「んぁ〜、お腹空いた〜……」
「ちょっと、はしたないですわよ?」
中庭のベンチで日にあたり、グダーッとだらける鈴谷を熊野はそう注意する。
今は大規模作戦中とはいえ昼を迎えたことで、鈴谷と熊野は中庭で支援任務から帰ってきた最上と三隈が補給から戻るのを待っているのだ。
今日は風も穏やかで気温もそう低くないので、二人はこうして外で待っているのだが、鈴谷は飲み終えた缶を口に咥えてはそれで遊んでいる。加えて足もおおっ広げているので、熊野としてはそれが見ていられないのだ。
「別にいいじゃ〜ん、減るもんじゃないし〜」
「心構えの問題ですわ」
「熊野だって部屋ではこたつでだらけてるくせに……」
「それはお部屋の中ですもの。それにお客様がいる時にはそんな醜態を晒しませんわ」
「あれ、じゃあ鈴谷は?」
「鈴谷さんは姉なので身内です。わたくしにとってはお客様ではありませんわ」
ふふんと鼻を鳴らしながら髪をなびかせ、得意気な顔をする熊野に鈴谷はぐぬぬと拳を握る。
そんな会話をしていると、
「高雄姉、愛宕姉、鳥海、早く〜!」
「そんなに急がなくてもいいじゃないの、摩耶!」
「あらあら、まあまあ……うふふ」
「ま、待って〜!」
高雄型姉妹が鈴谷たちの後ろを駆けていき、
「秋月姉、涼月、初月、もう少し急いでよ!」
「食堂は逃げないわよ、照月〜!」
「ま、待ってくださ〜い!」
「少しは落ち着け!」
秋月型姉妹も通り過ぎ、
「早く食堂へ行くクマー!」
「提督が多摩たちを待ってるにゃー!」
「だからって俺を引っ張るなぁぁぁっ!」
「あはは、今日はいつにも増して燃えてるね〜」
「作戦中でも平和ですね、北上さん♪」
球磨型姉妹も小走りで(木曾は球磨たちに引きずられて)、それからも多くの者たちがそれぞれ通り過ぎいく。
「ねぇねぇ、熊野〜、今日って提督が食堂でなんかやってるの?」
多くの者たちの口から聞こえてきた『提督』というワードに反応した鈴谷がそう訊ねると、
「あら、今日は提督が厨房に入ってその腕を振るってくれる日でしてよ?」
そんなこともお忘れですの?ーーと熊野は呆れ気味で返した。
それに対して鈴谷は「えぇ!?」と驚くと同時にベンチから立ち上がる。
「呑気に待ってる暇ないじゃん! 私たちも早く食堂行こうよ!」
鈴谷はそう言って熊野の肩を掴むが、熊野は「相変わらず、貴女は優雅じゃありませんわね〜」などと返すだけで、何食わぬ顔でオレンジカラーの爪ヤスリでネイルケアしていた。
「ちょ、ちょっと〜! なんで熊野はそんなに冷静なわけ!?」
鈴谷が地団駄を踏んでも、熊野は小さくため息を吐く。
「提督は逃げませんもの。それに行ったとしても今はお忙しくてあの方のエプロン姿もお目に掛かれませんわ」
その余裕且つ納得のいく理屈に鈴谷はまたしてもぐぬぬと唸る。
鈴谷としては大好きな提督の手料理を早く食べたいし、エプロン姿の提督を生でその目に焼き付けたい。しかし熊野の言う通り、今急いで行っても注文が殺到していて厨房から出てこれないとちゃんと理解したので、鈴谷は大人しくまたベンチへ座り直した。
「焦っては損するばかりでしてよ、お・ね・え・さ・ま?」
「はいはい、分かったよ〜……あ、ヤスリ終わったら貸して〜」
こうして二人は姉たちを優雅に待つのだった。
ーーーーーー
それから短くも長くもない時間が過ぎると、最上と三隈が手を振ってやってくる。その後ろには最上たちと一緒に支援へいったアイオワ、矢矧、長波、荒潮の四人も一緒だ。
「あ〜、やっときた〜! ずっと待ってたんだよ〜?」
鈴谷はそう言うと姉二人にギューッと抱きつく。対して二人はそんな妹を優しく受け入れながら、「ごめんね〜」「お待たせしましたわ〜」と謝った。
