提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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夜の艦娘寮:三晩目

 

 5月のとある日の夜。そこそこ気温も上がり、夜もすっかり過ごしやすくなった泊地。

 しかしこの日の夜は妙に蒸し暑く、鎮守府の酒保では早くもレギュラーメニューのシロップサイダーが閉店間際に完売するほどだった。

 

「んぅ〜、今夜はちょっと暑いね〜」

「だなぁ、海がすぐそこだから窓を開けときゃ潮風は入ってくるが、それでも今夜はあまり涼まんねぇなぁ」

 

 そんな夜を夫婦はそう話しながら窓辺に肩寄せ合って座って、夜空を肴に晩酌と洒落込んでいる。

 互いに湯浴みも済ませ浴衣姿。涼し気ではあるが、肩寄せ合っている上に互いの指と指を絡めて恋人のように手を繋ぐ夫婦はどこから見ても常夏のように見える。

 

「おつまみのおかわりいる?」

「俺はいらねぇ……阿賀野が食べたきゃ持ってこいよ」

「私〜? ん〜……太っちゃうからいい」

「そんな細い腰してよく言うぜ」

 

 提督はそう言うと、妻の腰をツンツンと指で突いた。

 

「やん……でもぉ、能代や矢矧よりは……」

「そりゃあ、あの二人は自制してるからなぁ。んでもってさかわんに至っちゃ比べるまでもねぇしな」

「酒匂と比べないでよぉ」

 

 ムスッと可愛らしく抗議する阿賀野だが、夫からは「俺は正直者なんでね」と軽くあしらわれてしまう。

 

「むぅ、慎太郎さんの意地悪〜」

「そんな意地悪な奴と結婚したのは誰だよ?」

「は〜い♡ 私、阿賀野で〜す♡」

 

 キラリーン☆とウィンクする妻に提督は思わず苦笑いした。しかしそれも自分が惚れた妻の可愛いところ……なので提督は「ならいいだろ」と返しながら、妻の長く綺麗な黒髪を手で優しく梳く。

 

「あ、お酒も無くなっちゃったね」

「そうだな……んじゃ、歯ぁ磨いて寝るか」

「えぇ〜、寝ちゃうの〜? まだ二二〇〇だよ〜?」

 

 阿賀野は不満そうに言うと、提督の腕にギューッとしがみついてジーッと提督に目でナニかを訴えた。

 それを察した提督は酒のせいではない熱が込み上げてくるのを感じる。

 チラリと妻の方へ目を向ければ、期待で目を輝かせる愛らしい顔とそれとは裏腹に艶やかに覗くたわわな阿賀野山の谷間が自分を誘っていた。

 

「……一回だけだからな?」

「え〜、一回だけなの〜?♡」

「明日は阿賀野も出撃だろうが……か、帰ってきたら沢山してやるよ……」

 

 カァーッと耳まで真っ赤にして提督が約束すると、阿賀野の目はより一層キラキラと輝く。

 

「じゃあ、早く歯磨きしてお布団行こ♡ ちゃんと阿賀野が帰ってこれるように、慎太郎さんの愛で阿賀野を繋ぎ止めて♡」

「どんなプレイだよ……」

「例え話ですぅ♡」

 

 こうして夫婦は仲良く歯磨きをしに洗面所へ向かい、歯磨きを終えて寝室の布団に寝転がると、夫婦の愛を育むのであった。

 

 ーーーーーー

 

 夫婦がそんなイチャイチャのアツアツな夜を過ごしている頃、軽巡洋艦寮の1号室では艦娘たちが楽しく穏やかな時間を過ごしていた。

 

「三光来たぜぇ!」

「あ〜ん! また負けた〜!」

 

「へぇ〜、この曲、いい曲ね」

「でしょ〜? アルバム貸してあげるから他のも聴いてみてよ♪」

 

 1号室に暮らすのは本来、川内・天龍・那珂・龍田なのだが、今夜は矢矧と龍田を交換してのお泊り会。

 なので普段は就寝している頃だが、今日ばかりはみんなちょっと夜更かししている。

 そして今は川内と天龍が花札をし、矢矧と那珂は那珂の好きなアイドルグループの曲の話で盛り上がっているところ。

 

 その頃、3号室ではーー

 

