提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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夜の鎮守府

 

 時刻は二一〇〇を過ぎ、本格的な夜を迎えた。鎮守府は昼間の賑わいとは違い、穏やかな顔を見せている。

 

 夜間任務(見回り)へ向かう者たち、お風呂に向かう者たち、寮室で仲間たちと談笑する者たち、夜食を作る者たちと様々だ。

 

「さぁて、今回は何を読むかな〜」

「提督さん、これなんていいんじゃない?」

 

 そんな中、駆逐艦寮の談話室では提督と阿賀野が本を選んでいた。勿論矢矧も夫婦の監視役として同行。

 

 これは提督が週に一度、駆逐艦を対象に行っている本の読み聞かせである。

 駆逐艦を対象にしているが、他の艦種の者たちも聞きに来たりするので案外幅広く心待ちにされている行事。

 

 艦娘は日夜深海棲艦と戦っているが、陸に上がればみんなその見た目相応な思考も持つ。しかし艦娘は親を持たぬ故、家族の時間というものを知ってはいてもイマイチ実感はない。そこで親が我が子に絵本を読み聞かせるように、提督が艦娘たちの親となり本の読み聞かせをすることにしたのだ。

 

「司令官、今回は何読んでくれるの〜?」

 

 辛抱堪らずそう訊くのは夕雲型駆逐艦十九番艦『清霜』。

 大和や武蔵など戦艦の艦娘に憧れ、当初の将来の夢は戦艦になることだったが、提督夫婦を見ているうちに素敵なお嫁さんになりたいという夢も描く純粋な子。

 

「そう急かすなって。ちゃんと面白いの選んでくれんだからよ〜♪」

「そうよ、清霜さん」

 

 そんな清霜を注意するのが同型駆逐艦十六番艦『朝霜』と十七番艦『早霜』。

 

 朝霜はいつも元気ハツラツで気の強い子。

 早霜の方は落ち着いていて気の優しい子。

 

「ん? 桃太郎……レジェンド?」

「普通のと何か違うのかな?」

 

 持ってきた本の中に『桃太郎レジェンド』というタイトルを見つけた夫婦。駆逐艦とはいえ絵本を読むほど子どもでもないので毎回読むのは普通の本にしているのだが、この本は今まで見たことがなかった。

 読み聞かせに使う本はいつも夫婦で本館の図書室から適当に選んでくるのだ。

 

「桃太郎か〜、前に読んでもらったけど、レジェンドってどんなのなんだろう?」

「楽しみ……」

「リベも聞いたことあるけど、レジェンドも聞いてみた〜い♪」

 

 夫婦が小首を傾げる中、わくわくしているのはドイツのZ1型駆逐艦『Z1(レーベレヒト・マース)』ことレーベとその妹『Z3(マックス・シュルツ)』、通称マックス。そしてイタリアのマエストラーレ級駆逐艦『リベッチオ』ことリベである。

 

 レーベは日本に来て二年ほど経つ海外艦。提督のことは父のように思っており、凄く懐いている。

 

 マックスはレーベより遅れてやってきた海外艦。落ち着いているが、見た目相応の反応もするギャップのある子。提督ことを私的にはパパと呼ぶ。

 

 リベは日本に来て半年ほどの海外艦だが、持ち前の明るさで多くの友人が出来ている。提督によく懐いていて、たまにホームシックになると提督夫婦と同じお布団で眠るそうな。

 

「私も聞いてみたいな〜」

「私も読んでもらいたいです♪」

「んじゃ、今回はそれに決定だね」

 

 一方こちらで話をするのは島風型駆逐艦『島風』と艦隊唯一のフランス水上機母艦『コマンダン・テスト』、そして潜水艦『伊八』ことはっちゃんだ。

 

 島風は速さを求める高速艦。しかし提督とゆっくりお散歩するのも大好きな子でスピード狂ではない。レーベ、マックス、リベと寮では同室。

 

 コマンダン・テスト(以降テスト)は物腰の柔らかい淑女。日本にやってきて数ヶ月、日本文化にまだまだ翻弄されている感はあるが、日々勉強をしている努力家。因みに今回は日本語の勉強の一環として参加したのだ。

 

 伊八はドイツかぶれのおませな潜水艦。読書が趣味でインドア派だが、一度出撃すれば魚雷で華麗に敵を屠る猛者。提督お手製のシュトーレンが大好物。

 

「んじゃ、これにするか。みんな集まれ〜」

 

