提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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一部、不快と思われる表現があります。ご注意ください。


ハプニングは突然に

 

 6月も中盤となり、蒸し暑さが本格化してくる。

 あの兵站物資奪還作戦も終わりを迎え、国防軍は更に警備を厚く、そして今一度国防軍全体で宣誓し、誰一人とて裏切ることはしないと固く国民へ誓った。

 軍を裏切ること……それ即ち入隊する時に宣誓したことに背き、国や国民を裏切ることと同意である。

 

 その宣誓にてより強く誓いを立てた国防軍はまた足並みを揃え、平和への道を歩み始めた。

 

「あ〜、今日も疲れた〜」

「そうだね……でも充実した疲れっていいよね」

 

 そんな今日の昼下がり、鎮守府は変わりなく艦娘たちが任務や訓練に励んだ。

 

 今日の対空訓練の指導役を務めた二航戦の蒼龍と飛龍は心地よい疲労感を感じながら、報告のため執務室へと向かっている。

 

「それより飛龍……」

「ん、何、蒼龍?」

「いつまで提督の写真眺めてる気なの?」

 

 蒼龍の言葉に飛龍は「へ?」とすっとぼけたような声を出した。

 飛龍はここに来る途中で青葉に会い、飛龍が先日現像を頼んでおいた『提督とのツーショット写真』を受け取り、それからというもの今蒼龍に言われるまで飛龍はその写真に釘付けだったのだ。

 

「ホント、飛龍は提督のことになるとそれにばっか集中するよね〜」

「ちゃ、ちゃんと会話は出来てたでしょ?」

「それは〜そうなんだけど〜」

「な……何よ、その言い方〜?」

「だって相方がず〜〜〜っと締まりない顔でいたらさ、『あ、私今喋らない方がいいんじゃね?』ってなるんだもん」

「なんで変なところで提督みたいな物言いをするのよ……」

「こうすれば飛龍も少しは私の話にちゃんと受け答えしてくれるかな〜って思って」

 

 蒼龍がそう言い、そっぽを向くと、飛龍は「あ〜もう、悪かったってば〜!」と謝った。

 

「まぁ、いいけどね〜。飛龍の提督LOVEは今に始まったことじゃないし」

「…………知ってるなら責めないでよぅ、蒼龍の意地悪」

 

 膨れっ面で恨めしそうに蒼龍を睨む飛龍だが、蒼龍はそんな飛龍の乙女っぽい一面をイジるのが好きなので逆効果である。

 よってその後も飛龍は蒼龍に色々とイジられ、赤面しながら執務室の道のりを進むのだった。

 

 ーーーーーー

 

「提督、飛龍です」

「蒼龍です」

「本日の対空訓練が終了したことを報告しに参りました」

 

 丁寧にノックし、名乗り、来た理由を述べる。

 

『あ、あ〜、ちょ、ちょっと待ってくれ〜!』

 

 しかし返ってきた提督の声は妙にたどたどしく、上ずっていた。

 すると飛龍はLOVE勢であるが故に提督が『刺客に襲われている』or『ガチ勢に迫られている』と考え、

 

「提督から離れなさい!」

 

 勢いよくドアを開け、提督を助けようと声を張り上げる。

 

 しかし、

 

「あ……」

 

「え……」

 

 提督は上半身裸の状態だった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 それは飛龍たちが執務室へ到着する前のこと。

 提督は相変わらず阿賀野、矢矧と共に作戦後の書類地獄に身を投じていた。

 

『くっそ……元はと言えば不届き者共の尻拭いを俺らがさせられるって納得いかねぇぜ……』

『はいはい、無駄口叩かずにキビキビサインする』

『うわーん、阿賀野〜! 疲れたよ〜!』

『ふふふ、お仕事が終わったらい〜っぱい癒やしてあげるから、頑張って提督さん♡』

 

 妻に助けを求め、その妻から愛苦しい笑みを送られた提督は『うん、頑張る……』とまたペンを走らせる。

 そしてその間、阿賀野は提督のために冷たい麦茶を淹れてあげたのだが、

 

『あ』

 

 不幸にもその麦茶は提督の口ではなく頭が飲み干すこととなった。

 阿賀野が五月雨張りのドジをやらかした結果である。因みにコップはプラスチックだったので割れて破片が飛び散ることはなかった。

 

『ごめんね、提督さん!』

『あ〜いいっていいって。寧ろ書類に掛からなくて良かった』

『ここでやらかすのが阿賀野姉ぇよね……はい、タオル』

『あんがと、やはぎん』

『うぅ〜、ごめんなさ〜い』

 

