4月を迎えた鎮守府は昼となると、本日の艦隊業務を特例で早めに切り上げた。
今日は大規模作戦、殲滅作戦という両作戦成功を祝してみんなでこれから花見をするのだ。
ただ、ここの鎮守府の花見は桜ではない。
鎮守府の裏門から少し行くと、鎮守府(国防軍)が管轄する小さな丘がありここには小規模ながら梅や桃の木が植えられており、今が見頃なのだ。ただし1本だけ桜も植えられているのでちゃんと見頃になっている。
梅は中咲きな物もあるが、ここにあるのは遅咲きの白加賀や春日野があり、桃に至っては花桃が色鮮やかに見頃を迎えているのだ。
その他にもアケビやエビネ、ツツジといった花も咲いている豊かな丘なので、みんなこの時期は花見を待ち遠しにしており、気の早い者たちは花見より前からお昼や夜にここでハイキング気分で弁当を広げてたりしている。
そしてやってきた花見の当日。イベント委員会が抜かりなく用意(ブルーシート敷きや機材運び)をし、間宮や伊良湖、鳳翔、瑞穂、速吸、神威が料理を沢山持ち込み、提督の開会宣言で始まった花見は、早くも大賑わい。
「梅の香りがいい感じね〜」
陽炎型姉妹が集まるシートでは陽炎がラムネを飲みながら、梅の香りと花の鮮やかさにうっとりとし、ほんわかムード。
「不知火〜、花見やからって変なコントは無しやで?」
「しないし、したこともないわ」
「不知火姉さん、それ本気で言ってます?」
その横で黒潮の言葉にしれっと返す不知火だが、親潮にまでツッコミを入れられたので、不知火は無言で席を立ち、雪風たちの元へ向かう。不知火本人としては図星を突かれて恥ずかしくなったのだ(でもやる時はやる)。
「あんまり不知火をいじめちゃダメよ〜? あとあと報復が怖いんだから……」
陽炎が黒潮と親潮に苦笑いで注意すると、黒潮も親潮も『不知火(姉さん)は優しいから大丈夫!』と親指を立てるのだった。
一方、不知火はというと、
「不知火お姉ちゃん、どうしたんですか?」
「雪風たちと一緒にいたい気分なの」
雪風たち第十六駆逐隊のところで、雪風を後ろから抱えるように抱きついて過ごしている。
「また姉さんたちに図星でも突かれて、逃げてきたの?」
「そんなところです」
「初風姉さん、ハッキリ言い過ぎ……」
初風の言葉に天津風がツッコミを入れるが、不知火は気にしてないと首を振る。
「ねぇ、不知火〜、雪風ばっかズルい〜! あたしも抱っこ〜!」
そしてすぐに時津風に抱っこをせがまれた不知火は小さく笑い、「はいはい」と母性あふれる笑みで返して今度は時津風を優しく抱っこし、妹たちに癒やしてもらうのであった。
ーー
その一方で、
「花を愛でながらこうして飲むハーブティーもいいわね」
「まさに至福のひと時、ですわね」
ウォースパイトと三隈がこの日のために取り寄せたハーブティーで花見と洒落込んでいる。
ここは所謂洋風ゾーンで、イスとテーブルが用意されているところ。
二人の他にも暁、響、熊野、アーク、ローマ、清霜、リベ、金剛、比叡などなど、多くの者たちが集う。
「むぅ〜……テイトクが行ってしまったデ〜ス……」
ただ、金剛だけは先程まで一緒にお茶をしていた提督の背中を名残惜しく見つめている。提督は基本色んな場所に顔を出すが、ある程度過ごすと他の場所に移ってしまうだ。
「司令はみんなから慕われてますからね。仕方ないですよ、お姉さま」
「まさに引く手あまた……マイアドミラルがみんなに慕われていて私は誇らしく思う」
「ワ・タ・シの! テイトクデス!」
アークの言葉に金剛は敵意剥き出しで睨むと、比叡が「みんなのですよ、お姉さま!」とフォロー。
パッと見は険悪であるが、もうみんな慣れたものでハーブティーを嗜んでいる。こうしたのも鎮守府の日常なのだ。
「ウォースパイトさん、何か食べる? 清霜が取ってあげる!」
「Thank you……では、そのスアマをもらえるかしら?」
ウォースパイトがそうお願いすると、彼女の膝上に座らせてもらっている清霜は「は〜い」と笑顔で返事をし、すあまを取る。