「Sorry……ミーがイヤリングをシャワールームに忘れてたのが原因なの」
みんな、ミーのイヤリングを探してくれていたの……と申し訳なそうに説明するアイオワに、鈴谷は「ま、まぁ、そういうことならしょうがないよね〜」と返す。
「見つかって何よりですわ……ですが、それは大切な物。今後はお忘れにならないようにしてくださいまし?」
「えぇ、もちろんよ♪」
熊野の注意にアイオワがウィンクしてみせると、矢矧や長波たちに食堂に行こうと促されて、みんなは揃って食堂へ向かった。
ーーーーーー
一二時になってから既に半分が経過し、鈴谷たちが食堂へ入ると多くの者は食事を終えて戻るところ。ただ、一つのテーブルではかの大食い三人衆がラーメン丼くらいの大きさの丼飯を掻き込んでいる。
「お〜、今日は提督の『男の丼飯』シリーズの日だったのか〜!」
「今日は何丼なのかしらね〜?」
長波、荒潮が顔をほころばせていると、矢矧が「全員、丼でいい?」と訊ねた。するとみんなして笑顔で頷き、長波と荒潮がテーブル確保へ、最上型姉妹がみんなのお冷とおしぼりを用意しに、残るアイオワと矢矧が受付妖精へ注文をする。
全員分の丼が出来上がるまで、みんなは長波たちが取ったテーブルに座ってその時を待った。
「荒潮じゃねぇけど、今日は何丼なんだろうな?」
長波がそう話題を振ると、みんなして何かな何かなと想像する。
提督が振る舞う『男の丼飯』シリーズはその名の通り、男が作る豪快な丼。その丼は蓋を開けるまで何が乗っているのか分からず、本当に食べるその時まで何丼なのか分からないのだ。しかも仮に苦手な物が乗っていたとしても(基本的にみんな好き嫌いはなく、艦娘は食材によるアレルギーもない)、みんな美味しく食べられる大人気シリーズである。
その証拠に未だその丼を食べているテーブルでは秋月型姉妹が嬉し涙を流していたり、吹雪型姉妹が満面の笑みを浮べていたり、陸奥や武蔵、金剛が恍惚な表情を浮べてその味に酔いしれており、そのファンの数は多い。
因みに過去の丼にはーー
とろけるチーズと豚バラを何層にも重ね合わせて揚げたミルフィーユチーズカツ丼
ササミを玉ねぎとカツ丼に使う汁で煮付けた鶏ササミ親子丼
もやし、しらす、白ごまを豪快にぶっかけ、真ん中に温玉を乗せたぶっかけしらす丼
キャベツと玉ねぎを鶏そぼろと甘辛く煮込んだ鶏そぼろ丼
シャキシャキキャベツをご飯の上に敷き、その上にまんまる大きなメンチカツ(中には半熟玉子)をドカンと乗せたソースメンチカツ丼
マグロの切り身を惜しげもなく乗せ、その中央に醤油でたっぷり漬け込んだ生卵をトッピングした豪華マグロ丼(切り身は炙りも可)
濃い目のスープで煮込み、一晩寝かせたロールキャベツ(タネの中に卵ソースを入れてある)を乗せたロールキャベツ丼。
などなど、多くの丼が存在する。
因みに提督が使っているカツ丼などの汁は醤油、みりん、鰹だし、日本酒、砂糖一つまみの合成汁だ。ただ、乗せる具によって日本酒がコーラや炭酸水になる時もある。
「この前のタコの親子丼も美味かったよね〜。ビジュアルにはビックリしたけど、もう一度食べたいなぁ〜」
「あぁ、あのタコとタコの卵を出汁で煮込んだ親子タコ丼ですね。三隈も好きですわ〜♪」
最上と三隈がそう言うと、ほかのみんなもあの丼の味を思い出して『はわ〜』と頬を緩めた。
「タコの卵って初めて食べたけど、あっさりした卵だったよね〜」
「えぇ……、それにごまと長ネギのアクセントもバッチリでしたわ♪」
鈴谷、熊野がその丼を絶賛していると、
