ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第九話 アリアと王女の重なる過去

 外から見た王城は圧巻の一言だった。

 景観をしっかりと意識した造りを見せながらも、大砲や投石器の基本的な設備は常備の上、高度な魔法を行使するための魔法台も設置され、二階のバルコニーには弓兵などの遠距離隊が壁の隙間から狙い撃つアロースリットも等間隔に施されていた。

 城門や外周も敵の侵入を決して許さぬよう多くの兵士が巡回しており、万全の態勢を常に取っている軍帝国として世界に名を馳せているだけの事はある。

 しかしいつまでも見とれている訳にもいかなかった。アリアはここに来た目的を思い出すと早速城門の兵士に冒険許可証を見せ、要件を伝える。

 

 兵士「おお、ルイ様の付き添いを希望される冒険者か。ここ最近めっきり訪れる者もいなくなっていたから王様も喜ばれるであろう」

 

 謁見を許可された二人は城内に入り鮮やかに彩られた内装にしばし目を奪われながらも、正面の階段を登るとすぐに謁見の間が見えた。

 

 扉を守る両脇の兵士に「そそうのないように」と諌められながら、身の丈の何倍もある大きな扉の前に立つ。

 ごくりと唾を飲み込んだアリアは、扉に手をかけ覚悟を決めるとシオンに「入るよ」と促す。

 

 アリア「……失礼します!」

 

 広大な謁見の間の奥には果たして二つの玉座があった。

 そして向かって右隣の玉座に腰を掛け、厳格にこちらを見つめる初老の男性。

 あの男性がこの国を治めるキーツボルト国王なのだと確信する二人の目に、間違いはなかった。

 

 

 国王「ほう、格好を見るにまだ若い冒険者だと見た。して謁見を希望かな?」

 シオン「はい。単刀直入に申し上げます。王様が依頼された『王女様のお供の件』で伺いにやって参りました」

 国王「ほうほう、我が娘の件でか。……なんだとッ!?」

 

 その時の王の反応たるや、正に椅子にバネが仕掛けられたと思わんばかりの飛び跳ねっぷりだった。

 隣にいた同じくらいの年相応の大臣らしき人がなだめるが、興奮はなかなかに収まらないようだ。

 

 国王「いかん、こうしてはおれん。――ステラ、ステラはいるか!」

 

 世話しない様子で国王が呼んだのはどうやら妻のようだった。

 すると間もなくして扉から現れたのは妻ではなく、メイド服に身を包んだ女性だった。

 メイド「ステラ様は自室にて公務をなさっている模様です。ルイ様も同じく自室にて勉学をなさっているご様子かと」

 国王「ううむ、二人ともこんな時に揃いも揃って……。だが仕方あるまい、ワシやステラが行ってもルイは跳ね除けるであろう。そなた達は我が依頼の内容は粗方分かっているのだったな? ――ならばだ」

 

 理由を聞く間もなく、二人は国王から唐突な提案を告げられてしまった。

 そしてその末に二人が向かった先はというと――。

 

 

 

 シオン「なんで僕達がいきなり王女様のお迎えなんかしなくちゃ……」

 アリア「まあまあシオン。王女様と直接話せるんだからこれはこれで、ね?」

 

 仕方ないけどもと顔に描いた不満をもはや隠す事もなく、アリアはメイドから案内された部屋の入口の前に立つと、ドアを優しくも確実にノックする。

 するとしばし間を置いた後、甲高い少女らしき声で「……誰?」とドア越しに聞こえて来た。

 アリア「突然の無礼を失礼します。私達は国王様のご依頼により参りましたアリアと申します。王女ルイ様でしょうか?」

 

 隣にいたシオンはアリアがこんなにも丁寧にしゃべるのが意外だったのか、少し驚いた表情を見せる。

 奥からの反応はなく、静寂はしばし続いた。

 やがて歩み寄る気配をアリアが感じ取ると、ドアが遠慮がちに半分だけ開く。

 シオンはドアの向こう側から現れた相手を見て、すぐにある点に気づいた。

 

 シオン「それは『賢者』として認められしものだけが着れるとされる『悟りの衣』では……? ではやはり貴方様がグランダリオンでも功名高く、未来の大賢者とまで称されたルイ様ですね?」

 ルイ「……ええ。確かに、そうですわ」

 アリア「うそっ!? このちっちゃな女の子がホントに賢者なの?」

 シオン「アリア……地が出るの早いよ」

 