「それで〜、これは私と天龍ちゃんが阿賀野ちゃんと一緒に提督のお見舞いに行った時に隙きをついて撮った写真よ〜」

「はわ〜、提督さんはこの頃からカッコイイわ!♡」

「天龍、とっても嬉しそうにしてる!」

「心が温まる1枚だね……」

 

 龍田がこのお泊りのために部屋から持ってきた自身のアルバムをみんなに見せていた。

 今みんなが見ているのは龍田が天龍にバレないように撮影した物。阿賀野が席を外している間に天龍が提督に脚の具合を訊き、提督が大丈夫と笑って『んなこと気にしてねぇで、お前は笑ってろよ。俺はそっちのお前の方が好きだぜ?』と言われて頬を優しく撫でられているところなのだ。

 由良は相変わらず提督だけに目が釘付けだが、夕張や名取はその1枚に二人の絆を感じてホッコリしている。

 

「あ、この写真……」

 

 すると名取が興味深い写真を発見。名取の言葉に由良と夕張がその写真に目をやった途端、二人は『あ〜!』と大声をあげた。

 何故なら、その写真は今の状態の提督がソファーの上で龍田を膝の上に乗っけてお姫様抱っこしているから。

 

「あぁ、これ? 阿賀野ちゃんがいつも気持ち良さそうにしてるから試させてもらった時のなの〜」

 

 さも平然と言う龍田であるが、ガチ勢の由良とLOVE勢の夕張は共に女の子がしてはいけないムンクの『叫び』みたいな顔をしている。

 その中で一人常人の名取は『あ、龍田ちゃんは提督のこと好きだけど、LOVE勢とかじゃないから阿賀野ちゃんに許されたんだ……』と冷静に分析していた。

 

「ちょ、ちょっと龍田さん……いや、龍田様! どうかこの由良に提督さんに抱っこされる秘術をご伝授頂けないでしょうか!?」

「わ、私も……出来るならされてみたいなぁ……って」

 

 まさに綺麗な土下座で畳に額を擦り付けながら頼む由良とモジモジと頬を赤らめてお願いする夕張。

 

「ん〜……夕張ちゃんならしてって言えばしてもらえそうだけど、由良ちゃんは無理ね」

「な、何故それがしは無理なのでござんすか!? クワスク教えて頂きたいでごんす!」

 

 龍田の言葉に夕張が喜びの表情を浮かべる横で、由良は必死過ぎてキャラがとっ散らかっていた。

 しかし龍田から「日頃の行いが悪いから」と一蹴され、由良は悲痛の叫びをあげる。

 しかししかし明石特製提督の等身大抱き枕にすがり付いて、ほんの数秒で「ぐふふ♡」と復活する由良はやはり()()()()であった。

 

 所戻り、1号室はーー

 

「へへへ、これで3食も飯がタダだな〜♪」

「はぁ、負けた負けた〜。今日はついてないや」

 

 花札が一段落していた。

 二人は賭けをしていたので、勝ってホクホクしている天龍と負けてふて寝している川内と様子がハッキリ分かれている。

 

「相変わらずね……というか、結構やってたけどどういう感じに賭け事が成立してるの?」

 

 矢矧がそう訊ねると、すぐ隣にいた那珂が「あぁ、あれはね〜」と説明してくれた。

 

 ルールは普通の花札のこいこい。

 役は以下の通り

 

 カス(1点)

 カス札を10枚集めた役。

 以後1枚増える毎に1点加算。

 

 短冊(1点)

 短冊を5枚集めた役。

 以後1枚増える毎に1点加算。

 

 タネ(1点)

 タネ札を5枚集めた役。

 以後1枚増える毎に1点。

 

 猪鹿蝶(5点)

 萩・紅葉・牡丹のタネ札。

 

 赤短(6点)

 梅・桜・松の短冊。

 

 青短(6点)

 牡丹・菊・紅葉の短冊。

 

 三光(6点)

 五光札を3枚。

 

 雨四光(8点)

 雨を含む五光札を4枚。

 

 四光(10点)

 五光札を4枚。

 

 五光(15点)

 五光札を5枚。

 

 月札(4点)

 月札を四枚。

 

 親権(6点)

 双方役が出来なかった場合は親の勝ち。

 

 補足で菊のタネ札である杯は、化け札としてカスに加算され、 これを取ると例えばカス9枚で役が完成となる。

 更に五光札の桜があれば花見で一杯(5点)、同じく五光札の月があれば月見で一杯(5点)となる。

 

