提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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懇親会

 

 5月ももう終わりが近づき、泊地に梅雨の季節が到来する。

 しかし今日は雨ではなく、晴天に恵まれた。

 春の気候は既に消え、泊地の気温も高くなっている。

 

 そんな日の昼下がり、艦娘たちが額の汗を拭き、休憩時間を取る中、執務室ではとある小さな集まりが催されようとしていた。

 

「準備はいいか?」

「YES! いつでもOKよ!」

 

 ーーーーーー

 

 ところ変わり、本館の廊下。

 そこでは暁型姉妹が二列になって執務室へ向かって歩いていた。

 

「司令官ったら、暁たちを呼んで何がしたいのかしら?」

「皆目検討はつかないね……朝に会って『一五〇〇になったら執務室に集合』とだけ告げられただけだから」

 

 小首を傾げる暁にその後ろを歩く響は肩をくすめる。

 暁たちは今日静養日であったのだが、提督に呼ばれたのでこうして向かっているのだ。

 

「何か新しい任務なのでしょうか?」

「それだったら嬉しいわね〜♪ もしそうなら頑張っちゃうわ!」

 

 響の隣を歩く電がそう言うと、その前を歩く雷は大いに張り切ってみせる。

 

「任務か……どんな任務なのかしら? 遠征とか?」

「遠征もだけど、哨戒任務かもしれない。なんたって駆逐艦最強の電が呼ばれているんだしね……」

「はわわ、そんなことないのですぅ」

「とかなんとか言っちゃって〜、この前だってタ級のフラグシップを魚雷で一撃必殺だったじゃない」

 

 雷にそんなことを言われると電は「あれは夜戦だったからなのです!」と強く抗議。しかし姉たちは皆『それでも出来たから凄いのに』と内心苦笑いした。

 

 ーーーーーー

 

 そんなこんなで話をしている内に四人は執務室の前に到着する。

 暁の指示で姉妹は互いの身だしなみを整えた後、代表して暁がドアを丁寧にノック。

 すると中からトトトッと走る音がし、ガチャッと勢いよくドアが開かれた。

 

「みんな〜、待ってたよ〜! 入って入って〜!」

 

 みんなを招き入れたのは提督でも阿賀野たちでもなく、ジャーヴィス。しかもジャーヴィスは猫耳カチューシャにゴシックメイド姿であったため、暁たちは勿論だがあの響でさえ驚きのあまり言葉を失っていた。

 そんな暁たちを気にすることなく、ジャーヴィスは四人の後ろに回って「早く入って〜!」と背中を押して入室させる。

 すると、

 

「おかえりなさいませ、お嬢様方」

「すぐにお茶の準備を致します」

 

 執事姿の提督とヴィクトリア朝メイド服を身にまとう阿賀野が恭しく頭を下げてきた。その横で能代と酒匂も阿賀野と同じメイド服姿でお辞儀をしている。

 ただ、矢矧だけはジャーヴィスと同じメイド服で顔を真っ赤にし、お辞儀しているというよりは俯いていた。

 

 内装はいつもの執務室ではなく『鎮守府カフェ』シリーズの家具が並べられており、暁たちはますます困惑の色の強める。

 

 能代と酒匂は暁から順に席へ案内し、丁寧に椅子へ座らせると自分たちもお茶の準備のため四人へお辞儀してテーブルを離れた。

 テーブルの上には既にカップとソーサーが用意されており、どれも桜色の可愛らしい色。更にカップは四弁の花びらを模しているようなデザインで、お茶の香りを楽しむのに最適な物だった。

 

「どうどう? ビックリした?」

 

 ジャーヴィスが四人へそう訊ねると、みんな言葉は出さずにコクコクと頷く。

 するとジャーヴィスは「Hurrah(やったー)!」と嬉しそうにその場でぴょこぴょこと飛び跳ねた。

 

「ね、ねぇ、一体何が起こってるの?」

 

 やっと暁が姉妹を代表して質問すると、

 

「懇親会だよ、懇親会。ジャーヴィスがやりたいって言うから、そのためにちょっとサプライズをな」

 

 ポットを持ってきた提督が笑顔で告げる。

 しかし四人の疑問は増すばかりで、余計に眉をひそめた。

 