そして「どうぞ〜」とウォースパイトの口へ運んであげると、ウォースパイトは嬉しそうに微笑み、清霜からすあまを食べさせてもらい、周りはその二人の微笑ましい光景に笑みをこぼした。
「………………」
「そんなに目で訴えなくてもさせてあげるわよ……」
対して、ローマの膝上に座るリベが自分も食べさせたいと目で訴えると、流石のローマも苦笑いを浮かべて了承し、「そこのナッツを頂戴」と言って口をあける。
するとリベは「今あげるね!」と満面の笑みでナッツを
「……ごっくん…………次からはもう少し、少なくしてくれると嬉しいわ」
ボリボリボリボリと大量のナッツを噛み砕き、それを飲み込んでからローマが苦笑いで告げる(リベの優しさなので強く言えない)。対するリベは憧れのローマが微笑んでくれているように見えているため、「は〜い!」と満面の笑みを浮かべるのであった。
ーー
すると花見会場の一角で『おぉ〜!』と大きな歓声が湧く。
その正体は、
「焼けたわよ〜!」
「どんどん焼いてますから、遠慮せずに並んでくださ〜い♪」
アイオワとサラトガのアメリカ艦ならではのステーキパフォーマンス。
アイオワとサラトガがこの日のためにイベント委員会へお願いして調理器具を用意してもらったのだ。
二人が母国から取り寄せたステーキ肉を10ポンドの大きさに切って、美味しく焼き上げ、1ポンドの大きさにキレイにカットしていく。
「何度見ても凄い……」
「いつ見ても美味しそう……」
「こ、これが姉さんたちが言っていたすてぇき……」
「この匂いだけでもおにぎりを食べられるよな……」
秋月、照月、涼月、初月とアメリカクオリティステーキに圧倒される中、一人ひとりの目の前に更にドカッと乗った1ポンドステーキが置かれる。
「遠慮しちゃいけないわよ! どんどん食べて!」
「ソースも8種類用意してるから、食べ比べてみてね♪」
アイオワ、サラトガの言葉に秋月たちは揃って目を輝かせ、「
そして姉妹は仲間たちとそのステーキを頬張り、涙を流すのだった。勿論、大食い三人衆も。
ーー
更に花見は続き、みんなのお腹も膨れた頃。
会場の丁度中央に設営されたお立ち台に、とある艦娘が立つ。
「では、妾が一曲舞おうかの」
それは初春。その言葉にみんなはまたも『おぉ〜!』と声をあげ、お立ち台の周りにはすぐに人が集まった。
お立ち台のすぐ隣では子日が琴、若葉が三味線、初霜が二胡と即興で淑やかな音色を奏でると、初春も即興で曲に合わせ優雅に舞う。
回り、天を仰ぎ、両手にする扇子を広げ、また回る。
風に舞い散る花びらも共演すると、見ている者はその光景に目を奪われ、シーンと静まり返り、初春の舞いにグッと引き込まれた。
曲調が激しくなると、初春も舞いながらその激しさを上手く表現していく。
扇子を投げ、それを受け止めては扇子の隙間へ小指をやり、回す。
そして妹たちと視線を交わし、初春がパチッと扇子を閉じれば、子日たちの演奏もピタッと止まる。
これで終わりかと思いきや、今度は子日、若葉、初霜の順で独奏。短い中に繊細でそれぞれの個性を見せていく。
子日は激しくも表情は楽しげに琴線を弾き、若葉は静かにそれでいて時より激しく三味線を弾き、初霜は優しく軽やかに二胡を弾いた。
そして再度姉妹で視線を交わすと、綺麗にバチッと合わせ、締める。すると割れんばかりの拍手と歓声がこだました。
「ほっほっほ、これだけの歓声を浴びるのは気持ちの良いものじゃのぅ」
お立ち台から降り、扇子で火照った頬を仰ぎ冷やす初春。
「よぉ、今回もいい舞いだったぞ、初春」
提督はそう声をかけ、初春の頭を優しく撫でる。すると初春は「全力を出した甲斐があるのぅ」とご満悦。
「子日たちも良かったぞ。聴いてて癒やされたぜ」
「えへへ、良かった♪」
「24時間弾いてられるぞ」
「提督や皆さんが喜んでくれて嬉しいです!」
子日たちも提督に褒めてもらい、頭を撫でられて笑顔をこぼす。
そして阿賀野たちがみんなへタオルや飲み物を渡し、みんなは笑顔でそれを受け取るとまた花見に戻っていった。
ーー
続いてお立ち台には妖精音楽隊が手を振りながら上がってくる。
