ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第十四話 出発前夜

 それから三人は一時の休息として、街を隅々まで堪能した。

 ルイに連れられてカジノに着いた三人は手持ちの資金こそ少なかったものの、冒険とはかけ離れた別の楽しみを見つける事で身体だけでなく、心の疲れも癒す。

 カジノを目一杯楽しんだ後は大通りに立ち並ぶ露店を見て回り、アリアを筆頭に心行くまで楽しんだ。

 極めつけは、すっかり夜の帳も降り切ったルイーダの酒場だった。

 洗礼の儀を終わらせたルイは、旅に出るという事で冒険許可証の発行を依頼しに来たのだが、ついこの前まであらぬ噂をかけられてた渦中の人物だっただけに、酒場の連中全員がルイ王女を見るなり文字通り釘づけだった。

 特に年齢が近い魔法使いや僧侶からは、羨望の眼差しを送り続けられっぱなし。

 そして、ある一人の魔法使いが「あの呪文はどうやって詠唱、構築するのか」と聞いてしまい、それがルイの賢者としての心に火が点けられてしまう。

 実際には魔力不足で魔法は撃てなくとも、呪文を練る時の詠唱の仕方や魔法陣の構築などはかなり参考になるのだそうだ。

 日常的な呪文は当たり前のこと、イオナズン、メラゾーマ、ベホマなどの詠唱もお手の物だったルイは今や完全に酒場の注目を完全にかっさらってしまった。

 更に始末の負えない事に、ルイに歓声を上げる連中に混ざるアリアもいたものだから、カウンターに座りながら発行が終わるのを待っていたシオンは困り果ててしまう。

 すると、シオンにとってベストタイミングで発行し終わった許可証が出された。

 ルイ達を見ると、丁度ひと区切りがついた頃合いで次に見せる呪文はとルイが考えており、アリアを筆頭に心待ちにしていたのだ。

 抜け目がないシオンはその隙を見逃さなかった。

 盗賊の心得も持つ独特の忍び足で的確に二人の首根っこを容赦なく掴む。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を無視しながら酒場のマスターにお礼を告げると、ようやく騒ぎの場から抜け出せた。

 

 シオン「全く……いくら自由時間だからって羽目を外し過ぎない。特にアリア!」

 アリア「はぁーい……」

 ルイ「私も調子に乗りすぎましたわ……。もうクタクタですの」

 

 明日には早速ここを出るというのに、こんなノリで大丈夫なのかと心配になるシオンだった。

 そして彼にはかねてからもう一つ気になっていた事もあり、心配のついでに思い出したようにしゃべりだす。

 

 シオン「ルイ王女がこれから一緒になるのは分かったんだけど……これから何処へ向かうかの予定は決まってるの?」

 

 誰に言うでもなく言った言葉だったが、アリアはその問いは全く予想していなかったのか、しまったと言わんばかりに大きく開けてしまう。

 

 ルイ「それでしたら……ここから海を越えた先にある東のエトスン大陸に上陸してはどうでしょうか? この大陸の玄関口とも呼ばれてる『港町エルマータ』から定期船が出ていますからお金さえ用意できればいけますわよ?」

 シオン「確かにあの大陸には、世界で最も活気に溢れていると言われる商業都市リュッセルや、ミスティア女王が統治するミストラル王国もある。情報不足な今の僕らにとっては、これからの手掛かりが一番掴めそうな場所かもね」

 アリア「ほえーすごいねー。シオンもルイも物知りだねー!」

 シオン「ダーマの授業でいくらでも習ったでしょうに……」

 ルイ「シオンさんはともかく、私は書物を読んでたら頭に入ってただけの知識に過ぎませんのよ。いくら知識があっても、それをいつまでも溜め込んでいてはいつかは腐りますわ。いつまでも振るわない知識など、単に宝の持ち腐れですのに……」

 

 自嘲するルイに、シオンは返す言葉が見つからなかった。

 しかし、やはりアリアは違った。

 いつの間にかルイの前に回りこんでいたアリアは、か弱き少女の漆黒に染まった瞳をただ真っ直ぐに見つめ、強く頭を横に振る。

 