 提督がみんなの意向を聞いて声をかけると、みんな『は〜い』と返事をして提督夫婦の側へ集まった。

 

「え〜っと、へぇ短編集的な感じなんだな。んで最初は〜……『桃太郎生まれず』か。んじゃ、読んでくぞ〜」

 

 こうして提督はとりあえず読んでいった。

 

 ーーーーーー

 

昔々、あるところにお爺さんとお婆さんがおった。

お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯をしに向かった。

お婆さんが川で洗濯をしていると、どんぶらこどんぶらこと大きな桃が流てきた。

お婆さんはその桃を「おんや、大きな桃じゃのぉ」と言いながら眺めていると、桃はお婆さんの前を悠然と通り過ぎていくのだった。

そしてこの日もお爺さんとお婆さんの平穏な一日が終わるのであった。めでたしめでたし……。

 

 ーーーーーー

 

「見てただけで桃太郎じゃなくね?」

「うん。ただ大きな桃を見てただけだね……」

「だから"生まれず"だったのね」

 

 提督の疑問に島風がそう返し、伊八も淡々と返す。他のみんなもキョトンとした顔を浮かべているが、提督はとりあえず次の章を読むことにした。

 

「んじゃ次な……昔々ーー」

 

 ーーーーーー

 

桃太郎が鬼ヶ島へ向かっていると、一匹の白い犬がやってきて、

 

『桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきび団子、お一つ私にくださいな』

 

桃太郎にそう訊ねる。しかし、

 

『ん? この犬はさっきからきゃんきゃんと……もしかして腹が減っているのだろうか?』

 

当の桃太郎の耳に犬の言葉が伝わるはずがなかった。

 

『すまないな、犬よ。あげたいのは山々だが、これは私の食料なのだ。それに犬が団子を食べては喉につかえてしまうかもしれぬ。だから他を当たるがよい』

 

そう言って桃太郎は犬の頭を優しく撫で、鬼ヶ島へ向かうのだった。

その後も猿や雉が声をかけるも、桃太郎は今日は動物がよく出てくるなぁ……と思うばかりだったそうな。

 

 ーーーーーー

 

「おい! お供たちガン無視かよ!」

 

 淡々と読んでいた提督がその章を読み終えた途端にツッコミを入れると、

 

「でも確かに動物の言葉とか普通は分からねぇよな〜」

「うん……どうして絵本だと喋れるんだろうね?」

 

 朝霜や清霜も桃太郎のミステリーに小首を傾げていた。

 

「それはそうじゃなきゃ話が進まないからよ」

 

 朝霜たちに早霜は身も蓋もないことを返したが、朝霜たちは『確かに』と納得してしまう。

 

「おいおい……次のもこんな調子か〜?」

 

 提督はそう言ってみんなへ読み聞かせる前に、次の章を確認した。すると提督は大声で笑った。

 みんなはそれが気になって提督に早く読んでとせがむと、提督は笑いを堪えつつ次の章を読み聞かせることに。

 

 ーーーーーー

 

桃太郎一行は鬼ヶ島が見える岸までやってきたが、小舟では渡らずにその場から少し隠れた所で野営準備を始めた。

桃太郎が野営準備を進める中、お供の()()()()()()()()()で周囲の警戒や偵察。他の()()()()()()()()()()()()は食料の調達へと向かった。

 

 ーーーーーー

 

「あぁ、もうダメだ〜! あっはっはっ!」

 

 笑いを必死に堪えて読んでいた提督だったが、もう我慢の限界で笑い転げてしまう。

 

「お供が強過ぎだろwwwwww しかもニホンオオカミの群れってwwwwww」

「一匹仲間にしたらファミリーも付いてきたって感じだなwwwwww」

 

 朝霜と提督が大草原を生やす側で清霜や島風も揃ってお腹を抱えている。

 

「桃太郎が生まれたのは室町時代ら辺だから、ニホンオオカミもワシミミズクもいるって解釈だね。ワシミミズクはちょっと怪しいかもだけど、アジア圏に分布してたしこの時代にはいたかもしれないね」

「でも正しい選択だね」

「そうね。でも北海道のヒグマとかオオワシとかの方が強くない?」

 

 マックスが疑問点を口にすると、側にいた早霜が口を開いた。

 

「多分本州にいる中で最強を選んだのかもしれないわ。この時の北海道はまだ日本では近隣の国だったから」

 