 しゅんと肩を落とし、謝る阿賀野。それでも提督は変わらず妻の頭を優しく撫で、『もういい』と笑顔を返す。

 

『じゃあ提督、上着と軍帽頂戴。シミになる前に妖精さんたちにクリーニングしてもらうから』

『おう、頼む』

 

 提督は矢矧にそう言い、上着と軍帽を脱ぐ。しかし被った量が量なのでワイシャツもその下のシャツにもバッチリ浸透していた。

 

『それも脱いで』

『いやん、やはぎんてば人夫(ひとおっと)に脱げだなんていやらしい!』

 

 スパン!ーー問答無用で提督はハリセンをテンプルに喰らう。

 

『んなこたぁ、どうでもいいのよ。さっさと脱げ!』

『はいぃ!』

『はぁ……じゃあ、私はこれをクリーニングに持っていくから、阿賀野姉ぇは部屋から着替えを持ってきてあげて』

『は〜い』

 

 矢矧は指示を出すと、提督の服にシミが残らないように足早に執務室をあとにした。

 

『えへへ、ちょっと大袈裟になっちゃったけど、これで少しだけ休憩出来るよ、慎太郎さん♡』

『…………阿賀野』

 

 阿賀野はテヘッと舌を見せて笑う。この騒動は阿賀野が意図的に起こしたものだったのだ。

 

『阿賀野、マジ天使……愛してる』

『にへぇ、私も慎太郎さんのこと愛してる〜♡』

 

 夫婦は抱き合い、口づけを交わすと、阿賀野は夫婦の部屋に着替えを取りに向かう。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そして今に至る。

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!」

 

 提督は叫んだ。まるで少女が本気で泣き叫ぶように。

 

「あ、あぁ、ご、ごめんなさい!」

 

 飛龍は土下座せんばかりに謝ると、ドアを閉めた。

 

「はぁ……ビックリした〜……」

 

 心底深いため息を吐く飛龍。しかし一方の蒼龍は笑いを堪えるため両袖で口元を押さえていたーー

 

(普通リアクション逆じゃないの〜!)

 

 ーーと。

 

 その時、飛龍はというと、

 

(あ、提督の上半身裸見ちゃった……お腹は柔らかそうだったけど、腕とかは程よく引き締まってて抱き心地良さそうーーって何考えてるの私はぁぁぁぁぁっ!)

 

 赤面し、目をグルグルと回らせ、物凄くアタフタしていた。

 それも蒼龍にとっては笑いの渦となって襲っているのは言うまでもない。

 

 あの日〜あの時〜あの場所で〜♪

 

(そうよ! まさにその通りよ! そうじゃなきゃ大好きな提督の上半身裸なんて見られなかったもん!♡)

 

 飛龍はどこからともなく聞こえた歌の歌詞に大きく頷く。

 

(ん? でもなんでそんなのが今聞こえ……)

 

 ……たんだろう?ーーと思った矢先のことだった。

 

「にひひ〜♪」

「にしし〜♪」

「んひひひ〜♪」

 

 目の前の光景に飛龍は絶句する。

 何故なら先程まで誰もいなかった目の前に青葉、由良、鹿島……その他にも大勢のガチ勢が集結していたから。

 つまり今の歌は彼女たちの仕業だった。

 

 それもそのはず……ガチ勢は阿賀野に負けず劣らず提督をこよなく愛する乙女たちだ。よって提督の悲鳴が聞こえれば彼女たちは必ずやそれを聞きつけ、提督の元へと馳せ参じる。

 しかしタイミングが悪かった。仮に今上半身裸の提督をガチ勢が目の当たりにすれば確実に提督が美味しく頂かれてしまう……飛龍はそれをほんの1、2秒の内に理解し、

 

「ご、ごめんね。さっき執務室に入ったらブラックダイヤモンドが出てきたから驚いちゃって……」

 

 飛龍はあくまでも先程の悲鳴は自分のせいだと言い張る。因みにブラックダイヤモンドとは暖かくなると出てくる黒光りしている不快害虫だ。

 艦娘の多くはそれを見ると悲鳴をあげたり、逃げ惑う者も少なくはない……なので飛龍はこの時期にはもってこいの絶妙な嘘をついたのだが、

 

「飛龍……」

「我々がお前と……」

「提督の声を聞き間違えるとでも?」

 

 ガチ勢には通用しなかった。

 陸奥、武蔵、加賀に詰め寄られ、飛龍は一気に嫌な汗を掻く。

 

