ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第十二話 二人の魔法剣

 ルイ「……アリア。こんな私で……ごめんなさい」

 

 いよいよゴーレムの拳が無慈悲に振り下ろされる。

 せめて痛みは少なく逝けるようにと、そうルイは願った。

 やがて剛腕が唸る。大地が砕け、壊れ行く。

 ……しかし、ルイは不思議に思った。

 何故音が聞こえると。何故この光景を肉眼で見られると。

 理由は単純明快だった。

 

 アリア「……ごめん、おまたせ。何とか間に合ったね……!」

 

 幼き賢者を必ず守ると誓った約束は、決して嘘ではなかった。

 紙一重のタイミングでゴーレムの腕に衝撃を加えたアリアが、見事に狙いを逸らしていたからだ。

 

 ルイ「そ、そんな……、あ、アリアですの……?」

 アリア「――私じゃなかったら誰だって言うの?」

 

 顔だけルイを向き、太陽のようなはにかんだ笑顔は紛れもなく『彼女』だった。

 ルイは溢れ出る感情を抑えられなかった。頭よりも先に身体が動き、これほどまでに頼もしいと思えた事はないアリアの背中に抱き着いて、ただひたすらに泣きじゃくる。自分が王家だのなんだのと、今のルイには心底どうでもよかったのだ。

 

 アリア「必死でモンスターから逃げてるのを偶然見つけたの。ルイが無事で本当によかったよ」

 ルイ「アリア……本当にごめんなさい……! 私が馬鹿だったんですの!」

 アリア「いいのいいの。無事だったんだからそれで良いじゃない」

 

 まるで姉妹のようにじゃれ合い、ルイの頭をやさしく撫でるアリア。

 最悪の事態だけは免れた事に後から到着したシオンも胸をなで下ろす。

 

 シオン「……二人とも戦いはこれからだよ。その辺にして目の前の『コイツ』をなんとかしないとね……!」

 

 予想外の反撃に体勢を崩していたゴーレムも既に元通りになっている。

 ここでようやく、ルイの為の『洗礼の儀』が始まったのだ。

 

 アリア「いっくよーデカブツ!」

 シオン「ルイ王女は後方でアイツの動きを監視してて! 決して前には出ない事!」

 ルイ「わ、分かりましたわっ!」

 

 まずは小手調べに、今やお得意の『疾風突き』でアリアが牽制する。

 頑丈そうな見た目とは裏腹に、胴体目掛けて打ち込んだ部分はパラパラと崩れ落ちる。 

 

 シオン「コイツは試練の塔のレックスと似たようなパワータイプ……。ならば『ピオリム』だ!」

 

 ――全員の素早さが上がった!――

 

 元々盾を持たずに軽やかな動きで敵を翻弄するアリアにとって『ピオリム』は水を得た魚と同様だった。

 ゴーレムに的を絞らせないように、前から後ろから。果てにはゴーレムそのものに飛び移り大胆に顔面目掛けて叩き込む。

 大きすぎる図体が仇となる小回りの利かない箇所に次々と攻撃を当てていく。

 遠くで見守るシオンも負けじと、ゴーレムを更にかく乱させる為に矢を放つ。

 視界に矢が入れば例え無機生物といえども何かしらの反応は見せるはずと、シオンは睨む。

 彼の狙いは的中する。ゴーレムに飛んで行った数本の矢は薙ぎ払われ、当たることなく飛散する。

 やがて大振りで払った腕は胸元を大きく晒し、アリアはここが好機と一気に踏み込み飛び出す。

 

 アリア「これでえええ! ――岩をも砕け、『地裂斬』ッ!」

 

 己の肉体ごと体当たりするように深く斬り込んだ『地裂斬』は豪快にゴーレムの岩片をまき散らしながら壁に激突する。

 

 ルイ「すごい力ですの……」

 

 風穴を空けるまでには至らなかったものの中々のダメージを与えたと実感させる、大きく抉られた胸元。

 これなら――いける。その場にいた三人がそう思った。

 攻撃の手を緩めずも焦らずに追撃をしようと、アリアは一旦距離をとろうとした直後だった。

 

 ルイ「いけないっ! アリア離れてッ!」

 