「ヒントはイギリス海軍と日本海軍でございます、お嬢様方」

 

 三段のケーキスタンドを持ってやってきた阿賀野がそう言うと、四人はうーんと考える。

 その間に能代が四人のカップへ紅茶を注ぎ、矢矧がケーキスタンドへ上から順に各種のクッキー・一口ショートケーキ・玉子とハムの一口サンドイッチと載せ、酒匂がお茶が濃くなった時に注ぐ用のお湯が入ったホットウォータージャグ(ジャグ)を用意した。

 

 本格的なアフタヌーンティーに四人共考えるのを忘れていると、

 

「私、ジャーヴィスは日本海軍を心から尊敬し、いついかなる時も手を差し伸べることを誓います。これからもよろしくお願いします」

 

 ジャーヴィスが胸に手をあて、丁寧に頭を下げて四人へ告げる。

 すると雷と電が何かを思いついたかのようにハッとし、提督の方へ視線を移すと、提督は『そうだ』と言うように笑顔で頷いた。

 

 そう、これはあの『奇跡の救出劇』が生んだ懇親会なのだ。

 ジャーヴィスはイギリスの艦娘……イギリス海軍の間では奇跡の救出劇が今も語り継がれているため、イギリスの艦娘たちは日本海軍や日本の艦娘たちに感謝の気持ちを伝えたいと思っている。

 よって今回はジャーヴィスが提督にお願いして、このような場を設けさせてもらったのだ。

 

「雷と電に対してなら気持ちは分かるけど、私と響までお呼ばれしちゃっていいの?」

 

 暁がそう訊ねると、響もジャーヴィスの方を見る。するとジャーヴィスはニッコリと屈託ない笑顔を見せた。

 

「もちろんよ! 二人はイカズチーとイナズマーのシスターだし、同じ駆逐艦でこれからもお世話になるもん!」

 

 ジャーヴィスの言葉に二人は笑みを浮かべ、

 

「なら、ありがたくお呼ばれするわね♪」

「これからもよろしくね。Спасибо」

 

 感謝の言葉を送った。

 

「話は済んだか? んじゃ、そろそろお茶会を始めるぞ?」

「ダーリン! そんな言葉遣いはノーだよ!」

「おっとこれは失敬……お嬢様方、そろそろお茶会を始めても宜しいでしょうか?」

 

 提督が改めて暁たちに訊くと、暁たちは笑顔で頷き、お茶会が幕を開ける。因みにジャーヴィスは暁たちと仲良くなりたいので、敢えて丁寧口調はしていない。

 

 ーー

 

「ん〜、美味しい紅茶〜♪」

「今回はアッサムのミルクティーにしたの! それでそれで、みんな甘い方が好きだと思ってミルクは日本で言う練乳を使ったの!」

 

 美味しそうに紅茶を飲む暁にジャーヴィスがそう説明すると、暁は「なるほど〜、美味しい理由はそれね」と納得した。

 

「響お嬢様用に濃いめのストレートティーとブルーベリージャムを用意致しましたが、そちらに致しますか?」

「Xорошо……次はそっちがいいな。それと落ち着かないから、もういつもの話し方で頼むよ」

 

 酒匂へ響はそう返すと、酒匂は「分かったよ」と笑って返す。

 因みにロシアンティーはロシア圏での紅茶の飲み方で、ジャムを紅茶の中に入れ混ぜるのではなく、スプーンで直接ジャムを舐めながら濃いめの紅茶を飲むというのが主流。

 

「雷お嬢様、サンドイッチのお味は如何でしょうか?」

「すっごく美味しいわ! 今度司令官にも作ってあげるわね! い〜っぱい!」

 

 一方、雷は提督へのご奉仕がしたい模様。なので提督は「普通の一人前な」と雷の耳にそっとお願いすると、雷は眩い笑顔で「分かったわ!」と頷いた。ちゃんと伝えておかないと雷が大量に作り過ぎるからで、過去に夜食を頼んだらパーティでもするのかと思うほど作ってきたから。

 

「あの、どうして矢矧さんだけ服が違うのです?」

 

 そして電はというと、能代へそんな質問をしていた。

 