 ――そうだったのだ。正しくアリアの言った通り、彼女はまだ『小さな女の子』なのだ。

 薄桃色の髪をツインテール状に束ねて腰下まで伸ばし、さらけ出していた二の腕からは真珠のような瑞々しい素肌を輝かせ、真ん中から左右に分けた前髪から見開かれる漆黒の大きな瞳は幼さを存分に残す。全体的に発達しきっていない小ぶりな容姿からは賢者と呼ぶにはいささか早く、自分達よりも更に低い年齢なのではと二人は伺ってしまう。

 

 シオン「国王からは話は粗方存じ上げております。洗礼の儀に向かうべく僕達はやって参りました。ご同行できますでしょうか?」

 

 二人とも酒場のマスターから王女の事情を既に周知済み。もちろんすんなり受けてくれるとは思っていなかっただろう。

 しかし相手は、まだアリア達と同じくらいの年頃。

 ならば同じ年齢同士でいくらか話し合う余地ならばある筈だと、この瞬間までは二人とも高を括っていたのかも知れない。

 

 ルイ「……イヤですの。帰ってくださいませ」

 

 しかし、現実は儚い。

 彼女が示した態度は、断固とした拒絶だった。

 更に冷たくあしらうように、二人に背を向けてしまう。

 

 ルイ「……私は戦うのが大嫌いなんですの。小さな時からそうやって未来の大賢者だの、我が国の安寧を保つだのって、この国の為だけにずっと縛られて、自分の好きな事は何一つさせて貰えない。それだけならいざ知らず、自分の意志で満足に外にすら出られない。友達だって一人もいない。魔法だってたまたま私が興味を持ったから呪文を覚えられて、その結果賢者になれただけ。なのに戦い以外に関わる事をしようとすれば『いつまで王家の使命から逃げて我儘ばかり通すつもりか』って、お父様はそればかり。お母様もお仕事に追われて私の言葉にもロクに耳を貸してくれない。……もううんざりですわ」

 アリア「……そうやって、今までの冒険者も全部断ってきたの?」

 

 ルイはアリアの問いかけの真意が分からず、思わず頭だけ振り返ってしまう。

 だがそれも束の間、すぐに頭を逸らす。

 

 ルイ「……いいえ、全部ではありません。正直洗礼の儀は早く済ませたかったから、強い冒険者達とならば一緒について行こうとむしろ喜んで手を上げました。けれどお父様は許可しません。かといって、生きて帰れるかも分からないどこぞの知れぬ冒険者達などとは一緒に行きたくありませんでしたから、お父様がなんと言おうとほとんど門前払いしてきましたわ」

 アリア「……だったらどうして、私達には門前払いしなかったの?」

 

 それはアリアならではの実直な気持ちだった。

 決して悪戯心や野次馬根性で聞いているのではない。

 単純に自分よりも幼い筈のこの子が、どうしてここまで追い詰められているのかと、アリアは思わずにはいられなかったのだ。

 

 ルイ「貴方達が一番、私と同じくらいのご年齢だったからかも知れませんわ。……さあ、これでもう話す事はありませんわね、早く――」

 

 もう用はないと、ルイが二人を追い返そうとして再び向き直った時だった。

 

 ルイ「なんですの、その手は……」

 

 アリアは握手しようと、ルイに向けて差し出していたのだ。しかも律儀に戦闘用のグローブまで外して。

 

 アリア「――さっき言ってたよね。友達が一人もいないって。だったら、私が『友達』になるよ。……ううん、なりたいかな!」

 シオン「な、え、アリアっ!?」

 

 それはシオンですら驚いてしまう程だった。

 孤独なる王女に対して、アリアが提示したもの。

 ――それは手の平と一緒に差し出した『一片の友情』だった。

 

 ルイ「……おっしゃってる意味がよく分かりませんわ。私達は今会ったばかりの、ただのアカの他人なのですわよ?」

 アリア「誰だって最初はみんなアカの他人だよ。でもそこから何かが始まるんだったら、私が『王女様の最初』になってあげたいなって」

 ルイ「だからどうしてわざわざアナタが、今出会ったばかりの私の為にそこまで致しますの!? 何か特別な借りがある訳でもありませんのに、アナタでなければいけない理由はなんなのですかッ!?」

 

 気付けば肩から怒ってしまう程に、感情が高ぶってしまっていたルイだった。

 別にルイの怒りが異常なのではない。

 出会ったばかりという心境を考えれば、ルイから湧き上がる感情は至極当たり前に過ぎない。

 それは長年アリアに寄り添っていたシオンもまた同じ気持ちであった。

 だからこそ、分からない。ルイには読めない。目の前の気高き少女の『真意』が。

 

