「ーーっ目が覚めたのねレム!」
目を覚ますと、まず映ったのは見慣れたロズワール邸の屋根だった。しかし瞬きをした次の瞬間には、既に視界は淡いピンク色で染まっていた。
何のことはない、姉様が私の胸に覆いかぶさってきたのだ。
一つ気にすることがあるとすれば、その艶やかな髪の毛が、小鼻を刺激して少々くすぐったいところか。
私は諭すように言葉を告げた。
「姉様、くすぐったいです。レムはもう大丈夫ですから」
心配を掛けてしまった。
屋敷を飛び出したあの時は、頭の中がいっぱいいっぱいで、姉様に事情を話すことが出来なかったから。
姉様のことを私が大切に想っているように、姉様もまた、私を大切に想っている。それぐらいの事は分かっていた。
だから私は、いまだ私の上で動かない姉様の頭を撫でた。
こうしていると一体どっちが姉なのか分からねぇな。スバルくんの声が聞こえた気がした。
スバルくん……
暫くそのまま時間が過ぎ、恐る恐るといった様子で、姉様がようやく顔を上げる。
「……本当に、もう痛いところとかはないの?」
「ふふ。大丈夫ですって」
やっぱり姉様は優しいな。
彼女は周りから見れば少々無愛想というか、強情なように見えるかもしれない。だけど私は知っている。本当は彼女が誰よりも周りを見ていて、誰よりも温かい心を持っていることを。
才能だけじゃない、中身も最高な、レムの自慢のお姉ちゃんです。
だから昔から姉様は、レムの目標であり“全て”だった。
そう。
ーー
「……ところで姉様」
「ーーん ? どうかしたのレム?」
それを考えただけでまた、顔が熱くなった。
自分の安否がどうとか、今のこの状況説明とか、そういう事より優先して、 “彼” を求めてしまう自分が、少しだけ恥ずかしい。
それでも、我慢出来なかった。レムは、レムは早く“あの人”に会いたいです。
ーー彼、あの人。
「その……スバルくんは?」
「ーーーーっえ!?」
「…………へ?」
思わず聞き返してしまった。
しかしそれもそうだ、姉様は一体何を驚いているのだろう? 恥ずかしいですが、私がスバルくんの事を思っているのを、姉様なら知っているはず。いや、寧ろ知らない訳がなかった。なにせ私はスバルくんがエミリア様にアピールしているのと同じくらい……いやそれ以上に、想いを行動に乗せてきた。
それをずっと一緒に過ごしてきた姉様が、分からないはずがない。
だとしたらそう、聞き逃し、或いは聞き間違えたんだ。姉様程の完璧な人でも、そういう事があったっておかしくはない。
私はもう一度、今度は少し言い方を変えて問いかけた。
「すみません姉様。スバルくんはどうしてますか?」
「…………」
しかし、姉様は答えなかった。というより、先程から私の質問に対して、眉根がピクリと少し動いただけの反応しかなかった。
こんな事は初めてだ。
なぜ? どうして?
その時、一つの可能性が頭を
ーーあ、もしかしてスバルくんはこの部屋のどこかに隠れていたりして……
あの人なら、やりそうではあった。例えばそれはそう、勝手をしたレムに対しての、ちょっとしたお仕置きであったり。もしくは試練を見事突破したレムへの、サプライズであったり。
ドキドキしながら妄想を働かせる私に、しかし姉様はこう告げた。
「バルスは、“居ない”わ」
「え……そうなんですか、残念です。スバルくんには今すぐレムに然るべき報酬を与えさせたかったのですが。……何か食材の買い出しにでも行っているのですか?」
と、見せかけて隠れているパターンも見過ごせませんね。
私は口元のニヤつきをどうにか抑えながら、それとなく周囲を観察する。
天井、これは流石にない。机の下、居ない。
というかここから見える位置にいるとは考えにくい。
ベタに行けばクローゼットの中か、もしくは今レムが寝ているベッドの下か。
本当に買い出しに行っている可能性も否めないが、多分スバルくんは私が目覚めるまでは側に居たがるはず。
しかしこれは困った。
スバルくんが急に登場したとして、あくまで見つけた時に驚いてあげなければならない。
もし急に出て来ても私がケロッとしていたら、スバルくんは悔しがるでしょう。
気付いてしまったが故に、生じてしまった。
ーーふふっ、全くスバルくんはしょうがないですね。でも安心してください、レムは空気の読める女の子なんですよ?
さあ、何処から来るのでしょうか? 右? 左? 下? それともまさかの窓から……
「急に屋敷を飛び出してあんなところに行くからどうしたのかと思っていたのだけれど。そんなに自分を責めていたのねレム」
「ーーーーぇ?」
姉様の言っている事の意味が分からなかった。話の辻褄が全くあっていない、というか何の脈略も無い話をいきなりされた?
だけど、姉様が混乱しているようには思えない。その顔は至って普通、いえ、それどころか私に対する哀愁さえ感じさせた。
でも私は姉様に“スバルくんのこと”を聞いた。対して、姉様が返してきたのは、“私のこと”
いえ、やはりその言葉よりも気になるのは
ーーどうして? どうして姉様はそんなに優しい目でレムを見ているの?