「明石さんのところで矢矧の分が無かったから……」

「矢矧は前にこれ着てたし、ジャーヴィスちゃんとお揃いにしたんだよ☆」

 

 能代、阿賀野と理由を話す横で、矢矧は「見ないで……」と顔を赤らめて涙ぐんでいる。

 矢矧自身、またこのメイド服を着ることには猛反対、猛抗議をしたがジャーヴィスのお願い攻撃(もう最強駆逐隊に入れる素質を持っている)で渋々着ることになった次第だ。

 

「矢矧さん、泣かないでほしいのです。それに似合ってますよ? とっても可愛いのです!」

「ありがとう……でもこんなの私じゃないのよ」

 

 お礼は言うが、恥ずかしさは消えない矢矧。阿賀野も能代も「もう慣れたら?」「受け入れればどうってことないわよ?」とフォロー(?)するが、矢矧は相変わらずスカートの裾を強く握りしめていた。

 しかし、

 

(そうしてる方が逆にえっちく見えちゃうのに……)

(ご主人様に無理矢理ご奉仕させられてるメイドみたい……)

 

 阿賀野と能代はそんなことを思ってしまっている。

 

「ヤハギー! ()()やるよー!」

 

 しかし矢矧の苦難はこれだけではない。

 ジャーヴィスの声に矢矧はビクーンと硬直したが、あれよあれよと言う間にジャーヴィスに手を引かれてみんなから見える場所へと連れて行かれる。

 

「じゃあ行くよ〜……せーっのーー」

「ちょちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が出来てないの!」

 

 ジャーヴィスの声に矢矧は待ったをかけた。

 

「えぇ〜、日本のメイドはこれやるんでしょ〜?」

「メイドじゃなくてメイドカフェのメイドさんがね! そもそもこれ秋雲の入知恵なんでしょう!?」

 

 口論する矢矧とジャーヴィスであるが、その会話の内容に暁たちは察しがつき、苦笑いを浮かべる。

 

「ヤハギー……お願〜い。私、みんなを楽しませたいの〜」

 

 メイド服を着る時と同じくお願い攻撃を受ける矢矧は、思わずたじろぐ。何しろお人形のように可愛らしいジャーヴィスから、捨てられた子犬のような眼差しを送られては逃げられなくなるからだ。

 

「ヤハギー……」

「っ」

「…………」

「……あ〜、もう! 分かったわよ! やるわよ! やればいいんでしょう!?」

 

 色々と吹っ切れた矢矧が叫ぶと、ジャーヴィスは眩い笑顔で「サンキュー!」とハグをした。

 そして改めて二人がやるのは、

 

「せーっの!」

『萌え萌えジャンケンをは〜じめ〜るよ〜☆』

 

 これである。

 ノリノリのジャーヴィスはまだいいが、顔が真っ赤のまま猫なで声で言う矢矧を暁たちは心配そうに見つめ、提督たちは密かにそれを動画に収め始めていた。

 

 当然参加者は暁たちなのだが、

 

「今回の賞品は〜!」

「ダーリンからの抱っこ券だよ〜!」

 

 その賞品に何も聞かされていない阿賀野はグルンと頭を提督へ向ける。提督は必死に『俺も初めて聞いた!』と必死に伝えていて、能代と酒匂はジャーヴィスがさっき思いつたんだろうと思った。

 何故ならジャーヴィスがとっても可笑しそうに提督夫婦の反応を見ていたから。

 

「司令官から抱っこ……」

「今の司令官はお肉も付いてて気持ち良さそうだね……」

「さ、されたい……!」

「なのです……!」

 

 一方、暁たちは揃ってゴクリと固唾を飲む。

 そもそも駆逐艦はみんな夫婦の娘的なポジションなので、券なんて物がなくてもしてもらえるが提督のことを慕っているが故に暁たちはそれに気がついていなかった。

 

 こうして賑やかに懇親会は続き、夕方に幕を下ろした。

 因みに萌え萌えジャンケン大会は響が制し、提督に抱っこされ、記念撮影が行われたそうな。

 

 そして後日、提督の執事姿の写真はバッチリとLOVE勢やガチ勢の手に渡っていたというーー。




今回はこんな感じにしました!
みんな仲良く過ごすのはいいですよね♪

読んで頂き本当にありがとうございました!

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