ドラゴンクエストアリア ―忘却の聖少女―   作:朝名霧

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第八話 ルイーダの酒場

 アリアとシオンはダーマ神殿とグランダリオン帝国を結んだ地点に流れる川の上に架けられた橋を越えようと、橋の関所に滞在する衛兵にダーマの紋章と冒険許可証を見せると、無事にグランダリオン入りを果たせた。

 民家の屋根よりも高い外壁は、侵入者を防ぐ為に城下町をぐるっと取り囲むように建てられ、ネズミ一匹ですら容易に立ち入らせない高密度の頑丈な造りとなっている。

 入り口から王城までの道は大きな凱旋通りにもなっており、パレードや祭事の際にも民が気軽に参観できる仕組みなのだろう。

 通りには大人子供様々な街行く人や商人が「安いよお買い得だよ」などの謳い文句を声高々に上げ、活気に満ちた街全体をアリアはただ呆気に取られて見てるばかりだった。

 

 シオン「僕は二、三度来たことがあったから少しは慣れたけど、アリアは小さい頃にダーマに向かう途中に外から見ただけだったもんね」

 アリア「すごいねー。やっぱり大きい街に来るとなんか冒険の後のオアシスを見つけたって気分になるね!」

 シオン「いやまだ全然冒険してないでしょ……」

 

 はしゃぐアリアを他所にシオンは『ルイーダの酒場』を目指し歩き出す。

 街の入り口近辺に案内図があったのでそれを目印に目指すと、程なくして酒の看板が架けられた建物を見つける。

 流れるように中へと入ろうとするシオンだったが、ふと足音が連なって聞こえて来ないのを感じてか振り返る。

 

 シオン「アリア立ち止まってどうしたの? 中に入らないと」

 アリア「い、いやー。この中に沢山の旅慣れた冒険者がいるんだなーと思うと、妙に緊張が……」

 

 相変わらずアリアの物怖じするタイミングが読めないシオンだったが、こんな所で黙っていても仕方がないと思ったのか、手を引っ張りながら強引に酒場へと入る。

 入った瞬間、全員の視線がこちらへ向いた。

 戦士。武闘家。僧侶。魔法使い。盗賊などなどと、より取り見取りのメンツが集まっておりベテランから新米漂わせる旅人と、正に十人十色だ。

 冒険者たちの憩いの場とはよくいったものだった。

 煙草の煙で充満された部屋には、大型の卓上で木製のジョッキに溢れんばかりにたっぷりと酒を注ぎ、顔を火照らせガハガハと下品に笑いながらすっかり出来上がっている中年男性。トランプを用いた賭け事で盛り上がるテーブル席一同。カウンター席でそれらをうるさそうに睨み付ける、女盗賊。

 その中で不運にも、タチが悪そうな酒をグビグビとあおる中年男性とアリアは目が合ってしまった。

 不味いとアリアは直感したが、やはり遅かった。

 

 中年男性「おおーう? マスター、ひよっ子冒険者ちゃんのお出ましだぜーい! ホラホラ初心者にはやさしーくしねーとよぉ、ガハハハハッ!」

 アリア「い、いえいえお構いなくです……」

 シオン「ああいうのは無視だよ。さっさとマスターの所へ向かおう」

 

 明らかに全員が場慣れしているのに、自分だけがあの男の言う通り初心者丸出しなのがアリアにとって苦痛だったに違いない。だが、今の二人に必要なのは旅の仲間だ。

 酔っぱらいの相手などしている暇などないと言わんばかりに、シオンはカウンターにまで素早く歩み寄る。

 

 シオン「すみません、僕達まだ旅もして間もないんですが誰か一緒に同行してくれそうな仲間はいますか?」

 マスター「おお、こりゃまた随分若い冒険者だなー。冒険許可証はあるかい?」

 

 二人とも懐から取り出し酒場のマスターへ渡すと、感心したように「確かに間違いない」と相槌を打った。

 これでなんとか旅の仲間はなんとかなりそうだと、安心しかけた二人だった。

 ――だが、現実は中々に非情である。

 なんと、丁度昨日でほぼ粗方のパーティが結成されたばかりで新規で募集しているパーティが無いのだとマスターは言う。

 待てるのなら二人の名を登録するとマスターは言ったが、他の冒険者が名乗りを上げるのはいつになるかは全く分からないのはいくら旅慣れていない二人とはいえ、予測ぐらいはできただろう。

 

 マスター「それにその、言いづらいんだが……。二人ともまだ見た感じ未成年だろう? だからそれなりに経験のある冒険者からは、まず敬遠されると思った方がいい」

 アリア「そんなっ! 私達だってそれなりに魔物との戦いは経験あるんですよ!」

 

 前のめりになって反論しようとしたアリアだが、それを制したのはシオンだった。

 我に返ったアリアがふと周りを見渡すと、くすくすと明らかに嘲笑を含んだ『笑い』があちこちから漏れていたのに気付く。

 

 アリア「ご、ごめん……」

 

 場所を弁えず冷静になれなかったアリア。

 戦闘経験は積んでいたと少なからず自負していた。

 しかしそれは所詮、自分が井の中の蛙である事をを露呈させただけに過ぎない。

 アリアは自分の意志で外に出て、初めて冒険者という立場になる事でようやく、本当の意味でのひよっ子に過ぎないと痛感したのだった。

 彼女が今までに無い屈辱と無力感に苛まれたのは初めてだったのか、心あらずとも握りしめた拳がわなわなと震える。

 