「今、二人は1点、2点って数えるけど、他の人によっては"点"が"文"だったり、やる人によって点数計算は違うよ〜」

「ふむふむ、それで賭けはどうしてるの?」

 

 すると今度は川内が「私たちのは〜」と、自分たちの賭け方を寝そべりながら説明し始める。

 

 ルール

 こいこい5回勝負で総合点数が高い方が勝ちで、勝者の点数から敗者の点数を引いた点数ですることが変わる。

 

 例

 10点以下だった場合:ジュース奢り

 11点〜20点の場合:スイーツ奢り

 21点〜30点の場合:ご飯奢り

 31点〜40点の場合:お酒奢り

 41点以上だった場合:酒保で3000円分奢り

 

「んで、ジュースがアイスになったり、スイーツがジュース1ケースになったり、その時の気分で変わるよ〜」

「なるほど……それで川内は3回やってどれもご飯の奢りだったのね」

 

 矢矧が納得すると、天龍が「そういうこと〜♪」と上機嫌に言って缶チューハイを飲み干した。

 

「矢矧もやってみるか? 那珂のア〇ドルマスターの話だけじゃつまんねぇだろ?」

「つまんなくなんてないもん! 矢矧ちゃん、ちゃんと楽しそうに聞いててくれたもん!」

 

 天龍の言葉に那珂が強く反発すると、天龍は「あぁ、悪ぃ悪ぃ」と苦笑いして謝った。天龍としては興味が薄い話でも、那珂にとっては好きなことなので人の好きなことに天龍は基本的に野暮なことは言わないのだ。

 それに、

 

「天龍だって、那珂の影響でそのなんたらマスターのゲームとかスマホのアプリやってるじゃん」

「う、うるせぇなぁ、楽しいのは楽しいからいいんだよ」

 

 川内が言うように天龍もなんだかんだ言いながらバッチリ影響されている。

 天龍は少し頬を染めながらそっぽを向くと、

 

「天龍ちゃんのお気に入りは〜、神〇蘭子ちゃんと二〇飛鳥ちゃんと前〇みくちゃんと阿〇菜々ちゃんと佐〇心ちゃんだよね☆」

 

 那珂から推しメンを暴露された。

 矢矧が「へぇ、なんか意外ね」と言うと、

 

「だよね〜……最初の二人は同じ中二病だから分かるけど、あとの三人はね〜?」

 

 川内もその話題に乗っかってくる。なんだかんだ矢矧も川内も知っているということは触れないでおこう。

 しかし、

 

「二人共何言ってんの? あとの三人はアイドルに命を懸けて、ステージに立ってない間も努力を惜しまず頑張ってるキャラクターだよ? 天龍ちゃんと一緒じゃん!」

 

 那珂の説明で『あ、なるほど』と矢矧も川内も納得してポンと手を叩いた。

 天龍が努力家なのは鎮守府のみんなが知っていて、その証拠に天龍は提督との事があって以来、早朝からの鍛練を欠かさずしているのだ。

 なので天龍は分かってもらえて嬉しい反面、気恥ずかしさで耳まで真っ赤にして小刻み震えている。

 

「だ〜っ、もう! うっせぇうっせぇ! オレのことなんざどうでもいいんだよ! それより花札やんのかやらねぇのか決まったのかよ!?」

 

 天龍が強引に話題を花札へ戻すと、

 

「ふふ、なら一つお願いしようかしら?」

「次は那珂ちゃんとだからね〜☆」

「見守ってるよ〜♪」

 

 矢矧、那珂、川内からなんとも温かい笑みを向けられた。

 

「手加減してやんねぇかんなっ!?」

 

 こうして矢矧は天龍と花札を勝負したが、精彩を欠いた天龍は花札初心者の矢矧にボロ負けし、酒保で3000円奢るハメになった。

 ただ、この時も矢矧の百面相は健在で天龍たちは笑いを堪えるのに必死だったそうな。

 

 因みに、次の日の朝。いつも通り早朝鍛練に向かう天龍に矢矧も同行し、二人は朝から笑顔で気持ちの良い汗を流したんだとかーー。




此度の『夜の艦娘寮』はゲームをするのがメインではなく、友情を深めるのがメインになりましたがご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!

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