 その言葉の意味に気づくなら。或いはもっと早く言えたなら。

 どちらにしても遅かった。

 アリアがふと横を見た時には既にゴーレムの巨大な右手が眼前にまで迫り、避ける間もなく強引に鷲づかみされてしまったのだ。

 振り解こうにも固く握られた拳はぴくりとも動かない。

 何度暴れても結果は同じ。

 やがてゴーレムは腕を上げ振りかぶると、そのまま力任せに地面へと叩き伏せる。

 強靭な腕力で砕かれた床は、これまでで一番の地鳴りと共に叩き付けた手を中心に巨大なクレーターが広がる。

 その中心にいたのは――アリアだった。

 

 シオン「まさか……直撃……!?」

 

 ルイ「うそ……嘘ですわ! アリア返事をしてッ!」

 

 シオンもルイもこれが現実だと、直視できずにいる。

 あんな巨大なモンスターから潰されてしまってはひとたまりもない。別に冒険者でなくとも分かる。

 それでも何とか返事をしてほしいと、ルイは力の限り叫んだ。今のルイにとってアリアは自分を認めてくれた唯一無二の存在。彼女が死んでしまうなど、万が一にも考えたくもなかった。

 悲痛なルイの願いは――かくして『通じた』。

 

 アリア「なんとか大丈夫だよルイ……! こんな……ところでぇッ!」

 

 なんと押し潰していた筈のゴーレムの手が、錆びた歯車がぎこちなく回り出すように重々しくも確実に上がっているのだ。

 持ち上がった地面と手の隙間からは、白く輝く光が漏れだす。

 やがてアリアの姿が見えるまでに持ち上がったゴーレムの手は、受け止めていたアリアの剣により完全に押し返され、反動によって驚いてしまったかのような動作で二歩下がる。無機生命体故に驚く感情などある訳もないが。

 

 シオン「アリア……『その姿』はまさか、ダーマの時の……?」

 アリア「……みたいだね。自分でも相変わらず分かんないけど、絶対に負けられないって思ったら勝手にね……!」

 

 先のダーマの襲撃でも見せた、聖なるオーラを身に纏いアリアの髪が白銀色に光った不思議な状態。

 ルイにとっては初めて見る姿に最初こそ少し驚いたものの、すぐに無事に生きていた喜びの方がすぐに上回り、再び泣きそうになってしまうのである。

 

 ルイ「無茶しすぎですのよ! 命知らずにも程がありますわっ!」

 アリア「ごめんごめん。でも今度はすぐに――終わらせるよ!」

 

 これからが本当の勝負だと言わんばかりに、閃光の如く飛び出したアリア。

 彼女が攻撃を繰り出すと岩が砕ける。ゴーレムの剛腕すらびくともせずに肉体のみで受け止め、厄介そうな攻撃は最小限の動作で避ける。

 心技体全てが常軌を逸した今のアリアにとって目の前の敵など、ただのでくの坊に過ぎない。

 やがてなす術を失ったゴーレムは最後の手段を試みたのか、両腕で振りかぶり全霊を込めた一撃を放とうとしていた。

 

 シオン「不味いね、これは魔力もかなり集まった一発だよ。下手したらこの部屋そのものが壊れかねないくらいのね……!」

 

 ゴーレムの両腕に集う膨大な魔力の所為か、部屋中の空気が電気を帯びたかのように張り詰める。

 あの拳が振りかざされれば今のアリアはともかく、残りの二人にはどれ程のダメージが及ぶかは到底計り知れない。

 ならばと、アリアも剣に魔力を込め真っ向から勝負する気でいた。

 

 ルイ「アリア待って! ならば私の『魔力』も一緒に放ってくださいませ!」

 アリア「ルイの魔力も……? どういう事?」

 ルイ「あのような岩石系のモンスターは爆発のエネルギーを初めとする『イオ系』の魔力に弱いんですの。今の私ですと『イオラ程度』の魔力までしか込められませんが、力が一点に集まった『アリアと私の魔法剣』ならば、あの巨体に対しても十分な威力が得られるはずですわ!」

 

 それはルイの頭に膨大な知識が蓄えられた彼女ならではの発想だった。

 本来全体呪文であるイオを魔法剣として集束させ、物理威力と魔法力の相乗効果を生み出し、より強力な技へと発展させる。

 賢者として行きついた考えであるのは確かだが、何よりこのまま自分だけが指を咥えたまま戦いを終えたくはなかったのだろう。

 自分にも何かできる事が絶対ある。その結果行きついた『魔法剣』だ。

 

 シオン「そんな無茶な! 本来無作為に敵に放つ魔法を、アリアの剣だけに遠隔魔力として集中させるなんて、どれだけの制御力が必要だと思ってるんだ!」

 ルイ「……大丈夫です。任せてください……!」

 

