ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第十一話 現実と非情

 走っている内に地下への階段を見つけた三人は勢いのままに、階段を転げ落ちるように降りていく。

 地下三階へと降り切り、完全に巻いた事を確認した後方のシオンは「ひとまず小休止をしよう」と、階段の段差を利用して腰かける。

 これくらいの運動などは日常茶飯事だったアリアとシオンだが、今まで引きこもり同然でもあったルイは未だに息を乱していた。

 

 アリア「……ねえルイ、大丈夫? 先に進めそう?」

 

 心配そうにアリアはルイを見つめるが、彼女の呼吸が整うには今しばらく時間がかかりそうだった。

 周りの風景も二階とは比べ石畳が敷き詰められたような整った通路に変わり、壁や天井にも整備が行き届いているなど更に手が加えられていた。

 下へ潜る程、整った外見とは裏腹に立ちはだかる脅威が増していくのでは――と、普段は鈍感なアリアにも不穏な予感がよぎる。

 一方のシオンは疲れて憔悴しているルイを見つめていた。――グランダリオンを出た時と同じ瞳で。

 

 シオン「やっぱり危険だよ……。悪い事は言わない、引き返した方がいいよ」

 ルイ「な、なんですって……?」

 シオン「さっきのモンスターなんて恐らく目的のゴーレムと比べたら、全然違う強さのはずだよ。相手の数だって一体じゃないかも知れないのに、正直僕はルイ王女を守りながら戦うのは無理だよ……」

 

 無理と突き放されたシオンの言葉が、ルイを貫いた。

 

 アリア「だ、大丈夫だよ。ルイは私が――」

 ルイ「もう結構ですわッ!」

 

 張り詰めたルイの金切り声がアリアを遮り、場を支配する。

 ――これが現実だった。

 自分でも最後のチャンスだと思った。だからこそルイは多少無茶な冒険になろうとも、ゴーレムの欠片を持ち帰るつもりだったのだろう。

 しかし結果はどうだ。ゴーレムに会うなどもっての外で、道中のモンスターにすら惨めに逃げる始末。最終的には自身の弱さを完全に露呈させただけ。

 出発前に指を咥えて見ているつもりはないと、どの口が言っていたのか。

 その台詞は、ルイ自身が一番身に受けていたに違いなかった。

 

 ルイ「――よく分かりましたわ」

 

 呼吸はようやく整ったものの、無気力なままに立ち上がる。

 かと思った次の瞬間、突如彼女は振り返ると、そのまま今降りて来た階段を引き返し始めた。

 

 アリア「ちょちょっと待って! 一人でどこに行くの!?」

 ルイ「シオンさんの言う通り、私にはまだ早すぎたんですのよ。……だから城へと帰ります」

 アリア「そんな……! 一人じゃ危険だよ、せめて私達が見送って――」

 ルイ「脱出呪文の『リレミト』を一度使うくらいの魔法力ならばありますわ。それと、アリアの心遣いには本当に感謝いたします。……だからもう、お願いですから私に構わないでくださいっ……!」

 

 それは彼女が王家ならではの、切なる『悔しさと惨めさ』だった。

 これ以上恥さらしにはなりたくない。そう思ったルイの叫びに、アリアが伸ばした手も空を切るだった。

 階段を駆け上がる乾いた靴の音も彼女の姿と共に遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなってしまう。

 

 アリア「シオン、いくらなんでも言い過ぎだよ! ルイだってそのくらい分かってて来てるのにどうして……!」

 シオン「……分かってる。でも命が掛かってるのは事実なんだ。一般人であろうと子供であろうと魔物達は『ルイ王女を殺すつもりで』こっちに攻撃してくるんだ! ……僕達には『万が一すら許されない』んだよ!」

 

 いくらアリアが守るとは言ってもそれは絶対ではない。ルイはおろか、アリアもシオンも命の保証などどこにもないのだ。

 だから今回とて最善手を尽くさなければならなかった。パーティの中軸として冷静な判断を常にしてきたシオンだからこそ。

 結果として時期尚早だと判断した彼は、ルイの退却を促しただけの話に過ぎない。

 

 シオン「ルイ王女がいない以上、僕達もここに用はないよ。簡単な周辺の探索に留めて早い内に帰ろう」

 アリア「……そう、だね」

 

 帰って報告をしなければならない義務も二人にはあった。誰も死なずに帰れるのだから、まだましな方なのであろう。二人はそう思う事にした。

 いや、そう思わなければやりきれなかったのだろう。ルイを守ると誓ったアリアならば尚更だ。

 

 

 

