物でもある『霊峰ウィンディア』にソイツは眠っているらしい」

 

 その名前を聞いて、どこかで聞いた事のある名だとアリアは考える仕草はしたものの、結局答えは出てこなかった。

 

 デリック「なんだい、その様子じゃ初めて聞いたような感じだな。冒険者なら大体の人は知ってる名前だろうに」

 アリア「ごめんなさい。私物覚えが悪いって結構言われるんです。折角教えてくれたのに……」

 デリック「いやいや責めるつもりなんかこれっぽっちもないさ! むしろあの山に関しては中途半端に知らない方がいいって噂すらもあるんだ」

 アリア「……どうしてですか? 少しでも知っておいた方が、役に立つとは思うんですけども」

 デリック「なんでも、普通に探したんじゃその『神秘の草』は絶対に見つけられないんだとよ。複数の条件が重なって、ようやく見つけ出す事ができるらしい」

 

 何故それが神秘と呼ばれる所以を持つのか。

 理由こそは簡単だった。しかし分かった所で手に入らないからこそ、神秘性が増す。

 そしてその手段すらも知る人ぞ知る事しかできなかった。だからこそ、ある冒険者は貪欲に求め、またある冒険者はその途方も無さに諦めていく。

 

 デリック「まあ、オレはあくまで推測なんだがその複数の条件がもしかしたら、当たってるかも知れないんだ。だからこそ、こうしてわざわざ遠路はるばると足を運んでいるんだがね」

 アリア「ほ、本当ですか!?」

 デリック「ああ。自分で推測しといてなんだが、確かにこりゃ厳しいなって思ったさ。まず第一に必要なのがパーティの総合力とチームワーク。まずこれがなきゃ話にならんだろうな。なんせ挑む場所が場所だからな。アリアちゃんは自信あるかい?」

 アリア「わ、私は……どうなんでしょうか」

 

 ダーマで培った経験や王家の洞窟を攻略した力は、確かに本物だろう。

 しかし世界のほんの一部しか踏んでいないと思っているアリアにとっては、所詮『その程度』にしか過ぎない気持ちの方が大きかった。

 だからこそ彼女が積み上げて来た結果こそを思えば、卑下こそしないが、かと言って過信もできない。詰まる所、分からないのだ。

 

 デリック「まあ実力なんて、後からじっくりと鍛えていけばいいのさ。そして他の条件なんだが――」

 

 ――続きを言おうとした、その時。

 いつでも『不幸』は突然にやってくる。

 ある存在に先に気づいたのは、彼だった。

 それは彼女が『それ』に対して背を向けていたからだった。

 

 デリック「――危ねえ!」

 

 彼の頭には彼女を突き飛ばす事で満ちていた。

 そうしなければ、間違いなくアリアがやられていたであろう。

 二人の前に突然現れたのは、海に住む魔物『キングマーマン』だった。

 そしてアリアを救った代償として、今の彼は完全に無防備。

 野生の勘に満ち溢れたモンスターがそれを見逃すはずもなかった。

 

 アリア「デリックさんッ!」

 

 マーマンの鋭く尖った爪にデリックはまともに斬り裂かれ、アリアの瞳が鮮血に染まる。

 一瞬だった。時間にしてみたら一呼吸の間にも満たない。

 肉が完全に引き裂かれるまでに達した傷は、素人目で見てもほぼ致命傷だった。

 ぴくぴくと痙攣するデリックの身体が、アリアの意識を一層リアルにさせる。

 

 アリア「……嘘でしょ? ……しっかりしてぇっ!」

 

 悲痛なアリアの叫び声をあざ笑うかのように、次々と手下のマーマンが飛び出す。

 事態をいち早く察知した同じく甲板にいた警備兵も応戦するが、一人でどうにかできる数ではない。その間にもマーマンは現れ、やがて甲板を埋め尽くす魔物の群れとなってしまった。


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