 シオン「……アリア。周りの雰囲気に流されちゃダメだよ」

 アリア「分かってる。……分かってるよ」

 

 もちろん彼女とて頭では分かっていた。

 しかし早くも出鼻をくじかれ、このまま何も得られないまま時だけが過ぎていくのかと思うとアリアはいても立ってもいられなかった。

 アリアは酒場のマスターに先ほどと変わらぬ勢いで再び詰め寄った。何でもいい、何か自分達に協力してくれそうな依頼はないかと。

 これに対し、マスターはどうしたものかと唸らせていた時だった。頭に灯りがぱっと灯ったように手を叩き、何かを思い出したのだ。

 

 マスター「もう依頼が来てから既に丸一年は経過してるから、実はとうの昔に忘れていたんだがね……」

 

 カウンターの奥に置かれている年季の入った古めかしい戸棚をあさり、取り出したのは分厚くなった書類の束だった。それをパラパラとめくり、一枚の書類を二人に見せたものは『依頼状』だったのだ。

 内容を見ると、見た目はごく普通の『冒険者募集』と書かれた一般的な依頼状だった。

 対象となる冒険者も、本人の経験向上の為腕が立ちすぎずも、ある程度経験のある冒険者を極力求むとなっており中々うってつけではないかとアリアは喜んだ。

 

 アリア「なになに、『洗礼の儀として王家の洞窟に潜むゴーレムを倒しゴーレムの欠片を持ち帰る事』だって。目的は割と普通の洞窟探索って感じなのかな?」

 

 普通通りの反応をしたアリアとは対照的に、書いてある内容に目を丸くしてしまったのはシオンだった。

 

 シオン「いや……待ってくださいよ。依頼主が『キーツボルト国王』って。まさかこれは現国王から直々の依頼なんですか!?」

 

 酒場のマスターはこくりと頷いた。アリアも当然、名だたる依頼主の名前に素っ頓狂な声を張り上げてしまう。

 

 マスター「現国王の娘、すなわち『王女ルイ』様だね。その方が去年に13歳を迎えて初等教育期を終えた為に、洗礼の儀とやらを行わなければならんのだとよ。最初の頃はもちろんひっきりなしに『王女様となら是非』って色んな連中が名乗り出たもんさ。……だけどもみんな門前払い。なんでも、王様は『強すぎる冒険者はダメ』。逆に王女様は『弱すぎる冒険者はダメ』。て感じで言い分が全く逆らしいんだ。お陰で呆れ返って帰って来る冒険者ばかりで、終いにはその噂が街中に広まって今じゃ誰も依頼を受けなくなっちまった。つい最近、どっかの名うての貴族が久方ぶりに王様とルイ様の下に足を運んだらしいけども、結果は全く分からん」

 

 話が終わってみればなんとも神妙だった。

 要は親子のすれ違いによってもつれた結果なのだが、そこまでしてお互い譲れない一心で長い間『洗礼の儀』とやらがつまづいてしまうモノなのか、現時点の二人では詮索する事もできずロクな答えは出てこなかった。

 

 アリア「でもこれってさ、ひょっとしてチャンスなんじゃない?」

 シオン「チャンスって……まさかアリア、王女様の下へ行く気なの?」

 

 本気かと言いたげなシオンの視線にアリアは強気に頷いた。

 確かに裏を返せば、誰も名乗らない以上自分達が王女と行動を共にできる絶好の機会ではある。

 ――だがうまい話にはすべからく『理由』がある。

 シオンが警戒しているのはその部分にあった。

 

 マスター「例の貴族さん方ですら話が通らなかったんなら、お嬢ちゃん達がもしかしたら最後の引受人になるかも知れねえが……。まあ、謁見するだけならタダだしな」

 

 例え王であろうと子供であろうと、依頼を引き受けた上で何が起こるか、そこからは自己責任となる。

 それが自由と引き換えに背負わされた、冒険者の業だ。

 得をするか損をするか。下手をすれば生死の瀬戸際にまで追い込まれる。

 

 中年男性「おいおい。今や名だけの賢者と言われた王女様の下に、お嬢ちゃん達本気でいくつもりかあ? どうせ突き返されるのがオチだぜぇー、ガハハッ!」

 

 相変わらず茶化しにかかる酒喰らいの男性の言葉が耳障りで仕方なかったが、シオンには一つ気がかりな発言があった。

 

 シオン「名だけの賢者……?」

 アリア「いいじゃんこの際なんでも。このまま黙って何もしないでいるよりは絶対マシだよ!」

 

 考えを変える気はもはや無いようだった。シオンもこうなっては腹をくくるしかないと、了承した。

 不可能を可能にしてくれる。自分の信念は意地でも曲げない。

 例えそれが国王という雲の上のような存在でも、揺らぎはしないだろう。

 そんな神秘の力と人間らしさを秘めた少女にシオンは助けられ、何度も絶望の淵から生き延びて来たのだ。

 

 シオン「でもそれは……アリアだからこそ、なのかな?」

 アリア「……え、私?」

 マスター「それなら王城に行くといいさ。入り口の兵士に冒険許可証を見せりゃすぐに通してくれるだろう」

 アリア「分かりました! 行こうシオン!」

 

 例えほんの少しの希望でも、アリアは強気な瞳を宿して歩を進める。

 ならばと、シオンはその背中をただ守る。

 それは今までも、これからもだった。

 


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