全員が綺麗に整列し、みんなして一礼後に着席すると、指揮者妖精が改めて艦娘たちへ一礼。
そして指揮棒を構えると、みんな静かに楽器を構えた。
1、2、3……はい。と始まった曲は日本の国歌『君が代』で、君が代がしっとりと演奏される。
君が代だと分かると、会場にいる全員が姿勢を正し、起立して大声で国歌を歌う。それは海外艦も一緒で、アイオワやサラトガに至っては胸に手を当て、今を共に歩む日本に敬意を持ち、まぶたを閉じて大声で歌っていた。
君が代が終わると、ドイツ、イタリア、アメリカ、フランス、イギリス、ロシアの順で各国の国歌が演奏され、各海外艦たちは自国の国歌を高らかに歌い、日本の艦娘たちも慣れない言葉ながら大きな声で歌っていた。
各国の国歌が終わると、今度は『君が代行進曲』が高らかに演奏される。
するとみんなは今度はその場で腕を振ったり、足踏みをしたりと楽しげに歌う。
その他にも『愛国行進曲』、『軍艦行進曲』、『月月火水木金金』と演奏されると最後は準国歌『海行かば』で締めくくった。因みに『愛国行進曲』は軍歌ではなく、戦前に広く歌われた日本の国民的愛唱歌だ。
「うむ、やはり国歌などは胸が熱くなるな」
「ふふふ、久々に大声で歌っちゃったわ」
長門、陸奥はそう話、笑みを浮かべる。
その横では、
「愛国行進曲って好きなんだけど、自分の名前が歌詞にあるからなんか気恥ずかしいのよね」
朝雲が嬉しそうに照れ笑いを浮かべて、そんなことをこぼした。
しかし朝雲の言葉に山雲は「歌詞に出てくるなんて羨ましいわ〜」と返すと、他の姉妹たちもうんうんと同意するように頷く。
「軍艦行進曲には私と響姉の名前が出てくるわよね♪」
「しかも私の場合は
フフンと胸を張る響に暁と電はつい苦笑い。しかし二人共響が嬉しそうなのでそれはそれで微笑ましく思っている。
このように鎮守府の花見は大いに盛り上がった。
ーーーーーー
日も暮れ、夜になると、梅の花たちはライトアップされ、花見はまだまだこれからが本番とばかりにより一層盛り上がる。
お立ち台では丁度、矢矧を含めた由良、夕張、名取の軽巡洋艦寮4号室組がみんなの前で歌を披露しており、歓声が鳴り響く。
中でも一番矢矧が恥ずかしそうにしているが、由良と夕張の両名から肩を組まれ(夕張は名取とも肩を組んでいる)、半ばやけくそ気味。
「あはは、矢矧真っ赤っか〜♪」
そんな妹を阿賀野は楽しげに笑い、スマホで動画撮影。能代と酒匂は写真撮影と抜かりない。
「今年の花見も大賑わいで良かったぜ」
一方、提督はそんな阿賀野たちの横に座ってゆっくりと風景を楽しんでいる。
すると歌を終えた矢矧が一目散に提督の元へやってきた。提督はいつもの癖でしばかれると思って身構えたが、矢矧はそんなことはせずに提督の背中に隠れてしまった。
「矢矧〜、どうしたの〜? 可愛かったよ〜?」
「写真もバッチリ撮れたわよ!」
「あとで現像したらあげるね♪」
姉妹たちの言葉に矢矧は「可愛くにゃいもん! 写真なんていらにゃいもん!」と拒絶反応を見せる。しかも言葉も所々噛んでしまっているので、相当恥ずかしかったのだろう。しかしそれは逆効果。何故なら普段凛々しい矢矧がこんなに可愛い反応を見せるからだ。
「まあまあ、んな気にすんなよ。ほれ、水飲め水」
「……ありがと」
「いい思い出になりゃ、それでいいだろ?」
「ふんだ」
そう言ってそっぽを向く矢矧を提督は我が子をあやすように優しく撫でると、矢矧は恥ずかしそうにしながらも提督に見えないようにフニャっとはにかむ。
しかし後日のイベント時の写真販売にて、その表情を青葉がバッチリと激写していた写真が堂々と売られ、矢矧が狼狽するのはまた別のお話。因みにどれも1枚100円で10枚毎に300円値引きが適用される。
このように花見は大盛り上がりし、最後はみんなでゴミ拾いをしてから鎮守府へと引き上げるのであったーー。
ということで、今回は花見回にしました!
桜ではなく梅の花や桃の花でやるお花見も乙かと思って、此度はこれにしました♪
読んで頂き本当にありがとうございました!