 アリア「それは、私も『独り』だからなんだと思う」

 ルイ「……ますます意味が分かりませんわ。独りも何も、アナタのすぐ隣に相方がいるではありませんの。バカにするためだけにそんな事言いましたの?」

 アリア「ううん、違うのっ! ……私って自分の事が良く分からなくて、今でも不安になる時があるし、気付けばこんな事をしてたって感じで……」

 

 俯きながら自嘲気味に呟くアリアに誰も返事をしなかった。

 いや、返事をしなかったのではない。

 二人は待っているのだ。彼女の言葉の続きを。

 

 アリア「ごめんなさい、正直なんて言ったらいいか分からない。……ただ、偶然育った場所に偶然優しいみんながいた。その中でシオンととても仲良くなれた。……でもそれとは別に、私が知ってるのはルイ王女みたいに周りの人や本から得たダーマ学園の知識だけで、肝心の『自分の内側』はさっぱり分からない。私がどこで産まれて、何者なのかは、誰も知らない。そう考えたらとても怖くて、自分って改めて『独り』なんだなって思うのかな……」

 ルイ「どういう事ですの……? 何故貴方の産まれを知る人が誰もいませんの? ご両親がいるのでしょう?」

 アリア「私、小さな頃の記憶がなくってね。その所為でお母さんの顔はうっすらとしか覚えてないし、自分の産まれた場所なんて当然知らなくて、気付いたらリーフィの村って場所にいたの。けど連れて来た肝心のお母さんは村に着いたらすぐ死んじゃったし、お父さんに関しては誰も見た人もいない。だから、村の人達やシオンと出会えたのは本当に偶然だったの。じゃなかったら私もきっと……ううん絶対一人ぼっちだったと思う」

 

 アリアは本来、天涯孤独の身で目の前の少女と似た運命を辿るはずだった。

 だけども今はこうして救われ、親友と出逢い、自分を求める旅に出ている。

 いや、本人にしてみたら『出る事ができている』と思っているのだろう。だからこそ、アリアは目の前の少女に自らの過去と投影させてしまった。故にルイに懇願する。

 

 アリア「……ねえ、一緒に行ってみない? ダメだと思ったら、すぐに引き返せばいいんだから!」

 

 あくまで必死だった。彼女の純粋な眼差しは、ルイの瞳から一瞬たりとも逸れる事なく、輝き続けた。

 そんな彼女の熱意がようやく伝わったのか、凍てついた氷が太陽の光を浴びて次第に溶けていくように、ルイの表情にもようやく変化が表れた。

 

 ルイ「……私なんか知識だけの頭でっかちで、呪文を扱うだけの魔法力なんてまともにありませんのよ……? そんな足手まといでもいいと、アリアさんは本気で仰りますの?」

 

 弱々しくどこか涙声混じりのルイにも、アリアは強気に応えた。

 

 アリア「アリアでいいよ。ルイは賢者になれるくらいすごく頭がいいんでしょ? だったら、弱くなんかないよ。何より私が貴方の前を絶対に護る。――だから平気っ!」

 

 誰が何を言おうとも、アリアは太陽のような微笑みを崩す事は最早なかった。

 

 ルイ「分かりましたわ……ついて行くだけですわよ」

 

 小声ながらも二人はようやく手を取り合いアリアは嬉しそうに、ルイは恥ずかしそうに頬を赤らめながら視線を逸らす。

 それは、ルイの長年の閉ざされた心がようやく開き始めた瞬間だった。

 

 ――ルイが仲間に加わった!――

 

 謁見の間にルイを連れて戻って来たアリア達は、国王にこれから三人で王家の洞窟に向かうと告げた途端、なんと人目もはばからずに大泣きしてしまった。隣で聞いていた大臣も余程嬉しかったのか目尻に涙が浮かんでいる。

 

 ルイ「……一国の長ともあろうものがやめてくださいませ。威厳も何もあったものではありませんわよ」

 国王「よい、よいのだぁ……! ようやく娘の門出を祝う事ができると思うと涙が止まらぬわああー!」

 

 アリアもシオンもこればかりは困り果てるしかなかった。

 本当にこの場所は、仮にも一国の未来を担う場所なのかと。

 

 アリア「えっと、とりあえずここを出ようかな……」

 シオン「それがいいね……」

 

 グランダリオン王国の未来。

 いや王女ルイ自身の未来を決める『洗礼の儀』が、アリア達の手によって始まろうとしていた。

 


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