 アリア「それは絶対に違うよ。ルイ」

 ルイ「アリア……?」

 アリア「私はシオンやルイみたいに頭がよくないからさ、いつも頭よりカラダが先に動いちゃう。その度にいっつもシオンに怒られる。……怒られるって事はさ、それはやっぱり『本当は考え直さなきゃいけない』って事だと思うんだよね。考えないから失敗して怒られる。でも私には先の事を考える事ができない。それが私にとっては難しい事だから。それが、ルイにはいくらでも考える事ができる。一杯知識を集めて、悩んで、悔やめてる。それだけでさ、ルイはすごい事をしてるんだなって思うの。……その証拠にルイは『賢者』なんだから、ね?」

 

 ルイが何度でも自分を否定するならば、アリアは何度でも彼女を肯定する。

 気付くとルイはアリアに抱きついていた。特に何をする訳でもなく。

 

 アリア「……帰ろう?」

 

 母親のように優しく諭したアリアの囁きに、ルイは顔をうずめたまま頷いた。

 一方のシオンは、夜空を眺めていた。

 真っ黒な空そのものを見ているのか、無数に光るいずれかの星を見つめていたのか、黄昏た表情からは読み取れない。

 

 アリア「世界ってこうやって改めて見ると、広いんだね……」

 シオン「そうだね。とてつもなく広いよ」

 

 果てしなき世界を歩んだ先に見えるモノは、何なのか。

 アリアはただひたすらにそれを知りたくて、歩を進めて来た。

 その先にあるのが幸か不幸かなど、今の彼女にはどうでもよかった。

 ただ、『知りたい』。――それだけだったのだ。

 それからの三人は何も言わずに、城へと帰った。

 

 

 

 客用の寝室へと案内された二人は、城に用意されただけあって今までに見たどれよりも豪華だと、驚き感心した。

 しかし驚いたのはほんの数刻。一日の疲れも相当に溜まっていたのだろう。寝床につくと、すぐに睡魔が襲ってきた。

 後少しで夢の世界へと誘われる、という時だった。

 寝室のドアが静かに音を立てて開いたのは。

 淡い水色の寝間着に身を包み枕を両手で抱えたルイが、やや恥ずかしそうに立っていたのだ。

 アリアは今にも寝入りそうな目と声で、彼女の名前を不思議そうに呼んだ。

 何をしに来たのか分からなかったルイだがアリアの寝ているベッドにまで近づくと、そのまま隣へ潜り込んでしまう。

 

 ルイ「だめ……ですの?」

 

 今にも消え入りそうなルイの声にアリアは優しく頭を抱きしめた。

 アリアは瞳を閉じたまま、何かを考えていた。

 ダーマにいた間は、今までアリアは一人で寝る事はなかった。

 シオンと一緒の部屋だった彼女には、いつも話す相手がいた。

 だが、今アリアの目の前にいるか弱き賢者は違う。

 王女という生まれ持った身分に縛られ、周りからすると聞こえこそは良いだろうが、その裏には計り知れない将来と使命が重くのしかかっていたのだ。

 相談をする近しい存在もおらず、すり寄って来る相手と言えば王女という肩書きにつられて来るものばかり。

 そんな日常を送り、ふと周りを見渡せば十数年もの間、独りだった。

 そう思うとアリアは身震いせずにはいられなかった。

 ほんの少しでも孤独になる瞬間が怖くて仕方ないのに、それを自分の何倍何十倍という時間孤独だったルイは一体どんな気持ちだったかと思ったのか、ルイを抱く力も強くなってしまっていた。

 そんなアリアの腕を、ルイはゆっくりとほどき、目を合わせた。

 

 ルイ「大丈夫……今の私にはアリアがいますの。だから今度こそ、怖くなんてありませんわ……」

 

 もう心配はいらない。それが精一杯アリアが気持ちをぶつけてくれた、ルイの感謝だった。

 これから先長い旅になる上で、背中を互いに預け守ってくれる存在というのは必要不可欠だ。

 だからこそお互いに懸ける気持ちは大きく、揺らがなかった。少なくともシオンが安心できる程には。

 

 シオン「二人とも早く寝なよぉ……。明日は早いんだから」

 

 未だに寝付けない二人だとシオンは思ったようだった。

 それを聞いた二人は、悪戯心に時めいた子供のようにクスクスとせせら笑いながらも、ようやく眠りについたのだった。


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