 シオンの反対にも応えた幼き賢者の瞳には、揺るぎない『自信』があった。

 それを見ていたアリアにも不安や迷いはない。

 

 アリア「むしろ、ナイスアイディアだよルイ……!」

 ルイ「何回も攻撃してしまっては魔法力もすぐに薄れてしまいます。だからチャンスはあの腕を破壊する瞬間と、ヤツを仕留める最後の一撃ですわ!」

 

 こくりとアリアは頷いた。後は敵が攻撃するタイミングを見計らって飛び出すだけ。

 そしてその時は――すぐにやってくる。

 

 ルイ「今ですわ――『イオラ』!」

 

 ゴーレムが両腕を一気に振り下ろす。

 合わせてアリアも加速的に相手の拳目掛け、剣を低く構えた姿勢で飛び出す。

 拳がアリアに激突する刹那、一気に上段に薙ぎ払う。

 その威力はアリアまでもが驚くものだった。

 まるで柔らかな木の板を叩き割る感覚のままに放った魔法剣は、魔力が込もったゴーレムの拳を軽々と壊し、粉々にする。

 完全に両の腕を失ったゴーレムは今度こそ止めの一撃となった。

 

 アリア「これで……おしまい! この魔法地裂斬で、砕けろぉーッ!」

 

 魔力集束された一閃は、相手がいかに巨大かつ頑丈であろうとも物ともしない。

 イオの輝きで満たされたゴーレムの上半身を粉砕するに値し、やがて意志を持たぬ礫となって脆く崩れ落ちる。

 

 ――ゴーレムをやっつけた!――

 

 ルイ「や、やりましたの……?」

 

 勝利の余韻はすぐにはやってこない。

 しばし、大波が来る前の潮の引きのように静寂に包まれる。

 何度瞬きしても変わらぬ光景に、ようやく三人は勝利を実感する事ができたのだ。

 

 アリア「……やったああああっ!」

 

 アリアとルイは抱き合って喜び、シオンはようやく一仕事を終えられた開放感からか、ほっと一息をつく。

 遂に洗礼の儀を達成する事ができた。役に立てないと思っていたルイが決め手を担ったのだから、その喜びもひとしおであろう。

 

 シオン「これで王女様も晴れて一人前の王家の仲間入りだね。特に最後の遠隔魔法は見事だったよ。僕の頭なんかじゃ考えつかないくらいにね」

 アリア「そうだよ。私でもシオンでもできない事をルイはやってのけたんだよ。だから私言ったんだよ? ルイは弱くないって。その証拠に……ほら、コレ」

 

 彼女の手に握られていたのは一つの石ころ。

 しかし当然、ただの石ころではない。ついさっきまで激戦を繰り広げたモンスターの一部『ゴーレムの欠片』だ。

 

 ルイ「そんな……。これが、本当に……?」

 

 二人の言う全てが、目の前の真実がルイの胸に熱く沁みてたまらなかった。

 正真正銘己の力を出し切り、達成できる事がこれ程までに感無量になれるものなのかと。湧き上がる喜びを涙として抑えきれない。

 

 ルイ「二人とも、本当にありがとう……。今までからっぽだった私でも、やっと大事な何かを掴めた気がしますの……!」

 

 何をするにも引っかかりや嫌気を感じ、自分の意志ではなく他人の意志で振り回されて来たと思ってばかりの日々。

 それが今日という日を迎えて、ルイ自身が本当の意味で『賢者』としての一歩を踏み出せた瞬間だったのかも知れない。

 

 アリア「――じゃあ王様に報告にいこっか!」

 ルイ「……はいっ! 今でもなんだか信じられません……!」

 シオン「はいはい。いつまでも浮かれてないで、帰るまでが冒険だからね?」

 アリア「もー。こんな時くらいは素直に喜びなさいよー! ねえルイ、リレミトは使えるのよね? パーッと景気よく帰りましょ!」

 ルイ「あ、あのー残念ながら……。あの一発で『魔力切れ』ですの……」

 

 まだ冒険中であるにも関わらずにぎやかなアリアとルイのお陰で、シオンは結局王都に着くまでは終始気の緩めない時間が続いたのだった。

 しかし、彼の顔には旅立ち前の疑いの心はなく、ルイもまた一人の仲間として戦った『同志』としての心に満ち溢れていた。


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