「……姉様?」
「レムの為を思ってハッキリと言うわ。バルスは居ないわ」
「いえ、それは先程聞きました。結局スバルくんはどこにいるのですか?」
「……よく聞いてレム。バルスは居ないの」
姉様は本当に何を言っているのだろう。姉妹間でこんなに意思疎通に難が生じたのは初めてだ。
言葉遊びか何かだろうか? なぞなぞの類いか何かだろうか? しかしいくらそれを考えようとも、何も掴めないし、何も分からない。
いじわるしないで。もっと簡単に話してよ、お姉ちゃん。私、早くスバルくんに会いたいよ。
「姉様何を言っ……
『バルスは!!』
突然の姉様の大声に、私の言葉は遮られた。
ーーどうしちゃったの、お姉ちゃん?
「ーーバルスは居ないの」
「だからどこにっ!? 」
ついには私の声まで大きくなって、それを受けた姉様は再びあの“優しい目”を私に向けて言った。
「バルスは
ーーお姉ちゃん?
「
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや、。ぇっ?」
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座ったままどれくらい時間が経っただろうか、スバルは自身の顎に手を触れ、髭の伸び具合を確かめる。
「2時間弱ってところか」
聖域に着いたのが日を跨いだ今朝5時ごろだから、7時くらいか。
ガーフィールは疲れたのだろう、いびきまでかいて眠っている、やはりこう見えて彼もまだ子供なのだ。
スバルが恒例のラジオ体操でもしようかなと、身体を起こした時だった。
「君はいつもトラブルの渦中にいるね」
「ーーへ?」
急に話しかけられて振り向くと、そこには『最優の騎士』……もとい爽やかイケメンキザ野郎のユリウスが居た。
「どうしてお前がこんなところにいるんだよキザ野郎」
「それはこちらのセリフだよスバル。後その呼び方は止めてくれ」
ユリウスが右手を横に広げる。すると彼の服の下から数匹の微精霊が飛び出した。
スバルとオットーが疑問符を浮かべていると、ユリウスが「ああすまないね」と断った後、
「微精霊達が急におかしな反応を見せてね」
その言葉に反応したのは、スバルよりも幾分か微精霊に詳しいオットーだった。
「おかしな反応……ですか?」
「ああ。妙にざわついているんだ。こんなことは今までなかった。何か嫌な感じがしてね、その反応を辿った先がここというわけさ」
微精霊がざわついている? ユリウスから飛び出した微精霊はスバル達には普段通りにしか見えない。
一体どういう事だろうか。
訳が分からないでいると、その微精霊のうちの一匹がフラフラと近づいてきたかと思うと、急にスバルの頭上でピタリと止まった。
「なんか、蛍がとんでるみたいでちょっとかわいいよな」
「蛍、というのはちょっと分かりませんが、確かに微精霊は可愛いですね」
「ペットにして飼ってもいいな。淡水魚飼育して部屋に飾ってさ、インテリア的な扱いで見て愛でるみたいな。……おいオットー、ちょっと微精霊売ってくれ」
「ちょっと何意味のわからないこと言ってるんですかナツキさん! 精霊は飼育するものじゃなくて契約を結んで協力し合う、いわばパートナーみたいなものですよ!」
ーーなんか普通に売ってたりしそうなイメージなんだけどなぁ。
まあスバルとて、微精霊などと一緒にされたら怒るかもしれないが、ベアトリスという立派な精霊と契約を結んでいるのだ。価値観は人それぞれだし、仕方ない。
「悪かった悪かった。冗談だって!」
「全く、ナツキさんはとんでも無い事ばかり考えてますよね」
オットーのジト目が頬に刺さるが、取り敢えずそれは無視しておこう……って、
「……一体これはどういう? 何故、スバルに……?」
ーーユリウス?
ふと、ユリウスが顔を険しいものに変えて、こちらを凝視していることに気付いたスバル。……もしかして今の俺達のやり取りで、気を悪くしてしまったのだろうか。
スバルもベアトリスをそんな風に言われたらと考えると、気分の良いものではない。
ーーこれは悪いこと言っちまったかな。
恐る恐るスバルはユリウスに尋ねた。
「どうしたんだユリウス?」
「……いや、なんでもない。急に悪かったよスバル。ところで僕の理由は以上だが、君達はいったいどうしてここに居るんだい?」
スバル達はユリウスに、ここに居る事情を話した。
「なるほど。そんなことがあったんだね。僕の用事も別に急ぎという訳ではないし……僕も君達と共にここで待つことにするよ」
「いや、帰れよ」と、言いたくなったスバルだが、ユリウスの協力は正直でかい。仮にレムに何かあった時、彼の技の多様さは役に立つ可能性が高いのだ。
ーーでもなんでいきなりユリウスが?
……もしかしてこいつ
「おいユリウス」
「ーーなんだい?」
「俺は女の子、もといエミリアたんが好きなんだお前の入る余地はねぇあきらめろ!」
スバルがシッシと手で払うジェスチャーをすると、ユリウスは一瞬目を点にした後、嘆息する。
「はあ、君の考えていることが全然理解できないよスバル……」
スバル達はユリウスを加え、再びレムを待つ。
しかし、いつまで経ってもレムは墓所から出てこなかった。レムなら絶対に試練を突破出来るという確信はあった。だがそれも次第に怪しくなっていき、一同の中に不安が生まれていった。
『ほら、放っておくとこうなっちゃうんだから。』
『私もだよスバル?』
前書きでも言いましたが更新遅れてすみません。
マジックの種明かしですが、もうすぐしたらそのマジックやっている話の後書きに書いておきます。