 非情な現実を突きつけられた若き賢者の少女は、未だ止まない涙を拭い去りもせず走り続けていた。

 やがて体力の限界が再び訪れたのか、ルイは息を切らしながらも立ち止まる。

 ――ここまで来ればあの二人も追ってこないだろうと、ルイは詠唱を始めると魔法陣を展開し始め、王家の洞窟の脱出を図る。

 だが、魔力を込めていた手がふと止まる。

 『――これで本当にいいのか?』と自問自答するルイ。

 洗礼の儀は歴代の国王ならば誰でも通って来た道。もちろん彼女の父、キーツボルトも例外ではなかった。

 皆が命を賭した苦しい戦いをしてまで掴み取って来た王家の証を、自分だけが投げ出すのか。戦いなんて本来誰だって避けたいのに、自分は嫌だという個人的な理由で。

 確かに魔法分野においては賢者という称号を獲得するにまで至ったが、肝心の戦で何一つ振るう事は無かった。

 だがそれは当然だった。彼女がそれを拒んでいたからだ。

 今の自分の状況は、それらからずっと逃げ続けて来たいわば『ツケ』だった。

 ならばここまで行動を共にしてくれた彼女達に報いるためにも、もう一度戻るべきなのではと、脳裏をよぎる。

 

 ルイ「でも戻った所で、今の私に何が……?」

 

 今のルイにとってアリアの純真さが痛かった。シオンの視線が辛かった。

 やはり大人しく帰って、今度は父に今までの愚かさを詫びようと心から思った。

 ……しかし、どちらにせよ全てが遅かった。

 自分を追い詰め過ぎていた所為で、背後からくる『気配』に今まで気づけなかったのだ。

 慌てて彼女が振り返った先にいたのは――。

 

 ――ストーンマンが二体現れた!――

 

 ここが洗礼の儀の場所であると同時にモンスターの住処でもある事を、ルイは完全に失念していた。

 

 ルイ「しまった……この距離じゃリレミトが間に合わない……!」

 

 非力なルイでもこれまで野外に出て、モンスターと不意に出くわした事は何度もある。

 その度に彼女は、移動用呪文の『ルーラ』を逃走に使う事で戦闘を切り抜けて来た。

 だがここは仄暗い洞窟の中。天井に阻まれている所為で、緊急用として使ってきたルーラも使用不可能。リレミトもモンスターと出くわしてしまったため詠唱が間に合わず、唱えている暇がないという失態を犯す。ルイは絶体絶命だった。

 最後に残された道はただ一つ。

 彼女は残された力を振り絞り、今一度走り出す。

 出入り口を塞ぐようにストーンマンが構えていたため、アリア達のいた方向に進むしかなかった。

 しかし今更気にする訳にはいかない。自分の命が掛かっているのだ。

 地下三階の階段が見えた所で、ルイは息を切らしながらも後ろを確認するが、今度のモンスターはしつこかった。まだ奴らは追ってきている。

 彼女の頭にはもう追っ手を振り切る事しかなかった。

 奴らを振り切ったら改めてリレミトを使えばいいだけ。この場を凌げさえすれば後は何とかなる。

 無我夢中で走ったルイはやがて行き止まりにぶつかる。

 しまったと、最後にもう一度振り返ったが追っ手の気配はなかった。

 

 ――ルイは逃げ出した!――

 

 ルイ「はぁはぁ……た、助かりましたわ……。それにしてもここは……?」

 

 行き止まりにしては天井もこれまでよりも高く、妙に広い場所だった。

 更に前方をよくよく見ると行き止まりではなく、壁の半分以上は面積を占めていようかという『巨大な扉』だったのだ。

 

 ルイ「扉に何か描かれていますわ……。これは紋章……いえ、違いますわ。これは『大きな竜』……? まさか、ここが本当に……?」

 

 いつの間にか疲れを忘れフラフラと扉に近寄ったルイ。

 しかしそれを阻むように、突如四方の壁から流れ行くように自然に飛び出してきた『無数の砂』。

 扉の前に集まった砂は石となり、凝縮された石は巨大な岩となり、最後には『一体の巨人』となった。

 

 ルイ「そんな……まさか、これが『ゴーレム』ですの!?」

 

 ――ゴーレムが現れた!――

 

 姿形こそルイを追ってきていたストーンマンと瓜二つではあったが、大きさが三倍以上はあろうかという体躯にルイは完全に飲まれてしまう。

 地面が揺れる程の大きな足音を響かせながら迫って来るゴーレムに、彼女はその場に尻もちを突いてへたり込んでしまい、最早起き上がる気力すら失せる。

 だが戦意があろうとなかろうと、扉の守護者には関係なかった。

 巨大な拳を振り上げ、迷わず彼女を標的にする。侵入者を排除するためだ。

 

 ルイ「王家の身でありながら、自分の最期がこれほどまでに惨めだとは夢にも思いませんでしたわ……」

 

 俯き瞳を閉じた彼女に一筋の涙が流れる。

 果たしてこの涙の理由がいかなるものなのかは、誰にも分からない。

 ただ彼女の最期となる寸前、二人の名前を嘆くように呟いていた。

 一人は自らの父であるキーツボルト国王。

 そして、もう一人は――。


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