 早霜の説明にレーベとマックスは『なるほど〜』と声を揃える。みんなが笑う中でこのように伊八たちが冷静に分析するのがまた笑いを誘い、笑いの波がどんどん押し寄せていく。

 

「野営ってことは鬼ヶ島へ乗り込まずにやってきたところを叩くのよね? 随分頭脳派な桃太郎ね」

「そうだね。それに夜戦になってもオオカミとミミズクだからこっちが断然有利だもんね」

「クジラ辺りを仲間にしてれば岸に辿り着くことさえ出来ないかもしれませんね」

「日本にもクジラはくるもんね♪」

 

 一方、矢矧と阿賀野の隣でテストやリベがクジラを候補に挙げると、二人共『それよ!』と返して目を輝かせた。

 

「司令〜、早く続き読んでくれよw その続きめっちゃ気になるw」

「ちょ、ちょっと待ってくれ朝霜……まだ笑いの波が押し寄せて来てるんだ……くふふっ」

 

 一頻り笑った後、提督はその結末を読み聞かせるために続きを読み始めた。

 

 ーーーーーー

 

桃太郎一行が野営をし、夜が訪れると、鬼がやってきたことを知らせるニホンオオカミの遠吠えが辺りに響く。

桃太郎はツキノワグマとワシミミズクを引き連れ、最初に遠吠えが聞こえた高台へと向かった。

高台へ上がると、鬼ヶ島と本州の間を一艘の小舟が月明かりの中をゆっくり進んでくるのが見える。

 

『あれが鬼か……どうだ、お前たち?』

 

桃太郎が他の二匹へそう訊ねると、ツキノワグマは自慢の嗅覚を活かして鬼だと確認し、ワシミミズクも夜目でしっかりと確認した後、桃太郎へ頷きを返す。

すると桃太郎はワシミミズクに奇襲を仕掛けよと合図。

 

舟の上でワシミミズクからの攻撃に戸惑う鬼。辛くも海へ飛び込み、攻撃を回避しながら泳いで岸へ着くと、

 

『グルルル……!!』

 

ツキノワグマが鬼を睨みつけていた。

流石の鬼もこれには驚いたがしっかりとツキノワグマと目を合わせて対峙する。

しかし、

 

『オォ〜〜ン!』

 

遠吠えと共にオオカミの群れが鬼へ一斉攻撃を開始。

翻弄される鬼は必死に抵抗するも、圧倒的な数を前になすすべがない。

そこへ、

 

『覚悟〜!』

 

大将である桃太郎が渾身の力を込めた一振りを喰らわした。

鬼はこうして倒され、桃太郎とその一行は一躍有名となり、村の平和を守るのだった。

 

「お、終わったぞ……っ、ふ、腹筋が痛い……」

「司令、これ最高過ぎだろ……www」

「これは確かにレジェンドだね……あははは♪」

 

 ようやっと読み終え、腹を抱える提督、朝霜、清霜。他のみんなも鬼が可哀想……と思いながらも、この改編された桃太郎の話に笑った。

 

「ふぅ……んじゃ、今夜はこれくらいにするか。もう二二時を過ぎてるからな」

 

 提督がそう言って立ち上がると、みんなは「面白かった〜」「明日みんなに教えよ」「また日本文化を学べました」と笑顔を見せる。

 

 鎮守府の完全消灯時間は二三〇〇ではあるが、廊下を出ればセンサーが反応して廊下の電気が廊下をしっかり照らす。これによって暗い中でトイレに行くのが苦手な者は安心して行けるのだ。

 

 みんなして談話室を出ると、駆逐艦の者たちは提督たちに『おやすみなさ〜い』と言って各部屋と戻り、寮の玄関前では矢矧たちと挨拶して別れ、提督夫婦も本館にある自分たちの部屋へ向かった。

 

「今日の読み聞かせはなんつぅか、笑ったな」

「うん♪ でもみんなも楽しそうで、今回も良かった♪」

 

 阿賀野の言葉に提督は「だな」と返すと、自身の左隣を歩く阿賀野の手をそっと握る。阿賀野もそれに応えて握り返し、笑顔を向けると提督もニッと微笑む。

 

「今日もお疲れ様、慎太郎さん♡」

「おう、阿賀野もお疲れ♪」

 

 互いに互いを労うと夫婦は口づけを交わし、ゆっくりと仲良く部屋へと戻るのだったーー。




今回は桃太郎を改変したというネタを入れました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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