「私がもう一度食べたいと思うのはハンバーグ丼かしら。あの口に入れた瞬間に肉汁がジュワーっと広がる、あの快感は何度でも味わいたいわ」
矢矧がハンバーグ丼のことを持ち出した。
「ミーもミーも! すごいジューシーなのに、玉ねぎの旨味をギューッと凝縮したあのソースだけでもライスが止まらなかったもの!」
「あたしはデミグラスソースの方かな〜。あれと温レタスが最高だった……」
「私はチーズソースで食べたけど、それも美味しかったわ♪ 朝潮ちゃんたちもおかわりするくらいだったし♪」
そうして過去の丼飯の話題で盛り上がっていると、食堂妖精が鈴谷たちの丼が出来たと知らせに来る。
するとみんなは期待に胸を膨らませて、受け取りに行くのだった。
ーーーーーー
「お、おぉ……」
「ごくりんこ……」
「ジーザス!」
テーブルに戻り、揃って蓋を開けた面々はその丼を見て様々な声をあげる。
何故なら此度の丼は、
「カツ丼に半熟目玉焼き乗せ……」
シンプル且つなかなかやらない丼だったから。
「切られてないカツがドドーンと1枚か……カツにしては妙に丸っこいけど……」
「その上に半熟目玉焼きが乗せられてるわ……」
長波と荒潮はその大胆な見た目に驚きを隠せずにいると、アイオワが「イタダキマース!」と先陣を切る。
熱々のカツをもう慣れた箸で持ち上げ、豪快にかぶりつく。
するとアイオワが「What!?」と目を丸くした。
そのアイオワの反応に最上は「ど、どうしたのアイオワさん!?」とガタッと席から立ち、三隈は「熱かったならお水を飲んでくださいまし!」とコップを差し出すが、
「デッリィィィィィシャァァァァァスッ!」
アイオワの咆哮のような感想が食堂に鳴り響く。
みんなしてその反応に戸惑いつつも、揃ってそのカツを一口食べる。
すると全員に電気が走った。
「え、これ……え?」
「くまりんこ……」
「何これ……聞いてないし……」
「またとんでもない物を作ってくれましたわね……」
最上型姉妹もそれぞれ驚愕する理由……それは、
「カツ丼じゃなくてメンチカツ丼だわ、これ……!」
矢矧が言うようにそれはメンチカツのカツ丼だった。
みんなはその汁がしみ込んだメンチに、目玉焼きの黄身がトロリと絡み、ご飯との素晴らしいハーモニーを奏でる丼に感嘆の声をもらす。そして決して脇役なんかでは収まらない煮玉ねぎもいいアクセントになって、箸を止める方が難しい一品だ。
すると、
「なっはっは〜、そんなに美味いか?」
「おかわりするなら遠慮なく言ってね〜」
客も少なくなったので、提督夫婦がわざわざ厨房から鈴谷たちのテーブルに足を運んできた。熊野の目論みがバッチリ当たった形だ。
夫婦の登場にみんなは声を揃えて『美味しい!』と満面の笑みを浮べて返すと、提督は満足そうに「そうかそうか」と言って笑った。
「今回の汁はいつもよりちょっと辛めにしてみたんだが、その辺はどうだ?」
「甘辛いお汁に卵の黄身が絡まってご飯が進むよ!」
「好みで七味をかけても美味いわ!」
最上と矢矧が提督へそう言葉を返すと、他のみんなも口を揃えて『美味しい美味しい♪』と笑みをこぼす。
すると早速一杯目を完食したアイオワがおかわりを要求すると、提督は笑って頷き、また阿賀野と共に厨房へと向かった。
「あたしもおかわりしようかな……提督の手作りだし♡」
夫婦の背中を見送りながら、長波がえへへと笑ってつぶやくと、鈴谷も熊野も矢矧も揃って『おかわり不可避』と心の中でつぶやくのだった。
こうして提督の『男の丼飯』シリーズはまたも好評を博したーー。
ということで、飯テロ的な感じになりました!
この前とっても美味しいカツ丼を食べたので、その勢いで書きました♪
ではでは、読んで頂き本当にありがとうございました!