「すんすん……提督さんがこの中にいるっぽい!♡」

「しかも今は一人みたいだね……ふふふ♡」

「て〜とく〜♡ ろーちゃんたちが助けにきました、ですって♡」

 

 夕立、時雨、呂の三人は早くも提督が中にいることを確信し、ドアをトントントントンとノックした。

 対して提督は『し、心配させてすまねぇ! でもなんでもねぇんだ!』と集まったみんなに言葉を返す。

 

 しかしそんなことでこのガチ勢たちが引くはずもなく、

 

「提督〜、何かあったのならこのイタリアを頼って〜♡」

「一人で悩んではダメよ、ハニー♡」

「先ずは私たちに顔を見せてくれないか?♡」

「そうよ、あなたが無事なのを確認させて♡」

「ワタシの胸にカモーン♡」

 

 イタリア、イントレピッド、アーク、リシュリュー、金剛が提督にそう呼びかけ、

 

「て〜とく〜、怖いならイクたちがついててあげるの〜!♡」

 

 イクはドアノブをガチャガチャと回した。

 きっとドアが提督の例の幼馴染みなら喜びで身をよじっているだろうが、ドアはいつ壊れるか分からない。

 

『だだだだだからららら! だいじょぶだって!』

 

 提督は必死にみんなへ伝える。

 そんな中、飛龍はドア頑張って!ーーとドアを応援し、蒼龍は腹を抱えて笑っていた。

 

「なんの騒ぎですか!?」

「皆さん、集まり過ぎなのです……」

「司令官さんは大丈夫って言ってますよ?」

「それに提督が怯えてしまっています」

「あとは私たちにお任せください」

 

 そこへ心強い助人、高雄、電、羽黒、榛名、筑摩がやってくる。高雄たちは提督の元へと走り出しそうなLOVE勢や忠犬勢を止めてからここにやってきた。因みにしたたかな羽黒たちはこうすることで自然に高雄たちと提督の側に行ける確率が高いと踏んでいたりする。

 

 元秘書艦で今でも提督からの信頼が厚い高雄と電の登場、そして提督に普段からガチ勢をたじろがせる程頼りにされる三人にこの場の空気は一気に凍りついた。

 

 中でも物分りのいいイタリア、金剛、呂の三名はその五名を見るや否やそっとこの場から離脱したのは言うまでもない。

 

『たたたたた高雄か!? みんなを戻らせてくれ! 俺は本当になんでもないんだ!』

 

 高雄の声に提督が反応すると、高雄はちょっと嬉しくなる。この中でも自分を一番に頼ってくれたから。

 ただ羽黒たちは一瞬だけ……そう、本当に一瞬だけ高雄だけが呼ばれたことに眉をひそめた。

 

「高雄……提督は大丈夫じゃないはずだ」

「だから私たちがここに来たのよ?」

 

 武蔵、陸奥と高雄に声をかける。

 

「皆さんの提督を思い遣る心は十分に理解します。ですが、提督が困っているのを見過ごす訳には参りません」

 

 高雄が堂々と戦艦二人相手に言い放ち、睨み合う。

 もうダメだぁ……お終いだぁ……と飛龍はどこかの惑星の王子並に嘆いていると、

 

「みんな集まってどうしたの?」

 

 阿賀野(救世主)がご帰還された。

 勿論阿賀野は提督がどんな状態か悟られないよう、手提げ袋に着替えを入れている。

 とうとう来てしまった絶対的奥様の降臨にガチ勢は(羽黒たちも)固まり、高雄と電は『やっときた』と頼もしい存在にホッとした。

 

「提督さん、阿賀野せいで腰痛めちゃってるの。だから悲鳴出したんだ〜。んで、湿布持ってきたとこなの」

 

 だから退いてくれない?ーーと艦隊No.1のオーラをまとわせた阿賀野が笑顔で()()()をすると、みんなは『こうなったら仕方ない』と潔く諦め、その場を去っていき、高雄たちも阿賀野に声をかけて戻っていく。

 それを見、飛龍はやっと胸を撫で下ろした。

 

「はぁ……良かった〜……」

「ごめんね、遅くなっちゃって……提督さんを守ってくれてありがとう♪」

「っ……うん、いいよ全然」

 

 阿賀野にお礼を言われた飛龍がそう返すと、阿賀野はニッコリと笑って執務室に入る。

 こうして提督は着替えを済ませ、やっと飛龍たちからの報告を受けるのだった。

 

 因みにその頃ーー

 

「……なんか騒がしいけど、何かあったのかしら?」

 

 矢矧は呑気に妖精たちと洗濯をしていたとさーー。




てことで、今回はこんなお話にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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